fate/SN GO   作:ひとりのリク

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騒がしく過ぎる

 

朝食を済ませて、既に食器を洗い終える。濡れた手をタオルで拭いていると、電話のコールが鳴った。呼び鈴でもないのに、はーい、と電話機相手に返事をする。駆け足で行き、受話器を取ると。

 

「やっほ〜!士郎元気ぃ〜〜?」

「や、やっほ〜……元気ゲンキ」

 

朝から異常なテンションに、思わず圧倒されてしまった。

相手は藤ねえ。藤村 大河だ。

俺の通っている穂村原学園の英語教師にして、2-C組のクラス担任兼弓道部顧問。今はもういない親父の切嗣に引き取られて、この家に来た時からの付き合い。親父目当てでウチに遊びに来た藤ねえとはよく、親父の取り合いでケンカしてた。あれから時間も経ち、今ではバッチリ俺の姉的ポジションに落ち着いている。

用件は……至急、弓道場へ弁当を届けられたし!だと。

丁度良かった。朝に作った余り物でサンドイッチが出来そうだと思ってたんだ。藤ねえはどうせ肉系を所望するのだろうけど、そうはいかない。今夜は体力をつける為に、肉料理で腕によりをかけるつもりなのだ。ついでに、セイバーの好みを探って気に入ったモノがあれば、その方面で暫くは献立を考えていかないと。

どうして此処までやろうと意気込んでいるのか。セイバーが命の恩人で、大切なパートナーになったからもあるけど。朝食での会話が主な理由だ。

 

♦︎朝食の出来事♦︎

 

朝食中に会話で、「なんか俺、魔力供給殆どないんだけど」とカミングアウトしたセイバー。その意味の重大さに気付いで思わずテーブルに身を乗り出したが、セイバーはそう深く考えていないようで。「あ〜、悪意がある訳じゃないのね。ま、昨日から薄々気づいてたけど」味噌汁を啜りながらこう言った。

悪意という部分の意味はまぁ、エロ本を見つけられた腹いせとか、そういう意味だったんだろう。そんな事するもんか!と言って現界しているのに問題はないのか聞いた所。

「普通ならヤバいけど、俺は別のラインで士郎から魔力供給は受けてんだよ。ちょいと足りてないけど。悪い、黙ってたわ」

それを聞いて安心した。形はどうあれ、セイバーは上手く繋がらない俺との魔力ラインを、彼独自で繋げてくれているようで、魔力切れの心配は無いとのこと。

どういう方法なのか聞いたら、「宝具が勝手にやってくれてんだけど、よく分かんね〜」焼き魚を頬張りながら言った。

彼は、魔力供給がそれでも足りないとのこと。それをどうしようかと思った矢先、すぐに解決した。それは、以下の通り。

 

それにしても、彼は良く食べる。作る側としてはとても嬉しい。時々、うめえうめえ、と呟いていて感想も聞けるので満足だ。

「普段からセイバーって、結構食べる方なのか?」

セイバーがひと段落ついたのを見て、質問する。

「そーだな。いつもじゃねえけど、そこそこ食べる方だわ」

それに続けて、

「食べたもん全部、魔力に変わるみてえだし」

俺にとっては聞き逃せない発言。つまりそれは、

「じゃあ、足りない分は!」

「食事で足りると思うぜ。ケツから出るもん出ねえから、安心しろ。魔力は逃さねえ!」

「そんな話はしてないっ!食事中だぞセイバー……

よし、取り敢えずは良かった。食事が大事だってんなら、俺に出来るのは一つだけだ」

 

という感じで。

「ちなみに魔力変換が大きいのは肉だな、うん。ありゃやべえよ。魔力変換大きすぎて、口から涎が溢れるくらいやべえわ」

セイバーのこの発言を最後に、栄養満点の肉料理が決定した。

「っしゃあ肉ゥゥゥ!」

セイバーの内情をその時は知らなかった。

 

♦︎回想終了♦︎

 

場所は台所。

 

「なんだ士郎、もう昼飯の準備か?昼間くれえ身体休めとけって」

「ちょっと藤ねえ、さっき言った虎の人から連絡あったんだ。弁当持ってきてくれ〜って」

「あ〜、さっきの電話、お前のね〜ちゃんか。それで支度中って訳ね」

 

「コンビニ弁当でも学食でもあるだろうに。まあ、気持ちは分からんでもねぇな。士郎の飯はうめぇし」

 

朝食を気に入ってくれたようで何より。

褒められると、素直に嬉しい。

 

「かなりの年数、料理に打ち込んだんじゃね〜の?」

「まあそこそこ。なんせ子供の頃から一人で住んでたから、家事とかは俺しかやる奴いなくて。藤ねえ、手伝ってくれって言っても喉をゴロゴロ鳴らして横になってグータラしてさ。誰かさんはそんな事ないけど」

「うわまじか、すげ〜いいな〜」

「俺の作るご飯は最高とか、うまい〜だとかをよく言ってくれるから、最初のウチは良かったんだけど」

「良い事じゃねえか。最近の子供ってのは、作ってくれた飯の感想言わないからね。スマホ片手に箸動かしてるらしいよ」

「途中から、あれ?藤ねえもしかして俺を煽ててるだけ?もしかしてこのまま数十年やり過ごす気?って思ったんだ」

「そら疑うわ〜。煽てて自分は何もしてなかったらそらそうなるわ〜」

 

感慨深そうに目を閉じるセイバー。

スマホとかはよく分からないが、心当たりがあるようだった。いや、自分がどうかは分からない。ただ、今の俺は少しだけ、ブラックだという事だけだ。

 

「思い切って、一時期は晩飯抜きとかにしてたよ。そーでもしないと、あのダメ虎はウチでニート決め込みやがるんだ。ま、それでもブーブー言うもんだから、あの頃の俺は庭に締め出したりしてた。ご飯抜きにしてみたり。野菜とご飯とか。今となっては懐かしい、うん」

「…ん?」

「…」

 

背中だけしか見えないセイバーは、士郎の感情にようやく異変を感じ取った。今朝のエロ本騒動に似た、恥ずかしさとトラウマが滲み出ている感じだ。

士郎は空笑いを零して、続ける。セイバーは、額に汗を浮かべる。

 

「でさ、藤ねえ。その腹癒せに、俺が友達から無理矢理受け取らされたエロ本掘り起こしやがった。はは、あの時は今朝よりも精神抉られたなぁ」

(こ、ここで最近のトラウマ掘り起こしたぁぁぁあ!?)

 

声に出せない叫び。目元が真っ暗になる両者。

 

(つかお前、既に姉ちゃんにエロ本バレてたんかいぃぃぃっ!)

 

たった今、セイバーの中で何かが崩れてしまった。

 

「…あの、何かお手伝い出来る事はありますか〜?」

 

昼間はグータラ決め込む予定だったセイバーは、飯欲しさに決意を折った。それとは別で、士郎のトラウマを速攻で埋めるため。タダ飯食べてたらそのうち、自分もそうなりそうな気がしたからだ。魔力変換が大きいのは肉だとか言ったけど、余裕で嘘なのだから。心の底からから肉が食べたくて仕方ない。牛肉とかタダで食べてえ〜、とかクソみたいな理由しかない。

セイバーもやはり人の子、そこら辺はしっかりしているらしい。まあ、根性なしであり、良い人だ。

 

「いや、セイバーは気を遣わないでくれ。これから何があるか分からないんだ。むしろ、自宅警備員くらいが丁度良いって思う」

 

屈託のない笑みが、逆に怖く見えてしまう。

 

「いや、あの〜……それってニーt...」

「さて、弁当作らないと!サンドイッチの具は〜っと」

 

何かを忘れるように、包丁を握る士郎。

大量の汗が噴き出ながら、血走るセイバー。

 

 

 

 

「…なあ士郎。もしかして、朝のエロ本のこt...」

 

 

 

 

トスン。

柔らかい、然し鋭利な音がセイバーの頭の上から発生する。

恐る恐るセイバーは、背中を預けている木の柱を見上げた。すると、数十センチ上に、キラリと光る……刃渡り十五cm程の包丁が、三分の一程突き刺さっていた。

 

「ごめんセイバー、手元が狂って包丁がすっぽ抜けちゃった。ケガない?」

 

ギロリと目ん玉剥き出してセイバーを見つめる士郎。

口元の笑い方は、Sっ気混じりで下手すれば家から追い出されそうだ。

取り敢えず、突っ込んだら負け()だと瞬時に理解する。

 

「うううう、うん大丈夫!

そうだよねぇ〜、思い出したくない過去ってあるよねェ〜〜。あ、俺ェ、廊下の水拭き清掃しとこっかなあ、あはははは」

 

顔から変な汗を噴き出しながら、セイバーは裏声で生存確認に応えた。

 

「汗すごいぞ。サーヴァントでも冷や汗って出るんだな」

 

とても挙動不審だけど、どうしたんだろう。フフ…

しかし、手元が衝動的に狂ってしまうのはいけない。これからは気をつけよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「弁当良し。念を入れて、桜と美綴の分も用意ヨ〜シ!」

 

弁当に向けて指差呼称。

こうすれば忘れ物も減るらしい。指で確認して、声で確認。この二重の確認をするだけでいいのだから、みんなもやってみよう。

一通りの持参物はあるので、そろそろ学校に行かないと昼飯時に間に合わなくなってしまう。

 

「うひゃあ、ピッカピカだな」

 

キラキラ〜、という擬音が浮かび上がりそうな程に磨かれた廊下。

隅の埃さえも見当たらない。玄関で靴を脱いで、いつものようにただいまと口にして廊下に踏み入れると多分、ぐるりと一回転くらいしそうな程の滑り。ワックスを使っていても疑わないけど、セイバーはこの域に、水拭きだけで達していた。一体、何が彼をそうさせたのだろう。皆目検討がつかない。

さっきまで物凄い勢いで廊下の水拭きをしてくれていたけど、いつの間にかいなくなってる。

 

「おーい、行くぞセイバー!」

 

玄関から大声で名前を呼ぶけど、気の抜けたた返事はない。いや、というより、家の中からセイバーの気配が無い気がする。

さて、とすると、外だ。

 

「ん〜、裏庭かな?」

 

どうしたんだろう。

居間から見える、いつもの庭に足を運ぶと。

 

「いた。おーい、セイバーどうしたんだ?」

「おう、ちょいと土蔵見てた」

 

土蔵を見つめるセイバーだったが、声をかけると此方に歩いて来る。何かある訳でもないようなので、深くは聞かなかった。

 

「そうか。ははは、昨日あんな事があったなんて嘘みたいだ。所々、地面にヒビは入ってるけど」

「これも凛とかいうマスターに直してもらうか。それよりホレ、姉ちゃんに弁当届けるんだろ。さっさと行こうぜ」

 

頷いて門へ向けて踵を返した所で、セイバーが口にした女性の名前が喉につっかかる。……凛。そう、遠坂 凛。

 

「……あ。思い出した!」

 

昨日、遠坂と一緒にいた事を思い出した。なんでこういうの忘れるかな、俺は。

 

「そういえば遠坂は?アイツ、昨日の夜、バーサーカーと戦ってる時どこ行ってたんだ!?」

 

昨日は、セイバーの戦いを見守る事と、イリヤを助けたい気持ちで頭の中がギュウギュウだった。これを言い訳にするのは失礼だから口にしないけど、彼女の安否が気になる。

 

「アーチャーが安全な場所に避難させてたみたいだぜ。少なくとも、お前がぶっ倒れた時にはあの場所にはいなかったろ?」

「アーチャーが…そか、よかった。それなら良いんだ」

 

あの場所からアーチャーが避難させてくれていたと知って、心の底から安堵した。バーサーカーの猛威を前に、何が起こるか分からない。安全地帯に遠ざかっていたのなら、万が一アーチャーが倒されても彼女が死ぬ事はないのだ。

しかし、セイバーは違うようで。

 

「よくはねえんじゃね〜。あいつ、安全な場所で戦いを見守る性格じゃなさそうだし、絶対にアーチャーにブチ切れてるだろう。アーチャーの気持ちも分かるけどよぉ、凛からしてみりゃ、大きなお世話だ〜って風に説教受けてるだろうぜ」

「人のこと庇えないなぁ、俺」

 

…なんか、俺にも当てはまるような気がして、何も言えない。

取り敢えず、こうしている時間が勿体無い。学校へ向かおう。

 

ーーー

ーー

 

外を歩き始めて、空を見上げる。青空にポツポツと浮かぶ雲が、彼の服装を連想させる彼の姿を見て。

 

「あ…」

 

大切な事を思い出した。

 

「セイバー、今思ったんだけどさ。いや、思い出したんだけど」

「どうしたよ。忘れもんか?サーヴァントだからって、雑用係みたいな扱いはあんまりしたくないぜ?つか、苦手だし」

「そうじゃないし、そんな事は頼まないよ。

言いたいのは、服装だよ。その着物みたいな服装」

 

そうなのだ。セイバーの服装だ。

まだ、彼の名前や出身についてはまだ話していないけど、見た目的にそこそこ昔の人なんだとは分かる。俺の中では、いや、部屋の中ではなんでか違和感を持たなかったが、外の景色を踏まえて改めて見ると……

 

「変か?これ」

「ああ、多分。メイビー。俺はいいとは思うけど、客観的になるとね」

 

特に腰。修学旅行先で、お土産に木刀を買ったのを自慢したがる奴がよくやりそうな、侍風スタイルはセイバーの事を知らないと痛い人に見えて仕方ないだろう。○二病とか、変質者とか。

 

「ていうよりも、それって何なのか全く見当がつかない。

片袖脱いでるのとか。そんな格好、見た事ないから。つか、ダラシなく見えるぞ…?」

「ばっか!士郎、俺の時代じゃあ、こういう服装は街中で売ってるくらいには結構、ウケ良かったんだぜ(ある意味)」

 

…なんだと。

 

「しかもな、専門店すらあったくれえ売れてたから。この服がズラ〜〜って。店の手前から奥までだ!ま、当たり前っちゃ当たり前の光景だけどよ」

 

…え。嘘マジで?

セイバーって、もしかして未来に生きているんじゃないのか?いやいや、その考えだと、未来でこの服装がウケている事になる。それはない。いやいや、ないない。

つか、この服装の人達が街を行き交うとか、想像出来ないんだけど。

 

「いやいやいやいや」

「疑ってやがるな、たく。そう言うまえに着てみりゃわかるぜ?」

 

なんて言いながら、セイバーは何処かに隠してもいたのか、全く同じ上下一式ベルトにブーツまで取り出していた。

 

「はい?っ、…て。それ何処から取り出したんだ!?」

「俺ぐらいこれを着こなしてるとな、隅から隅まで把握してるせいか魔力で編めるんだわ。魔力ってすげえぞオイ。これで洋服代には困らねえぜ士郎!」

「困るわ!魔力を大切にしてくれ!?

セイバーならまだしも、俺がその服装で新都に出掛けたら暫く外は出歩けない」

 

これを着て外に出たとしよう。取り敢えずご近所さんからは不審な目を向けられるに違いない。慣れ親しんだ商店街を歩こうものなら、俺が新しい世界の扉を開いたのだと悟るのは目にも浮かぶ。新都にいこうものなら、コスプレイヤーだと思われてパシャリと写真を撮られるのは確実だ。

 

「うん、間違いない…俺にそれを着こなす勇気はないんだ、セイバー」

 

多分起きないような事でも、大袈裟に考えてしまう。これで外を出歩くとか、俺の肝では出来そうにもないので、セイバーの作ってくれた服はしまってもらおう。

それにしても、さっきからセイバーの様子がおかしい。何かを考えているようで、今、結論が出たらしい。

 

「あれ。これもしかして………金も」

「セイバー、それ最低だぞ」

「じょ、冗談だって!」

 

…目が、まじだ。

こいつ、やばいぞ。

 

「あ、ちょっと用事を思い出したから銀行に「待て待て待て!」」

 

生きてもいない時代に呼び出されたのに、銀行に用事があるなんて只事ではない。いや、済まされない。

サーヴァントだからって、好き勝手させると思うなよ。

セイバーもそこは分かっているようだ。すぐに折れて、頭をかきながら俺の隣を歩き始めた。

 

 

そうこうしていると、見慣れた交差点に差し掛かる。

ウチの家は坂の上にある。家を出て坂を下れば、町の中心に位置するこの場所に出るのだ。

この交差点は町の中心と言うだけあって、坂を登れば柳洞寺、下れば商店街や学校、隣町に通じる大橋とここを通るのは当たり前の場所。この事をセイバーに説明しようと立ち止まると、先に質問が飛んできた。

 

「士郎、一つ聞きてえんだけどよ。この道を登った先って、何があんのか知ってるか?」

「あぁ、この先ならお寺だよ。山の中に建っていて、柳洞寺っていうんだ」

 

交差点を曲がって西に進むと、山道に続く田舎みたいな場所へ出る。新都とは正反対に位置する土地に、柳洞寺は建てられている事を説明する。

 

「山の中の寺、ね。へぇ、そうか」

 

何があるのか、それを聞いた意図が何なのかは話してくれなかった。

一通りの事を教えて、俺は学校へ向けて坂道を歩く。

 

 

 

 

 

 

なんともくだらない話をしていると、いつの間にか学園を通り過ぎていた。自分の学校を忘れるくらいは楽しかったけど、会話に集中するのはどうなのかと思いながら引き返し、今は弓道部のドアを叩いている。

後ろで眠たそうに目を開けているセイバー。学校に関心はないらしく、ボーッとしている。この人、どこを見ているのだろう。視線の先には、グラウンドからやや離れた位置に建つ、陸部の更衣室があるように見えるが。……いや、まさかね。だって、軽く150メートルは離れている。うん。視力に自信のある俺でも、陸部の更衣室の様子までは分からない。

それに、カーテンくらいは閉めるだろ……う。いや、どうだろう。閉めていても、あの陸部には忙しないで有名なランナーがいる。何かの拍子でカーテンを開けて、中の様子がうっかり……

 

「あの、先輩?」

「……」

 

うっかり見えてしまう、なんて事もあり得るかもしれない。十分に可能性はある。取り敢えず、セイバーの視線を何処かに移しておけば共犯にはならないだろう。

 

「先輩、先輩?ボーッとして、あ、もしかして熱でもあるんですか!?」

「はう?あ、さささ、桜ぁぁぁ!?」

 

ピキッと背筋が凍る。俺は一体何を考えていたのか。

やべ、我ながら寒い。

 

「いや、何でもない。お疲れさん、桜。藤ねえはいるか?」

「い、いえ…今は席を外されています。それより、その〜…」

 

弓道着に弓を持つ、紫色の腰辺りまで伸びたストレートの髪が特徴の後輩、間桐 桜が不審そうに視線を送る先には。

 

「あ。この人、えっとこの人は〜」

 

尚もボ〜っとした目で遠くを見つめるセイバー。

そういえば、セイバーの事をどう説明するのか全く考えていなかった。どう説明するか分からず、思考が停止しているとセイバーが口を開いた。

 

「どうも。セイバーで〜す。ちょっと野暮用で〜、ここら辺にある聖杯を」「なっ…!?おお、おいちょっと口閉じて!」

 

こいつに喋らせてはいけなかった。取り敢えず、咄嗟に金的をして口を塞ごうとしたが。流石サーヴァント、普通に避けられた。

 

「………セイバー、さん………ですか」

「ごご、ごめん桜!ちょっとこの人と話さないといけない事があってさ…!まだ俺、学校にいるから。多分、教室か生徒会室。あ、これ藤ねえに渡しといて。桜と見綴の分も作ってるから。それじゃ!」

 

セイバーの襟を掴んで猛ダッシュ。校舎へ逃げ込む。

桜の制止を心の中で申し訳なく思いながら、言い訳をどうするかを考え始めた。

 

 

休みの日でも開いている屋上へと上がり、弁当を広げる。

作ってきたサンドイッチを頬張るセイバーには食事を中断する形になるが、それでも構いやしない。

 

「魔術を秘匿する気あるのかっ!?」

 

屋上で叫んだ。

 

「…?おう」

「あるんだなぁ!?」

「おう〜」

「嘘つけぇ!全く無かっただろセイバー!オープンすぎるだろっ!桜は一般人なんだ、こんな殺し合いに巻き込むような真似はしたくない」

「わ、悪かったって。もうやんねーから!」

 

巻き込むという言葉に、セイバーも分かってくれたのだろう。この殺し合いには、関係者以外は絶対に巻き込みたくない。口にするのでさえ、ダメなのだ。

 

「あれがわざとならソレで、怒るぞ」

「んなわけねえだろ。俺も驚いてる」

「…?それって、どういう意味だよ」

 

セイバー自身も驚いているとは、一体。気になったからトントン拍子で質問するも、

 

「いや、別の意味でだよ。まあ、士郎はまだ知らなくていい」

 

特段何もないと、含みはねぇよ、と言って立ち上がる。

 

「学校見たし、他ももう少し見てまわりたいんだ。それに士郎、俺は少し寄るとこあるからよ。先に帰っててくれ。真っ直ぐ家に帰れよ〜」

「え、ちょ!急にどうしたんだセイバー。寄る場所あるなら、俺がいた方がいいだろ!?」

「悪いな。いた方が都合良くね〜んだよ」

「…!まさか、銀行強…」

「ちげぇから!俺こう見えても善ついてるからぁぁ!」

 

…そこまで言うなら、信用しよう。

と言いながらも、最後まで疑いの目を向ける俺に大丈夫を連呼して、セイバーは屋上から校舎裏に飛び降りていった。

あ、さっきグランドでどこ見てたか聞いてなかった。

 

 

 

 

 

 

閑散とした屋上に一人でいると、寒さが身にしみる。

さて、弁当は届けて。セイバーは何処かに言っちゃったし。

弓道部の練習でも見ようかなと思ったけど、部外者がジロジロと見ていると部員は気が散るだろう。

 

「帰ろう」

 

サンドイッチを入れていた弁当箱を片付けて、屋上を降りる。

休みの日なので当然のように、廊下に生徒は見当たらない。寂しい光景だった。昨日、自分はここでランサーに心臓を一突きされて、絶命したはずだったのに今でも生きているのは、やはり不思議だ。

今は痛みこそないが、記憶に焼き付いた光景と恐怖は、簡単に拭そうにない。誰もいない廊下。昼下がりとはいえ、ここに立つと心拍数が自然と上がっていく。

立ち止まる必要はない。はやく、ここから離れよう。

ここには、俺を助けたくれた誰かはいないのだから。

 

「衛宮くん?」

「おわっ!?と、遠坂!」

 

階段を降りようと踏み出すと、下から階段を上がってきた遠坂と鉢合わせした。

彼女の顔を見て、一気に張り詰めた空気がなくなった。同時に、無事を確認できて思わず嬉しい気持ちになる。

 

「良かった、無事だったんだな!」

「え、えぇ……。なんか、嬉しいことでもあったの?」

「そりゃあ、遠坂に何もなかったんだから嬉しいさ。昨日はアーチャーが安全な場所に連れてってくれたんだろ。それでも一応、俺の目でも確認したかったんだ」

「…」

 

遠坂は目を逸らしてしまった。

こっちは安否を確認できてホッとしているけど、やっぱり遠坂自身は、あの場から自分だけ安全な場所に行った事を気にしているようだ。

 

「昨日はごめん。アーチャーがね、私はあそこにいると死ぬからって言って、大橋に私を連れて行ったの。何言っても聞かなくて、令呪使ったら契約は解除するって」

 

あの遠坂が、モジモジしている。俯いて、此方に表情を見せないよう必死にしている動きは不覚にも、可愛いと思ってしまった。

 

「うん、気にするな遠坂。アーチャーがやったのは悪い事じゃない。あいつはきっと心配性なんだよ」

「それでもね、私は前戦で戦いたかった。元々、そういうのは覚悟しているし、何よりアーチャーに何処か信用されていなかったのが悔しい」

 

…そうか。アーチャーの行動は、そういう風にも捉えられるんだ。

むしろ、遠坂からしてみれば自然とそういう結論に行くのだろう。

アーチャーなりの気遣いは、裏目にでたのだろうか。もし此処にいるなら、彼に直接聞いてみたい。アーチャーはどういう意味で、遠坂を遠ざけたのか知りたかった。

アーチャーはいるか?と言おうとしたが、先に遠坂が口を開けた。

 

「…だから、今日はそれだけ。もう既に私たちは敵同士。昨日の事があって謝りたかったから、こんな無防備なマスターさんにも手は出さないの」

「…え」

 

遠坂の目つきが変わる。

喉まで出ていた言葉は、出る機会を失う。予想外の展開に、頭が追いつかない。

 

「あ…」

 

そうだ、また忘れていた。

昨日、遠坂が俺に聖杯戦争の事を教えてくれた理由。俺が何も知らないからだ。ヒヨコのマスターに最低限の知識をあげて、せめて戦いの覚悟だけでも芽生えさせようという親切。彼女は魔術を知る者として、遠坂家の血筋として俺に教えてくれたんだ。

 

「思い出したかしら?そーいうことよ。だから、明日からは敵同士でやっていきましょう」

 

そう言って目を逸らすと、遠坂は階段を上って屋上の方へと姿を消した。呼び止めようとしたのに、何故か血に染まって廊下に倒れる自分の姿が視えて、出来なかった。

 





閲覧ありがとうございます。
進展があまりない今回ですが、この章で必要最低限な会話を入れました。大切な伏線とかそんなのじゃなく、彼らが次にどうするかの会話です。


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