さて、夕食を終えた後、部屋を訪ねてきた宿の娘さんに連れられて、俺達ガルム隊は、町の門の直ぐ近くに来ていた。
途中、金髪の女の子を視界に捉えたラリーが急に立ち止まって殺気を全開にすると言うハプニングに見舞われたが、それも何とか抑えた。
そんなこんなで、俺達は娘さんを宿へと戻らせ、町の門へと歩みを進めていた。
「やあ、ガルムの皆。急に呼び出してすまないね」
俺達に気づいたアリさんが、声を掛けてきた。
「いえいえ、お気になさらず」
そう言って、俺は門の向こうに立っている面々へと視線を向ける。
其所にはF組女性陣と、ラリーが殺気を向けていた金髪の女の子が立っていた。
「(あっ、そう言えばこの娘って……………)」
今思い出したが、この金髪の女の子は、俺が未だギムレーの体を借りていた頃、白銀に請求書を渡すために王都を訪れた際、アリさんと話をしていた女の子だ。
「………………ッ!」
何やらドス黒いオーラを感じて視線だけ横に向けると、ラリーが両手をワナワナ震わせているのが見えた。
そう言えばラリーは、学生時代に起こした事故で、士官学校の同期や魔術師団、それから国の上層部の連中から手のひらを返したように腫れ物扱いされ、それまで仲が良かった奴等からも裏切られたって話してたな。
つまり彼女は、ラリーを裏切った1人って事か…………
「………………」
ラリーから憎悪の眼差しを向けられている女の子は、それを察したのか気まずそうに顔を伏せてしまった。
「な、何?何が起こってるの?」
「あの金髪の人、凄く怒ってるよ………」
「な、何だか………息苦しい……」
ラリーが撒き散らしている殺気は、F組女性陣の方にも重くのし掛かっているようで、皆怯えている。
アリさんでさえ、顔色が悪い。
「(………取り敢えず、このまま放置しても話は進まねぇよな)」
そう思い、ラリーに殺気を出すのを止めさせようとした、その時だった。
「おい、ラリー。その辺で止めとけ」
何時の間にか俺とラリーの間に割り込んでいたギムレーが、ラリーの頭に強めの拳を打ち付けたのだ。
「痛ッ!?」
いきなり頭の側面を叩かれた事で、ラリーが撒き散らしていた殺気は一気に引っ込んだ。
「お前と其所の女にどんな関係があるのかは知らねぇが、無闇に殺気ぶちまけるのは止めろって神影も言ってたろ。ちったぁ落ち着け」
小突かれた頭を擦っているラリーに向けて、ギムレーはそう言った。
「ご、ゴメン…………また、我を忘れていたよ」
そう言うと、ラリーは金髪の女の子を視界に入れないように場所を変える事にしたらしく、後ろの方へと回った。
「えっと…………そろそろ、話を始めても良いかな?」
其処で、アリさんがおずおずと話し掛けてくる。
「あ、はい。良いですよ」
俺が返事を返すと、アリさんは安心したように、ホッと溜め息をついてから話を切り出した。
「さっきも言った通り、君達がルージュに居る間、彼等を監視につけさせてもらう。以前の王都の件もあるから、君達がトラブルを起こさない事を信じたいが、念のためだ」
アリさんはそう言って、俺の方を向いた。
「それじゃあ、ミー君達には来てもらったばかりなのに悪いけど、ギルドに行こうか」
その言葉に頷くと、アリさんを先頭にして、F組女性陣と金髪の女の子が町の中に足を踏み入れ、唖然としている住人達の間をすり抜けて、ギルドへと向かい始めた。
金髪の女の子は知らんが、F組女性陣からすれば、久し振りの王都以外の町だろうな。
それで後に続いた俺達は2つのグループに分かれ、2列になって歩くF組女性陣を挟むようにして歩いた。
「………………」
その際ラリーは、かなり複雑そうな表情を浮かべていた。
さっきギムレーに叱られたのもあり、憎悪を撒き散らすのは抑えているようだが、やはり自分を裏切った存在が居ると言うのは、ラリーとしては耐えられないんだろうな。
模擬戦を終えた俺とギムレーがルージュに戻った時は、あの銀髪ナルシスト共の親にぶちギレたままの勢いで、『今度、王都住人が自分達に手を出してくるなら、王都住人に無差別攻撃仕掛けてやる』なんて物騒極まりない事を言っていたが、それもきっと、怒りで我を忘れたあまりに口に出してしまった事だと信じたいのだが……………果たして本当のところは、どうなんだろうな……………?
取り敢えず俺は、ラリーの直ぐ横につくと、その背中に手を回して優しく擦った。
「ッ……あ、相棒…………?」
一瞬体を強張らせたラリーだが、俺を視界に捉えると目を見開いた。
「………………」
何と言ってやれば良いのか分からず、俺はただ、ラリーの背中を擦り続けていた。
さて、そんなこんなで俺達は、ギルドに到着した。
アリさんがドアを開け放つと、ギルドに居た他の冒険者達の視線が突き刺さる。
カウンターに目を向けると、エスリアが目を見開き、口を両手で覆っているのが見えた。
何時ものように酒を飲んでいたオッチャン冒険者達も、唖然とした様子で俺達を見ている。
「お、おい。あれ見ろよ。勇者が来てるぞ」
「この前は4人だったが………………また一気に増えたな」
「軽く見た感じでも…………ありゃ20人は居るぜ」
「ちょっと、あんなに大人数入れて大丈夫なの?」
「もし、このギルドで暴れたりしたら…………」
等々、冒険者達は不安そうな表情を浮かべて、そんなやり取りを交わしている。
不安げな彼等の会話を聞きつつ、2階に上がるための階段の1段目に足を乗せたところで、アリさんが振り向いた。
「さて、詳しい話は支部長室でしたいんだけど………流石に、こんな大人数は部屋に入らないからね。出来れば勇者達とガルムで、其々何人か代表を決めてくれないかな?」
アリさんはそう言った。
まあ、支部長室は確かに広いが、俺達ガルム隊全員とF組女性陣と金髪の女の子が入る程ではないからな。アリさんがそう言うのも仕方無いだろう。
それで話し合った結果、ガルムの方からは俺とラリーが、勇者側からは、天野達4人と金髪の女の子が行く事になった。
「良し、其々の代表は決まったようだね……………それじゃあ、残りの皆は此処で待っててくれ」
アリさんはそう言って、先に上がっていった。
俺は他の冒険者達に、連中に手を出さないように伝え、エメル達に、もし連中がトラブルを起こしたら伝えに来るように頼んでから、支部長室へと向かった。
神影達が2階へ上がっていくと、ギルドの1階では気味の悪い沈黙が流れていた。
食事スペースで夕食を摂ったり、翌日の予定を立てていた冒険者達は、自分達が受け入れを拒否していた勇者達がいきなりやって来た事に戸惑い、どうすれば良いのか分からずに居た。
「ね、ねえ。どうしたら良いの?」
「そんなの、私に聞かれても困るよ…………」
1階に残された女子生徒達も、彼等と同じ心境だった。
王都が他の町や村から見放され、自分達勇者や王国騎士団が嫌われていると言うのは、出発前にシロナから聞かされていた。
そして今、勇者や騎士団を最も嫌っているであろうルージュの冒険者達に、彼女等は囲まれている。
此処で下手な動きをすれば、監視のために残ったエメル達が直ぐ様動くだろう。
そうなった時、自分達がどうなるのかは分からない。
「(どうすれば良いの…………?)」
F組生徒の1人である赤崎涼子は、周囲を見回しながら内心呟いた。
明らかに挙動不審だが、彼女等の心境からすると、このような行動を取るのも無理はない。
涼子とて、今の状況で軽く混乱しているのだ。
「なあ、其所のお前。さっきからキョロキョロしてる奴」
すると、突然ギャノンが話し掛けた。
「ひゃいッ!?」
急に話し掛けられた涼子は上擦った声で答え、ギャノンの方を向いた。
普段は気が強く、ハッキリとものを言う涼子だが、この状況では、何時もの性格は発揮出来なかった。
「1つ聞きてぇんだが……………お前等、なんで此処に来たんだ?」
「は、はい……それは、ですね…………」
涼子の身長が158㎝なのに対して、ギャノンの身長は172㎝だ。
その身長差か、はたまた長らく冒険者として活動していたからか、彼女の体から発せられる威圧感に押し潰されそうになりながら、涼子は自分達がルージュを訪れた理由を語った。
「えっと、その………先日、迷宮の攻略でアイテム類が手に入って………それからお金も、ある程度貰えたので…………一先ず、第1段階として、渡しに来たん、です…………」
「成る程…………で、その金は何れぐらいなの?」
彼女等のやり取りを聞いていたエメルが、話に入ってきた。
「き………金貨200枚、です…………」
それを聞いた2人は、目を丸くした。
ルージュ含む町や村の住人は勿論、王都の住人からも白い目で見られている勇者達が、どうすれば金貨200枚と言う大金を貰えるのか、不思議で仕方無かった。
「えっと…………王妃様が、用意してくれたもので………」
「ああ、成る程」
「まあ王族なら、それだけ金持ってても不思議じゃねぇわな」
エメルとギャノンは、納得したとばかりに頷いた。
其処へ、数人のギルド職員と共に、お盆を持ったエスリアが近づいてきた。
彼女等が持っているお盆には、ジュースが入ったコップが乗せられていた。
「え、えっと…………皆さん、良かったらどうぞ」
そう言って、おずおずとお盆を差し出すエスリア。
女子生徒達は互いに顔を見合わせると、嬉しそうに笑みを浮かべてエスリア達に礼を言い、コップに入ったジュースを飲み始めた。
王都に居る間は、水や質素な食事だけだった彼女等にとっては、ジュースは正に贅沢品だ。
久々に感じる甘い味を、彼女等は涙を浮かべながら味わっていた。
「…………なあ、エスリア。流石にジュースやる必要は無かったんじゃねぇのか?別に水でも良かったんじゃ………?」
そう言うギャノンだが、エスリアは首を横に振った。
「彼女等は、ミカゲさん達にお金を払うために、態々王都からやって来たんですし、悪い人じゃなさそうでしたから……………一応、ジュースくらいはあげても良いかな~っと、思いまして…………」
「成る程な…………」
そう言って、ギャノンは礼を言いながらお盆に空のコップを置く女子生徒達に目を向けた。
「そう言うギャノンさんも、実は彼女等は良い人達だって、分かってたんじゃないですか?それで、話し掛けても大丈夫な事を他の人達に見せるために、自分から話し掛けたんじゃないですか?」
「残念ながら、オレは其処まで計算出来るような女じゃねぇのさ」
軽く笑いながらそう返し、ギャノンは2階の方へと目を向けた。
「まあ取り敢えず、今はミカゲやラリーが連中と上手くやってる事を、祈るばかりだな…………」
そう呟いたギャノンに、エスリアも頷くのだった。
さて、支部長室に入った俺達は、早速話し合いを始めようとしていた。
テーブルを挟んで向かい合うように置かれている横長のソファーに、天野達のグループと、俺とラリーのグループが座り、1人用のソファーにはアリさんが座った。
「それで、私達が今日来た理由を話す前に、1つ確認したいのだけど………」
先生はそう言うと、真面目な眼差しを俺に向けてきた。
「貴方は本当に……………古代君なのよね?」
「ええ、そうですよ」
俺は頷き、収納腕輪からステータスプレートを取り出す。
そして先生達に見せる前に、先ずは自分で確認する事にした。
プレートに表示された俺のステータスは、以下の通りだ。
名前:古代 神影
種族:Unknown
年齢:18歳
性別:男
称号:異世界人、
天職:航空傭兵
レベル:420
体力:215000
筋力:210000
防御:213000
魔力:170000
魔耐:175000
俊敏性:270000
特殊能力:言語理解、僚機勧誘、空中戦闘技能、僚機念話、魅了・催淫無効化、錬成『アレスティング・ワイヤー』、錬成『カタパルト』、拡声、アルコール耐性、気配察知、馬鹿力、
「うっわぁ~…………」
自分のステータスを見た俺は、何とも言えない気分になった。
各ステータス値が上がって、特殊能力も増えているのは良い事だが、称号が悲惨だった。
「(取り敢えず、暫く王都を模擬戦の戦場に巻き込むのは止めた方が良いかもしれねぇな…………)」
俺は内心そう呟いた。
「古代君…………?」
ステータスプレートを見て苦笑を浮かべている俺に、先生が怪訝そうな表情を浮かべて訊ねてくる。
「ああ、すいません。ちょっとステータスが悲惨な事になってたのでね」
『『『……………?』』』
俺がそう言うと、前に座っている5人は首を傾げた。
「ま、まあ取り敢えず、コレが俺のステータスプレートですので」
そう言って、俺は先生にプレートを渡した。
「……やっぱり、古代君なのね…………」
プレートと俺を交互に見ながらそう言って、先生が目元を緩めた。
天野や白銀、雪倉の3人もプレートを見て、嬉しそうに微笑む。
特に白銀に至っては涙まで流していたのだが…………まさか、泣く程喜んでくれるとはな………
「ところで相棒、君のステータスはどうなっていたんだい?悲惨だとか何とか言ってたけど」
そんな白銀を見ていると、ラリーが話し掛けてきた。
「ああ、称号に"傍迷惑な戦闘狂"ってのがあってな…………取り敢えず、暫く王都を模擬戦の戦場に巻き込むのは止めた方が良さそうだ。今度巻き込んだらどんな称号つけられるか分かったモンじゃねぇ」
俺がそう言うと、ラリーは苦笑を浮かべた。
まあ、そんなこんなで、本格的に話し合いが始まった。
収納腕輪から1つの袋を取り出してテーブルに置いた。
その拍子にジャラジャラと音が鳴った事から、中に入っているのはお金だろうと予想する。
「全額ではないけど、王妃様から報酬の足しにとの事で、金貨200枚を貰ったの。だから、一先ず第1段階として、コレと、昨日の迷宮探索で得たアイテムを売って、そのお金を払おうと思って来たの」
「成る程、そう事でしたか…………では、ありがたく頂戴します」
そう言ってテーブルに置かれた袋を手に取り、アリさんに大きめのトレーを持ってきてもらうと、一旦その上に中身を出してから金貨10枚ずつの束を作っていき、本当に金貨200枚があるのかを確認する。
「………18、19、20っと…………はい、確かに金貨200枚ありますね」
俺はそう言って、念のためにラリーにも確認させる。
「…………うん、確かに200枚だ。それにしても、よくこんなにお金出せたものだね」
金貨の数を確認し、ラリーはそう呟いた。
そんなラリーに相槌を打ちながら、俺は金貨を袋にしまう。
それから、先生が迷宮探索で得たアイテムを売りたい事を伝え、この話し合いが終わった後、1階で売る事になった。
正当な額で買い取ってくれたら良いのだが………………
「さて……………それでは、貴女の話を聞かせていただきましょうか?」
そう言ってアリさんが視線を向けたのは、金髪の女の子だった。
王都で見たのだが…………彼女、何者なんだ?
「…………エリージュ王国第1王女、ユミール・フォン・エルダント殿下」
「…………え?王女だったの?」
アリさんが女の子の名を言うと、俺は思わずそう言った。
「おいおい、ミー君。彼女とは以前、私と一緒に王都を訪れた時に会ったんだから、覚えているだろう?ドレスだって着てたし」
「いや、それは覚えてるんですけど…………そうか、王女だったのか。すっかり忘れてた」
「はぁ~…………」
俺がそう言うと、ラリーは盛大に溜め息をついた。
「やれやれ、君は本当に物忘れが激しいな…………君の呼び方、"相棒"から"祖父さん"に変えてやろうか?」
「ごめんなさいマジ勘弁してください」
よし決めた、もう物忘れなんてしない。だって"祖父さん"呼ばわりされたくないもん。
なんて茶番が入りつつ、場は王女からの話へとシフトするのだった。