fate/SN GO   作:ひとりのリク

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夢への序盤Ⅱ

こうも突き刺さる殺意を、まさか机を挟んで受ける事になるとは夢にも思わなかった。いくら聖杯戦争とはいえ、スカートの中身を見てしまったせいで。冷ややかな笑みと共に、イリヤスフィールは座っていた。

 

「敵マスターに自分の陣地がバレたのに、慌てたりしないんだ。そんなんだと、今夜にでもここは更地になっちゃってるかもよ」

 

胃が張り裂けそうだ。

ウチの家の居間で、こんな空気を味わうのはいつ以来だろう。あ、ランサーに襲われた時以来か。

 

「お、おお、おいおい、そういう気は無かったんじゃないのか?」

「レディの下着を見たんだから、それくらいの代償は当然じゃないかしら」

 

…本気だ。もう、最悪だ。

 

「た、高いな……」

 

値切る勇気なんてあるわけない。なんて言うんだよ。俺のも見せるからおあいこで!……いやそれ、ただのロリコンだな。

 

「ちょ、ちょっと俺だけじゃ払いきれないんですけど…」

 

汗が滝のように溢れる。このままじゃ、この家が浸水してしまう危険性がある。もう汗だから涙かも分からない液体を出しながら、イリヤスフィールの方をチラリと見る。すると、

 

「はぁ、冗談よ。アレくらいのアクシデントで一々狼狽えて引き摺るなんて、それこそレディじゃないもの」

「ほ、ほんとか!!??」

 

そこには天使の微笑みしかなかった。デビルだとかデーモンだとか、そんな風に錯覚していた記憶を彼方に放り投げてしまいたい。

安心する俺をよそに、彼女は小さく呟いていた。

 

「代償はモノには限らないわよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて、ようやく落ち着いた雰囲気を取り戻す。

気分転換にと、来客用にとってあった微妙に高いお茶っぱで入れた、やや熱めの粗茶をイリヤスフィールの前に恐る恐る置いてみた。彼女はやはり、ありがとうと口にはするものの、相当に警戒されているらしい。そこそこ高いお茶っぱで入れた粗茶は、ガン無視を決め込まれていた。

勿体無いと思いながらも、敵から出されたモノは全て口にも、手にも触れないご様子。そりゃそうだ。毒なんかが入ってたらたまったもんじゃない。

そこそこ高いのに粗茶扱いしてしまったお茶っぱに心の中で謝罪をして、イリヤスフィールの座る反対側へと腰を落ち着かせる。

 

「待たせてすまない。それで、話って?」

「私が此処に足を運んだのはね、昨日の事について話がしたくなったからなの」

 

昨日の事、思い付くのはいくつかある。

思い出すのは、バーサーカーとセイバーの戦い。この世のものとは思えない次元にある動きには、今でも鮮明に思い出せる。

他にイリヤスフィールといえば、やはりアーチャーが殺そうとした事だろうか。あの男の考えには理解に苦しむけど、セイバーを助けに行く時の背中は妙に、活き活きとしていた。

こう考えていても憶測に過ぎない。まずは、彼女の話を聞かなければ。

 

「お兄ちゃん、本当に魔術師なの?これが聖杯戦争だって認識、どのくらいあるのかしら」

「魔術師といっても、さっきも察しの通り。見習いもいいとこの、強化の魔術くらいしか出来ない」

 

こう返事をした俺を見て、彼女は大きく赤い瞳をパチリと開けて。まるでバカをやっている芸人を見るような、呆れたと言わんばかりの視線を向けてきた。加えて、大きくため息を吐いて、眉間の辺りにシワを寄せると。

 

「ここまでだなんて。バカなの……?お説教が必要ね、も〜」

「え、えぇ………」

 

まるで理由が分からないけど、ここまでの反応をされると困ってしまう。まず、どうしてバカと言われたのか。だけどそれをストレートに聞いたら、更にややこしくなりそうだ。…どうしろっていうのだ。

 

「何をしたかも分からないって顔ね。いいわ、昨日の恩返しじゃないけど、これくらいは忠告してあげる」

「えっと、なんの?」

「そのボーッとした顔を含めてよ!お兄ちゃん、簡単に手の内を教えちゃダメじゃない。強化の魔術しか出来ないのが嘘、なんて意地悪はしないでしょう?

バカ真面目に答えたら、損をしちゃうよ。そこに意味も理由もないなら、善意は災いの元になるだけだもん」

 

……確かに。

こと彼女に対しては、こちらの手の内は晒さない方がいいのかもしれない。昨日の夜の殺気を今でも覚えているからこそ、自分が当たり前のように話したことで、命に関わると理解している。

だけど、何か違う。そういうのって、なんか悲しい。

 

「そう、だな。ごめん、何も考えてなかった。ありがとう、イリヤスフィール」

「ん〜、長いでしょ?イリヤでいいよ」

「……!あぁ、イリヤ」

 

今の返しには驚いた。普通、敵対する相手にそんな提案はしない。

だから、ここも含めて分からない。

敵意を抱かない自分がいたって証拠だ。

 

「ありがとうっては言ったけど、それだけ今のイリヤに警戒してないのも事実だ。正直驚いてる。

だから教えてくれ。まだ俺、イリヤがここに来た理由を聞いてない」

 

彼女が何を求めてきたのかは知らない。だから、俺は出来る限り、彼女に答えたいと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お兄ちゃん、衛宮 士郎はそう言って、静かに口を閉じた。

ここに来た理由。それはシンプルなのに、とても難しい質問だった。なぜなら、私にでさえ分からないのだ。お兄ちゃんの言うように、敵陣に一人で来て、何をしようというのか。

 

「ん〜、もちろん昨日のことについてよ。お兄ちゃんの行動が理解出来なかったから、来ちゃった」

 

うまく説明出来ないなら、その原因を知るしかない。

この埋めようのないスキマが、不愉快だ。無茶を、無理を承知でこうして城を抜けて来たんだから、絶対にタダで帰ってやるもんか。

 

「う、うん。イリヤ、それがどうして、俺の家に、敵陣に単独で来る発想になる!?」

「どうしても何も、こっちが聞きたくて来たの。もし他の魔術師が相手なら、わざわざ個人的に会おうだなんて考えていない。

お兄ちゃん、貴方だからよ。貴方と、そしてセイバーだからこそ、こうして話をしたくなった。ま、お兄ちゃんは罠とかそういうの、全く出来ないのは知ってたし」

 

お兄ちゃんは苦笑いをしている。

……この顔からは、私に対する警戒心を微塵も感じられない。それに、自分の扱える魔術が強化しかないという事を言うくらい、魔術師としての自覚も、知恵もない。

こんな人間が、どうして聖杯戦争に参加しているのか。そして、

 

 

「ねえ、どうして昨日、私を助けたの?」

 

 

こんな人間が、どうして私を……少しでも敵は減らした方が生き残れるというのに、助けたのだろう。

アーチャーが私を殺そうとした手を、どうして止めたのか。

お兄ちゃんは少しだけ目を開くと、何かを一瞬考える素振りを見せた。あまりにも真剣に考えているものだから、どんな返事をするのかと思えば。返ってきたものは在り来たりな、凡百にも連なるものだった。

 

「目の前で人が殺されそうになったんだ。出来る限り、それを止めようとするのは普通だぞ。敵味方なんて関係ない、君みたいな女の子が目の前で殺されたら俺、ショック死しそうだ」

 

その返事を、私は信用していない。

信用してしまったら、気がどうにかなりそうだから。だって有り得ない。キリツグに引き取られて、こんな風に育つ方がおかしい。こうして口にしているのは、正義の味方としての自分を遂行する為の建前。

私を、お母様を見捨てたのは、アイツが人として未熟で、正義の味方としての完全な心を求めていたからだ。

殺そうとする奴には憎しみを、殺意を、敵意を持って睨む。

キリツグがきっとそうだった。あの時のお兄ちゃんも、アーチャーに対してそうだったに違いない。

 

次にお兄ちゃんは、少し申し訳なさそうに目をそらすと。

 

「それにさ。アーチャーに、そんな事をしてほしくなかった自分もいる。あの時止めようと思ったのは、アーチャーには似合わないって理由もある」

「ッ……!」

 

それは、どういう意味……

口に出していない声に反応するように、お兄ちゃんはこちらを真っ直ぐに見る。

 

「アーチャーのヤツが、イリヤを襲う前に言ったんだよ。お前に現実を教えてやる、ってさ。どういう形でも、アイツは″好意″として受け取れって言って。

そもそも、普通に考えてイリヤを殺そうとするのを、好意として受け入れろって有り得ないぞ?あくまでも、セイバーの事を考えた結果の行動だ」

 

……あの時に、何を考えているの。

 

「ただ間違ってたんだ。セイバーを助けたいって考えてたんだから、助けに行けばいい。

それだけだ。例え友達がいなくても、誰かを想う優しさがあるのは分かったんだ。だから、イリヤを殺そうとするのは、らしくないって思ってさ」

 

真っ直ぐに話す姿勢は、嘘が言えるようなモノではないと理解してしまった。私を殺そうとしたアーチャーの事を、こういう風に捉えている彼に苛立ちが生まれる。

まだ、話し始めて数分なのに……もう、この場所に居たくないと思う自分がいる。

このまま話を続ければ、ここに来た意味から逸脱してしまう気がしてならない。その理由が何なのかも分からないけど、これが合っているとは思えない。

 

「……矛盾してるわ。聖杯戦争に参加した時点で、そんな話が通ると思ってる方がどうかしてる。そもそも、アーチャーも私も敵なんだよ!」

 

机を叩いてしまう。響いた音は小さくて、私の今のようだ。

彼には、私がどう見えているのか。この質問に、何を考えて返すのかだけに集中する。それしか、ない。

 

「俺は人殺しがしたくて聖杯戦争に参加したんじゃない。イリヤ、十年前、ここ冬木で聖杯戦争が行われていたのは知っているか?」

「……えぇ、当たり前でしょ」

 

くらりと一瞬、視界が揺れる。

脳裏に浮かぶ、憎しい顔。キリツグ……。そう記憶している、形だ。それだけに留めておかなければならない、復讐の対象。

 

「十年前の悲劇を、あの事件を二度と起こさせたくない。誰かを悲しませるのは、悲しんでいる顔を見るのは嫌なんだ」

 

その惨劇のど真ん中にいる、あの男のような結果を出さない?

 

「……そう、けどねお兄ちゃん。あまりにも広すぎる視野じゃ、結局何も見えなくなる。

誰かを救おうとして、その答えに行き着いた男は、ロクな死に方じゃない。きっとね。私には分かるの」

 

何度思い浮かべただろうか。キリツグが死ぬ間際の顔を。どれ程の後悔を抱いていたのか。その逆か。

……違う。私は、そんな事を知りたいんじゃない。そう自分の背中を押して、声を捻り出す。

 

「善意は結果、何も救わない。誰かを助けるならそれこそ、最期まで添い遂げるくらいの覚悟は必要じゃない?」

「さいごって、一生涯の方の最期か?う〜ん、それは俺の考えとは違うかな」

 

それは当然だ。

心の中で笑う私がいる。同時に…

とても意地悪だと、嘆く私がいる。

どうせ出てくる言葉は、正義の為と。あの男のような、悲しい結末を辿るものに違いないのだから……。

 

 

 

「憧れの人がいた。俺を助けてくれた、ヒーローに憧れていた人。瞳が印象的でさ、いつも死んだ魚みたいな目をしてたんだ」

 

 

 

それを聞いて、私は呼吸を止めてしまいそうになった。

それは、そのヒーローに憧れていた人は…。

 

 

「まだ幼かったけど、心を動かされた。

そいつ、普段何考えてるか分かんなくて、いっつも俺はボーッと眺めてた。

けど、たまに熱がこもるらしくて、嬉しそうな目をしてたなぁ。まあ、その時はいつも遠い昔話をしてくれた。子供の頃、ヒーローに魅せられた時の事とか、ヒーローは何たるか。ほんと、あの時だけは俺と同い年にしか見えなかったな。

うん、俺はその時の、親父の目を見てから決めたんだ。正義のヒーローになるって。ヒーローに憧れる姿を見て、きっとそれはすごいことなんだって理解したんだろうな、きっと。

あの人の変わりに俺がヒーローになるんだ、ってさ。

そうすれば、あの瞳に輝きが戻るんだって信じてた。だからさ」

 

 

…知らない。思い出せない。

そんなに嬉しそうに話す事は何もない。何もないはず。

そう、私が覚えているのは、キリツグが私を裏切ったこと。ほんの少しの楽しい時間を過ごして、直ぐに私を捨てた、酷い男だけ。

押し寄せる頭痛を無視して、埃の被った記憶から目を背ける、私がいる気がする。これは、めくれるのだろうか?

 

 

「俺は、誰かと一緒に最期を過ごすんじゃないんだ。最期のひと時を過ごしたオヤジの夢を抱いて、俺はこの人生を送りたい」

 

 

ズキリと、痛覚とは遠い衝撃が何処かに轟いた。

彼は、お兄ちゃんは、衛宮 士郎は。私を助けた理由を、答えを出した。あの行動は、あの男から受け継いだ意志だと受け取れてしまう。キリツグを追い続けていたその過程が、アーチャーの行動を捻じ曲げた……。

キリツグの夢を受け継いでるから、衛宮 士郎は今がある。それが、貴方の正義……。

 

「ぅ………っ」

「!!イリヤ、おい顔が真っ赤だぞ!!しっかりしろ!」

 

気付くと、両手で顔を覆っていた。

右を向いたら、私の両肩を揺さぶるお兄ちゃんがいる。

 

「………ッ!ちょ、もう大丈夫だから。まず離れてっ!」

 

とても温かい手のひらを、少しだけ躊躇いがちに突き離す。

もう無理だ。今日は体調が悪い。急に、体温が上がってきている。

きっと、遠出をしたのが身体に障ったんだ。

 

「イリヤ…?」

「大丈夫。私、今日はもう帰るわ」

 

ここでもやっぱり、正体の分からない何かから逃げるように玄関へと走った。まだ駆け出したばかりなのにもう、心臓がバクバクと動いている。息が上がっているようだ。

 

「おい、待てって、このっ!!」

 

玄関を開けたところで、お兄ちゃんの手が私の右手を捕まえた。

帰ると言っているんだから、放っておいてほしいのに、どうして追ってくるの。

 

「イリヤ、様子が変だぞ。急にどうしたんだ。あ、こら暴れるなって!」

 

なんとか手を解こうとしたけど、私の力ではお兄ちゃんを離すことはできなかった。魔術を使えば可能だけど、気がすすまない。

途中まで送ると言ってお兄ちゃんは、靴を履いている。

本当にこの人は、バカだ。私は、一人でいたいのに気付かないんだから。

 

「ねぇお兄ちゃん。セイバーが何処に行ってるのか、知ってるの?」

「いや、セイバーはここを見て周るって言ったきり。イリヤ、どうしてそれを?」

「そのセイバーなら、さっき山のお寺の方へ行ったわ。あそこには、サーヴァントもいるから戦ってるかも」

 

チラッとお兄ちゃんの方を見る。

案の定、食いついてくれたようで、

 

「何だって!?」

 

どうしてお寺にサーヴァントがいるのを私が知っているのか、全く疑問に思わない所が残念だけど。この家からだと走ってちゃ、もう決着ついちゃうかもね、っていうと。

 

「イリヤ、取り敢えず家で休んでてくれないか?俺は、セイバーの所にいかなきゃいけないんだ」

 

また、トンチンカンな事を言っている。

自分の家に、私みたいなのを一人で居させる発想は危ない。だけど、それも分かっていない。もしかするとお兄ちゃんには、私はただの少女にしか見えていないのかもしれない。

 

「……うん、そうさせてもらう」

 

よし良い子だ、そう言った彼は笑顔を向けて、玄関に戻って腰を下ろす私を一度見て、駆け出した。

数秒後、ガシャッという音と共に玄関を横切った影が一つ。自転車、という乗り物にまたがる彼の姿を見送って、私は衛宮邸を後にした。

 

「ごめんね」

 

 

 






fateGOでも早く、士郎に参戦してほしいです。諭吉の準備は万端だぞ、ディライトワークス。
グダグダイベントの周回はきついですが、土方さんが来てくれたのでモチベーションは保ててます。

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