「…………知らない天井だ」
先程まで目を覆っていた腕を退けた俺は、小さく呟いてから起き上がった。
それから軽く辺りを見回すと、俺達は石造りの大広間にある台座のようなものの上に居り、其所に先生やクラスの連中が横たわっていた。
近づいて様子を見ると、全員、ちゃんと息をしていた。
どうやら俺達は、あの光に飲み込まれた後、そのまま気を失っていたようだ。つーか、何時の間に気絶していたのやら……………
そう思いながら、今度は台の下で膝をつき、胸の前で手を組んでいる法衣姿の人々に目を向ける。
どうやら、例の魔方陣を仕掛けたのはこの人達のようだ。発動のために力を使ったのか、全員かなり疲れているようだ。
「ハァ……ハァ……せ、成功……だ………」
「こ、これで……俺達……助かる……ぞ……」
「勿論……陛下も、な…………」
法衣姿の人達は、喘ぎ喘ぎに何やら話しているが、どうやら、俺が起きた事には未だ気づいていないようだ。
ローブで顔は見えないが、あのような会話を交わしていると言う事は、ローブの隙間から視線を合わせているに違いない。
「(色々と気になる事はあるが………………まあ取り敢えず、落ち着いて状況を纏めるのが先だな………それに、何か眠いし………少し目を瞑っとこうかな)」
俺は再び寝転がると、クラスの連中が起きるのを待つ間に状況を整理しようと、目を瞑るのであった。
「……くんっ……かげ……んっ!………起きて!神影君!」
「古代さん!起きてください!」
「ヘァ!?」
体を揺すられながら大声で呼ばれ、俺は何処ぞのサ○ヤ人のような声を上げながら跳ね起きた。
一体何事かと、首をブンブン振り回して辺りを見回すと、先程まで気絶していたクラスメイト全員と先生は既に起きていた。
どうやら、考えを纏めるつもりが、完全に二度寝してしまったようだ。
「(はぁ………まさか、昨夜の夜更かしのツケを此処で払う羽目になるとはな…………)」
内心でそう言いながら、今度は俺を叩き起こした人物へと目を向ける。其所には、心底安心したような表情を浮かべている天野と雪倉の姿があった。
「ああ、良かった!やっと気がついたんだね!」
「何れだけ呼んでも中々起きないものですから、心配しました」
「あ、ああ……そりゃ、すまんな…………」
取り敢えず2人には、考えを纏めるつもりが寝落ちしたって事は伏せておこう。こんな事言ったら、後で怒られそうだしな。
でもまぁ、寝落ちしちまったが結論は出た。それだけでも収穫としようじゃないか。
「これで全員、お目覚めになられたようですな」
「…………ん?」
不意に、聞きなれない声がした。
ゆっくり立ち上がって声の主を探すと、最初に起きた時には居なかった、紫色の法衣らしき服を着て髭を蓄えた男性が、台の下に立っていた。
「はい、お待たせしてすみません」
「いえいえ。あのような召喚をしたのですから、長らく気絶していても不思議ではありませんからな」
ペコリと頭を下げる先生に、その男性は小さく微笑みながら答えた。
一瞬、チラッと小バカにするような視線を俺の方に向けたような気がするが、一先ず気にしない事にした。
「それでは、改めて自己紹介を……………ゴホンッ!」
そう言って、男性は咳払いを1つして言った。
「私は、グリーツ・ボーアン。此処、エリージュ王国の宰相をしております……………異世界より招かれし勇者の皆様。我がエリージュ王国へ、ようこそお越しくださいました」
そう言って、恭しく一礼するボーアン宰相。
他のクラスメイトは、皆揃って唖然としていたり、未だに状況が飲み込めていないのか、あちこち見回しているのも居る。
あのクールな白銀でさえ、動揺しているのが丸分かりだ。時々、天野や雪倉と視線を合わせ、また辺りを見回している。
「突然の事で、未だ動揺されている方もいらっしゃるでしょうから、一先ず、場所を移しましょう」
そう言って、宰相は俺達についてくるよう促し、ゆっくり歩き出す。
俺達も後に続いて、この広間を後にした。
「………『異世界召喚』だな、間違いなく………」
誰にも聞こえないような声で、俺は結論を述べた。
大広間を後にした俺達は、だだっ広く、そして長い廊下を歩いていた。
廊下の脇には、槍を持った衛兵やメイド、執事が控えていて、此方に向かって頭を下げている。
男子は皆、メイドを見て鼻の下を伸ばしてる。まぁ、メイド喫茶みたいなのでもなく、本物のメイドだからな。そうなるのも仕方無いっちゃ仕方無い。
女子は目の前の光景が信じられないとばかりに辺りを見回したり、目を擦ったり、スマホが使えないかと、取り出して試したりしている。
まぁ、結果は言うまでもないがな。
「古代さん、何だか落ち着いていますね……………この状況に驚いていないんですか?」
すると、何時の間にか隣に居た雪倉が話し掛けてきた。
「あ~、そうだな………………まぁ、全く驚いてないと言ったら嘘になるけど、他の奴等程驚いてはいないかな。こう言う展開、ネット小説では結構見掛けるし」
「そうなんですか……………」
「じゃあ、この後の展開も分かったりするの?」
今度は天野が話に入ってきた。
「まぁ、一応な」
俺は曖昧な返事を返した。
大概のネット小説では、国王や王女が居る謁見の間に連れていかれ、魔王を倒してくれるように頼まれるのが普通の流れだ。
だが、所詮はネット小説。対して此方は現実に起きている事だ。全て俺が言った通りの流れになるとは限らない。何処かで大なり小なり異なっているのだ。
「さあ、着きましたぞ」
そう言って、宰相が立ち止まる。
目の前には、2人の衛兵に守られた重厚感溢れる扉が聳えていた。
宰相が衛兵に言うと、2人はそそくさと扉を開ける。
「此方が謁見の間となっております。どうぞ、お入りください」
宰相に促されるがまま、俺達は謁見の間へと入っていく。
「(まぁ、大体の予想はしていたが……この辺までは小説通りだな)」
俺は内心でそう言いながら、謁見の間を見渡した。脇に数十人の衛兵が控えており、中央の奥に玉座がある。国王が座るものだろう。
「さて、それでは説明していきましょう」
………………あれ?国王ほったらかしにしてるぞ、この宰相。
「あの、宰相さん。質問なんですけど」
俺は手を上げて言った。
「何ですかな?」
「陛下がいらっしゃらないようですが………………放っといて良いんですか?」
「ああ、それについても説明させていただきますのでご心配なく」
そう言って、宰相はクラスメイト全員に向き直った。
「此度、皆様を此方に召喚させていただいたのは他でもありません」
真面目な面持ちで言う宰相に、クラスメイト全員が息を飲む。
「貴殿方には、魔王を倒し、陛下に掛けられた呪いを解いていただきたいのです」
『『『『『『『『『………………はい?』』』』』』』』』
此処で、クラスメイト達の間の抜けた声が重なった。
それから話を続ける宰相さん曰く、次の通りだ。
先ず、(この世界から)3年前のある日、魔王を名乗る者が突如として現れ、国王に『厄災の呪い』と言う、掛けられた本人と、本人に関わった者に様々な厄災をもたらすトンでもない呪いを掛けたらしい。
そのお陰で国王は今、自室にて隔離状態にあると言うのだ。
そして、その呪いを解くためには、呪いを掛けた者………即ち魔王を倒すしか方法は無いのだがそうとなれば、魔王率いる魔族と人間での戦争になる。
だが、この世界の人間では、魔王はおろか、魔族にも太刀打ち出来ない。精々魔族よりも下級として分類されている、『魔物』と戦える程度だ。
そのため、この世界より高位な別世界の人間を召喚する事になったのだとさ。
「………………と言う訳なのです。ですので皆さん、どうか我々に力をお貸しください」
話を終えた宰相さんだが、クラスメイトは全員呆然としている。
だが…………
「ふざけないでください!」
そんな中で、宰相さんに真っ向から食って掛かる人が居た。
夢弓先生だった。
いきなりの怒号で全員が軽く驚いている中、ドスドスと足音を立てながら宰相さんへと詰め寄る。
「結局、そちらの勝手な都合に私達を巻き込んだだけじゃないですか!それに先程の話からすると、この子達も魔族との戦争に参加させると言う事ですよね!?そんな自殺行為以外の何物でもない事、この子達の教師として看過出来ません!今直ぐ元の世界に帰してください!」
物凄い剣幕で迫る先生に、一同は唖然としているが、宰相さんだけは違った。
一方的に怒鳴りまくって疲れたのか、肩で息をしている先生に非情極まりない言葉を叩きつけたのだ。
「残念ながら、現時点で貴殿方を帰す事は出来ません」
「ッ!?ど、どうしてですか!?呼び出せるなら、帰す事だって出来るでしょう!?」
再び宰相さんに詰め寄る先生。それを抑えながら、宰相さんは淡々と語った。
曰く、こう言った召喚には1つの制約があり、それは、『召喚された者は、その世界での使命を果たすまで元の世界には帰れない』と言うものだ。
つまり俺達は、魔王を倒して国王に掛けられた呪いを解くまで、日本に帰してもらえないと言う事だ。
「な、何なんだよそれは!?ふざけんなよ!」
「そうよ!勝手に呼び出しといて帰せないなんておかしいわよ!」
「戦争とか冗談じゃねぇ!さっさと帰しやがれ!」
其処からは、正に阿鼻驚嘆の地獄絵図だ。
兎に角早く帰らせろと怒鳴る者、あまりのショックに気絶する者、そして泣き叫ぶ者。
「み、皆!落ち着いて!」
「これが落ち着いてられっかよ先生!」
「そうよ!このままじゃ私達、戦争に駆り出されるのよ!?」
「クソがっ!俺この歳で死にたくねぇっつーの!」
パニックを起こした連中を落ち着かせようとする先生だが、火に油を注ぐだけだ。
チラリと三大美少女に視線を向けると、体を抱き締めて怯える天野を、雪倉や白銀が必死に落ち着かせようとしている。
「(さて、俺の知識がこの世界でも通用するのなら、そろそろ“アレ”が登場しても良い頃なんだがなぁ…………)」
そう思いながら辺りを見回した、その時だった。
「皆、落ち着いてくれ!」
『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』
この謁見の間全体に響き渡った声が、大騒ぎしていた連中を黙らせる。
その声の主に視線を向けると、クラスメイト達からの視線を一斉に受けている金髪の男子生徒が居た。
名前は御劔 正義(みつるぎ まさよし)。
容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群と言った3要素を揃えたイケメンで、そのイケメン度は、学校でも大規模なファンクラブが存在する程だ。
このクラスは勿論だが、他のクラスの女子がコイツの噂をするのをちらほら見掛ける。
「(さて、彼奴はどんな演説を見せてくれるのか)」
そう思っていると、御劔の話が始まった。
「……………皆、此処でグリーツさんに文句を言っても仕方無いよ。グリーツさんだって、苦肉の策で俺達を召喚したんだろうから…………だから」
そう言うと、御劔はクラス全員の前に出て言った。
「俺は、戦おうと思うんだ。もし戦争が起きて、この世界の人達だけで戦ったら……………間違いなく全滅してしまう」
その言葉に、一同はただ沈黙する。
御劔は尚も続けた。
「彼から話を聞いた以上、『自分には関係無い』とか言って放り出すなんて、俺には出来ない。それに使命を果たせば、きっと元の世界に帰れる…………そうですよね?」
そう言って、御劔は宰相さんの方を向く。
宰相さんは何も言わず、だが確信を持った様子で頷いた。
「で、でもよぉ御劔。俺等、今まで戦争とかとは無縁の生活してたんだぜ?そんなんで魔族や魔王と戦えるのかよ?」
転移させられる前、俺をエロ呼ばわりした男子生徒--富永 功(とみなが いさお)--が、何とも情けない声色で言う。
すると、さっきまで黙りこくっていた宰相さんが漸く口を開いた。
「その事でしたら、心配は要りませぬ。先程申しましたように、貴殿方の世界は此方より遥かに高位な世界です。そのため当然ながら、貴殿方は此方側の人間より高い能力を有しています。それに、勇者の称号も得ているでしょうからな。その辺りは期待して良いかと思われます」
宰相さんがそう言うと、一同に安堵の色が見え始める。
そして、最後の一言とばかりに御劔が言った。
「それなら大丈夫……………なら、俺は戦うよ。その力で人々を救い、皆で元の世界に帰ろう!俺が、この世界も皆も、必ず救ってみせる!」
ぎゅっと握った拳を高らかに掲げて宣言する御劔。うん、あれこそ正に勇者だな。
クラスメイトも活気を取り戻している。
「よっしゃ!それなら俺だってやってやるぜ!」
「ええ!御劔君が居たら百人力………ううん、千人力よ!」
「ちょっと怖いけど………私もやれそう!」
活気を取り戻したクラスメイト達が、思い思いの声を上げる。
天野達3人は、どうやったらこんなに調子づけるのかと困惑しているようだ。
そして、最後に宰相さんだが………………
「フッ…………」
満足そうに微笑んでいた。
恐らく、御劔が声を上げた時点で、こうなると大体の予想をしていたのだろう。
それにこれは、クラス転移もののネット小説でよく見かける流れだから、俺はこうして平常心を保っていられる。
はてさて、次はどんなテンプレが待ち構えているのやら。