フュールの町に到着し、其所のギルドの受付嬢から地図を貰った俺達は、デートスポット巡りをしていた。
「さて、何処に行こうか………」
そう呟き、俺は地図を広げる。
地図に載っている主なデートスポットは、町の中なら、高級料理店、武道館、音楽ホール、植物園、水族館等で、町の外なら、高台や滝などの自然だ。
…………と言うか、異世界にも水族館ってあるんだな。正直言って、結構ビックリした。
「(この町って、面積だけなら王都よりデカいんじゃね?)」
あちこち見渡しながら、俺は内心そう呟いた。
それにしても、この世界には娯楽施設なんて無いと思ってたが…………成る程、こう言うのがあったか。其処までは考えが回らなかったな。
「…………ん?」
不意に、ゾーイが足を止めた。
俺とアドリアも、それに気づいて足を止める。
「どうした?何か気になるものでもあったのか?」
「はい、あれなのですが………」
俺が訊ねると、ゾーイがある方向を指差す。
ゾーイが指差す先にあったのは、水色の屋根の屋台だった。
「あの屋台が気になるのか?」
「はい。正確には、あの屋台の食べ物ですが………」
ゾーイにそう言われ、俺は改めて、屋台の方を見る。
其所には、何やら白いスティックらしきものを持った男性が居た。
そして、そのスティックらしいものの先端からは、コレまた白い何かが伸びていた。
暫く様子を見ていると、先程まで餅みたいに伸びていた白い何かが、何時の間にか丸くなっており、それがコーンらしきものに乗せられ、客に渡された。
未だ日本に居た頃、何かのテレビ番組で見たトルコアイスを思い出すような光景だった。
「……………」
ふと横を見ると、ゾーイが屋台を凝視していた。
余程、あの屋台が気になるのだろう。
俺としては行っても良いのだが、俺とゾーイだけで決める訳にはいかない。何せ、此処にはアドリアも居るからな。
アドリアの方に視線を向けると、アドリアも俺を見ていた。
どうやら、考えている事は同じらしい。
「……………」
アドリアは何も言わず、ただコクりと頷いた。
「(そっか………了解)」
俺も頷き返し、ゾーイの方を向いた。
ゾーイは未だ、あの屋台の方を見ている。
「…………行ってみるか?」
「はい!」
試しに聞いてみると、ゾーイは振り向き、即答した。
そうして、俺達は屋台に近づいていった。
「ほぉ~、コレはコレは………」
屋台に近づくと、俺達は店主のパフォーマンスを眺めていた。
「(やっぱコレ見てると、何かの番組でやってたトルコアイスを思い出すなぁ………)」
店主のパフォーマンスを眺めながら、俺はそんな事を考える。
「「………………」」
俺の隣では、ゾーイが目を輝かせてパフォーマンスを見ており、アドリアも関心した様子で見ていた。
「…………食ってみるか?」
そんな2人に、俺はそう言ってみる。
2人は俺の方を向き、頷いた。
そうして、俺達は列に並び、アイスを買った。
因みに、そのアイスはバニラ味で、日本の出店で買うようなアイスと同じ味だった。
そして、見た目の通りに、もっちりした食感だった。
それから、店主さんにアイスの名前を聞いてみたのだが…………"フュールアイス"と言っていた。
アイス自体は凄く美味かったのだが、その名前が、"トルコアイス"ならぬ"フュールアイス"とは、コレ如何に…………
……………とまあ、そんなこんながあって、アイスを食べ終えた俺達は、再びフュールの町を散策していた。
相変わらず俺の腕を抱き、その豊満な胸をコレでもかと押し付けながら、幸せそうな表情を浮かべて歩くゾーイとアドリアに、道行く男共が鼻の下を伸ばしている。
そう言った連中は大概が女連れであるため、パートナーの女性に小突かれていた。
他にも、俺が殺気全開で睨み付けて、失神させてやったのもチラホラ居る。
勿論、ゾーイとアドリアは気づいておらず、パートナーの女性に小突かれたり、俺に睨まれて失神する男共を見て首を傾げていた。
「ミカゲ様。先程から、女性に小突かれたり、急に倒れたりする男性を多々見掛けますが…………」
「気にすんな、人には色々な事情があるのさ」
俺に疑問を投げ掛けようとしたアドリアの言葉を遮り、適当な事を言って誤魔化した。
すまんな、アドリアよ。だがコレは、お前やゾーイにとっては、知らない方が良い事なんだ。
「まあ、そんな事より、もっと色々廻ろうぜ。せっかくのデートなんだからな」
そう言って、俺は歩く速度を少し速める。
俺の腕を抱いているゾーイとアドリアが、つんのめりそうになりながらも追従する。
フュールの町に着いてからと言うもの、この町に駐屯している筈のF組や騎士共には全く会っていないため、今の俺は、少し気分が良い。
このタイミングで連中と出会したら、面倒な事になって、デートどころじゃなくなってしまうのは火を見るより明らかな事だからな。
まあ、そんな事を考えるなら、そもそもこの町をデートの舞台にすんなって話になるんだが…………
なんて考えながら歩いていた、その時だった。
「おやおや、其所に居るのは古代じゃないか」
「あ?」
妙に腹立つ喋り方で、後ろから声を掛けられる。
振り向くと、其所には、黒縁眼鏡の男が立っていた。
俺のクラスメイトの1人、中宮だった。
「(チッ、此処でF組の奴とご対面かよ………)」
俺は内心で悪態をついた。
まさか、安心した時に出会すとはな…………それも、よりにもよって男子と。
…………って、待てよ?
なんでコイツ1人なんだ?
「いやぁ~、訓練が休みだから町を散策してたら、まさか、お前と再会するなんてねぇ~」
気持ち悪い笑みを浮かべながら、中宮はそう言った。
「それにしても…………」
そう言って、中宮は俺から視線を外す。
新たに視線を向けたのは、ゾーイとアドリアだった。
「無能の分際で女連れなんて、良いご身分だね」
「……………」
そんな中宮の言いように、俺は怒りを通り越して呆れていた。
"無能"とか言ってるが、コイツ、この前俺のステータスプレート見たってのに、未だ言うのか?
「その2人、結構美人さんだね。お前には勿体無いよ」
そう言って、中宮はゾーイとアドリアに歩み寄った。
「ねえ、2人共。そんな奴じゃなくて、僕と一緒においでよ」
唐突にそう言って、中宮は俺に、蔑みの眼差しを向ける。
「ソイツ、クラス1の雑魚で無能だったんだよ?未だ王宮に居た頃なんて、クラスの男子5人から魔法でボッコボコにされてさ、凄い惨めな姿晒してたんだよ?勇者として召喚されたのに、情けないったら無いよ。まっ、称号が"勇者"じゃない時点で、使い物にならないのは確定なんだけどね。それで、クラスから出ていったんだけどさ、何かカッコつけたような事言ってたけど、要はコイツ、惨めな姿見られるのが恥ずかしいだけなんだよね~」
思いっきり俺をディスった事を、中宮は気持ち良さそうにペラペラ言う。
てか、こんな長文を詰まらず言えるのは、ある意味凄い。
それにしても、正直ビックリだ。人ってのは、他人を陥れるためにこんなにも出来るのか…………つくづく恐いな。
そう思っていると、中宮の長ったらしい話も、そろそろ終盤に差し掛かった。
「だからさ、そんな奴と一緒に居るより、僕と一緒に来た方が良いと思わない?称号は勇者だし、実力だってある。そんな冴えない奴とは、格が違うんだよ」
俺の事なんて何も知らない癖に、よくもまあペラペラ言えるものだ。
てかコイツ、リーアの一件を覚えてないのか?
俺が銃や刀(因みに、刀はラリーが使った)を使える事に一番動揺してたんだけどな…………
「「……………」」
中宮の話に、ゾーイとアドリアは沈黙していた。
時折、俺の方にチラリと視線を向けており、それを見た中宮は何やら勝ち誇ったような表情を浮かべていた。
恐らく、2人が俺に失望し、自分の元に来る光景を想像してるんだろう。
だが、そうはならなかった。
ゾーイとアドリアは、互いに顔を見合わせて頷き合うと、俺の腕を一層強く抱いた。
「ミカゲ様、次の場所に行きましょう」
不意に、ゾーイがそう言った。
「先程はゾーイの行きたい所に行ったので、今度は私がリクエストさせていただきます」
アドリアも言葉を続け、2人で俺を引っ張るようにして歩き出す。
「あ、ああ…………」
まるで、中宮なんて最初から居なかったかのように振る舞う2人に若干戸惑いつつ、俺も歩き出す。
このまま俺等が立ち去れば全て解決なんだが…………やはり、そう上手くはいかないものだ。
「ちょっとちょっと、無視しないでよ2人共」
回り込んできた中宮がそう言う。
「…………私達は今、ミカゲ様とデートの途中なのです。邪魔しないでください」
冷ややかな視線を向け、ゾーイが言った。
この眼差しや喋り方…………未だ和解する前の頃を思い出すなぁ…………
当時の事を思い出している俺を余所に、中宮VSゾーイとアドリアの言い争いは続いていた。
中宮は2人を連れていきたい、だが2人は行きたがらない…………この綱引きみたいな言い争いだが、何時までも続けてはいられないだろう。
だって道の真ん中だし、コレで他の勇者が来たら、色々と面倒な事になる。
「(やれやれ、普通にデートさせてくれよ…………)」
内心で溜め息をつき、俺は事態の収集を図る。
「ゾーイ、アドリア」
そう呼ぶと、2人は此方を向いた。
「悪いが、一旦下がってくれねぇか?コレ以上言い争いしたって無駄だ。彼奴は、あの程度じゃ絶対に退かねぇからな」
俺がそう言うと、2人は頷いて俺の後ろに回った。
「おい、中宮。俺としては、此処で変な騒ぎを起こすのは避けたいから、立ち去ってくれるとありがたいんだが?」
取り敢えず下手に出てみると、中宮はフンッと鼻を鳴らした。
「随分と上から目線な言い方するよね、無能の癖に………それに、立ち去るのはお前の方だよ。その2人を置いて、さ」
そう言って、ゾーイとアドリアに卑猥な目線を向ける中宮。
「その2人を置いて、さっさと消えろよ。その娘達は僕が貰って、僕のハーレムの一員にしてやるからさ。お前みたいな、無能な戦闘機マニアより、僕の方が相応しいに決まってる」
まるで、その辺のガキ大将みたいな事を言い募る中宮。
てか、そもそもこんなヒョロヒョロ眼鏡野郎に靡く女って居るのか?
御劔辺りの方が、未だ説得力があるぞ。
「こんな奴が勇者とは…………この世界のヒューマン族、終わったな」
あまりのくだらなさに、俺はそんな事を呟いてしまう。
だが、この言葉は、中宮を怒らせるには十分過ぎる威力を持っていたようだ。
「コイツ………言いたい放題しやがって………!」
「お前、ブーメランって知ってる?」
憎悪全開の表情で俺を睨みながら言う中宮に、俺はそう返す。
最早コイツには、怒りの感情すら浮かばない。ただ、呆れるだけだ。
「五月蝿い!無能の癖に調子に乗るな!」
そう言って、中宮は駆け出してくる。
「はぁ………」
俺は溜め息をつき、2人に僚機念話で指示を出す。
《ゾーイ、アドリア。取り敢えず退避しといて》
俺がそう言うと、直ぐ後ろに居た2人が飛び上がり、近くの店の屋根の上に立つ。
それからさらに飛び上がると、機体を展開してアフターバーナーを全開で噴かし、上空へ飛んでいった。
恐らく、町の上空で旋回しているつもりなのだろうが、何も其処までしなくても良いと思うんだがなぁ…………
何とも言えない気分になりながら、俺は中宮が突き出してきた拳を避ける。
その後も、連続して拳や蹴りを繰り出してくる中宮だが…………レベル差の影響か、何れもコレも遅すぎるため、腕組みしながらでも、全て避けられる。
本人は本気でやってるのだろうが…………俺としては、『やる気あるのかコイツ?』とすら言いたくなってしまう。
先ず何よりも、1発1発の威力が低い。ただ闇雲に繰り出してるだけだ。
エースコンバットの
何かのアニメで、敵キャラがこう言っていたではないか。
『"連打"って言うのはね、相手を確実に仕留めるように、1発1発殺意を持って打つのよ』と…………
だがコイツには、それが全く感じられない。恐くも何ともない。
子供のお遊びに付き合ってるような気分だ。
まあ、何だかんだ言ってるが、俺は一応デート中だから、コイツに延々と付き合ってはいられない訳で…………
「(そろそろ、終わらせた方が良さそうだな…………)」
そう思っていると、中宮からの連続攻撃が止んだ。
どうやら体力切れらしく、地面に両手をついている。
「クソッ…………クソックソッ!なんでだよ!なんで、こんな奴に1発も当てられないんだよ!コイツに!こんな雑魚に!」
道の真ん中であるにも関わらず、中宮は叫ぶ。
「(何か、フルボッコにされて追い詰められた踏み台転生者を見ているような気分だなぁ………)」
ネット小説を読み漁っていた頃、時折目にした光景を目の当たりにした俺は、そんな事を考える。
だがまぁ、当然ながら、この光景は他に人々の目につく訳で……………
「(き、気まずい………てか、止め差す気が起こらない………)」
元はと言えば、中宮が勝手に挑んできて、勝手に悔しがってるだけなんだが…………何故か罪悪感を覚えてしまう。
つーか、もう頼むから何処か行ってくれよ。相手が相手だから、置き去りにしようにも出来ねぇんだよ。
「さっきから何の騒ぎだ!?」
そうしていると、衛兵さんが3人駆け寄ってきた。
来るの遅いよ。もっと早く来てくれよ…………
内心溜め息をつきつつ、俺が事情を話すと、明らかに中宮に非があるとして、衛兵さん達は中宮を連れていこうとしたのだが、其処で我に返った中宮が暴れ出し、衛兵さん達を突き飛ばして俺の方に向かってきたため、顔面に1発、拳を叩き込んでやった。
中宮は10メートル程吹っ飛び、仰向けで地面に叩きつけられ、動かなくなった。
取り敢えず、死んではいない筈だ。
眼鏡ブッ壊した上に鼻は陥没してると思うが、この際知らん。
ついでに失明してようが知ったこっちゃない。
俺は中宮を回収しに行った衛兵さん達を見送り、ぶん殴った際に壊してしまった中宮の眼鏡の破片を回収すると、1ヶ所に集め、威力を最小限まで落としたファイアボールで消滅させ、F-35Bを展開し、町の上空で待たせているゾーイ達に合流しするべく、垂直離陸で飛び立った。
「(取り敢えず、明日のアルディアの3人とのデートでは、この町に来るのは絶対に止めておこう……………)」
ゾーイ達に近づくにつれて小さくなっていく町の建物や人々を見下ろしながら、俺はそんな事を考えるのであった。
………………さあ、取り敢えずデートを再開しようか。あの事は忘れよう、そうしよう。
神影、もっとやっても良かったんじゃない?
「そう言われてもなぁ…………(by 神影)」