「ま、"魔王"……だと…………!?」
「コイツが…………陛下に呪いを掛けたと言う、あの…………!」
『『『『……………………』』』』
予想外の人物の登場に、王都住人や貴族は驚きの声を上げ、先程までF組男子達に殺気立っていたガルム隊メンバーも、目を丸くしていた。
「お、おいおい……………こりゃ一体何の冗談だよ?魔王が出てくるとか聞いてねぇぞ」
唖然とした表情を浮かべているギャノンがそう呟く。
口にこそしないが、ラリー達も彼女の意見に同意だった。
功達と一触即発の雰囲気の中に突如として現れた、魔人族の長。
一体、どういう事なのか……………?
「へぇ~、まさか魔王が自ら出てくるとは思わなかったよ」
其処で、神影を殺し、残りのガルム隊メンバーに言葉で追い討ちを掛けた事で内心有頂天になっている慎也が、強気な態度で歩み出た。
「何だい?後ろに居る部下達を引き渡しに来たのかな?それなら男の方は要らないから、女の方を貰うよ」
「ああ。其所の女には借りがあるんでなぁ…………キッチリ返さねぇと気が済まねぇんだわ」
「俺等や他の奴等も巻き込んで犯しまくってからなら返してやっても良いが…………………その時はコイツ、多分壊れてると思うぜ?何人もの男にマワされて、壊れねぇ奴なんて居ねぇからな!」
そう言って下品な笑い声を響かせる功達。
「嫌な連中……………!」
自身の豊満な体を守るように抱き締めたセレーネが、嫌悪感に表情を歪める。
「さあ、どうするんだい?ま・お・う・さ・ま?」
何処からそんな自信が湧いてくるのか、既に勝ったような表情を浮かべて訊ねる慎也。
だが………………
「…………………」
グラディスからの返事は返されなかった。
俯いているために顔は見えないが、肩が小刻みに揺れているのが確認出来た。
それを見て、グラディスが自分達に恐れをなしていると解釈した慎也は、『魔王など恐るるに足らず』と言わんばかりの表情を浮かべてグラディスに歩み寄る。
その時だった。
「……くっ…………クククッ………」
「……………?」
肩を小刻みに震わせているグラディスから、小さく笑い声が漏れ出す。
「…く……くはっ…………ハハハ……」
「な、何だよ?」
自分達に恐れをなしたかと思ったら何故か笑っているグラディスに、慎也が表情をしかめる。
「アッハハハハハハハハハッ!!」
そして次の瞬間には、グラディスが腹を抱えて笑い転げる。
余程可笑しかったのか、固く瞑った目尻には小さな涙が浮かんでいた。
「な、何だよ……………何が可笑しいんだよ!?」
慎也が怒鳴った。
「あ、ああ。悪いな、少年…………まさか、こんな事を言う人間が居るとは思ってなかったのでな。あまりの面白さに、笑いを堪えきれなかったようだ」
「おい、テメェ。あんま調子乗ってると、マジで叩き潰すぞ……………今の俺等は、それが容易く出来るぐらいの力を取り戻してんだからなぁ!」
そう言って、手の骨をボキボキと鳴らして威嚇し始める秋彦。
富永一味の5人も、其々武器を構えてグラディスを睨み付けるのだが、彼の余裕に満ちた態度は変わらない。
「少年よ、血の気盛んな事についてどうこう言う気は無いが、あまり自分の力を過信しない方が良いぞ?もしかしたら、お前がゴブリン程度にしか思っていなかった相手が……………」
其処で話を一旦区切ると、グラディスは右足に力を入れる。
すると、足が地面にめり込み、長さ数メートルもの亀裂が出来た。
「……………実はドラゴンだった、と言うのも十分有り得るのだからな」
「………………」
グラディスにそう言われ、秋彦は返す言葉を失う。
「さて、長話もこの辺りにして、そろそろ本題に………と、その前に……」
そう言いかけたグラディスは、其処で初めて、ラリーの姿を視界に捉えた。
「…………………」
「………え、何?僕?」
魔王に見つめられて戸惑うラリーに、グラディスはゆっくりと歩み寄った。
「…………………」
そうして、暫くラリーを見下ろしていたグラディスは、ラリーの頭に手を置いた。
「………………大きくなったな、ラリー」
「えっ……………?」
ラリーは目を丸くした。
何故、魔王が自分の名前を知っているのかと、疑問で仕方が無かった。
「ラリー…………貴方、何時の間に魔王と知り合いになったの?」
「い、いやいやいや!僕は何も知らないよ!全く記憶に無いよ!」
エメルの言葉を、両手をわちゃわちゃと振りながら真っ向から否定するラリー。
それを見たグラディスは苦笑を浮かべた。
「まあ、お前がそんな反応をするのも無理はない。何せお前は、記憶の一部を封じられているのだからな……………まあ、それをやったのは私だが」
「……………どういう事ですか?」
警戒心を含ませた目でグラディスを見返しながら、ラリーが訊ねた。
「それについて答えてやりたいのは山々だが……………先ずは、此方の方を解決させねばな」
そう言って、グラディスはF組勇者一行に向き直った。
「さて……………それでは改めて、本題に入ろうか」
グラディスはそう言った。
「先程、其所の7人の話を聞いていたのだが……………本当に良い度胸をしているな。自分達の罪を人に擦り付けようとするとは」
「どういう意味だ?」
其処で初めて、正義が口を開いた。
「簡単だ。あの泥人形を出現させて王都を混乱に陥れ、さらにミカゲ・コダイを殺した犯人は、この2人ではなく、其所の7人だと言う事だ」
「なっ!?」
『『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』』
グラディスの返答に、正義や他の面々が、驚きのあまりに目を見開く。
「う、嘘をつくな!国王に呪いを掛け、後ろに居る魔人族をけしかけるようなお前の意見など、誰が信じるか!」
「いや、どういう意味かを訊ねてきたのはお前だろうに…………」
正義が叫ぶと、グラディスは呆れた様子でそう言った。
「(そもそも"呪い"とか言ってるが、一体何の"呪い"だ?少なくともエリージュ王に呪いを掛けた覚えなど無いんだがな…………)」
内心そう呟いたグラディスだが、一先ず呪いの件を置いておく事にした。
「ふむ…………なら、コレを見てもらおうか」
先程までの堂々とした佇まいを崩さずそう言うと、懐から水晶玉を取り出した。
「この水晶玉には、其所の7人の少年達が何をしていたのかが記録されていてな…………今から諸君等には、この水晶玉の映像を見てもらう」
『『『『…………ッ!』』』』
グラディスがそう言うと、慎也達の顔が青ざめる。
「では、ご覧いただこうか」
「ま、待ちやがれ!」
そう言ってグラディスを止めようと飛び掛かる秋彦。
ゲルブとセレーネがグラディスの前に飛び出そうとした時、秋彦の動きが完全に止まった。
「ッ!?な、何だよコレは!?」
全く身動きが取れないと言う状況に困惑する秋彦。
突然動きを止めた彼に戸惑い、全員が彼を止めた犯人を探してキョロキョロと辺りを見回す。
彼を止めた犯人は、直ぐに分かった。
「クソッ…………やっぱりお前か!邪魔するなよ金髪!」
そう叫んだ慎也の視線の先に居たのは、ラリーだった。
何時か、王都前で秋彦にやった時と同じようなやり方で、彼の動きを止めたのだ。
「おい、金髪野郎!さっさとコレ何とかしやがれ!でねぇとテメェをブッk………」
秋彦が最後まで言い終えるのも聞かず、ラリーは秋彦を顔面から地面に叩きつけた。
勢いが強かったため、地面に若干めり込んでいる秋彦だが、今回はコレだけでは終わらない。
今度は秋彦を引っこ抜き、功達の方へと勢い良く飛ばしたかと思うと……………
「あげぇっ!」
「ぐほぉっ!?」
秋彦をバットのように回し、慎也の腹に頭からぶつけたのだ。
強烈なヘッドバットを喰らった慎也は、口から胃液を垂らしながら、腹を押さえて蹲り、秋彦は地面に叩きつけられた際に強打した顔を両手で覆い、のたうち回っている。
「……………少し黙ってろ、ゴミ共が」
そう言うラリーに功達が文句を言おうとするが、ラリーに睨まれて封殺される。
「もう面倒だ、其所に居る奴全員拘束してやる」
そう言うと、ラリーの後ろに現れた魔法陣から何本のも鎖が飛び出し、功達7人に巻き付く。
「うおっ!?」
「な、何だコレ!?外れねぇぞ!」
「おい金髪!さっさと外しやがれ!」
「こんな事してタダで済むと思ってんのか!?」
口々に叫びながら暴れる7人だが、彼等を拘束する鎖は非常に頑丈で、全く壊れない。
「……………続けて」
「え?……あ、ああ………ゴホンッ!」
戸惑いながら返事を返し、グラディスは1つ咳払いをした。
「では改めて、ご覧いただこう」
そう言って、グラディスが水晶玉に魔力を流すと、水晶玉が目映い光を放ち、立体映像を映し出す。
その映像には、王都住人や勇者一行から離れ、何やら集まっている7人が映っていた。
そして、7人の足元に魔法陣が現れたかと思った次の瞬間には、泥人形の姿を見た王都住人達が騒ぎ出していた。
「な、なあ………あれって…………」
「ああ。遠くからだが、見た目も…………そして何より、人数的にも一致する」
「そ、それじゃあ…………あの泥人形で此処を襲わせたのは、勇者様だって事なの…………?」
映像を見た住人達から、そんな声が聞こえてくる。
王都住人や貴族、騎士団や魔術師団、そして何よりF組の面々が、自分の目を疑っていた。
「やっぱり、コイツ等か……………ッ!」
鎖で彼等を拘束しているラリーの目の中で、殺意の炎が燃え上がる。
「ち、違う!僕等はこんな事やってない!」
「そうだ!コレは何かの陰謀だ!」
「あ、彼処の金髪野郎と魔人族がグルになって、俺等を嵌めようとしてんだよ!騙されんなよお前等!!」
慎也や功、秋彦の3人が真っ向から否定し、残りの功の取り巻き達も否定し始める。
コレが自分達の仕業だと分かれば、元から低くなっていた自分達の立ち位置がさらに低いものになる。
彼等は兎に角、自分達が潔白だと喚くのに必死だった。
だが、そんな彼等を他所に、映像は別の場面に切り替わる。
アメリカの爆撃機、B-1Bに機体を変えた神影の爆撃によって、泥人形達は再生する間も無く死に絶えた。
そして、神影がヨロヨロと飛びながら着陸場所を探している時、瓦礫の山の影に隠れていた7人が魔力弾による集中砲火を浴びせ、機体を大破させられ、黒煙を噴き上げながら墜落する神影を、慎也が作り出した土の槍が貫き、神影を即死に追い込んだところで映像は終わった。
「まあ、こう言う事だ」
映像を終え、光の消えた水晶玉を懐にしまいながら、グラディスはそう言った。
「お、おいおい………コイツ等、正気かよ…………」
「幾ら俺でも、あんなのは思いつかねぇぞ……………」
「最低…………ッ!」
「古代君が私達を助けてくれたと言うのに、彼奴等は何て事してるのよ………信じられないッ!」
映像が終わると、彼等7人以外の男子からは戸惑いの視線が、女子からは親の仇を見るような眼差しが向けられる。
「やはり………コイツ等が、ミカゲ様を……………ッ!」
「許さない…………コイツ等、殺してやる!」
ゾーイは機体を展開してレーザーライフルの形をしたTLSを向け、アドリアは4門のガンポッドと右腕の機関砲を向けている。
「2人共、待って」
だが、そんな2人にラリーが待ったを掛ける。
2人はラリーの方を向き、ゾーイが彼に問い掛ける。
「……………何故、止めるのですか?」
「こんな奴等には、君達が手を血に染める程の価値なんて無い。それに、ただ殺すだけなんて、生温くて逆に嫌だね」
ラリーがそう言った。
「では、どうしろと……………?」
「簡単だよ」
そう言うと、ラリーは鎖伝いに強力な電撃を流した。
それにより、鎖で拘束されている7人から雄叫びのような苦悶の声が上がる。
「お前等は、楽には死なせない……………いや、この際だから死なせずに、永遠の痛みを味わわせてやるよ」
そう言ったラリーは、指先に禍々しい色の粒を出現させる。
その粒は彼の指先を離れて7つに分裂すると、其々の体に吸い込まれていった。
「~~~ッ!?ぐぁぁああぁぁあっ!?」
「いぎぃ…………あ"あ"あ"あ"あ"っ!!」
「おぐぉぉああっ!!?」
すると間も無く、彼等は表情を苦痛に歪め、化物の雄叫びのような声を上げて苦しみ始める。
「おい、お前!富永達に何をした!?」
すると、正義がラリーを指差して叫ぶ。
「何って……………ただ呪いを掛けただけなんだけど?」
何とも思っていない様子で、ラリーは答えた。
「呪魔法、"
「お前の魔法の名前なんて聞いてない!今直ぐ呪いを解き、富永達を解放しろ!」
「断る。コイツ等の愚行には、もう我慢出来ないからね……………死ぬ事も気絶する事も許されない、永遠の苦痛に悶え苦しむが良いよ」
冷徹な眼差しを向けて、ラリーはそう吐き捨てた。
「古代を殺された事への復讐のつもりか!?そんな事をしたって意味は無いぞ!!」
「……………チッ」
正義の言葉に舌打ちで返事を返し、ラリーは正義の足元に魔力弾を飛ばした。
魔力弾の着弾により、正義は後方へと吹っ飛ばされる。
「正義の味方気取ってるだけの偽善者がギャーギャー喚くなよ…………何も知らない癖に」
ラリーはそう言った。
それからラリーは、功達を拘束している鎖を消した。
急に解放された7人は、そのまま落ちて地面に叩きつけられる。
その後、正義や他の男子は7人の元に駆け寄る。
そしてF組女性陣の元へと運び、回復魔法を使える者に治療させようとするが、激痛に悶える功達が暴れるため、上手く運べない。
「……………………」
それを無言で眺めたラリーは、右手首に装着している、神影の遺体をしまった収納腕輪に視線を落とす。
『俺にもしもの事があったら、その時は……………………ガルム隊を頼むぜ』
王都に向かう前、神影に言われた言葉が、ラリーの脳内に響く。
「だからって、態々死亡フラグ回収しなくたって良いじゃないか……………ッ!」
腕輪に1滴の涙を落とし、ラリーはそう言った。
そして、腕輪に左手を添えて、暫く抱き締める。
それから両手を離し、残りのガルム隊メンバーに向き直った。
「…………帰投する」
淡々とそう言って、ラリーはF-15Cを展開する。
エメル達は一瞬戸惑いを見せるものの、神影が居ない今、彼がガルム1なのだと瞬時に悟り、それに従うかのように其々の機体を展開した。
そしてエンジンに火を入れ、足の裏から競り出てきた車輪にフルブレーキを掛けた状態で徐々に出力を上げていく。
その際にラリーは、奏が持っている神影の収納腕輪を取り返した。
それからブレーキを解除して飛び出したラリー達は、彼等の突然の行動に戸惑う住人や勇者達、そして声を掛けようとする魔人族3人を捨て置き、ルージュへ向けて飛び立つのだった。