fate/SN GO   作:ひとりのリク

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「……ん?」



なりを潜める理想郷

頬を叩くように吹く風。砂埃が混じっていて、服の生地の届かない顔や手が痛い。とても鬱陶しい。こんなにも強い風だから、嵐でも来るのかと思いテレビのリモコンに手を伸ばす。

いつもテーブルの上に置いてあるので、見らずとも位置は把握している。右手だけが伸びて、所定の位置にあるリモコンを握ろうと手を閉めて、空振った。

……あれ?なんて寝ぼけていないと出てこないような声で呟く。

辺りを捜索してもリモコンはない。おかしい、どうして無いんだろう。どうして……

 

意識が、異常を感じ取る。

俺の神経が、訴える。

そうだ、おかしい。どうしてこんなに強い風が吹いているのに。俺はテレビのリモコンを取ろうと手を伸ばしたんだ!?

こういう時、普通はまず室内に行くだろ!

 

「なっ!?」

 

まるで見えていなかった視界が、異常に気づいて働く。徐々に、俺を焦らしているとしか思えないくらいに遅く、視力が戻っている。

いや、そうじゃない気がする。見えていないというよりも、見ていないといった感覚だ。何ていうか、目を閉じていたような。眠りから覚めたようなものだった。

それによくよく考えたら、俺は手を動かしていた気がしただけで、右手は全く動いていない。あれは、あまりにも手馴れたクセが錯覚を起こしていたんじゃないか…?

というよりも。この身体は…思うように動かない。手を挙げようとしても、立とうとしてもビクともしない。いつもは意識せずとも出来る行動が、こんなに神経を張り巡らしても指一つ動かせないなんて。こうも思い通りに動かないと、苛立ちよりも先に、恐怖すら感じる。

 

「ここは…」

 

混乱しているが、視力はどうせずとも戻ってきた。

じわり、じわりと視力が戻る感覚は、まるで他人のモノ。目を開ける事が怖いのか、恐れているよう。

そうだ、これは確かに俺の意識じゃない。何故かそう思う。この浮遊するような感覚は、現実的じゃない。

ここでようやく、俺は確信した。これは誰かの意識、誰かの目線なのだと。

心を落ち着けるように。今の状況を把握しようと必死に目を凝らす。

当然のように、俺の家じゃない。知っている場所でもなく、何処ともしれない部屋が映った。

 

「………ここは、廃墟か何かか?」

 

まず、自分/誰かが立っているのは、かなり高いビルか何かかもしれないとだけ。高いと判断したのは、外に映る景色が一面の青空。ビルの一つも見えない。まず、確実に5階以上はあるだろう。まだ下の様子を見ていないので何とも言えないが。もしかすると、とてつもない田舎だという可能性もある。

ビルだと思ったのは一概に、ボロボロで用途の探りようがないくらいのフロアにいるからだ。あちこちに散乱している机やイスは、見ただけで埃を被っている事が分かる。こういうオフィスは、短絡的にビルだと俺のどこかで決定しているらしい。

一体、何年もの間放置していればいいのだろう。

…いや、この際それはどうでもいい。もう気にならない。

この例えようのない焦燥のお陰か、ピクリとも動かなかった身体が漸く、ノロリと立ち上がる。

その動作は、まるで死人のよう。ぶらりと垂れ下がりそうなくらいに力のこもっていない両手。げんなりと曇る心身。とても寂しそうな呼吸音。同調してもいないはずなのに、俺の心は、この意識の持ち主に影響されて落ち着いてしまった。いや、落ち着きを底抜けて、孤独を感じる。

 

目を閉じる。胸に手を当てる。

 

あぁ、成る程。理解した。力が抜け落ちてしまうのも無理はない。誰かの心は、圧倒的に心が壊れてしまっているらしい。分かる、伝わってくる。ナニかに飢えているのだ。きっと、俺と似ている。

こうして立ち上がっているのでさえ、放棄したいくらいに、精神の栄養が枯渇している。

疑問が浮かぶ。こんな身体にまでなってどうして、生命活動が出来るのか。俺なら多分、自殺しているだろう。

理由を知りたくて、目を開ける。

先程のオフィスとは違う景色が見えた。ここは窓際だ。これで、ようやく外を確認できる。

 

「うそ……だろ」

 

言葉を失いかけて、ようやく呟いた。

眼下に広がる枯れた大地。整備を放置した建造物。人の気配は建物と建物の隙間からだけで、道の真ん中を歩く者はいない。

これは、荒廃した街だ。

文明が死んだ世界が広がっている。何かに侵食されていく″舞台″のよう。不思議だけど俺は、この街にとても興味を惹かれた。身近に置いてある小説に手を伸ばすように、街に向けて身を乗り出す。しかし、意識だけが前に行くだけで、この身体はピクリともしない。

不思議な感情だ。ここには、先程の例えようのない心当たりがある気がした。喉のところまで出掛かっているのに言葉にできない、共感したい思い。

今の状況を忘れて、街の景色に手を伸ばす。

何かを掴まなければ…と。右手の甲が疼いて仕方ない。使命感が身体を走り去る。何なんだろう、この感情?

 

 

 

俺は、遠い昔。何か似たような景色を…

色が違うだけで、とても恐ろしい場所にいた…

 

 

 

そこで、視界は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ぅ」

 

朝。瞼越しに差し込む朝日を感じる。

ゆっくりと、意識が覚醒した。全身がとてつもなく怠い事を即座に理解しようと、思考が働く。この身体の重さは、土蔵でモノの修理中に油断してコンクリートの上で寝てしまった時の寝起きを上回っていた。

ピクリと身体が動く。その時の、肌に触れる感触で、自分が布団の中にいる事を認識した。起きたのだから、布団の中にいる事は可笑しくもなんともない。だが、昨日は布団にもぐった覚えがない…。それどころか、自分は昨日、普通に寝る事が出来たんだったっけ…?

 

「あれ………俺………」

「よぉ〜」

 

とても落ち着ける声が、真横から聞こえてきた。知っている。これは、セイバーの声だ。無駄に気怠い身体をゆっくりと起こしながら、挨拶をくれたセイバーに返事を返す。そうだった、思い出した。俺は、彼に助けられて、聖杯戦争に参加したんだった。

首を回すと妙に痛かったが、目を合わせずに言うのは失礼だ。身体をセイバーの方に向けると、セイバーが何かの本を真剣に読んでいるのが確認できた。どうやら勉強熱心な性格のようだ、なんの本だろうか。

 

「おはよう、セイバー」

「やっとお目覚めか、士郎」

 

相変わらず、セイバーの右手人差し指は鼻の穴へと穿たれている。コイツと握手する時は、俺は左手でしなければいけない。そう思いながら、セイバーが真剣に視線を向ける本へと話題を移す事にした。

 

「なあセイバー、ソレ、何を読んで………!?」

「エロ本」

 

ピシリと。視界が一瞬、白黒世界になり、セイバーに対する自分の認識が誤っていた事を理解した。

………醒めた。ついでに思い出したぞ、昨日の事。まぁ、それについては後で話す事にしてだ。

まずは、叫ばなければなるまい。大きな声で。せーのっ…

 

「なんでさあぁぁぁぁぁぁぁあ!!!???」

 

ご近所に響き渡る士郎の絶叫。立ち上がりながらの一声は、全身の痛みをヒートアップさせる。ぐぁぁ…と呻きながら布団に座り込む士郎をボーッと眺め、エロ本に視線を戻すセイバーは、欠伸を捻り出して一言。

 

「出てきた」

「なっ……」

 

その返事は………衝撃的です。

せめて、買ってきたとか言ってくれれば、まだ気持ち的に楽だった。

まさか、見破られるとは………(ガクリ)

 

 

 

Now Elouding...

 

 

 

笑い話で流せない事実から十分。受け止めきれない過酷な現実から逃げ出したい気持ちを抑えつつ、フルフルと小刻みに震える全身。布団の上で正座し、きっと自分の今の顔は、恥ずかしくあり又、酷く挙動不審な表情なんだろうなぁと自己分析していた。

当然だ。この画面を真顔で見ている君なら分かるはずだ。思春期と青春を股に架ける年齢の高校生が、昨夜に命の恩人となり尊敬する大人として見ていた人物に………あの、後ろ姿が眩しくて目を瞑りそうになったセイバーに………だ。

 

「士郎、悪かったって。どうかこの通りだ、出てきたエロ本は見なかった事にする………だからこの通り!」

 

″俺″のモノらしきエロ本を見つけられたのだから!

え?今時、エロ本は買わないだって?そうか、ネットがあるもんな。いや、それは置いておくぞ。

 

「しっかし、やっぱ男だな士郎〜。金髪に黒髪、薄桃、紫色の髪までいるじゃねえか。こいつら、お前とあんまし年齢変わんねえけど、何歳だよ。にっひひ〜。……おっと。

えぇ〜、ゴクリ。本来なら大人である俺は、こいつらを没収しなくちゃならねえが」

 

そういいながらセイバーは、横にズラァ〜ッと、計四冊のエロ本を並べて「もう見ませんよ〜」とアピール&謝罪をしている。

 

「けどよ、こっちは居候の身だし。サーヴァントだし?そんな奴に、口出しされたら俺なら包丁投げつけるね、うん。だから安心しろ、忘れるぜ!」

「……横に並べないでくれないか!?せめて重ねてくれ頼むから!あぁもう。いっそ土蔵に引き篭もりたい………」

「そうか。じゃあせめて、土蔵の奥深くに封印して…」

「しなくていいっ!はい回収!」

 

 

土蔵に置かれたら困る。日課の魔術の鍛錬とかに集中できない。

居間に移動して、このエロ本の事情を説明する。

死にたくなる気持ちに変わりはないけど、これには心当たりがある。これ、多分。いや間違いない。

 

 

「そもそもこれはだな、俺の友達から無理やり渡されたんだよ!処分しようって思いながら、タイミングを見計らってたんだけど」

「出来なかったと?」

「あぁ。ウチには虎がいてさ。下手に処分したらすぐにバレそうになったんだ」

「そうか、士郎の中の獣か……思春期の時は、俺も何匹か飼ってたわ」

「ぶふぁっ!?違う違う!人間、人間だからその人!教師なんだよ!ほぼ毎日、ウチに来るんだよ。昨日は偶々来なかっただけで」

「あぁ、そうなの。いや、別に士郎の性癖にとやかく言う程性格捻くれてねぇぞ。だから思う存分発散してくれて。俺のいない時に」

 

こいつ絶対解ってない。それか、解ってて言ってる。多分後者だろうな〜、なんて考えていると。

コトン、と。当たり前のようにセイバーは、長方形のこんにゃくが乗った皿を目の前に置きやがりました。なんで懐かしいものを見る目でコンニャクみてるんだ、え。なにこの人、コンニャクにお世話にでもなったの?

言いたい事を飲み込んで、ドカン。

 

「発散しないからなぁぁぁあ!?

そのこんにゃく、朝の味噌汁に入れようと思ってた具じゃないか!?器用に包丁で縦線入れてくれるなぁぁっ!ナニに使うって言うんだ……」

「男の朝は皆等しく元気だろ、ナニ」

「答えないぞ、それに答えたら俺はもう終わる気がする…」

 

このままではまずい。もう、こうなったらやる事は一つ。

 

「よし、わかった。これが俺の大切な物じゃないって証明してやる!

セイバー、その本持って庭に来てくれ」

 

 

 

 

 

 

場所は変わって、冬の風が身に染みる朝の庭。昨日のランサーとの激突が嘘のように静かで。一つ、庭の中心でバチバチと音を立てている場所があるだけ。

火だ。いや、この場合は焚き火と言えばいいだろう。

何処からか集めてきた落ち葉と、程良い長さの木の棒を掻き集めてきた士郎は、それらを一箇所に集めるとマッチを擦った。火は二分でボーボーと燃え盛り、何か手頃な紙などを燃やすには十分な勢いをつけている。

 

「し、士郎…くん?待て、早まるなバカヤロウ!いくら友達のだからって、そこまでする必要はねぇぞ!?」

 

眉毛をピクピクとさせて、若干引き気味のセイバー。彼の右手に握られているソレらを燃やすつもりらしい。

 

「ホラ、俺も実は読みたいし!あ、…間違えた、俺″は″読みたいんだ。ごめんって、おちょくったのは謝るから!悪かった、俺がやってはいけない禁忌に触れたのはもう十分に理解したからっ!」

 

必死に弁解をする。思春期の男の子は時に、何をするか理解不能である。

 

「セイバー、このままじゃ俺は立ち直れそうにないんだ」

 

そう言ってセイバーからエロ本を受け取ると、

 

「と、戸惑いもなくバカなッ‼︎」

 

エロ本を灰にする為に、焚き火の中へ放り投げた。

遠い目で焚き火を眺める士郎を、セイバーは止める事が出来なかった。

 

 

【身代わり】

一先ず士郎は、心の中で安堵した。

 

………気をつけよう。

ウチの藤ねえより、セイバーの物欲センサーは敏感らしい。

今日はたまたま、慎二から渡された物が見つけられただけに過ぎない。慎二の趣味は、俺とはやや違うので、大した興味もなかったからニ、三度と読み直しただけだ。もちろん、その後は隠していた。そのうち捨てればいいさ、と。処分するのも面倒だし。だからすっかり忘れていたが、本当に良かった。今、何の慈悲もなく燃やしているコレらが、もし、俺の″本当″のとっておきだと想像するだけで………

もうやめよう、もうこの話はお終いだ。さようなら、俺のストライゾーン……

さて、朝ごはんがまだし。昨日のお礼も含めて、張り切って作らないと。それに、霊体化が出来ないセイバーをどうするかも考えないといけない。まあ、大方は大丈夫だろう。この人、グータラそうだもん。家から出そうにない。

 

「いやー、マジで燃やすとは思ってなかったわ。見直したぜ士郎。変にからかって悪かった」

「いいんだ、セイバー。気にしないでくれ、それより朝ごはんがまだだし、急いで作らなきゃな!」

 

『庭で燃える、少年の夢。青春の淡い緊張感が、解き放たれた瞬間だ。

しかし…

同時に、この緊張感がクセとなって新しい性癖に…』

 

「目覚めないからっ‼︎

やめろ!脳内に変なナレーション吹き込まないでくれセイバー!」

 

慎二のエロ本よ、サラバ。この家の奥深くに眠る俺の秘蔵品の為に、身代わりになってくれてありがとう…!

 

こうして、聖杯戦争二日目の早朝の騒動は幕を閉じた。

 

 

【しかし】

セイバーは懐に手を伸ばすと、台所へと向かった士郎から視線を外して手元を見る。そこには一冊の、何かの思い入れを感じ取れる雑誌があった。それは大事そうに、押入れの奥深くにひっそりと。

使った形跡はないけど。ナニも使った形跡はないが、だからこそ大切なのだとわかる。下手に使って、次に見ようとしたら擬似袋とじになっていては笑えないからな。

 

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)[R-18]

キミのアーサーもエクスカリバー☆

 

 

「こっちが本命か。

いや〜、わかりやすい。新八並…いや、まだ士郎の方がマシってくらいか。

思い切りはいいが、その行動の裏側を隠すのが下手だな。結果、実力的には新八が上ときた。こりゃ、鍛え甲斐がありそうだぜ」

 

そんな所を鍛えてどうするのか問いたい。

セイバーは悪魔のような笑みを、士郎には見えないように浮かべる。

このアヴァロンをどうするかは、彼のみぞ知る…

 

 




【おまけ】
『保有スキルⅠ』
銀色の魂:A+++
己の信念を最後まで貫き通せる者のみが持つスキル。
紆余曲折し、果ててまで守ってきた想いは、何者にも屈する事はない。もし目の前に困難な壁が聳え立ったとしても、類稀なセンスで乗り越える。
このスキルを保有するサーヴァントと契約し、絆を深めると、その背中は銀色に輝いて見えるらしい。それには、相互が深く信頼し合っていなければならない。
一種、″カリスマに似た″側面もある。……とされているが。意図的な工作で詳細が読めなくなっている。



バレンタインパートⅡ。7話後書きの続きです。

俠の約束(おとこのちかい)

獅子王アルトリアの胸を盗み見していた事が密告され、無事に処罰を受けた自分と銀時。処罰だとか言って実は、ムフフなご褒美に置換出来るんじゃないかと期待していたけど、甘かった。バレンタインのチョコよりも、その考えは甘かった。
カルデア内を「私共は胸を盗み見した罰を受けています」という看板を首から掛けられて、荒縄で銀時共々縛られた挙句、ラムレイに騎乗した獅子王に引き摺り回された。
そんな次の朝の話。

ゆっくりと目が覚める。視界に入ったのは、マイルームの白い天井。
全身に、擦りむいた跡があってめっちゃ痛い。あれだ、火傷した跡みたいに肌がジンジンする。もう懲り懲りだよ、次はバレないように気配遮断スキルを身につけてから盗み見しよう。
思春期を迎えている身としては、非常に身体に毒だ。襲うとか、そんな野獣みたいに悪化する事はないだろうけど。つか、襲ったらそれこそ死ぬだろう。
…あ、そういえば銀時は大丈夫だろうか。自分はカルデア内を10周くらい引き摺られたところで、バトラーさんが止めに入ってくれたけど。あの時、銀時は確か助けていなかったのだ。「君は懲りないな。あと100周程、引き摺られながら反省するといい」という目を向けられて、銀時は弁解の余地もなく、獅子王はラムレイを出発させたんだった。
「やばっ!銀時は大丈夫かな……あの時、意識が擦れてて止められなかったんだ……」
ヒリヒリと痛む身体を起こして、
「いった…ッ、くそぅ、獅子王め、マジで走ってたもんな。アレはアーラシュの人間大砲並みに怖かった」
ビシリッ。全身に走る痛みに苦悶の声を上げた。痛みで完全に目が覚めた。この痛みが治まるまで、ゆっくりとしていようか。そう思いながら、後頭部に置かれた柔らかい枕に顔を沈めようと横を向いて。
「一人でも騒がしいヤロウだなぁ」
ニヤニヤとこちらを見ている、変質者(銀時)と目が合ってしまった。
「おい、読み方おかしくね。銀さんの読み方、おかしくね?」
「人の心を読まないでほしいなぁ」
「あんたも俺とそう変わんねーからな?」
額に青筋立てながら、相変わらずボケーッとした表情で受け答える銀時。
「無事だったんだね。獅子王の怒りは落ち着いた?」
「いや、立香が解放された後すぐに逃げた」
……まじか。いや、まぁ逃げたくなるよね。
「へぇ…それで、ここに隠れてると?」
「そーゆことだ。ま、それだけじゃねえよ」
「あ、身体の所々に包帯巻かれてるけど、これって銀時が?」
「いや、それはアーチャーのヤロウだ」
「へぇ。後でお礼言わなきゃ」
銀時は、赤い弓兵の事をアーチャーだとか、ヤロウとかで言って、真名の◆◆と呼ぶ事は滅多にない。他のアーチャー、それ以外のクラスのサーヴァントには、普通は真名で呼んでいるのにだ。
この事を疑問に思って聞いてみても、話を有耶無耶にしてしまう。疑問は深まる一方なのだ。
っと。それは置いておこう。銀時の用事を聞かないと。
「昨日のバレンタインのお返しだ。他に受け取った奴も、何か返してるって言うじゃん。俺だけ何もしない訳にはいかねーし」
「い、いや別に、お返しが欲しくてチョコを渡しているんじゃないんだよ。だから、無理はしないでくれ?」
「あぁ。無理して渡すんなら、ハナから渡そうとはしねえって。他の奴もそうだろうよ。アンタからチョコを受け取ったのが嬉いから、お返しで気持ちを伝えようとしてんのさ」
あくび一つ。豪快に放つ。
「俺に返せるのは、これくらいだけどな」
そう言いながら、袖に手を入れて出したものは、長さ60cm程の…
「十手……?」
「身に付けるなり、家に置いとくなり、好きに扱っていいぜ。ピンチの時にきっと、助けてくれるからな」
銀時はそれだけしか言わなかった。だけど、この意味はきちんと知っている。彼はとても不器用だ。自分もそうだけど、形で言葉を表現してしまうのだろう。だから分かる。こういう時は。
「ありがとう!」
「おう」
この気持ちに一瞬でも断りを入れるのも、戸惑うのもだめだ。銀時がこれを出してくれた時点で、受け取る以外の選択肢はないし。自分は、彼が渡してきてくれた事が何よりも嬉しい。
「チョコレート、余りが幾つかあるんだ。それに、イチゴ牛乳もバトラーさんから貰っててさ。今、このルームの鍵はタブレットで閉めてるからナイチンゲールとかの邪魔もきっとない。
どう?チョコ摘みながらゆっくり話でも」
「おっ、気がきくな!あぁ、遠慮なく付き合わせてもらうぜ立香。
バカヤロウ共の話でもするかぁ」
坂田 銀時と話す時間はとても大切で、暖かい。
彼のように契約するサーヴァント達は稀ではない。むしろ、特異点繋がりは多い。この人も又、数いる英雄の中で良き人生の先輩なのだ。
「おい、ボケーっとしてんぞ。締まりのねえ顔に育てた覚えはねえんだけどな〜」
「いや、銀時よりはマシ。うん、これは絶対!」
「けっ、生意気言うようになったな」
彼はその中でも、更に稀なケース。その過程があるからこそ、嬉しい気持ちになる。この一時が終わったら、食堂にでも行くか。

さて、そろそろ銀時との会話に戻ろう。そろそろ俺/私も、考え事に更けていたら彼みたいなダラシない表情になってしまう。それは困る!
「お前、今、絶対に失礼な事考えてただろぉ!」
「あははは」

〜fin〜

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