コレは、神影とラリーが盗賊を壊滅させ、ファルケンとアドラー、そしてエメルが誘拐された事の黒幕であるコアン親子を捕まえた後日の様子である。
「おい、聞いたか?コアン親子が逮捕されたらしいぜ?」
王都にて、1人の若者が相方にそう言った。
「コアン親子が?息子が何かやらかしたんじゃねぇのか?ソイツが家を継いだら1週間で家が潰れるとか言われてるんだから」
相方がどうでも良さそうに答える。
コアン家の息子であるゴルドは、悪い意味で有名になっているようだ。
だが、その若者は首を横に振る。
「いや、今回は親子共々なんだよ」
「どういう意味だ?」
相方が訊ねる。
「いや、よく知らんが、盗賊と手を組んでたらしいんだよ」
若者の言葉に、目を丸くする相方。
「何でも、盗賊が捕まえてきた美人さんを、奴隷として新品の状態で引き渡す代わりに、警備隊の情報を横流しにしていたとか」
「その家、マジ最低だな」
相方が冷めた目でそう言う。
「おまけに、税収を過度に上げてプライベートに使うとか、その他の汚職が出るわ出るわだったらしいぜ?」
「マジで!?俺、その町に住んでなくて良かったぜ………」
相方はそう言うと、安堵の溜め息をついた。
その話をしているのは、この若者2人だけではなかった。
王都にある飲食店では、3人の女性がテーブルを囲んでいた。
1人は、紫の髪に蒼い瞳を持ち、もう1人は赤い髪と瞳を。そして最後の1人は、ブロンド髪に緑色の瞳、そして小柄な体型に似合わない大きな胸を持っていた。
そう。彼女等は、黒雲に他の女性共々捕らえられていたところを神影とラリーに助けられた、冒険者パーティー"アルディア"の3人である。
「それにしても、貴族が盗賊と手を組んでいたとは驚きね」
皿の上に乗るパンを食べながら、ソブリナがそう言った。
「コアン親子って、町の若い女の子にも手を出すとかしてるけど、盗賊と手を組んででも女の子を手に入れようとするなんて………呆れるのを通り越して軽蔑するわ」
「其処は尊敬になるんじゃないかしら…………?」
コーヒーカップを片手に呟くエリスに、ソブリナは苦笑混じりにそう言った。
「………盗賊と、コアン親子、捕まえたの…………ガルムって、噂…………」
すると、ずっと黙っていたニコルが口を開いた。
「ガルムって事は………もしかして、ミカゲ達が?」
そう聞き返すソブリナに、ニコルはコクりと頷いた。
「す、凄いわね………」
「あら、ソブリナ。知らないの?」
其処へ、エリスが口を挟んできた。
「ミカゲ達の活躍って、それだけじゃないのよ?十数匹ものワイバーンの群れを、数人程度で討伐したとか、どんな依頼も1日で終わらせるとか、結構色々な噂が流れてるんだから」
「それに……もう、Sランクになったって………噂も………ある……」
エリスに続く形でニコルが言うと、ソブリナは遂に言葉を失った。
「1ヶ月ちょっとで、Sランクにまで上り詰めるなんて………私達なんて、最近Aランクになったばかりなのよ?」
「ええ。コレばっかりは、私も驚いたわ………」
「……やっぱり、ミカゲ達は凄い人だった……私達、そんな凄い人達と………友達、なんだ………」
驚いているソブリナとエリスを余所に、ニコルは何処と無く嬉しそうな表情を浮かべていた。
場所を移して、此所はエリージュ王国の東に隣接する国、クルゼレイ皇国。
この国では、人間だけでなく、ドワーフやエルフと言った亜人族や、サキュバスやラミアのような魔族も共存している。
魔王や魔族の侵攻がどうだと騒いでいるエリージュ王国とは、全く違った風景を見せている。
その城の一室には、宝石が贅沢に散りばめられたドレスに身を包んだ、ウェーブした桃色の髪を持つ美女が居た。
彼女の名は、ナターシャ・シェーンブルグ。このクルゼレイ皇国の女王である。
「………それで、エリージュ王国の様子はどうでしたか?」
彼女は、傍に控えるローブ姿の人物に訊ねる。
「ハッ。エリージュ王国では、1ヶ月以上前に勇者召喚が行われ、異世界の少年少女が30人以上召喚されました」
「そう、ですか……」
ナターシャはそう言って、深い溜め息をついた。
「恐らく、エリージュ王国の目的は………」
「魔族や他の亜人族の撲滅と、魔族大陸への侵攻。そして、他国への牽制……と、言ったところだと思われます」
ローブ姿の人物の言葉に、頭を抱えるナターシャ。
「となれば、恐らくエリージュ王国は………」
「先ず、魔族や亜人族の受け入れをしている我が国を狙うでしょう。資源も多いですから、尚更」
「…………」
ナターシャは、遂に言葉を失った。
「兎に角、異世界の勇者達に攻め込まれては、我が国に勝ち目はありませぬ。何かしらの対策を立てるのが賢明かと」
「ええ。でも、どうすれば………」
そう言って頭を悩ませるナターシャ。
すると、ローブ姿の人物がこんな事を言い出した。
「そう言えば陛下、"ガルム"はご存知で?」
「え?」
そんな突拍子も無い質問に、ナターシャは間の抜けた声を出してしまう。
「え、ええ。神話で見た事がありますが……………」
「その"ガルム"ではありませぬ」
「じゃあ、どのガルムだと言うの?」
ローブ姿の人物に、ナターシャはそう問い掛ける。
「私が申している"ガルム"とは、数ヵ月前にエリージュ王国で出来た冒険者パーティーです。たったの1ヶ月少しで、FランクからSランクへ上り詰めたと言う噂がこの国にも入っており、他にも、冒険者登録をしたその日に、黒雲をたった2人で壊滅させたとも言われております」
「何ですって!?」
ナターシャは声を張り上げて立ち上がった。
黒雲がどのような集団なのかは、当然ながらクルゼレイ皇国の国民も知っている。
黒雲が根城にしていた山岳地帯の位置の関係で、クルゼレイ側でも被害を被っているのだから、知らない方が逆におかしいだろう。
並大抵の冒険者ならあっさり返り討ちにされてしまうような盗賊が、たったの2人に……………それも、冒険者登録したばかりの2人に壊滅させられたのだ、それを聞けば、誰だって驚くだろう。
「さらに申しますと、そのパーティーを率いているのは、勇者召喚された少年少女達の1人で、メンバーの中の1人は、国の魔術師団に相当する魔力を持っているとか」
「ッ!?」
その言葉に、ナターシャは目を丸くした。
「(まさか、エリージュ王国に、そんなトンでもない人間が居るなんて…………)」
内心そう呟いたナターシャは、そのローブ姿の人物に言った。
「分かったわ。取り敢えず引き続き、エリージュ王国の監視を続けてちょうだい。出来るなら、そのガルムと言う冒険者パーティーも」
「御意」
そう言って、ローブ姿の人物は姿を消した。
ナターシャは、椅子に深々と腰掛けて天井を仰ぐ。
「Sランク冒険者パーティー"ガルム"、ですか…………」
彼等は、我が国の敵なのか?それとも…………?
ナターシャの悩みは、また暫く続きそうだ。
視点は再び、エリージュ王国へと戻る。
王宮では、何時ものように訓練が行われていた。
ずっと部屋に閉じ籠っていた沙那が訓練に復帰しているため、女性陣は明るさを取り戻し、男性陣も、再び涌いてきたアプローチのチャンスに、内心頬を緩めていた。
「嘘ッ!?古代君が王都に来てたの!?」
休憩中、女性陣は沙那と桜花、そして奏を囲んで話をしていたのだが、沙那の話を聞いた女子生徒の1人が驚きの声を上げる。
「う、うん。ブルームさんに言い寄られていたところを助けてくれたんだ」
「やり方は些か乱暴だったけどね」
奏が肩を竦めながら付け加えた。
「それで?古代君とは話せたの?」
その問いに、沙那は首を横に振った。
「ううん。奏が神影君の名前を呼んだら、一目散に逃げちゃったの」
「あ~あ、白銀さんったら駄目じゃん。天野さんと雪倉さんの初恋の人追っ払っちゃ」
「べ、別に追い払った訳ではないのだけど…………」
冷やかすように言う女子生徒に、奏はそう言った。
「それはそれとして、最近、"ガルム"って冒険者パーティーが有名になってるよね」
「あっ、それ知ってる!1ヶ月ちょっとでSランクに上がったって言う冒険者パーティーでしょ?」
女子生徒達の話は、何時の間にかガルムの話に変わっていた。
「そうそう、そのガルムなんだけどさぁ」
そう言って、女子生徒は男子の方をチラリと見やった後、彼等に聞こえないように小声で話した。
「もしかしたら、古代君が居るんじゃないかって思うんだ」
「古代君が?」
「うん」
その問いに、女子生徒は頷く。
「ホラ、覚えてる?黒雲って盗賊団が壊滅したって話」
「ええ。確か、壊滅させた冒険者2人組の中に、古代君が居るって話だったよね?男子は全く信じてないみたいだけと」
それに頷くと、女子生徒は続けた。
「その盗賊団を壊滅させたのがガルムだって、町で噂になってるの。だから…………」
「成る程、そう言う事なのね」
話を聞いていた女子生徒が頷いた。
「私、それ当たってると思う」
不意に、沙那が口を開いた。
女子生徒達の視線が、彼女に向けられる。
「神影君、エースコンバットって言う戦闘機のゲームが大好きなんだけど、ガルムってチーム名が、そのゲームに出ていたって、神影君から聞いたの」
沙那の言葉に、女子生徒達の、『冒険者パーティー"ガルム"に神影が居るかもしれない』と言う考えは確信へと変わった。
「と言う事は、古代君は盗賊を壊滅させたり、一気にSランクへ上がれるような力を持ってたって事になるんだよね?」
そんな一言に、ハッとする女子生徒達。
「だったら、それって凄い事じゃん!勇者じゃないとか、最初のステータスが弱かった事とか関係無しに!」
「そうだよ!もし古代君が戻ってきたら、魔王討伐に大きく近づけるって事になるんだから!」
女子生徒達はそう言って、わーきゃーと騒ぐ。
「古代君が戻ってきたら、魔王討伐に大きく近づけるし、天野さんや雪倉さんだって嬉しい…………正に、一石二鳥だね!」
「それに先生だって、古代君が戻ってくる事を望んでるんだから、何としても、何処かで古代君に会わないとね!」
そうして、女子生徒達は盛り上がっていた。
…………その話を聞いていた男子達から、不快そうな視線を浴びている事に気づかずに。