また新しいバイト探さないと…………
さてさて、無事にゾーイと仲直り出来た俺は、ゾーイをずっと抱き締め、頭を撫で続けていた。
その理由は、ある程度落ち着いている筈なのに、全く離れてくれなかったからだ。
おまけにゾーイは、抱き締める力を弱めたり撫でるのを止めたりすると、胸に顔を擦り付けたり、涙目で見上げてたりしてくるので、俺には"抱き締めて撫で続ける"以外の選択肢は残されていなかった。
まあ、今まで俺の事を避け続けたために中々甘えられなかったから、その分思いっきり甘えたいのだろう。
「えへへ…………ミカゲ様ぁ~」
涙も引っ込み、すっかり何時もの甘えモードになったゾーイが、俺の胸に顔を埋めて頬擦りする。
サイファーから借りたこの体は結構スタイルが良いので、ゾーイが顔を押し付けると、程好く膨らんでいる胸が、ムニュッとひしゃげる。
「(何と言うか、まるで母親になったような気分だな……………)」
抱きついたまま一向に離れないゾーイの頭を撫でながら、俺は内心そう呟いた。
《よう、相棒》
すると、ラリーが僚機念話で話し掛けてきた。
恐らく、もう夜も遅いのに帰ってこないから心配したのだろう。
《ラリーか…………どうした?》
《いや、出ていってから暫く経つのに全く連絡がしてこないから、どうなったのかと思ってね…………それで、どう?無事に仲直りは出来たのかい?》
《ああ、出来たよ。どうやらゾーイは、魔人族との戦闘の時に俺が庇って怪我した事を気にしてたらしい……………って、そういやラリーって、既にゾーイから相談されたんだよな?それなら知ってるか》
《うん、勿論知ってるよ》
ラリーはそう言った。
《俺………未だ完全には信頼されてなかったようだな》
《う~ん、それはどうだろう?相棒が、そんな簡単に人を嫌いになるような奴じゃないし、ちゃんと正直に言えば許してくれるって事は、彼女含めて、僕や他の人達も分かってる筈なんだけどね…………》
俺の呟きに、ラリーがそう返す。
《まあ、どうなのかは分からないけど……………取り敢えず今回の一件で、正直に言えば相棒は許してくれるって事は、ゾーイも理解しただろうから、これ以上変に気にする必要は無いんじゃないかな?》
《まあ、そうだな》
俺は頷いた。
《ところで相棒、話は変わるけど何時帰ってくるの?アドリアやソブリナ達が寂しがってるから、解決したなら早めに帰ってきてね?》
《ああ、分かった。ゾーイの甘えモードが落ち着いたら帰るよ。じゃあな》
そう言って、俺は通信を終えた。
「さて……………それじゃあゾーイ、そろそろ離れようか」
「嫌です。もっと甘えます」
「………………」
即答で拒否されてしまった。
「いや、でも帰らなきゃ駄目な訳でしてね…………」
「…………………」
ゾーイが涙目で見上げて、ウルウルした眼差しを向けてくる。
小動物感満載でSAN値がガリガリ削られるのだが………………可愛いから取り敢えずGJだな、良いぞもっとやれ。
「(なんて、暢気に言ってる場合じゃないんだよな………)」
アドリア達も寂しがってるだろうし、何時までも此処に居続ける訳にもいかないんだよな。
「ミカゲ様ぁ………」
そのためには、捨てられそうな子犬同然の眼差しを向けてくるゾーイを何とかしなければならない訳で…………
「(さて、どうしたものか…………)」
俺としても、ゾーイには存分に甘えさせてやりたいが、だからと言って、此処に留まってはいられない。
何か、良い打開案は…………………
「(……………あっ、そうだ。この手があった)」
ふと、俺の頭の中で豆電球がピカッと光った。
「なあ、ゾーイよ。言う事を聞いてくれたら、ルージュまでお姫様抱っこしてあげるんだが………………」
「さあ、帰りましょう」
またもや即答ですか、そうですか。
まあ、取り敢えず言う事を聞いてくれるようなので、彼女の気が変わらない内に、俺はアパッチを展開する。
そして、上機嫌なゾーイをお姫様抱っこすると、ルージュへ向けて飛び立つのだった。
「やった………………やったぞ!遂に完成だ!!」
神影とゾーイがルージュに向かっている頃、此処は、ルージュの宿の一室。
防音と人払いの結界が張られたこの部屋では、ラリーが両腕を振り上げて喜びを露にしていた。
今にも、喜びのあまりに上に向かって魔力弾を乱射しかねない勢いで喜んでいる彼の目の前にあるベッドの上には、傷1つ無い神影の体が仰向けで寝転がっている。
食事や風呂を終え、エメルとリーアを部屋に戻した後、別に取っている部屋に閉じ籠って神影の体の修理に専念した結果、遂に、その長かった作業を終わらせたのだ。
「コレで、後は相棒の魂をこの体に移し替えたら、作業は全て終わりだな…………………何時もの相棒が復活する時が来たぜ!Yeah!!」
防音の結界を張っているためか、ラリーは、今が深夜である事などお構い無しにはしゃぎ回る。
「…………っと、いけない。これ以上暴れたら部屋壊しちゃいそうだ」
一通りはしゃぎ回ると、ラリーは冷静さを取り戻した。
「取り敢えず、相棒の体は大切にしまって……………っと」
ラリーは、その日の作業を終えると何時もやっているように、防腐の術式を施してから冷凍魔法で氷漬けにすると、収納腕輪にしまった。
「ん~~っ………やっぱり、慣れない作業を長時間ぶっ続けでしたからかな……………体がガチガチだ」
肩に手を当てて首を左右に倒し、ボキボキと音を立てながら、ラリーはそう呟いた。
「まあ取り敢えず、今日でこの部屋は使わなくなるから、明日、部屋の鍵返さないとな…………」
そう言うと、ラリーは部屋を出て鍵を閉め、エメルとリーアが寝ている、本来の部屋へ入る。
「んっ………んんぅ……」
「すぅ……むにゃ………」
するとラリーは、自分のベッドで寝息を立てているエメルとリーアの姿を視界に捉えた。
「(やれやれ、この2人は…………)」
其々のベッドがあるのに、毎回自分のベッドに潜り込んでくる2人に苦笑を浮かべるラリー。
「(取り敢えず、今日はエメルのベッドを借りようかな………)」
自分のベッドに入れそうにない事を悟ったラリーは、エメルのベッドに潜り込んだ。
「(明日会ったら、体の修理が終わった事を伝えないとな……………相棒、きっと喜ぶぞ…………)」
そう呟き、ラリーは瞬く間に夢の世界へと旅立つのだった。
さてさて、俺に抱きついたまま離れようとしなかったゾーイを、何とか説得する事に成功した俺は、ルージュの数百メートル手前に着陸してアパッチを解除し、残りの距離を歩いていた。
「さて、もうそろそろ着くぞ…………って、おいおい…………」
「んぅ…………」
特殊能力の1つ、夜間視力向上を使って夜でも見えやすくした俺は、前方に見えてきた門を見てそう言うが、ゾーイは既に眠っていた。
「(あの爆音の中で、よく寝れるモンだ………)」
幸せそうな表情を浮かべ、時折胸に頬擦りしてくるゾーイを見て、あんな騒音の発信源の真下に居たのに、こうしてスヤスヤ眠れる事について色々な意味で尊敬しながら、俺は門に向けて歩みを進める。
そして、門番さん(マーキスさんではなかった)に一言掛けて町に入れてもらい、宿へと戻った。
「さて、アドリアは起きてるかな……………?」
ゾーイを落とさないように注意しながら、ドアノブに触れて回そうとするのだが、ゾーイをお姫様抱っこしているためか、上手く回せない。
「(参ったな、どうしたものか……………)」
最終手段として、一旦ゾーイを床に下ろしてドアを開けてから、改めて抱き上げると言う手段がある。
だが、それは出来る限り使いたくない。さて、どうしたものか…………
「あっ、ミカゲ様ですか?」
俺が悩んでいると、ドア越しにアドリアの声が聞こえてきた。
「アドリア、お前……………起きてたのか?」
ゾーイを起こさないよう、小声でドアの向こうに居る我が恋人の1人、アドリアに言う。
「はい。お二人が中々お戻りにならなかったので、ずっと待っていました」
うわぁ~…………嬉しいけど、罪悪感もデカいな。
「そりゃ悪かった。ちょっと話が立て込んでたんだよ………」
俺はそう言った。
「それと悪いが、ドアを開けてもらえるか?手が塞がっててな」
「ええ、良いですよ」
アドリアはそう言って、ドアを開けてくれた。
「いやぁ、悪いなアドリア。実は、帰る途中でゾーイが寝ちまって………ん?どうかしたのか?」
「………………」
ドアを開け、俺とゾーイを視界に捉えたアドリアは、暫し目を丸くしたかと思うと、次の瞬間には不満げに頬を膨らませてゾーイを睨んだ。
「……お姫様抱っこしてもらうなんて………ズルいです…………」
そう言って、今度は俺に視線を向けてきた。
それっきり黙っているアドリアだが、その視線は、切実に何かを訴えているように見えた。
まあ、以前の俺なら何事かとばかりに首を傾げているだろうが、今の俺は、愛する人からのサインが分からない程馬鹿ではない。
「分かったよ、アドリア。今度、お前にもお姫様抱っこしてやるから」
「はい…………ッ!」
アドリアは、まるで咲き乱れる花のような笑みを浮かべた。
そんな笑顔に一瞬ドキッとしつつ、ソブリナ達にもやってやろうと内心呟きながら、俺は部屋に足を踏み入れると、ゾーイを俺のベッドに寝かせた。
「それでミカゲ様。結局、ゾーイがミカゲ様を避けてきた理由とは何だったのでしょうか……………?」
「ああ、それは……………」
そう言いかけて、俺は口を閉ざした。
「(いかんいかん。こう言うのは、ちゃんとゾーイ本人の口から言わせないと駄目だからな)」
内心呟きながら頭を振り、俺はアドリアに向き直った。
「悪いな、アドリア。コレは俺の口から言う訳にはいかない」
「そう、ですか…………」
アドリアは、残念そうに言った。
ガルム隊の僚機として、俺の恋人として、仲間の悩みの正体ぐらいは知っておきたかったのだろう。
「まあ、明日になれば分かる事だから、その時まで待っててくれ」
そう言って、俺はアドリアの頭を撫でてやる。
「さあ、無駄口叩いてないで早く寝ようぜ。お前には、夜遅くまで待たせちまったからな……………睡眠不足は、お肌の敵だぞ?」
からかうように言ってからベッドに入ると、アドリアも同じベッドに潜り込んできた。
そして、掛け布団からひょっこり顔を出す。
「お休みなさい、ミカゲ様」
「ああ。お休み、アドリア」
そう言って、俺はアドリアの唇にキスをする。
「お休み、ゾーイ」
それからゾーイの方に向き直り、同じようにキスをすると、俺とアドリアも眠りについた。
そう言えば俺、ずっと前から何か重大な事を忘れているような気がするのだが……………はて、何だったかな?
まあ、取り敢えず明日考えるか。
場所を移して、此処はエリージュ王国王都の城にある一室。
その部屋には、ネグリジェの上にカーディガンを纏っただけと言う、何とも扇情的な姿をした2人の美少女が、並んで1つのベッドに腰掛けていた。
F組生徒の天野沙那と、その親友の1人、雪倉桜花だった。
「遂に、今日からですね………」
時計に目を向けた桜花が、沙那に言った。
今、時計の針は午前2時を指している。殆んどの人々が眠りにつく時間だ。
「うん、そうだね…………」
桜花の言葉に、沙那が頷いた。
今日から彼女等F組女性陣は、神影達ガルム隊へ払う報酬を用意するために行動を開始するのだ。
乗り気でない男性陣を見放した彼女等は、何としてでも報酬を払おうと考えていた。
「たとえ払えなくて奴隷になったとしても、少なくとも神影君は、私達に酷い事はしないと思う。でも……………」
「ええ、沙那さん。それは皆、分かっています」
沙那が言おうとした事を、桜花が遮った。
彼女等に与えられた期限は3週間。コレを達成出来なければ、勇者達は神影達ガルム隊の奴隷になる。
だが、それよりキツいのは……………………
「………古代さんからの信用を、完全に失ってしまう事でしょう?」
その問いに、沙那は頷いた。
神影からの信用を失えば、クラスメイト達と神影は、異世界に来る前の関係では居られなくなる上に、ただでさえ無くなりつつある、2人が神影に告白するチャンスが完全に失われてしまう。
それだけは、何としてでも避けたかった。
「ねえ、桜花ちゃん」
「……………はい」
桜花が応じると、沙那は強い意思を含ませた眼差しを向けた。
「絶対に、全て成功させようね。そして2人で………………神影君に、告白しようね」
「ええ、勿論です」
桜花も、その目に強い意思を宿して沙那を見つめ、頷く。
そうして、2人は一緒のベッドに入って眠りにつき、残された時間で体力を回復し、これから始まるであろう大変な日々へと備えるのだった。
次回、神影の復活に伴ってあの人が………………おっとこの先は言えない。