神影達ガルム隊がクルゼレイ皇国に向けて出発したのと同時刻、此処はフュールにある、勇者と騎士団一行が泊まっている宿。
午前の訓練を終えて昼食を摂っていたところに、1人の男が訪ねてきたのだ。
身なりから王国の騎士である事が分かるその男は、騎士団長であるフランクと話をしていた。
「…………そうか、訓練場の修理が終わったのか」
「はい。グリーツ閣下から、何時でも帰還して構わないとの事です」
その騎士はそう言った。
どうやら、前の神影とラリーの手合わせによるラリーの流れ弾と、帰り際に神影が放ったミサイルによって全壊した訓練場の修理が終わった事を報告しに来たようだ。
そして報告を終えると、その騎士は宿を後にした。
騎士を見送ったフランクは、食事を摂りながらも様子を見ていたF組の面々に向き直る。
「え~、聞いていたとは思うが、王都の訓練場の修理が終わったので、明日、王都に帰還する。午後からの訓練は中止にするから、残りの時間は好きなように過ごして良いぞ!」
フランクがそう言うと、F組生徒達は浮き足立った。
予期せぬ臨時収入ならぬ臨時休暇に喜んでいたのだ。
今日で最後になると言うのもあり、町を廻ろうとする者、気に入った施設に行こうとする者、自室でのんびりして過ごそうとする者、過ごし方は人其々だ。
「今日で、王都の外での生活は最後みたいね」
「うん、そうだね…………」
そんなクラスメイト達を見ながら奏が言うと、沙那は頷いた。
「結局、古代さんには会えませんでしたね………」
桜花が悲しそうに言った。
フュールでの訓練中、この2人は、どんな形であれ、神影と再会出来る事を祈っていたのだが、それは結局叶わなかった。
一応、神影と再会したと言う者は居るのだが、それが、よりにもよって慎也だった。
それから彼の言葉により、F組男子の中では、『古代神影は、自分達を完全に裏切り、事もあろうに仲間に理不尽な暴力を振るった最低な奴』と言う認識になっている。
だが、それは神影の印象を悪くするため、神影に殴られた事を利用した慎也の嘘であり、そんなものは誰でも分かるのだが、沙那や桜花、奏を諦めきれない男子達は、それを無理矢理信じ込んでいる。
『一体何をどうすれば、あんな嘘を信じられるのか』と言うのが、沙那達の心情だった。
「もう、神影君には会えないのかな…………?」
沙那は小さく呟いた。
桜花は何も言わず、ただ顔を伏せた。
「ねえ、奏…………神影君は、私達を裏切ると思う?」
不意に、沙那は奏に訊ねる。
唐突に聞かれた奏だが、迷う事無く首を横に振った。
「古代君は、そんな事をするような人じゃないわ。それは、貴女達がよく知っているでしょう?」
奏はそう言った。
「古代君、ルージュの町では凄く人気者なのよ」
「どういう事?」
奏の言葉に、沙那が聞き返した。
「実はね………」
そうして奏は、ある話を始めた。
それは、今から2、3日前にまで遡る。
珍しく自主練習をサボった奏は、フュールの町を歩き回っていた。
彼女のような、グラビアアイドル顔負けの巨乳美少女が1人で町を歩いていると、本来ならば、男達から格好の標的にされるものだが、"異世界の勇者"と言う肩書きがそれをさせずにいたため、誰にも邪魔される事無く、町を散策する事が出来た。
「よう、勇者のお嬢ちゃん!フュールアイスはどうだい?何と、あの有名なガルムのリーダーも絶賛したフュールアイスだよ!」
すると、突然陽気な声が彼女を呼び止める。
振り向くと、其所には白のスティックを肩に担いだ、屋台の店主らしき男性が居た。
「(フュールアイス…………そう言えば、そんなものもあったわね)」
特に興味無さげだった奏だが、其処で、ある単語が引っ掛かった。
「………"ガルムのリーダー"?」
「おうよ!可愛い娘を2人も連れた黒髪の奴が居てな。最初は気づかなかったが、ありゃ間違いねぇ、ガルムのリーダーだぜ!知り合いから聞いたからな!」
そう言って、その店主は豪快に笑う。
奏は、ズカズカと店主に詰め寄った。
「その話、詳しく聞かせてもらえないかしら?」
「…………てな訳なんだよ」
「そう………」
何だかんだで購入したフュールアイスを味わいながら、奏は店主の話を聞いていた。
「それにしても、ガルムのリーダーを見れたのは良いが、どうせだからメンバー全員をこの目に焼き付けたかったなぁ…………ったく、ルージュの連中が羨ましいぜ」
「…………"ルージュ"?」
「何だ、お嬢ちゃん知らねぇのか?」
そう言うと、店主は奏の前に地図を広げた。
「ルージュってのは、このエリージュ王国の北東にある町だよ」
「………ああ、そう言えば聞いた事があるわ。確か、この国の中でもそこそこ賑わってる町よね?」
「その通り!おまけに、その町はガルム発足の町って言われててな、かなり有名になってきてるのさ!」
そう言って、店主は地図を片付けた。
「それで、ルージュの人達が羨ましいと言うのは……?」
「ああ、ガルムの活動拠点がルージュなんだよ。今のところ、他の町に拠点を移したって情報は無いから、ルージュにずっと留まってるってこった」
店主はそう言った。
「(つまり古代君は、ルージュの人達とそれなりの交流があると言う事になるわね…………)」
そう推測した奏は、店主に訊ねる。
「ガルムのリーダーは、ルージュの人達からはどのように見られてるの?」
「結構慕われてるって噂だぜ?何せ、ガルムの奴等が何か成し遂げる度に、ギルドで宴会が開かれてるって噂だからな」
その言葉に、奏は驚きを隠せなかった。
自分達でさえ、そんな事をされた事は1度も無かった。
そしてルージュの住人達は、勇者である自分達の事などそっちのけにしてガルムと交流を深めている。
「(つまり古代君は、それだけ人々に信頼される人になっていると言う事になるわね)」
奏は、そのように結論付けた。
それから、奏は店主に礼を言うと、気が向いたのか、自主練習をしに向かった。
「…………と言う事があったのよ」
奏は話を終えた。
「成る程、そんな事が………」
「あの日、何処にも居なかったので何かあったのではないかと思っていましたが………」
沙那と桜花が、意外そうな表情を浮かべて奏を見た。
「な、何よその目は?」
2人からの視線に戸惑いながら、奏はそう言った。
「あ、ゴメン。その………ちょっと、意外だなって………」
「奏さん、基本的に訓練にはちゃんと参加していたので、あの時は体調が悪かったのかと…………」
沙那と桜花がそう言うと、奏は苦笑を浮かべた。
「心配してくれてありがとう」
奏は、2人に礼を言った。
「それにしても、ズルいよ奏。私達が訓練してる時に、1人だけサボってアイス食べてたなんて」
其処で、沙那が頬を膨らませて不平を言う。
「私だって、たまには訓練をサボりたくなるわよ…………っと、話が脱線してしまったわね」
そう言うと、奏は1つ、咳払いをした。
「まあ兎に角、別の町にまで噂が届く程に人々から慕われるような彼が、そんな事をするのは有り得ないって事よ」
奏は話を締め括った。
「それに私も、彼の事は個人的に信頼してるし…………」
そう言うと、自分の言葉が恥ずかしくなったのか、奏は頬を赤く染めた。
それを見た沙那が、クスッと微笑む。
「な、何が可笑しいのよ?」
笑われた奏が、沙那にジト目を向ける。
「ゴメンゴメン、神影君と知り合って直ぐの頃の奏からは、想像出来なかったから、つい」
沙那はそう言った。
「今思い出したけど、私と古代君は最初、あまり仲は良くなかったわね」
「と言うより、奏が素っ気なかっただけじゃん」
奏が染々言うと、沙那が苦笑混じりにツッコミを入れた。
「あの、それはどういう…………?」
「あ、コレ桜花ちゃんには未だ話してなかったんだけど、実はね………」
そうして、自分と奏、そして神影の当初の関係について話す沙那。
沙那達のフュールでの訓練最終日の午後は、彼女等の思い出話で潰れた。
翌朝、朝食を終えた一行は出発の準備を済ませ、宿のロビーに集まっていた。
「良し、全員いるな?それでは、今から王都に向けて出発する!」
フランクがそう言うと、一行は宿の前に待機している馬車に次々と乗り込んでいく。
全員が乗り込むと、町の住人達に見送られて、馬車は王都に向けて動き出した。
「勇者共が、行ったみたいだな」
「そのようね」
町の門へ向けて進んでいく何台もの馬車を、1組の男女が宿の屋上から見つめていた。
男の方は、ガッチリした体格に長めの白髪を持っており、何処と無く兄貴分としての雰囲気を感じさせていた。
女の方は、紫がかったロングヘアに金色の瞳を持ち、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「中々仕掛けるタイミングが掴めなかったが…………こりゃ良い情報をゲットしちまったな。王都に先回りして、連中とバトルか…………久々に腕が鳴るぜ」
男はそう言って、手をボキボキ鳴らした。
「ゲルブ。気持ちは分かるけど、殺すのは駄目よ?あくまでも勇者達の戦力評価と、魔人側の意見を聞いてくれそうな人間が居るかどうかの調査が目的なんだから」
「それと、あわよくばガルムを誘きだし、魔王様が接触する機会を作る事だな。上手い具合に来てくれると良いんだが…………」
そう言って、ゲルブは溜め息をついた。
「そういや、ガルムのリーダー…………確か、ミカゲとか言ったっけ?彼奴、元々お前の主だったんだよな?」
「王宮でメイドをしていた頃の、ね」
その女性が言うと、ゲルブはからかうような笑みを浮かべた。
「お前がメイド服着て、人を様付けで呼んでる姿か…………やべっ、全然似合n………イテテテテテッ!?」
「…………」
ニヤニヤしながら言うゲルブは、女性からのアイアンクローを喰らって腕をバタバタさせる。
「それ以上言うと…………その顔を握り潰しちゃうわよ?」
「いや、だってマジで似合わ……「えいっ」……あばばばばっ!?」
今度は電撃を喰らい、ゲルブが悲鳴を上げる。
「フフフッ…………ホラ、もっと良い声を上げなさい?」
「もうやだ、この女魔族!セレーネは鬼だ!悪魔だ!最低最悪の人でなしだーッ!!」
兄貴分の雰囲気は何処へやら、情けなくそう言うゲルブを見ながら、その女性、セレーネは楽しそうな笑みを浮かべていた。
その後、黒焦げになった状態で解放されたゲルブは、セレーネに首根っこを掴まれて転移魔法陣へと投げ込まれ、後から続いた彼女と共に王都へと転移した。