此処は、ルージュにある冒険者ギルド。
其所には何人もの冒険者達が集まり、神影達ガルム隊の帰りを、今か今かと待っていた。
魔人族の襲撃により、王都にて窮地に立たされた勇者と騎士団一行を救うため、ボロボロになりながらも救援を依頼してきた奏と共に、王都に向けて飛び立った神影達ガルム隊を待っている間に、夜も明けていた。
「ガルムの皆、遅いわね…………」
ギルド内にある食事スペースで、テーブルに肘をついたソブリナが、飲み物の入ったコップを左右に傾けながらそう呟いた。
「まあ、ミカゲ達が出ていった時間が時間だもの。多分、何処かで休んでると思うわ。ある程度休んだら、直ぐ戻ってくる筈よ」
「んっ……私も、そう思う…………」
エリスが言うと、ニコルも頷いた。
「休むなら此処に来て休めば良いのに…………」
そう言ってブー垂れるソブリナに、2人は苦笑を浮かべた。
「でも、ミカゲさん達は大丈夫でしょうか………?相手は勇者や騎士団が束になっても敵わなかったらしいですし…………」
受付カウンターから出てきたエスリアが近づいてきて、心配そうに言った。
「……ミカゲ達なら、大丈夫…………信じるしか、ない………ッ!」
いつになく強い調子でニコルがそう言い、ソブリナとエリスも頷いた。
「ニコルの言う通りよ、エスリア」
「ええ。ミカゲ達が何れだけ強くて規格外なのか、私達が一番よく知ってるじゃない」
自信に溢れた様子で、ソブリナとエリスが言った。
「そうそう、ソブリナ達の言う通りだって!」
「何も心配する必要はねぇぜ、エスリアちゃん!」
「ああ。何たって、あの天下のガルムなんだぜ?何時もみたいにしれっと戻ってくるに決まってるさ!」
「報酬入った袋をジャラジャラ鳴らしながら戻ってくる連中が目に浮かぶぜ!今日は宴会だな!」
他の冒険者達も、神影達ガルム隊の無事を信じて疑わなかった。
1年以上の時間を共に過ごしてきたルージュの住人達からすれば、神影達が全員、無事に戻ってくる事が当たり前として捉えられていた。
「そっか…………うん、そうですね!」
そんな雰囲気に安心したのか、エスリアの表情から不安の色が消え、何時ものようにニパッとした笑顔が戻った。
「よぉ~し、私達もボヤボヤしては居られないぞ!ミー君達が帰ってきた時に備えて、宴会の準備だ!」
ルージュ冒険者ギルドの支部長であるアリステラが意気揚々とそう言うと、他の冒険者達も威勢良く返事を返し、宴会の準備に取り掛かるのであった。
その頃、ラリー達はルージュ上空に差し掛かっていた。
「………………………」
ラリーは無言で、出発前に奏から取り返した神影の収納腕輪を見ている。
神影亡き今、この収納腕輪が彼の形見となっていた。
「相棒…………」
悲しげにそう呟き、神影の収納腕輪を抱き締めるラリー。
閉じられた両目の目尻から溢れ出た涙が、向かい風によって吹き飛ばされる。
「あの………ラリー…………?」
すると、何時の間にか彼の隣に来ていたエメルが声を掛けてきた。
「あ、ああ。何だい?」
大急ぎで涙を拭い、自分の収納腕輪に神影の腕輪をしまったラリーは返事を返した。
「今回の事、ソブリナ達には………どう、伝えるの…………?」
「…………………」
エメルからの質問に、ラリーは言葉を詰まらせた。
今頃ソブリナ達は、ルージュにて神影の帰りを、今か今かと待ちわびているだろう。
おまけに、近い内に再び訪れる予定だったクルゼレイ皇国には、エミリアも居る。
彼女にも、この残酷な結果を突きつけなければならないのだ。
「………………」
結局、エメルからの質問には答えなかったラリーだが、どうするかは決まっていた。
「真実を伝える……………それだけだ」
誰にも聞こえない声でそう呟くと、ラリーは翼を左右に振ってエメル達に合図を送り、町へと降りていった。
そして場所は、再びルージュ冒険者ギルドに戻る。
「……………?ねえ、何か聞こえない?」
宴会の準備をしていると、1人の女性冒険者がそう言った。
「………あっ、聞こえる」
「スゲー音だな」
他の冒険者達も作業を止め、その音に耳を傾ける。
それはソブリナ達も耳にしており、表情を輝かせた。
「ミカゲ達が…………ミカゲ達が帰ってきたのよ!」
そう言って、ソブリナが作業を放り出してギルドのドアを開け放ち、外へ飛び出していくと、エリスやニコル、エスリアも後に続く。
他の冒険者達も作業を止めてソブリナ達に続き、ワラワラと外に出てきた。
そして直ぐ、上空にガルム隊の姿を確認する。
冒険者のみならず、普通の住人達も外に出て、ガルム隊を出迎える態勢を整えていた。
そして彼等の歓声を浴びながら、ラリーを先頭にしたガルム隊メンバーが、次々と着陸していく。
「…………?ミカゲは?」
ソブリナは、自分の想い人の姿が見えない事に首を傾げた。
未だ空中に留まっているのではないかと思って空を見上げてみるものの、神影の姿は何処にも無い。
「おかしいわね。何時もは一番最初に降りてくるのに、今日は一番じゃないどころか、姿も見えないなんて…………」
顎に手を当てて、エリスが不思議そうに言った。
「ミカゲさん、何処に行ったんでしょう…………?」
「…………………」
エスリアが心配そうに言い、ニコルも不思議そうにしていた。
そんな彼女等を他所に歓声を上げていたルージュ住人達だが、神影が居ない事や、ラリー達の雰囲気が非常に暗い事に気づき、歓声が止んだ。
『『『『…………』』』』
纏っていた機体を解除して振り向いたラリー達には、何時ものような笑顔が無かった。
「なあ、ラリー。一体どうしたんだ?それに、ボウズの姿も見えねぇんだが…………彼奴、何処行ったんだ?」
神影が"オッチャン"と呼んでいた荒くれ冒険者が、ラリーに声を掛ける。
「…………」
暫く無言だったラリーだが、やがて、ポツリと口を開いた。
「…………詳しい話は、ギルドでするよ……」
「そ、そうか…………」
そうして歩き出したラリー達に戸惑いながら、他の冒険者達はラリー達に追随した。
そうして、ソブリナ達の目の前を通り過ぎるラリー達。
その際、ゾーイとアドリアが手招きして4人を呼び寄せ、そのまま4人を加えた状態でギルドに入っていった。
『『『『『『『『『『…………………』』』』』』』』』』
用意していた宴会の装飾などを撤去し、ラリー達が話せるようになった頃には、ギルド内は不気味な沈黙に支配されていた。
重苦しい雰囲気が充満し、普段は陽気な若い冒険者やアリステラでさえ、居心地が悪そうにしている。
「え~っと…………んじゃ、そろそろ始めてくれねぇか?」
その雰囲気に耐えかねた荒くれ冒険者が、おずおずと口を開いた。
「うん………」
ラリーは頷き、奏から聞いた話の内容や、王都に着いた時、実際に見た状況を語った。
自分達が着いた頃には、勇者や騎士団一行が魔物相手に手も足も出ないような状態にあった事を知らされた冒険者達は目を丸くした。
また、奏から勇者達の状況を説明された時、勇者達が催淫魔法をモロに受けて恥態を晒していたと言う話をすると、ある者は目を丸くし、またある者は呆れたような、幻滅したような反応を示した。
「……………と、こんな感じかな」
ある程度話したラリーは、其処で話を一旦終える。
「成る程な…………でもよ、ミカゲが居ない理由、未だ聞いてないぜ?」
若い男性冒険者の1人がそう言った。
「あ、うん………そう、だね…………」
歯切れ悪くそう返し、ラリーは俯いた。
そんな彼の反応は、ギルド内を漂う空気をさらに重いものにした。
歯切れの悪い返事と、俯くと言う行動。
この2つから、神影に何かがあったと理解するのに時間は掛からなかった。
「……ミカゲに………何かあったのね……………?」
「………………」
ソブリナがそう言うと、ラリーは俯きながらも頷いた。
隣を見ると、ゾーイとアドリアが悲痛な表情を浮かべている。
そして、ラリーはゆっくりと顔を上げ、口を開いた。
「相棒は、死んだよ……………………………
……………………勇者に、殺された」
『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
「み……ミカゲが…………殺された…………?」
『『………………』』
ソブリナが鸚鵡返しするかのように呟き、エリス達も、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「う、嘘でしょ?そんなの、ある訳無いわ………何かの間違いよ………」
譫言のように、ソブリナが呟く。
「ねえ、ラリー。嘘でしょ?なんで、こんな質の悪い嘘つくの?言って良い嘘と悪い嘘の違いぐらい直ぐ分かるでしょ?」
「…………………」
ソブリナがヨロヨロと、覚束無い足取りでラリーに近づきながら言うが、返されるのは無言だけ。
「ねえ、ちょっと。ゾーイ達も何とか言いなさいよ。なんで黙ってるのよ?」
「「……………………」」
ゾーイとアドリアから返されるのも、同じく無言だった。
「そんな………嘘よ………ミカゲが殺されるなんて、ある訳無いわ………」
すっかり冷静さを失ったソブリナが、後退りしながらそう言った。
「……………………」
それをみていたラリーは、魔法で近くにある机や椅子を退かす。
突然の行動に他の冒険者達が疑問を覚える中、ゾーイ達は彼が何をしようとしているのかを悟り、2、3歩程後ろに下がる。
「…………相棒が死んだ、証拠だよ」
そう言うと、ラリーは収納腕輪から、棺程の大きさを持つ氷を出す。
「…………氷?」
それを見たエリスが首を傾げた。
だが、その氷の中にあるものを視界に捉えた瞬間、彼女はその場に崩れ落ちた。
「そんな………ミカゲ……………」
氷の中にあったのは、全身傷だらけになった上に左半身を食い破られ、見るも無惨な姿になった神影の遺体だった。
変わり果てた想い人の姿に、エリスは酷く狼狽する。
「……ミカゲ………ッ!」
その姿に、驚きのあまり目を丸くしたニコルだが、神影が死んだと言う事が、彼女の脳内で現実味を帯びてくるに連れ、顔を悲しみに歪める。
「ミカゲさん………ッ!……うぅ…………うああぁぁぁ…………」
エスリアは顔を両手で覆い、その場に泣き崩れてしまう。
アリステラも目尻に涙を溜め、肩を小刻みに震わせている。
「……ミカゲ……ミカゲぇ…………ッ!」
ソブリナは、氷漬けになって眠る神影に寄り添って嗚咽を漏らす。
「ふざけんなよ………こんなのあって堪るかよ!!」
そんな中、1人の若い冒険者が声を張り上げた。
「ミカゲは、勇者達のために王都に出向いて魔人族と戦ったんだろ!?勇者達を救ったんだろ!?なのに、命の恩人を殺すって何なんだよ!ソイツ等人間でも勇者でもねぇ!ただのクズだッ!!」
そう叫んだ彼の握り拳から、血が滲み出る。
「重傷負ってるのに未だ戦わせるなんて…………何よ、勇者を名乗っておきながら!」
「それで礼を言うどころか殺すなんて…………彼奴等は人としての心も無いのかい!?」
「それに、騎士団も騎士団よ!安全な場所に居ながら好き勝手言うなんて!」
「傷を負ってる相手に『戦え』なんて言いやがる住人も許せねぇ!」
他の冒険者や住人からも、次々に怒りの声が上がる。
「俺等の家族を傷つけやがったクソッタレ共め…………ッ!」
荒くれ冒険者も表情を憎悪に染めて小さく呟いた。
この時点で、彼等が今後、王都をどのような目で見るのかは確定した。
その後、一先ず怒りを静め、泣き伏すソブリナ達を落ち着かせたルージュの住人達は、町の端に神影の墓を作り、其所に、ラリーが改めて防腐の術式を施した神影の遺体を入れた棺桶を埋めた。
彼の冥福を祈る住人達の前では、墓の前に添えられた花が微風に靡いていた。