航空傭兵の異世界無双物語(更新停止中)   作:弐式水戦

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第106話~錯乱に満ちた奏の説得~

「さあ、此処だよ」

 

2階に上がってきて直ぐ目に入る両開き扉の前で立ち止まり、アリステラは彼女の後ろに続いてきた神影達の方へと振り向いた。

 

「"支部長室"、ですか…………」

「そう。此処なら全員入るし、落ち着いて話せる筈だからね」

 

そう言うと、アリステラはドアを開けて、中に入るように促す。

 

「(何と言うか、如何にも支部長室らしい部屋だな…………)」

 

部屋を見渡しながら、神影は内心そう呟いた。

 

部屋の中央に長方形の机が置かれており、それを囲むようにして、横長のソファーと1人用のソファーが2つずつ置かれている。

そして、さらに奥で異彩を放っている黒い机が、"支部長室"と言う空間を象徴しているように見えた。

 

それから一行は、アリステラに勧められるままにソファーに腰掛けていった。

配置は、横長ソファーの1つに神影とラリー。そして2人を挟むようにして、神影の隣にゾーイ、ラリーの隣にエメルが座る。

それから、その4人と向かい合う形で奏とアリステラがソファーに腰掛けると、ギャノンとグランが2人を挟む形で座り、残りの1人用ソファーには、アドリアとリーアが座った。

 

「さて……………それじゃあ白銀、何があったのか教えてもらえるか?」

「……………ええ」

 

そうして奏は、『早く自分と共に王都に向かってくれ』と叫びたい気持ちを何とか堪え、王都前で起こった出来事について全て話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………"魔人族の襲撃"、ねぇ…………」

 

奏が話を終えると、神影はソファーの背凭れに深々と背中を沈めた。

 

「それにしても変ね。魔人族はヒューマン族に対しては友好的だって、ロイクも言ってたわよね?」

 

エメルが顎に手を当てながら、ラリーに訊ねた。

 

「うん、その筈だよ」

「それなら尚更おかしいぜ。ロイク以外の魔人族だって、皆気さくな連中だった筈なんだが…………」

 

ラリーが頷くと、神影が言葉を続ける。

 

「えっと、その………状況が変わった……とかは、無いでしょうか………?」

「あ~、何と無くだけどありそうだね。ホラ、この前相棒と手合わせ(ガチバトル)した時みたいに、『ただし、王都は別』………みたいな感じでさ」

 

リーアが恐る恐る言うと、それにラリーが同調した。

 

「………ッ!何よ!皆して好き勝手ばかり言って!」

 

突然立ち上がった奏は、ラリーやリーア、エメルと意見を交わしている神影を睨み付けた。

 

「アンタ等がこうしてる間にも、皆戦ってるのよ!?下手したら死人が出てるかもしれないのよ!?なのに、その態度は何なのよ!?緊張感の欠片も無いの!?」

「ひぅっ!?」

 

喚き散らす奏にリーアが怯え、目尻に涙を浮かべる。

 

「そもそもアンタ、勝手にクラス抜け出して雰囲気滅茶苦茶にしておきながら、暢気に冒険者やってるなんて良いご身分ね!お陰で私がドンだけ苦労した事か!」

「いや、まあ、それについては謝るけどさ……………でも、それって魔人族云々とは関係無いような気が……………」

「五月蝿い!黙れぇ!!」

 

最早冷静な判断も出来なくなっているのか、神影に掴み掛かろうとする奏。

この状態だと、感情に任せて神影を殴りかねない……………いや、既に手を広げている時点で、平手打ちを喰らわせようとしているように見えた。

 

「ッ!相棒!」

 

それを逸早く察したラリーが立ち上がり、神影を守るため、奏に電撃を喰らわせようとした時だった。

 

「止すんだ、カナデちゃん。此処でミー君を殴っても意味は無い。先ずは落ち着きなさい」

 

奏とラリーが行動を起こすより先に、アリステラが奏の手首を掴んで止めていた。

それを見たラリーは手を引っ込めるが、冷静さを失っている奏は止まらず、アリステラにも食って掛かる。

 

「ッ!離してよ!それに私、昔からコイツの余裕そうな態度が………「落ち着けと言ってるのが聞こえないのかッ!!?」………!?」

 

奏の声を上回るアリステラの怒鳴り声が支部長室に響き渡り、デスクの後ろにある大きな窓をビリビリと揺らした。

 

「………………」

 

其処で漸く、奏は自分が冷静さを失い、暴走していた事を自覚する。

 

「………………」

 

奏に警戒心を含んだ眼差しを向けているゾーイに抱き寄せられた神影は、唖然とした様子で奏を見上げ、ラリーは鬼の形相で奏を睨んでいた。

 

「……………ッ!」

 

すると、奏の顔が一瞬にして青ざめる。

 

「あっ……えと、その……ご、ごめん………な、さい………こ………こんな、つもりじゃ、なくて…………ごめんなさい、ごめんなさい…………」

 

自分が何をしようとしていたのかを自覚した奏は、恐怖のあまりに、ただ謝罪の言葉を口にする。

すっかり怯え、目を普段の彼女らしくもなくギョロギョロと動かして後退りする彼女だが、自分の後ろには、そのまま下がるスペースなんて殆んど無い。

そして、数㎝と下がらない内に、ソファーに後ろ向きに倒れ込むように、腰と背中を打ち付ける。

ボフンッ!と音が鳴り、柔らかなソファーが彼女を受け止める。

そして、彼女は膝に肘をついて頭を抱えた。

 

「……………」

 

それを見た神影は、未だに自分を抱き寄せているゾーイを退かすと、奏に深々と頭を下げた。

 

「すまん、白銀………お前が、真面目に話してくれたのに………」

 

神影はそう言うと、テーブルの上に置かれている、奏の話の要点がメモされ、手書きで『指名依頼詳細』と書かれた羊皮紙を取り、一通り眺めると、奏の方へと視線を向ける。

 

「まあ、取り敢えず…………お前は、魔人族と戦ってる連中を助けて欲しいんだよな?」

「え、ええ………」

 

神影の質問に、顔を上げた奏が返事を返す。

 

「カナデちゃん、ちょっと良いかな?」

 

すると、今度はアリステラが奏に話し掛けた。

 

「分かってるとは思うけど、指名依頼となれば、依頼人が報酬を払わなければならなくなる。それに今回みたいな依頼だと……………」

 

そう言うと、アリステラは神影が眺めている羊皮紙を指で軽く叩いた。

 

「その報酬金は、"超"が付く程高額なものになるよ?」

「はい…………覚悟は出来ています」

 

カナデはそう言った。

 

「そうか………」

 

小さくそう言うと、アリステラは神影に邪魔をしてしまった事を詫びる。

神影は手をヒラヒラ振ると、再び羊皮紙に視線を落とす。

 

「ねえ、相棒。まさかとは思うけど、君……………彼女の依頼を受けるつもりなのかい?」

 

其処へ、ラリーが口を出した。

 

「何だ、お前は反対なのか?」

「本音を言えば、そうなるね」

 

そう言うと、ラリーは神影が持っている羊皮紙を取り上げると、書かれている内容に目を通し、口を開いた。

 

「そもそも、この魔人族2人組との戦闘が起こったのって、その…………マサヨシとか言ったっけ?ソイツが魔人族の話を聞かずに話を拗らせたのが原因なんだろ?なら、ソイツに全責任取らせてしまえば良いんじゃないのかい?もう子供じゃないんだから、自分の発言には責任が伴うって事を、ソイツも理解してるだろうし」

「「………………」」

 

ラリーがそう言うと、神影と奏は揃って気まずそうな表情を浮かべた。

 

「…………あ、あれ?2人共、どうしたの?そんな気まずそうな表情(カオ)して」

 

その場の状況に、ラリーが戸惑いながら訊ねる。

 

「…………正義が貴方の言うような人物なら、最初から依頼になんて来ないわよ」

「………ああ、成る程。そう言う事か………はぁ~……………」

 

奏の言葉で全てを悟ったのか、ラリーは盛大に溜め息をついた。

 

「ラリー、お前が思ってたのはそれだけか?」

 

其処で、神影が再び質問する。

すると、俯いていたラリーが突然顔を上げた。

 

「いや、後1つあるんだ……………後から言うのもなんだけど、此方がメインだね」

 

そう言うと、ラリーは口を開いた。

 

「僕等が助けるのは、君のクラスメイト達……………それってつまり、男子が含まれているんだよね?」

 

そう言うと、ラリーは奏に視線を向ける。

 

「……………」

 

奏は何も言わず、ただ頷いた。

 

「それなら、相棒に対して、恩を仇で返そうとする奴が居るかもしれない……………いや、絶対に居る」

 

ラリーはそう言った。

 

「こんな事を言うのも心苦しいけど……………相棒。君の身の安全とかを考えると、コレを拒否するのも1つの手だと思う」

「ッ!?そ、そんな……………!」

 

羊皮紙をヒラヒラさせながら言うラリーに、奏が酷く狼狽える。

 

今、窮地に陥っているであろう仲間達を救えるのは、神影達ガルム隊しか居ない。

他の冒険者は、彼女が初めてギルドに足を踏み入れた際、錯乱して自分達が危機に陥っていると言う状況を暴露したため、誰1人として受けようとはしなかった。

どう転んでも、残されたのはガルム隊だけ。

何としても、この貴重な戦力を逃す訳にはいかなかった。

 

だが、そんな彼女の事を他所に、ラリーの話は続く。

 

「ルビーンで初めて会った時もそうだけど、王都で再会した時も、さっき聞いた話でも……………彼奴等は兎に角相棒を嫌ってる。特に最後なんて最悪だよ。助けを求めなければならない状況なのに、相変わらず君の悪口を言うなんて……………そんな奴等を助けなければならないなんて、少なくとも僕は嫌だね」

 

そう言うと、ラリーは羊皮紙を投げ出した。

 

「色々な意味で、史上最悪の依頼だよ、コレは。見てるだけで虫酸が走る」

 

憎悪すら含んだ目で羊皮紙を一瞥してから、ラリーは神影の腕を掴んだ。

 

「行こう、相棒。態々来た彼女や、巻き込まれた他の女性陣には気の毒だけど、この話は聞かなかった事にした方が良い」

「そんな………待って!お願い!!」

 

神影を立ち上がらせ、そのまま部屋を後にしようとするラリー。

それを見た奏は、目尻に大粒の涙を浮かべながら叫ぶと、ラリーに引っ張られる神影にしがみついた。

 

「お願い………うっ、グスッ…………もう、貴方達、しか……………ッ!」

 

涙でグシャグシャになった顔で神影を見上げ、必死に懇願する奏。

 

「………………」

 

それを見た神影は、ラリーを引き戻した。

 

「うわっと!?」

 

急に後ろに引っ張られ、ラリーは左足を振り上げた状態でピョンピョンと跳ねながら後ろに下がる。

 

「ちょ、ちょっと相棒。急に引っ張らないでくれよ。危うく頭打つところだったじゃないか」

 

何とか転ばずに済んだ事に内心安堵の溜め息をつきながら、振り返ったラリーがそう言った。

だが神影は、それについては無視して口を開いた。

 

「なあ、ラリー。1つ聞きたい事がある」

「何だい?」

「もし…………俺が、『依頼を受ける』と言ったら……………どうする?」

「………………」

 

神影がそう言うと、ラリーの目付きが鋭くなった。

 

「相棒…………本気でそんな事言ってるのかい?」

「ああ、本気だ」

 

いつになく低い声で訊ねてくるラリーに、神影は頷いた。

 

「さっきも言ったけど、男子が何をするか分からないんだよ?それでもかい?」

「ああ」

 

神影は、さっきと同じような返事を返す。

 

「そうか…………」

 

そう言って、ラリーは神影の頬に両手を添え、目を覗き込む。

ラリーが持つエメラルドのように鮮やかな緑色の瞳と、神影が持つ金色の瞳が向かい合う。

そして暫く見つめ合うと、ラリーはフッと笑みを浮かべた。

 

「分かった……………僕の負けだよ、相棒」

 

ラリーはそう言って、放り出した羊皮紙を拾い上げて神影に渡す。

 

「アリさん、コレ受けます」

「………ああ!」

 

そう言って、アリステラは羊皮紙を受け取った。

 

「さて……………おい、白銀」

「…………?」

 

不意に話し掛けられ、奏は神影を見上げる。

 

「色々と悪かったな」

 

神影はそう言うと、他のメンバーを見回し、互いに頷き合ってから再び彼女に視線を向けた。

 

「行くぞ」

「……………ッ!ええ!」

 

そう言うと、奏は涙を拭って立ち上がった。

 

 

 

 

今此処に、『F組勇者救出作戦』の開始が決定した。


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