さてさて、ラリーに叩きのめされた元浜の姿に言葉を失っているF組の面々とおさらばした俺とラリーは、ルージュへ向けて飛んでいる。
「現在、高度2000フィート。進路、0-3-8。速度、250ノット…………」
普段やっているように、脳内に表示される数値を読み上げる俺。
何時もなら、此処でラリーから苦笑混じりのお小言が飛んでくるのだが、今回はそれが無い。
「…………………」
俺の直ぐ傍を飛んでいるラリーは、機嫌が悪そうだった。
……………いや、そんな言葉では表しきれない。
その表情から、憎悪や怒りと言った負の感情が溢れ返っていた。
「あ~、ラリー?」
「………………」
試しに声を掛けてみるのだが、ラリーからの反応は返されない。
そんなに機嫌が悪いのかな……………?
「ラリー?お~い、ラリー」
「えっ!?」
少し大きめの声で呼び掛け、さらに左の主翼でラリーの右の主翼を叩いてやると、ラリーが飛び上がった。
「あ、ああ。ゴメンね、相棒………ちょっと、ボーッとしてたよ」
さっきまでの恐ろしい表情を引っ込め、苦笑を浮かべながら、ラリーがそう言った。
「さっきの事、気にしてるのか?」
「……………」
俺がそう言うと、ラリーは黙り込んでしまった。
その様子からして、どうやら図星のようだ。
「まあ、その………さっきのは、つい、カッとなってやったんだろ?今回のは全面的に彼奴が悪いんだから、お前が気にする事はn……「そうじゃない」……え?」
ラリーが、俺の言葉を遮った。
「そうじゃない…………そうじゃないんだよ、相棒…………」
そう言うラリーの言葉には、覇気が無く、弱々しいものになっていた。
「確かに、彼奴の立ち居振舞いに腹が立ったってのはあるよ。おまけに、君を侮辱したんだから、彼奴を地面にめり込ませた事への後悔は無い。寧ろ、もっとやっても良かったとすら思ってる」
マジか…………
「僕が気に入らないのは、連中の理不尽さだよ」
そう言うと、ラリーは俺の方を向いた。
「相棒、君のクラスメイト達は、王宮でどんな訓練をしたって言ってたか、覚えているかい?」
「あ、ああ。確か………」
そうして、俺はF組女子から聞いた訓練の内容を伝えた。
「………大体こんな感じか?」
「うん。その通りだよ、相棒」
俺が言い終えると、ラリーは頷いた。
「失礼だとは思うけど…………僕も君と同意見だよ、相棒」
「つまり…………F組の訓練が生温いって事か?」
俺が聞き返すと、ラリーは頷いた。
「まあ、理由は君が言ったから、態々繰り返し言ったりはしないけどね」
そう言うと、ラリーは表情を暗くした。
「君のクラスの女子達が言ってた訓練なんて、僕等が経験してきた事と比べたら弱っちょろいものだよ。彼等は魔物を殺すだけで済ませてるけど、実際に殺すのは"人"なんだからね……………君も見ただろ?クルゼレイ皇国で暮らしている魔人達を」
「ああ」
ラリーの言葉に、俺は頷いた。
「皆、僕等ヒューマン族と同じ生活をしている。つまり、彼等も"人"なんだ。種族間戦争に参加して、魔人族や他の亜人族を殺すと言う事は、"人を殺す事"と何ら変わりは無いんだ」
そう言って、ラリーは溜め息をつきつつ言葉を続けた。
「なのに彼等には、その覚悟が抜けている。王都で勇者勇者と持て囃されてるだけの雑魚だ。あんな簡単な訓練ばかりして、人を蔑む事しか能が無い連中には、"人を殺す覚悟"なんて無いに決まってる………そんな奴等に、相棒が見下されなければならないなんて……………理不尽だよ、クソがッ!」
ラリーは、吐き捨てるようにそう言った。
どうやら、俺が未だにF組男子に見下されている事について怒ってくれているらしい。
「…………ありがとな、ラリー。俺のために怒ってくれて」
俺はそう言った。
「………相棒は、悔しくないのかい?」
不意に、ラリーがそう言う。
「君は、僕の記憶にある人の中で一番強いよ。レベルとか、戦闘機を使えるとかなんて関係無い。強いのは、君の心だ」
ラリーは、空いている左手を胸に添えて言った。
「君は、この世界に召喚される前から、君のクラスの男子から嫌がらせを受けていたって言ってたよね?」
「ああ」
頷く俺に、ラリーは続ける。
「そんな中でこの世界に召喚されて、君は、君のクラスでただ1人、勇者の称号を得られなかった上に、ステータスも最弱だった。それ故に、国から要らないものとして扱われ、おまけに男子達から魔法で攻撃された………魔力や魔耐が、極端に低いって知ってるにも関わらず………でも、君は壊れる事無く耐えて、城を抜け出して、今、こうして僕と一緒に冒険者をやってる…………それって、凄い事だって思うんだ。僕だったら、恐らく此処まで耐えられないよ」
「…………」
そう言うラリーの話を、俺は黙って聞いていた。
「それに、君は今まで、争いや人殺しとは無縁な生活を送っていたのに、黒雲の一件で、人を殺す事への覚悟を決める事が出来た。君のクラスメイトは未だ出来ていないであろう事を、君は成し遂げた。なのに、君のクラスの男子は君を見下す…………勇者とか言われて持て囃されてるからってイイ気になって………そんな奴等に、相棒が馬鹿にされなければならないなんて………ッ!」
ラリーの表情が、再び憎悪に染まる。
コレ以上言わせると暴走しそうなので、一先ず止める事にする。
「まあ、落ち着け、ラリー。今の俺には、お前みたいな理解者が居てくれるだけで十分だ……………ありがとな」
改めて礼を言い、話を終わらせる。
「それよか、早くルージュに帰ろうぜ。ゾーイ達が待ってるだろうからな」
「う、うん………」
いまいち納得しきれていないような表情を見せつつも、ラリーは頷いた。
そうして俺達は速度を上げ、ルージュに向けてかっ飛ばした。
ルージュに着くと、俺達は真っ先に宿へと向かった。
部屋の前でラリーと別れ、俺は自分の部屋に入る。
「「お帰りなさいませ、ミカゲ様」」
すると、俺に気づいたゾーイとアドリアが声を掛けてくれた。
「ああ、2人共。ただいま」
そう返すと、俺はベッドにボフンと腰掛けた。
「ラリー様との手合わせは如何でしたか?」
俺の隣に腰掛けたゾーイが聞いてきた。
「ああ、彼奴スッゲー強かったぞ」
そう言って、俺はラリーとガチバトルしていた時の事を話した。
ラリーの魔法攻撃や俺の
「……………とまあ、こんな感じかな」
「「……………」」
俺が話を終えると、2人は目を丸くして此方を見ていた。
「………成る程、ミカゲ様方が出ていかれてから矢鱈と地響きや爆発音が聞こえると思ったら、そのような事をしていたのですね」
ゾーイはそう言った。
「まあな。そのお陰で、手合わせが終わる頃には、辺り一面焦げ目やクレーターだらけになってたぜ。まあ、それはラリーが全部直したけど」
「ラリー様が?」
「ああ」
聞き返してきたアドリアに、俺は頷いた。
「え~っと、確か…………
俺はそう言って、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「彼奴のチート魔法には、本当に驚かされるよ」
そう言うと、ゾーイとアドリアは苦笑しながら頷いた。
今までにラリーの魔法を見る機会は何度もあった訳だから、2人も分かっているのだろう。
「あっ、そういや
「「制限解除?」」
ふと呟くと、ゾーイとアドリアが聞き返してきた。
「ああ、ラリーと手合わせした後に追加されてた特殊能力で……………」
そうして、俺は2人に制限解除について話した。
「……………んで、そのステータスを見たら、ステータス値が20000だの30000だの出てきたから目を疑ったね」
「「……………」」
俺がそう言うと、2人は目を丸くしていた。
「あの、ミカゲ様………それでは最早、戦闘機の力は不要になってしまうのでは?」
「………ああ、それは俺も思ったよ」
恐る恐る言うゾーイに、俺はそう返した。
「(魔力や魔耐が極端に低い俺でも10000超えてたんだから、ラリーの場合は………10万ぐらいに余裕で達してたりしてな)」
内心そう呟いて、俺は苦笑を浮かべた。
「ああ、そうそう」
そう言って起き上がると、2人が此方を向く。
「実は今日、クラスメイトに会ったんだよ。結構久し振りに」
「「ええっ!?」」
その言葉に驚いたのか、ゾーイとアドリアが声を張り上げた。
てか、耳元でそんなデカい声出さないでもらいたいんだがなぁ………
「く、クラスメイトとは………ミカゲ様が、元々居られた……?」
「そう、ソイツ等」
恐る恐る聞いてくるアドリアに、俺は頷いた。
今思えば、一部の連中を除いて、F組の面々と会うのは半年ぶりか………いや、それ以上かな?
「そ、それで……」
「ん?『それで』ってのは?」
心配そうな表情を浮かべているアドリアに、俺は聞き返す。
「その………大丈夫、だったのですか………?ミカゲ様がエリージュ王国の城に居られた頃は、かなり酷い目に遭わされたと聞きましたが………」
「ああ、大して問題は無かったよ」
寧ろ、俺が思ったより連中のレベルが低くて、軽く拍子抜けしたぐらいだからな。
確か、F組の最高レベルが御劔の97だったからな。
俺の半分も無かったから、今まで何してたんだと思ったぐらいだ。
それに、元浜が突っ掛かってきたが、ラリーが捩じ伏せてくれたからな。
「まあ、酷い目に遭わされたと言っても、別にクラスメイト全員からそんな目に遭わされてた訳じゃないからな」
俺を邪魔者扱いしてたのは、あくまでも男子と宰相だけで、女子や先生は普通に接してくれてたし。
特に先生や天野達は、結構気を使ってくれたからな。
富永一味からリンチを受けた時も、あの4人には色々と世話になったものだ。
…………え?それじゃあ騎士団はどうなんだって?まあ、"無関心"の一言だな。
迷宮に潜って訓練している時に、弱らせた魔物を放り投げてくる程度で、絡んできたり、変に構ってきたりはしなかった。
俺としてはそっちの方が楽だったから良かったのだが、先ず銀髪野郎をちゃんと教育しといてもらいたいな。
彼奴、俺とラリー(と言っても、特にラリーだが)に矢鱈と絡んでくるからな。
そんな感じで、俺は話を続けていた。
天野や雪倉に抱きつかれた事を話した瞬間、2人からドス黒いオーラが溢れ出し、それに軽くビビったのはここだけの話だ。
「さて、腹も減ったし、飯でも食いに行くか」
そうしてベッドから立ち上がった、その時だった。
「な、何じゃこりゃぁぁぁああああああっ!!?」
「「「ッ!?」」」
隣の部屋から、ラリーの叫び声が聞こえてきた。
俺達は部屋のドアを勢い良く開け放ち、ラリー達の部屋へと向かうのであった。