神影とラリーによる
其所では、今日も今日とて、F組の面々が訓練を行っていた。
「………998!999!1000!」
木刀での素振りを終え、奏が軽く息をつく。
魔法剣士である奏は、どちらかと言えば魔法よりも剣の方が得意だ。そのため、訓練では専ら、素振りや剣術の練習に精を出している。
「奏、お疲れ様」
木刀を地面に置いて、そのまま腰を下ろす奏に沙那が近寄り、体力回復の魔法を掛ける。
「ふう………ありがとう、沙那」
奏がそう言うと、沙那は手をヒラヒラと振った。
「ううん、コレが私の仕事みたいなものだから」
当然だと言わんばかりの表情で、沙那が返した。
「奏も、そろそろ魔法の練習したらどう?何時も剣術ばかりじゃ偏っちゃうよ?せっかくの魔法剣士が、コレじゃ普通の剣士になっちゃうよ」
奏の隣に腰を下ろし、沙那がそう言った。
「ええ、分かってはいるんだけど………やっぱり、此方の方がやりやすくてね」
そう言って、木刀の柄を握る奏。
「それに、いざとなったら沙那が回復してくれるからね」
「もう、当てにして」
そう言いつつも、沙那は嬉しそうだった。
あれから、日々訓練を積んでいるF組の面々だが、やはり内容は普段と変わらず、迷宮での訓練や城での模擬戦だけ。
そうなれば、レベルの上がり具合がガルム隊より悪くなるのは必然であり、現在の最高レベルは、正義ので97だ。
パーティーランクがSSSである上に、既にレベルが200に達している神影やラリーとは、約2倍の差が出来ている。
勇者達とガルム隊の練度の差が、レベルではっきりと表れていた。
「神影君、何れだけ強くなってるのかな…………?」
一向に会える気配を見せない想い人を話題に出す沙那。
神影がF組を離脱してから長く経つが、彼に向ける想いが消える事は無かった。
それは、別の場所で魔法の練習をしている桜花も同じだ。
彼女は、寝る前に部屋の窓に向かっては、神影が帰ってくる事を祈っている。
その行動には、夜間飛行をする神影の姿を見られれば…………と言う、淡い期待も含まれているのだが。
「どうでしょうね………でも、騎士の1人を殴り飛ばしたと言うのなら、相当強くなってると思うわ」
沙那の呟きに、奏が答える。
「沙那や桜花が守る必要も、無くなってしまうかもしれないわね」
「ちょっと、奏!」
ニヤニヤと笑みを浮かべて言う奏に、顔を真っ赤にした沙那が声を荒げた。
「フフッ………冗談だから、そう怒らないでよ」
そう言う奏だが、相変わらずニヤニヤしたままだ。
「その顔、反省してないよね?」
「さあ、どうかしらね?」
すっとぼけた様子で言う奏に、沙那は溜め息をついた。
「それもそうだけど………」
不意に、奏が話を切り出す。
「古代君、クルゼレイ皇国に行ったまま、元の世界に帰る時が来るまで、此処には戻らないつもりなのかしら……」
「そんな事無いよ」
奏の呟きを、沙那が即座に否定する。
「でも、クルゼレイ皇国に行ったと言う情報があって以降、新しい情報は全く入ってないのよ?なら、元の世界に帰れるようになるまで、クルゼレイ皇国に居るつもりなのかも………」
「そんなの有り得ないよ。絶対、絶対帰ってくるもん!」
奏の言葉を遮り、頑なに神影が戻ってくると言い張る沙那。
自分達が何時、元の世界に帰れるのかは分からない。そうとなれば、神影と何時再会出来るのかも分からないと言う事だ。
彼に想いを寄せる沙那からすれば、今の奏の言葉は、何が何でも信じたくないのだ。
因みに、神影がエリージュ王国を出てクルゼレイ皇国に渡った事は、『これ以上隠しても仕方無い』と言う涼子の意見もあったので、沙那と桜花に伝えられている。
それにより、エリージュ王国を何れだけ探しても意味は無いと言う、神影が未だエリージュ王国の何処かに居ると信じている2人からすれば、あまりにも残酷な現実を突きつけられ、2人がその場で泣き崩れたのは言うまでもない事だ。
「………ごめんなさい。もう、言わないわ」
沙那の心情を察して、奏はこれ以上言うを止めた。
「(一応引き籠りから立ち直ったとは言え、やはり未だ………)」
奏は、内心そう呟いた。
引き籠りから立ち直り、迷宮攻略にも参加している沙那だが、時折、物思いに耽っているような表情を見せる。
そう言う時は決まって、神影の事を考えているのだ。
それに加えて、神影に関する話題には敏感になり、迷宮を攻略している最中に、功達5人が神影の悪口を言った時には、怒り狂って掴み掛かろうとしていた程だ。
「(全く………せめて、顔ぐらいは見せに来てあげなさいよ、古代君……)」
自分と沙那の心情とは逆に、清々しさを見せる青空を見上げ、奏はそう思っていた。
場所は変わって、此処はルージュと王都の中間にあたる平野。
「うぉぉぉおおおおおっ!!!」
「うらぁぁぁあああああっ!!!」
其所では、2人の青年の怒号が響き渡り、あちこちで衝撃波が起こっていた。
「らぁぁああああっ!!!」
怒号と共に、神影に肉薄したラリーが拳を突き出す。
「ッ!甘ぇ!」
だが、それに気づいた神影が、振り向き様に拳を突き出して相殺する。
爆音が響き、2人が居る場所が陥没する。
「…………ッ!」
ラリーは飛び退き、両手を前に突き出して魔法を放つ。
「"
すると、両手から放たれた禍々しい色の炎が、神影に襲い掛かる。
神影が飛び退くと、ラリーが放った炎は、神影が立っていた場所を焼き尽くす。
「俺の技を避けるとはな………流石だぜ、相棒!」
「あれで簡単に当たるようじゃ、1番機は務まらねぇからなぁ!」
嬉しそうに言うラリーに、神影は不適な笑みを浮かべて返す。
そして、今度は神影が行動に出た。
勢い良く地面に向かって急降下し、拳を地面に叩きつける。
「"
轟音と共に地面が揺れると、地面が捲り上がり、まるで津波のように、ラリーに向かっていく。
「やるじゃねぇか………だが、それでやられるような俺じゃねぇぞッ!」
そう言うと、ラリーは自分の背後に夥しい数の魔法陣を出現させる。
それらの魔法陣から無数の魔力弾が放たれ、神影が起こした津波へと向かっていくと、着弾と同時に爆発し、その津波を粉微塵に吹き飛ばす。
そのような技は、万を軽く超える魔力を持つラリーだからこそ出来るものだった。
地面に着弾したものも少なくないため、爆発による煙が晴れると、其所はクレーターだらけになっていた。
そして、其所に無傷で立っている神影。
「へぇ~………相棒、魔耐が低いのによく耐えたじゃねぇか」
特殊能力『拡声』を使って、空中に停滞しているラリーは神影に話し掛ける。
「そりゃあ、飛んできたテメェの魔力弾を全部弾き飛ばしてやったからな………無傷で居て当然さ」
不適な笑みを浮かべて、神影は答えた。
そして、徐に拳を後ろに構え、勢い良く飛び上がった。
ラリーが居るのは、地面から約20メートル。其所まで一瞬とも呼べる速度で飛び上がった神影は、何の前触れも無く拳を突き出す。
「ぐっ!?」
避けられないと判断したラリーは、咄嗟に両腕を出して防ぐものの、『攻撃』では神影の方が勝っている。
ダメージを受け、物凄い速さで地面に叩きつけられる。
「どうするラリー!この辺で終わるか!?」
地面に降り立つと、神影はラリーが叩きつけられた事によって起こる砂埃に向かって呼び掛ける。
「誰が終わるかボケぇ!こんな不完全燃焼のままで、終われるかってんだよぉ!!」
砂埃の向こうからそんな声が聞こえた次の瞬間、紫色の禍々しいオーラを纏ったラリーが飛び出してきて、神影に拳を突き出す。
「ッ!」
それを片腕で受け止めた神影は、数メートル程後ろに飛び退く。
「お~、めっちゃ痛ぇ………物理戦では勝ってるとしても、中々効くモンだなぁ………」
若干涙目になって腕を振りながら、神影はそう言った。
「へへっ………俺だって、魔法だけしか攻撃手段が無いって訳じゃねぇからな。お前だって、物理攻撃しか出来ないってわけじゃねぇだろ?魔力だってそこそこ伸びてんだから」
「まあ、確かにな」
ラリーの言葉にそう答え、神影は再び構える。
「さあ、手合わせは未だ終わってねぇんだ………さあ、どっからでも掛かってこいや、ラリー!!」
「上等だ、相棒!!」
そうしてラリーは、地面に足をめり込ませると、轟音を撒き散らして砲弾の如く飛び出し、神影に強力な飛び蹴りを喰らわせる。
「…………ッ!」
神影はイナバウアーの要領で上体を反らし、ラリーの飛び蹴りを避ける。
「クソッ………なら、これならどうだ!」
魔法を前方に放って勢いを殺し、向きを変えたラリーは、両手からジェット噴射のように炎を出して回転し、その遠心力で威力を上げ、再び蹴りを繰り出す。
「くっ…………おらぁ!!」
それを神影は、軽くジャンプしながらの回し蹴りで相殺する。
勢いを完全に殺されたラリーが地面に足をつくと、神影は10メートル程度の高さまで飛び上がり、急降下しての踵落としを繰り出す。
魔力を使って威力を上げた踵落としは、飛び退いたラリーが居た地面を踏み砕いた。
それによる一瞬の隙をついて、ラリーが立て続けに魔力弾を放つが、ガルム隊トップクラスの俊敏性を持つ神影は、それらを紙一重で避けていく。
最早、戦闘機要素などまるで無いガチバトルを繰り広げる2人。
そして2人は徐々に、エリージュ王国の王都へと距離を詰めていくのであった。
再び場所を移して、此処はエリージュ王国の王都。
午前の訓練を終えたF組の面々は、食堂で昼食を摂っていた。
「王宮のご飯も凄く美味しいけど………そろそろ、家のご飯が恋しくなってきたわね」
テーブルに並べられた料理を口に運ぶ手を止め、涼子はそう呟いた。
「そうだね~。お母さんが作ったお弁当、教室に置きっぱだもんね~」
相変わらず間延びした口調で、陽菜乃が言った。
「向こうでは私達、どうなってるのかな……?」
「さあねぇ~…………多分、『神隠しに遭った』とか言われてるんじゃないかな?」
沙紀の呟きに、春菜が答えた。
「コレ、元の世界では私達の存在は無かった事になってる…………とか無いよね?」
「ちょっと、涼子。そんな恐い事言わないでよ」
いきなり縁起でもない事を言い出した涼子に、暁葉がそう言った。
「それもそうだけど………古代君、今何処に居るのかな………?」
「クルゼレイ皇国でしょう?この前会った時に、そう言ってたじゃない」
不意に呟いた沙紀に、涼子が答えた。
「それはそうだけど………実は、私達が知らない間に、この国に帰ってきてたり、しないかなって…………」
「あ~………それ、ありそうだね。だって古代君、結構前に王都に来てたんでしょ?」
沙紀の言葉に、春菜が賛同した。
そんな、何時もと変わらぬ食事風景が続くかと思われた、その時だった。
「…………ん?」
不意に、奏が手を止める。
「奏さん、どうかしましたか?」
そんな奏を不思議に思い、桜花が訊ねる。沙那も手を止めて、奏を見ていた。
「何か、外が騒がしくない?」
「「え?」」
2人同時に聞き返し、沙那と桜花は耳を澄ませる。
「………ああ、確かにそうだね」
「何だか、皆さん慌てているような………」
そんな会話が交わされた時、食堂の扉が勢い良く開け放たれ、衛兵が数人転がり込んできた。
「ゆ、勇者の皆様!」
かなり慌てた様子で叫ぶ衛兵に、F組の面々の視線が集まる。
「お、お食事中に失礼します!先程、王都・ルージュ間にある平野で、強力なエネルギー反応を感知しました!現在、この王都に向かって急速接近中です!」
その言葉に、F組の面々は目を丸くする。
「数は2つで、双方共に、魔王に相当する程のエネルギーを持っています!」
『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』
その言葉に戦慄するF組の生徒達。
「おいおい、マジかよ…………いきなり魔王クラスの敵が登場ってか」
徐に立ち上がった航がそう言った。
「皆、直ぐ外に出るんだ!何が起きたかは分からないけど、魔人族の可能性が高い!」
続いて立ち上がった正義がそう言うと、F組の面々は先に立って走り出した衛兵達に続く。
そして、王宮を飛び出した時だった。
「ッ!」
先頭を走っていた衛兵が突然立ち止まり、後ろを向いて力の限り叫んだ。
「魔力弾が接近中!衝撃に備えてください!!」
衛兵がそう叫んだ次の瞬間には、禍々しい色の巨大な魔力弾が何処かに着弾し、轟音を轟かせた。
地面は揺れ、あちこちで人々の慌てふためく声が聞こえてくる。
「方向からすると、着弾地点は訓練場か………ッ!」
瞬時に着弾地点を割り出した正義が、先に走り出す。
「ちょっ、正義!?おい、待てよ!」
それに続いて航も走り出し、気づけばF組全員が、訓練場に来ていた。
「こ、コレは………」
「う、嘘………」
「有り得ねぇ………何がどうなったら、こんなスゲー威力の魔力弾を撃てるんだよ…………」
「つーか、そもそも誰だよ?こんな魔力弾撃ってきやがったのは」
訓練場に着いた生徒達から、そんな感想が漏れる。
着弾地点から黒煙を噴き上げている訓練場は、その中央に、巨大で深いクレーターが出来ており、壁は粗方吹き飛び、近くにある城の壁にも亀裂が入っていた。
そんな中、シロナが虚空に向かって耳をそばだてていた。
「夢弓先生、どうしました?」
女子生徒の1人が訊ねる。
「ええ、何処からか、男の人の声g…………きゃあ!?」
『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』
シロナの言葉が言い終わる事は無かった。
先程のを上回るような轟音が響き渡り、強烈な衝撃波が襲い掛かってきたからだ。
生徒達は吹き飛ばされ、何人かは壁に叩きつけられて意識を失う。
「ぐうっ…………い、一体……何が…………え?」
ヨロヨロと起き上がろうとしたシロナは、視界に飛び込んできた光景に目を丸くした。
何故なら…………あたかも核爆弾が炸裂したかのようなキノコ雲が、空高く舞い上がっていたのだから。
それらの原因が神影とラリーにあると言う事は、今の彼女等には知る由も無い。