「な、何なんだ…………あれは!?」
魔法陣から現れた夥しい数の魔物に、騎士の1人が声を上げた。
その魔法陣から放たれる禍々しい光は強く、それを目にした王都の住人達が、何事かとワラワラ出てきて、その場の状況を目の当たりにして言葉を失う。
「おっと、此処でギャラリーの登場か………」
そんな住人達を視界に捉えたゲルブは、勇者達に向き直った。
「おい、勇者と騎士共!お客さん達が来てくれたぞ!精々ガッカリさせんなよ!?」
挑発のつもりなのか、ゲルブはそう言い放った。
魔法陣から現れた魔物は、ゴブリンやオーク、スライムやスケルトンと言った普通の魔物は勿論だが、ミノタウロスやサイクロプス、キメラ等の強力な魔物も多数居た。
「さあ、乱闘パーティーの始まりだ!行け、テメェ等!」
そう言って、ゲルブが右腕を大きく振るったのを皮切りに、魔物達が雄叫びを上げながら勇者達目掛けて走り出す。
その姿は正に、"魔物の津波"だった。
「クソッ…………前衛組は魔物の群れを迎撃しろ!魔法組は下がって支援魔法の用意を!」
騎士団長のフランクが指示を出し、其々が動き出す。
正義や航、富永功や彼の取り巻き達や、"魔法剣士"の天職を持つ奏、それから近接戦闘向きの天職を持つ一部の女子生徒達が、襲い掛かってくる魔物達に其々の武器をぶつける。
「(迷宮に居るような魔物が殆んどね…………まあ、それより幾分かは強いみたいだけど、勝てないような連中じゃない。それは相手も知ってる筈なのに、どうして……………?)」
城の武器庫にあったアダマンタイト製の剣でオークを一刀両断しながら、奏はそんな事を考える。
あの魔法陣が展開された時、奏はもっと強い魔物が召喚される事を覚悟していたが、自分が予想していたよりも大したものではなかったため、内心軽く拍子抜けしていたのだ。
物量で押してくる魔物達だが、自分が少し力を入れれば、斬撃が飛んで複数の魔物を真っ二つにする。
他の勇者達も、聖剣を使う正義がサイクロプスの首を斬り飛ばし、航は1発のパンチでゴブリンの顔面を粉砕する。
「くはっ!何だよコイツ等?全然弱ぇじゃねぇかよ!」
専用のアーティファクトである鉤爪で、何体もの魔物を引き裂いて殺しながら、F組きっての不良である秋彦がそう言った。
さて、此処まで勇者一行にのみスポットを当てているが、騎士団とて彼等に頼りっぱなしと言う訳ではない。
今となっては、ステータスこそ勇者一行に遅れを取っている騎士団だが、やはり、この世界においては勇者一行より遥かに先輩だ。
騎士団長であるフランクの指示や、其々の経験が、彼等の善戦に繋がっていた。
「はあっ!!」
騎士団員のブルームも、その1人だ。
以前、ラリーに剣を壊されてから新たに手に入れたアダマンタイト製の剣を振るい、1体のサイクロプスを頭頂から真っ二つにする。
「フンッ、この俺からすればこんなものだ」
余裕そうな態度で、ブルームはそう言った。
「それにしても、貴様はこんな雑魚しか召喚出来ないのか?だから物量で押そうと言う魂胆か……………下等な魔人族風情がやりそうな事だな!」
力無く倒れ込んだサイクロプスを足蹴にしながら、ブルームは挑発した。
「("下等"、ねぇ……………差別する事しか出来ねぇプライドだけの餓鬼が何ほざいてんだよ)」
ゲルブとて、魔人族としての誇りを持っている。
それを何も知らない者に愚弄されるのはやはり不快なようで、眉間に青筋を浮かべていた。
その頃、状況をいまいち把握出来ていない王都住民達は、目の前で繰り広げられている光景に戸惑っていた。
それもそうだ。
彼等からすれば、いきなり王都の外で禍々しい光が放たれ、何事かと思って出てみれば、夥しい数の魔物の群れと、勇者と騎士団一行が戦っているのだ。
それで全てを理解出来る者など居ないだろう。
「お、おい。あれヤバくねぇか?あの魔物が俺達の方に来たら………」
男性の1人が情けない声を発した。
「何言ってるのよ?私達には勇者様が居るのよ?あんなのに負けっこないわよ!」
「そうだよ!お前は気にしすぎなんだ!」
勇者達の勝利を信じて疑わない民衆は、そう騒ぎ立てる。
まるでヒーローショーを見ている子供のような彼等に、空中でゲルブと共に高みの見物をしているセレーネは冷ややかな笑みを向けていた。
「(確かに今の戦いを見ていれば、勇者達が圧倒しているわ。でも………何時から魔物はあれだけしか居ないと錯覚していたのかしらねぇ?未だ他が残っていると言うのに…………)」
内心そう呟き、セレーネは王都に目をやった。
王都では、騒ぎを聞き付けた住人達が家や店から出ており、自分達が居る方を見たり、怖いもの見たさ故か、自分達の方へと向かっていた。
何人かは、空中に留まるセレーネやゲルブの姿を視界に捉え、指差して何やら喚いていた。
「(喚いてる連中はどうでも良いけど、此方に向かってきてる奴等は死にたいのかしら?コレは大道芸ではないのよ?)」
セレーネが、増える野次馬に呆れていた時だった。
「ッ!?」
突然、地面から茶色の触手が伸びてきて、セレーネを捕らえんとばかりに襲い掛かってくるが、それで簡単に捕まるセレーネではなく、防御魔法で触手を弾いた。
「(さっきの触手、あれは土ね………だとすると、攻撃してきたのは"土術師"の天職を持つ者………)」
セレーネが辺りを見回すと、上に向かって細長く伸びた土の上に立つ、ほっそりした少年が居た。
中宮慎也だった。
以前、神影に壊された黒縁眼鏡は買い直したらしく、何時ものように掛けていた。
「へぇ~、よく避けられたね。バレない自信あったんだけどなぁ」
気品の無い笑みを浮かべ、慎也はそう言った。
「私にも幹部魔族としてのプライドがあるからね、そう簡単に捕まってあげる訳にはいかないわ」
「言うねぇ。そう言う強気な娘、結構タイプなんだよ」
そう言って舌舐めずりをする慎也。
その視線には卑猥さが含まれており、セレーネの豊満な体を舐め回すように見ていた。
それに気持ち悪さを感じながら、セレーネは口を開いた。
「そんなエッチな目で私を見る暇があるなら、お友達を助けた方が良いんじゃないかしら?でないと、全滅しちゃうかもしれないわよ?」
「僕達勇者が、あんなのに負ける訳がないじゃないか。それくらいは分かろうよ」
小馬鹿にする慎也だが、セレーネは態度を変えない。
「それから、君と話がしたくてね」
「あら、まさかデートのお誘い?悪いけど私、貴方みたいなヒョロヒョロ君はタイプじゃないの。私をデートに誘いたいなら、そうねぇ………」
そう言って、セレーネはニヤリと笑みを浮かべた。
「ミカゲ・コダイみたいな男になって出直してきなさいな」
「ッ!?」
此処で初めて、慎也の表情に動揺の色が浮かんだ。
「あの坊や、中々良いと思うのよね。ヒューマン族最強とも言えるぐらいに強いのに、何処かの誰かみたいに自慢しないし。結構整った顔してるもの。それに対して貴方は…………ねぇ?」
「…………あの無能の名前を、口にするなぁ!」
癇癪を起こしたように叫び、慎也は何本もの触手を出現させてセレーネを襲わせる。
「あらあら、勇者ともあろう者が、そんな簡単に怒ってどうするのかしら?」
そう言いながら、勢い良く向かってくる何本もの触手を避けていくセレーネ。
数が多い上に、タイミングもバラバラで攻めてくる触手をスイスイ避けていくのは、幹部魔族としての貫禄だろう。
だが、そんな時だった。
突然、巨大な茶色の手がセレーネを捕らえる。
「ぐっ!?」
苦痛に表情を歪めながら、自分を掴んだものの正体を確認する。
「こ、コレは…………ゴーレム?」
「正解」
触手による連続攻撃の最中には聞こえなかった声が、セレーネの耳に入る。
「でかしたぞ、中宮!」
「ああ!この女の事は任せといてよ!」
下に居る正義に、自信満々に返す慎也。
「ッ!セレーネ!?」
何時の間にか他の勇者達と戦っていたゲルブが声を張り上げる。
そんな彼の事など意に介さず、慎也は自分を乗せている触手を、セレーネの目の前へと移動させる。
「さて、君がどうして彼奴の名前を知っているのか気になるところだけど…………」
そう言って一瞬俯いたかと思うと、慎也は再び顔を上げてセレーネを睨んだ。
「僕はね、彼奴の事が大ッ嫌いなんだよ。ただのマニアの癖に天野さん達に好かれて、此方の世界では無能だった癖に、何時の間にかハーレムを作ってる……町を歩けば、聞こえてくるのは彼奴を褒め称える言葉………何だよ、あんなマニアの何処が良いんだよ?あんな奴より、僕の方が強いのに。僕が主人公だった方が、全て上手くいくのに!!」
「…………フッ」
お門違いな怒りを叫ぶ慎也に、セレーネは嘲笑を浮かべた。
「何が可笑しい!?」
慎也が怒鳴る。
「ああ、ごめんなさいね。あまりにも馬鹿らしい話に、つい」
「ッ!?」
その台詞に、慎也の顔が怒りで真っ赤に染まる。
「だって貴方、そんな品の無い笑みしか浮かべられない上に、体もヒョロヒョロ、自分をヒーローだと思ってる子供でしかないのよ。アマノとか言うのが誰なのかは知らないけど、少なくともミカゲ・コダイは、貴方より何倍も魅力的な男だと思うわよ?」
「黙れぇ!」
「あぐっ!?」
怒り任せに、セレーネの顔を殴り付ける慎也。
セレーネの口の中に鉄の味が染み渡った。
「(口が切れたわ………全く、何て暴力的な坊やなのかしら?)」
内心毒づき、セレーネは口の中に溜まりつつある血を吐き出した。
だが、それすら慎也は気に留めない。
「お前はタダでは死なせない。少なくとも僕を不快にさせた分は苦しんでもらうよ」
「(何よコイツ、こんなのが勇者だって言うの?)」
悪役として振る舞うつもりだった自分達よりも余程悪役染みた台詞を吐く慎也に、セレーネは内心そう呟いた。
勿論、やられるつもりなど微塵も無いセレーネはもがくが、思いの外強い力で握られており、抜け出せない。
相方であるゲルブも、魔物達と共に他の勇者の相手をしており、此処に来るのは不可能に近かった。
「さて、先ずはどうしてやろうかな?どうせだから、服を引き裂いて吊し上げてから…………クククッ」
「ッ!?」
またしても品の無い笑みを浮かべる慎也を見たセレーネは、自分に訪れるであろう最悪の未来を予想して顔を青ざめさせる。
「(コイツ、私を吊し上げた後で慰み者にするつもりね…………!?信じられない。こんな奴に犯されるなら死んだ方が何倍もマシよ!)」
内心そう叫ぶセレーネだが、それが何の変化ももたらさないのは自明の理。
徐々に近づいてくる陵辱の時間に、セレーネは目を固く瞑った。
だが、そんな時、遠くから爆発音が響き渡ってきた。
『『『『『『『『『ッ!?』』』』』』』』』
突然の爆発音に、その場の時間が止まる。
突拍子も無い出来事に驚いた慎也は、そちらに意識を向けてしまったためにゴーレムへの意識が疎かになり、握る力が緩んだ一瞬の隙を突いて脱出したセレーネの回し蹴りを喰らって吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「(クソッ!後少しだったのに……………!誰だよ、邪魔した奴は!?)」
全身の痛みなど気にせず内心そう呟き、忌々しげに爆発音が聞こえた方向を睨み付ける慎也。
"勇者"の肩書きを語っていた慎也だが、彼が元々望んでいたのは、自分が気に入った女でハーレムを作り、俗に言う"ウハウハ気分"を満喫する事。
だが、F組女子生徒からの男子への信頼がガタ落ちしているため、クラスハーレムを作るのは絶望的だった。
そのため、ヒューマン族か他種族なのかは問わず、兎に角美女を従えたかったのだ。
そうして、セレーネを一先ず捕虜として抑留し、民衆の前での吊し上げによって無気力にさせてから、自分の好きなようにしようと言う彼の思惑は、先程の爆発音によって、ガラガラと音を立てて崩れ落ちたのだ。
「お、おい中宮!大丈夫か!?」
そうしていると、男子生徒の1人が声を掛けてくる。
「あ、ああ。何とか大丈夫だよ」
そう言って、ゆっくり起き上がった慎也は、自分が未だ戦えるのを確認した後、再び爆発音が聞こえた方向を睨んでから、戦闘に戻った。
「ふう、何とか脱出出来たわね…………」
思わぬハプニングによってゴーレムの拘束から脱出したセレーネは、死角になる場所で自分に回復魔法を掛けながらそう呟いた。
「一体何が起こったのかは分からないけど、取り敢えず、さっきの爆発には感謝しなきゃね………」
そうしている内に傷はすっかり癒え、彼女は調子を取り戻した。
「さてと……………もう容赦しないわよ。グラディス様には『殺すな』と言われてるけど、コレ、下手したら殺しちゃうかもしれないわね」
憎悪全開の表情で言うと、セレーネも戦場へと戻っていった。
因みに、先程の爆発の原因は………………
「ねえ相棒、どうかしたのかい?いきなりPak-faに変えて後ろを向いたかと思ったら、王都目掛けて
「いや、俺にもよく分からねぇんだが…………何と無く、撃たなきゃならない気がしたんだよ。そうしねぇと、誰か傷つけられるような気がしてさ」
「そ、そっか……………さっきのEW1、無駄にならないと良いね」
「いやいや、無駄になった方が良いんだけどな?無駄になるって事は、つまり何も無かったって事になるんだから」
……………………神影が撃ったEW1だった。