さて、クルゼレイ皇国による俺等ガルム隊への有り得ないVIP待遇に内心ドン引きした俺は、謁見の間とは別の部屋に居る。
その理由は…………
「こ、此方のタキシードは如何でしょう!?」
「いや、此方のがお勧めです!」
「いやいや、此方を!」
「もう勘弁してくれませんかねぇ…………?」
この会話で、ある程度の人は察してくれたと思うが、俺は今、この城のメイドさん達によって別の部屋に移動させられ、着せ替え人形にされているのだ。
おまけに、ついてきた姫さんが傍で目を輝かせているから気まずい事この上無い。
つーか姫さん、俺が着替えさせられてる時も部屋に居座ろうとしたんだぜ?
ただでさえメイドさんに着替えさせられるのが気まずいのに、それを見られるとか何の拷問だよ。つーか有り得ねぇよ。
まあ、流石に着替える時は丁重にご退場願ったけどね。不服そうにしてたけど、この際知らんわ。
「ミカゲ様、此方のタキシードは貴族の中でも人気の一品で………」
「此方のは通気性を………」
何処の服屋の店員だと言いたくなるような言葉を嵐を浴びせられ、俺は苦笑を浮かべる。
「え~っと…………あの冒険者の服じゃ駄目ですかね?あれ、結構気に入ってるんですけど………」
『『『駄目です!』』』
あ、さいでっか…………
まあ、そんなこんなで適当に選んだ黒いスーツに着替え、俺は謁見の間に戻っていた。
「やあ、相棒………着替え、終わったみたいだね………」
謁見の間に戻ると、疲れた様子のラリーが話し掛けてきた。
「よお、ラリー。もう戻ってたのか」
「うん、正直言って何でも良かったから、最初に出されたコレを選んだのさ」
ラリーはそう言った。
実を言うと、コイツも俺と同じように別の部屋に移動させられ、メイドさん達によって着せ替え人形にされていたのだ。
そんな訳で、今のラリーは藍色のタキシードに身を包んでいる。
「それじゃあ、此処には大分前から戻ってたのか?」
「そう。お陰で君が戻るまでずっと見られてたよ………」
そう言って、ラリーは苦笑を浮かべる。
周りを見ると、貴族の娘さんや貴婦人達からの視線が集まっていた。
「まあ、それはそれとして………」
そう言って、ラリーは俺をまじまじと見る。
「君のタキシード姿って、ある意味新鮮だね」
「まあ、こう言うのって普段着ないからな」
意外そうな表情で言うラリーに、俺はそう返した。
「お前はどうなんだ?学生時代にこう言うの着る機会は?」
「あったよ」
ラリーは即答した。
曰く、士官学校では年に数回程、社交会が開かれるらしく、それに出席していたんだとか。
「全盛期は僕の所にも人が集まってきたんだけど、あの事件の後は…………ねぇ?」
『分かるだろ?』と言わんばかりの表情で、ラリーは肩を竦める。
「ああ、そうだな………」
何と無く想像出来た俺は頷いた。
「まあ、集まってきたのは僕の力だけしか見ないような連中だったから、どうでも良いんだけどね」
そう言って、ラリーは軽く笑った。
「それを言うなら、このパーティーだって同じじゃね?俺等の機嫌を損ねないようにするために開いてんだし」
「相棒、それは言わないであげようよ。まあ、本当の事だけどさ…………」
そんな会話を交わしていると、ガルム隊女性メンバーが近づいてきた。
「あら、2人共着替えたの?」
「ああ」
「"着替えた"と言うより、"着替えさせられた"と言った方が正しいかな」
開口一番に聞いてきたエメルに答えると、ラリーが付け加えた。
「でも良いんじゃない?私達が豪華なドレス着てるのに、貴方達だけ何時もの格好と言うのも変だし」
「俺としては、何時もの格好で良かったんだがな」
俺はそう言った。
「でも、お似合いですよ。ミカゲ様」
「そうか?」
称賛の言葉を掛けてきたゾーイに、俺は聞き返した。
「ええ。でも、その姿は、出来れば結婚の時まで…………」
「話ブッ飛びすぎじゃありませんかねぇ!?」
真っ赤に染まった頬に両手を当て、恍惚とした表情を浮かべてイヤンイヤンし始めたゾーイに、俺は盛大にツッコミを入れた。
「おや、相棒。彼女等との結婚は嫌なのかい?」
「いや、別にそう言う訳じゃないんだが………」
からかうような笑みを浮かべて言うラリーに、俺はそう言った。
「それなら良いじゃないか。それに、どうせだから婚約指輪でも買って、彼女等に渡したらどうだい?喜ばれるよ?」
「「こ、婚約指輪…………」」
ラリーが言葉を続けると、アドリアも頬を真っ赤に染める。
「(まあ、その指輪なら既にあるんだがな…………)」
内心そう呟き、俺は収納腕輪に視線を落とした。
あれからずっと考えていたのだが、どのタイミングで指輪を渡せば良いのか全く思い付かない。
「婚約指輪か………羨ましいなぁ、こんにゃろー」
そう言って、ギャノンさんがゾーイとアドリアの頭をくしゃくしゃと撫で回す。
ギャノンさん、それやったら髪が乱れるから止めてあげましょうよ。2人共涙目になってるし…………
「ところで相棒、1つ気になる事があるんだけど」
髪をくしゃくしゃにされて涙目になっている2人を見ていると、ラリーが話し掛けてきた。
「ん?どうした?」
「さっきから君の服の裾を引っ張っている、其所のお姫様の相手はしなくて良いのかい?」
「………………はっ!?」
ラリーが言う人物が誰なのかを理解した瞬間、タキシードの裾が引っ張られているのを感じ、冷や汗が滝のように流れ出てくる。
ギギギ…………と、油の切れたロボットのような動きで裾の方に顔を向けると…………
「むぅ~………」
其所には、餌を詰め込んだハムスターのように頬を膨らませている姫さんの姿がありました。
取り敢えずラリーに助けを求める。
「な、なあラリー、この状況どうしたら…………って居ねぇし!?」
あの野郎、見捨てやがったな!?おまけにゾーイ達も何時の間にか居なくなってやがるし!
「ミ~カ~ゲ~さ~ま~?」
そうこうしてる内にも、頬を膨らませた姫さんが顔を近づけてくる。
助けてくれる人は居ません、どうにも出来ません。
ゲームオーバーって流れですね分かります。
あははは…………俺、生きてルージュに帰れるかな…………?
「ラリー、良かったの?ミカゲほったらかしにして」
さて、お姫様に睨まれている相棒を見捨て………げふんげふん、置いて場所を移した僕達だが、エメルがそんな事を聞いてきた。
「まあ、良いんじゃない?相手はお姫様だから別に変な事はされないだろうし…………精々、何処かで遊び相手させられる程度じゃないかな?」
適当に答え、ウェイターからジュース入りのグラスを受け取って飲む。
"アルコール耐性"があるから酒でも平気だけど、念のためにね。
「ラリーって、時々容赦無くミカゲを見捨てるわよね」
「"見捨てる"とは人聞きの悪い。僕は相棒とお姫様のイチャイチャタイムを邪魔しないようにしただけさ」
「よく言うぜ………」
エメルに言い返すと、ギャノンさんが呆れたようにそう言った。
「それで、ラリー君は良いのかな?」
「ん?僕?」
グランさんにそう言われた僕は首を傾げる。
「どういう意味ですか?」
「どうもこうも…………ねぇ?」
「ああ、そうだよなぁ~」
聞き返す僕だが、グランさんはギャノンさんと笑い合ってるだけで答えてくれない。
「ねえ、2人は何か知って…………あれ?」
「「………………」」
エメルとリーアに聞こうとしても、2人はプイッと顔を背けてしまう。
アルェー?なんでさ?僕何もしてないよね?
「ラリー様も大概………」
「ええ、そうですね……………」
ゾーイとアドリアも、2人だけで分かり合ってるし…………一体、どういう事なのやら…………
さて、あれから何だかんだあって、姫さんに謁見の間から連れ出された俺は、姫さんと共に城の裏庭の芝生に腰を下ろしていた。
「ミカゲ様、今日は私と一緒に居てくれる約束だった筈です。なのに、私の事をそっちのけにするなんて酷いです」
俺の右肩に頭を乗せ、姫さんがブー垂れる。
「悪かったって、姫さん。機嫌直してくれよ」
そう言って、俺は姫さんの頭を撫でてやる。
一瞬、気持ち良さそうに目を細める姫さんだが、今回ばかりは誤魔化せないようで、直ぐ頭を振った。
「ふんだ。女心を分かってないミカゲ様の言う事なんて聞きません」
つーんとした表情で言うと、姫さんは此方を向いた。
「良いですか、ミカゲ様。女の子と言うものは、怒らせると色々と大変なのです」
「ああ、そうみたいだな………」
特にアンタとか。
「だからミカゲ様には、私のご機嫌を取る義務があるのです」
「………………」
どうやら俺は、どうにかして姫さんを楽しませてやらなければならないらしい。
「分かった。それじゃあ何をすれば良い?」
「それはミカゲ様が考えてください」
「さ、さいでっか…………」
参ったな。こう言う時ってどうすりゃ良いんだ?
ルージュに行った時の土産話を聞かせてやるだけなら簡単なのだが、それだと姫さんは満足しないだろう。
お忍びで他の町に連れていこうにも時間が時間だし、そもそも俺は、クルゼレイ皇国の地理は殆んど知らないのだ。
知ってる町と言えば、精々王都とユダの町ぐらいだ。
「(良し、それなら…………)」
俺は立ち上がると、姫さんの方を向いた。
「んじゃ、また空を飛んでみるか」
「え?」
先程までのつーんとした表情から一転して、姫さんは目を丸くする。
「Blackhawk!」
そう叫ぶと、俺の体が光を放ち、機体が装着されていく。
体のあちこちを装甲に覆われ、右腕にはM134ガトリング砲が取り付けられる。
アパッチやハインドなら、右腕に機関砲、腰にロケット弾や空対地ミサイル、空対空ミサイル発射ポッドが付けられたスタブウィング、そして、メインローターとテールローターが装備されて終わりなのだが、このブラックホークは違う。
背中に何かを背負っているような感覚を覚えた俺は、直ぐ様機体ステータスを開く。
ーーUH-60 Blackhawkーー
タイプ:多用途ヘリ(ドアガンナー)
操縦者:古代 神影
機体損傷率:0%
使用可能武装:M134ガトリング砲(操縦者右腕及びガンナー用コンテナに搭載)
成る程、アパッチやハインドでは感じなかった感覚の正体はコンテナだったのか。
それに、コンテナの下に車輪が付いているとはありがたいな。
「うっ……う~ん…………?」
そうしている内に光が消え、両手で目を覆っていた姫さんが、恐る恐る手を退けて俺に視線を向け、目を丸くした。
まあ、無理もないだろう。
前に空中散歩した時はブラックホークなんて使えなかったから、アパッチみたいな攻撃ヘリとか、AV-8BやF-35BみたいなVTOL機使ってたし。
それと比べたら、背中にデカいコンテナ背負ってる今の俺の姿は異様だろう。
「み、ミカゲ様……それは…………?」
「ああ、新しく使えるようになったんだよ。ブラックホークって言うんだ」
そう言って、俺はコンテナの側面を姫さんに向けた。
「ホラ、姫さん。早く乗れよ。空から王都を見てみようぜ」
俺がそう言うと、姫さんは戸惑いながらも近づいてきて、M134を搭載しているために開いている部分から乗り込む。
「良し、それじゃあ落ちないようにしとけよ!?」
大声で呼び掛けてから、俺はコンテナの上にあるメインローターと、コンテナの後ろから伸びているテールローターを始動させ、出力を上げていく。
そして、バタバタと大きな音を其処ら中に響かせながら飛び立つのであった。
因みに、この"空から王都を見てみようツアー(俺命名)"は姫さんから大好評を得ました。
何でも、『抱き抱えられていた時とは全く違った感触を味わえた』との事です。
その後、ツアーを終えて戻ってくると、メインローターの騒音を聞き付けて出てきた、貴族や国のお偉いさん達から質問攻めを喰らったのは余談である。