さてさて、ルージュの町を発ってから、アフターバーナー全開で約1時間のフライトを経て、俺達ガルム隊は、クルゼレイ皇国王都の上空に来ていた。
「たった数日ルージュに戻っていただけなのに、随分と久し振りに来たような気がするなぁ……………」
上空で旋回して王都を見下ろしながら、俺はそう言った。
「姫さん、元気にしてるかな?」
俺は、隣を飛んでいるラリーに訊ねた。
「まあ、元気だとは思うけど……………取り敢えず相棒、城に行ってからは覚悟しておいた方が良いよ」
「だろうな…………」
ラリーから返された返事に、俺は苦笑を浮かべた。
女王陛下からの手紙では、姫さんが寂しがっていると言う文面があった。
俺の考えすぎでなければ、城に着くや否や姫さんが飛び付いてくるだろう。
他にも、ルージュに戻る前に交わした約束もあるから、俺は城を空けていた分、姫さんの相手をしなければならない。
思いっきり姫さんに振り回されるだろうな…………コレ、1日や2日で帰れるような気がしなくなってきたぞ。
「なあ、ラリー。今からでも帰らねぇか?何か色々と面倒臭くなってきた」
「いやいや、駄目に決まってるだろ」
「ですよね~」
俺の提案は、即座に却下されてしまった。予想はしてたけどね。
「ミカゲ様、エミリア様に好かれていましたからね」
「うわっ、ゾーイ。何時の間に……………」
急に現れたゾーイに、俺はバランスを崩しそうになる。
「へぇ~、ミカゲはあちこちでフラグ建ててたんだな。この色男め」
俺の真上にやって来たギャノンさんが、ニヤニヤ笑いながら左腕に装着されている機関砲で軽く小突いてきた。
微妙に痛いし、万一誤射でもされたら堪ったモンじゃないから止めていただきたい。
いや、流石にそんな事しないとは思うけどさ。
「クルゼレイ皇国には、少なくとも1週間以上戻っていませんから、恐らくエミリア様は、ミカゲ様のお戻りを、首を長くして待っていると思います。城に着いてからは…………」
「うん、分かってる。分かってますとも」
ゾーイの言葉に被せるようにして、俺はそう言った。
「『用件済ませたら直ぐ帰る』なんて言ったら………」
「姫さん、絶対ごねるよ」
「………あ~、行きたくねぇなぁ~…………」
憂鬱な気分になりながら、俺は僚機達と共に王都の門の前に着陸し、王都に足を踏み入れた。
「はぁ~、城にやっと着いた…………」
「随分と揉みくちゃにされたよね、僕等…………」
城に着く頃には、俺はくたくたになっていた。
王都に入った瞬間、俺等ガルム隊の姿を捉えた王都住人達に囲まれたのだ。
やれ『お帰り!』とか『来るの待ってたよ!』とか、兎に角声を掛けられまくった。
もしかしたら、歓迎のされ具合はルージュと同等かもしれないな。
まあ、それはさておき…………
「…………行きますか」
そう言って歩き出し、城門の前に居る衛兵に声を掛ける。
「すみません、女王陛下に呼ばれてきたガルムの者です」
そう言って、俺は収納腕輪から女王陛下の手紙を取り出して見せる。
「おお、コレはコレは。お帰りなさいませ」
衛兵はそう言った。
「陛下から、お話は伺っています。どうぞお通りください」
「どうも」
城門を開けてくれた衛兵に一言言うと、俺達は城の中へと入っていった。
神影達ガルム隊がクルゼレイ皇国王都に降り立った頃、謁見の間には、贅沢に宝石が散りばめられたドレスに身を包み、ウェーブした桃色の髪に加えて豊満な胸を持つ妙齢の美女が居た。
クルゼレイ皇国女王、ナターシャ・シェーンブルグだ。
「はぁ………」
玉座に腰掛けた彼女は、溜め息をついた。
その際、上下する肩と連動するかのように、彼女の胸が揺れる。
神影達ガルム隊に宛てた手紙を出してから、彼女はずっと、この調子だった。
彼女が手紙を出し、神影達ガルム隊をクルゼレイ皇国に呼び戻したのは、彼等をクルゼレイ側に引き込むためだった。
人間主義を掲げている隣国、エリージュ王国と対立するかのように共存主義を掲げ、魔人族や他の亜人族とも友好関係を築いているクルゼレイ皇国。
軍事的にも弱くはないが、エリージュ王国が勇者召喚を行ったため、そのパワーバランスは、エリージュ側に思い切り傾いている。
昔から自分達とは相反する考えを持つクルゼレイ皇国を、エリージュ王国側は良く思っていない。
何時か、戦争を吹っ掛けてくる可能性だって否定出来ない。
おまけに、神影達ガルム隊が発足したのもエリージュ王国だ。
もし、エリージュ王国がクルゼレイ皇国に戦争を吹っ掛ける事があれば、その際、神影達が何らかの取引によってエリージュ側に組み込まれているかもしれない。
恐らく、情報操作でもして自分達を悪者に仕立て上げるだろう。
そうなる前に、神影達には、この世界の種族間の関係を正しく理解させ、クルゼレイ側に引き込む必要があった。
そのため、神影達に手紙を出したのだ。
「でも、結局私達は、彼等を利用する事になるのですよね…………」
ナターシャは、力無く呟いた。
エリージュ王国がクルゼレイ皇国に戦争を吹っ掛け、その際に勇者達を駆り出すとすれば、此方としても神影達ガルム隊に頼らなければならなくなる。
彼等を、自分達の都合で起きた戦争に参加させると言う負い目が、彼女の心に重くのし掛かっていた。
「陛下」
すると、謁見の間にもう1人の美女が姿を現した。
長さが背中までの深緑の髪を持ち、ナターシャより控えめだが、それでも豪華さを見せるドレスに身を包み、ナターシャ同様に豊満な胸を持つ女性だった。
クルゼレイ皇国宰相、クレア・ネクサスだ。
「ガルムの方々が到着されたようです」
「そう、ですか…………」
遂にガルム隊到着の報せが入り、ナターシャは神妙な表情を浮かべる。
「分かりました。此方へお連れしなさい」
「はい」
軽く頭を垂れてから、クレアは謁見の間を後にした。
「この話し合いが、上手くいけば良いのですが……………」
謁見の間には、ナターシャの憂鬱そうな溜め息が小さく響いていた。
「そういや、俺等って何処行けば良いんだっけ?」
さて、城の敷地内に入った俺達だが、肝心の行き場所が分からず、城のドアの前で立ち往生していた。
「なあ、ラリー。何処行けば良いと思う?」
「いや、僕に聞かれてもなぁ………」
俺が訊ねると、ラリーが苦笑混じりにそう返してきた。
参ったな、どうしたものか…………
「取り敢えず、中に入ってみては如何でしょう?」
不意に、ゾーイが口を開いた。
「だな、何時までも此処に居たって始まらねぇ。それに、中に入りゃ衛兵の1人や2人は居るだろうから、聞けば良いんじゃね?」
ギャノンさんがゾーイに続けてそう言う。
「うん、確かに2人の言う通りだね」
ラリーは相槌を打ち、俺に視線を向けた。
その視線の意図を悟った俺は、コクりと頷く。
「それじゃあ、決まりだね」
そう言ってラリーがドアを開け、城の中に入ろうとした時だった。
「きゃっ!?」
「うわっと!?」
ちょうど、ドアの向こう側にも誰か居たらしく、ラリーとぶつかりそうになる。
ドサッと音がしたから、恐らく相手は尻餅をついているだろう。
「す、すみません!大丈夫ですか!?」
「え、ええ…………」
ラリーに声を掛けられた女性が返事を返し、ゆっくりと顔を上げた。
深緑の髪を持った、スタイル抜群の美女だった。
「(今思ったんだが、この世界って美人多過ぎじゃね?)」
女性の姿を視界に捉えた俺は、内心そんな事を呟く。
「すみません、まさか誰か来るとは思わなくて…………あ、手を」
すまなさそうに言ったラリーは、屈んで右手を差し出した。
「………………」
その女性は、暫くラリーをぼんやりと見つめていたが、やがてハッとした表情を浮かべ、ラリーの手を取った。
「ご、ご親切にどうも」
「いえ、此方の不注意が原因ですので…………怪我はありませんか?」
ラリーが訊ねると、その女性は頷いた。
「なら、良かった」
「ッ!」
安心したようにラリーが微笑むと、その女性は頬を赤く染めた。
あ~あ、やっちまったなコイツ。
「ところで、僕達は女王陛下から手紙を受けて此処に来たんですけど、何処に行けば良いのか分からないんです。何か聞いていませんか?」
女性が自分の顔を見て赤くなってる事など気にも留めず、ラリーは訊ねた。
「その前に確認なのですが…………貴殿方は、ガルムの方々ですか?」
「はい」
女性からの質問に、ラリーは頷いた。
「それでしたら、私がご案内します。どうぞ此方へ」
そう言って歩き出した女性に、俺達は続いた。
それから話を聞いたのだが、彼女はクレア・ネクサスと言って、このクルゼレイ皇国の宰相らしい。
まさかの女宰相に、内心驚いたのは余談だ。
そうしている内に、俺達は目的地に到着した。
どうやら謁見の間が、今回の目的地だったようだ。
衛兵がいそいそとドアを開け、謁見の間へと足を踏み入れる。
中に入ると、相変わらず玉座に腰掛けている女王陛下の姿があった。
前と違うところと言えば、国の上層部らしき人達が居る事だな。
てか、女性がそこそこ居るんだな。こう言うのって男がやるモンだとばかり思ってた。
「あれが、ガルムの…………」
「思ったよりも平凡だな」
「話の割には、大して強くなさそう………」
「本当に、エリージュ王国で活躍した冒険者パーティーなの…………?」
どうやら、国のお偉いさん達からの評価はそれ程良いものではないみたいだ。
まあ実際に力を見せたりはしてないから、疑われても仕方無いか。
「静かに」
其処へ女王陛下からの鶴の一声が飛び、お偉いさん達は黙った。
「お久し振りです、ガルムの皆さん」
「此方こそ、ご無沙汰しています。女王陛下」
ガルム隊を代表して、俺が挨拶を返した。
「この度は突然呼び出して、誠に申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げる女王陛下に、お偉いさん達は戸惑った。
まあ、国のトップが一介の冒険者に頭下げてるとなれば、そりゃ驚くだろうな。
「頭を上げてください、女王陛下。別に気にしていませんから」
俺はそう言った。
正直に言うと、いきなり呼び出された事についてはどうでも良い。
あの手紙に書かれていた、"クルゼレイ皇国とガルムの今後の関係"と言う単語について詳しく聞きたかった。
「それはそれとして女王陛下、あの手紙に書かれていた事について、詳しく聞きたいのですが…………」
そう言うと、お偉いさん達の目付きが鋭くなった。
「貴様ぁ!高々一介の冒険者如きが、陛下の謝罪をそんなに軽々と!」
貴族っぽい格好をした1人が、物凄い剣幕で怒鳴ってくる。
てか、"冒険者如き"とか言ってるけど、その冒険者如きにアンタ等の国の姫様が助けられたんだからな?
まあ、その事については頼まれた訳じゃないから、別にどうこう言うつもりは無いけどさ……
「お止めなさい」
其処へ、女王陛下が口を挟んだ。
「し、しかし陛下!この者は!」
「聞こえませんでしたか?私は、"止めろ"と言ったのです」
そう言われて黙った貴族さんだが、此方を睨んでいる。
「(まあ、分かりきった事だが………やっぱり、何処の国にも居るんだよな。"こう言うタイプの人"が………)」
俺は内心そう呟いた。
まあ、少なくともエリージュ王国よりはマシだろうと、勝手に期待させてもらう事にした。
「それでは、そろそろ本題に移りましょうか」
女王陛下がそう言うと、俺達は身を引き締めた。
手紙であんな事を書くぐらいなんだから、重大な話だと言うのは明らかな事。それをヘラヘラして聞くのは論外と言うものだ。
「(さあ、アンタは何を言うつもりなんだ?女王陛下)」
内心そう呟き、俺は女王陛下からの言葉を待つ。
彼女は、暫く黙って俺達ガルム隊メンバーを見つめ、深呼吸を1つ。
そして、意を決したような表情を浮かべてこう言った。
「我々クルゼレイ皇国と、同盟を結んでいただけませんか?」