夢の道行振   作:チェシャ狼

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友達(トモダチ)
互いに心を許し合って、対等に交わっている人。
一緒に遊んだりしゃべったりする親しい人。
友人。
朋友(ほうゆう)。
友。



『友達』──P.陸

 

 高層ビルの建ち並ぶ都会の中心。

 其所に、グレモリーやバシンを始めとした。 悪魔たちの本拠地こと"中央"はある。

 周囲に立ち並ぶ高層ビルより、一回りも二回りも大きいことに加え

その最上部では、でっけー鳥みたいな頭をしてる虫が、繭のような卵を抱え込んでるもんで

悪魔の本拠地で有る無しに関係なく、ひときわ異彩を放っていた。

──もしくは、悪魔の本拠地だから異彩なのか? まァ、面白ければどっちでも構わない。 

どちらにしても、伏魔殿であることには違いないのだから

 

「そんじゃ、この野郎を拘置してきたら

ブエルのヤツを連れてくるからな。 それまで、此処で大人しくしててくれよ?」

 

「分かりました」

 

 他にも、と言うか、"中央"の大半は石造りの神殿のようになっており

そんな場所だからこそ、中には当然、面白いモノが山程あるのは想像に難しくなく

 初めて此処に来た時は、色々とごたついてしまったこともあり

ゆっくり見て回る暇もなかったので、機会さえあれば、中を探険してみたくはあるケドも

生憎、今は自由に動ける状況でもない。

 だから、今回の"中央"探索もおあずけ、またの機会へと持ち越すことにする。

 

「──では、私たちもここで失礼させて頂きます。

魔武具(アバドン)の事。 大変ですが、頑張ってみて下さい」

 

「あ、はい。

今日は、本当にありがとうございました」

 

「さ、帰りますよ〜〜〜。 プルソン!」

 

 マルコシアスに続き、グレモリーも"中央"へ戻って往く

その去り際に、キメラの山羊頭が俺のことを一瞥する。 しかし、結局なにを言うでもなし

グレモリーを乗せたキメラは、そのまま"中央"の中へと消えていった。

 

「……ねぇ、気になったんだけどさ。

縁(エニシ)って、"中央"のヒトたちとどんな関係なの? なんか、良くしてくれてるけど」

 

「un? んーーー……。

それは多分、要注意人物に加えて要監視対象だからじゃないかなぁ? 俺が」

 

「へ?」

 

 マルコシアスとグレモリーたちを見送り、マルコシアスが戻って来るのを待っていると

パステルナークが話を切り出してくる。

 振られた話題が何であれ、貴重な切っ掛けを無駄にしたくなかった俺は

渡りに船とばかりに、その話しに乗っからせてもらう。

 

「えーーーっと、縁って普通の人間だよね? ……その、なんで?」

 

「なんで? って、そりゃ──

俺が、この世界の人間じゃないからじゃねェかなーーー?」

 

「えぇっ!?」

 

 パステルナークの反応を見て、そういえば、その辺の話しをしてなかったことを思い出す

隠してたワケじゃなければ、別に、話さないつもりでもない。 今まで話してなかったのは

ただ単に、それより話したい事が多かっただけのこと

なのでこれは、丁度良い機会とも言える。

 悪魔を召喚する方法の書き記された本を見付け、面白そうなのでやってみた事から

悪魔バシンを召喚し、魔界に往くことをバシンに願ったものの

魔界へは飛ぶことが出来ず、その代替として、俺が喚ぶまでバシンの居た世界。

つまり、この世界へやってくるまでの経緯を説明した。

 

「──とまぁ、ざっとそんな感じ?」

 

「はーーー……」

 

 呆然といった表情のパステルナークを横目に、言葉を続けるようにして閑話休題。

本題の「どうして"中央"が、俺の事を要注意人物兼、要監視対象にしたのか?」その理由を

当時の状況を懐かしみながら、彼女へと紡いでいく

 

「で、この世界にやって来たんだけどな。

そっからが、また大変だったワケよ。 なにせ、バシンに飛ばされた場所ってのが

"中央"の中に在る、七支柱第四軍の軍団長・フレルティの私室っぽい所でさーーー!」

 

「うーーーわーーー」

 

「それが切っ掛けで、第四軍のヒトとは面識があってね。 ──あ、ホラ

今日一緒だったグレモリーって女のヒト。 あのヒトも、第四軍の団員だよ」

 

「そうだったんだ……。

なんとなく、そうなんじゃないかな? とは思ってたケド」

 

 パステルナークと話していると、獅子の鬣を連想させる髪と髭に

蹄の付いた足を生やしている、大きな老人の顔を伴わせて、マルコシアスが戻ってきた。

きっと、この顔と足しかない悪魔がブエルなんだろう。

名前までは覚えてないケド、その異様な姿は、車輪に顔が付いた妖怪を彷佛とさせる。

 

「待たせたな。

──ブエル、話した通りだ。 始めてくれ」

 

「分かった。

癒しのガントレット! レテッレム・サリバート・クラターレス・ヒサーテル……」

 

 そんなことを考えていると、ブエルは自分の足を王冠あしらう小手に変え

呪文のようなモノを唱えてはじめた。

するとその小手たちは、ブエルの詠唱に合わせて動きだし

俺の体を覆うように変形・展開していき、まるで鎧のように広がっていく

 全ての小手が装着された後、今度は、あしらわれていた王冠が

ネジを巻くようにして、体の中へと入り込んできた。 しかし、それによる痛みは無い。

というか、何かをされている感じがしない。 ──ので、なんとなしにソレを眺めていると

BuBuBuとゆう音を発しながら、王冠から淡い炎が溢れ出す。 しかし、何も感じない。

 

「処置は終えた。

治療が終わるまでは、あまり動かぬようにな」

 

「ありがとうございます」

 

 治療をされている実感はないケド、動かないでくれと言われた以上。

長引いてもイヤなので、治療が終わるまでの間ぐらいは、大人しくしていることにする。

だが、ただじっとしているのも退屈だ。 何か、治療が終わるまでの暇潰しはないものか?

……そうだ。 そう言えば、まだ話しの途中だった。

 

「──さてと、話しが途中だったな。

それで、フレルティの私室に飛ばされてからなんだけど」

 

「あ、うん」

 

 

 

 

 これは、召喚したバシンに願いを告げた後の事。

取り巻いていたモノは一変し、気が付けば、廃遊園地の広場なんかではない。

コーヒーメーカーが備えてあり、開かれた襖の下段には、山積みになったプラモの箱が

その上段には、模型店のショーケースさながら、組み上がったプラモが並べられたりしてる

何処とも知れぬ和室の中に立っていた。

ちなみに当然、足下には描いていたハズの魔法陣もない。

 

「……」

 

「……」

 

 そして更に、この部屋には俺の他にも二人。

 キセルを吹かしている、髭を生やした禿頭のおっさんと

特徴的な眉毛に、眼鏡をかけている。 格好良い感じの人が、プラモの塗装をしており

それから暫くの間、互いに視線を交わすことしか出来なかった。

 

「バシン。

──いきなり消えたかと思えば、何故、部外者を此所へ連れて来た?」

 

 最初に口火を切ったのは、プラモの塗装をしていた人だった。 ──尤も、その言葉は

俺へと向けられたものじゃなく、何時の間にか、横に立っていたバシンに対してだったケド

それでも、状況が動いてくれるのは助かる。

 取り敢えず、自分の置かれている状況が分からないので

現状を把握するためにもまず、その人とバシンの会話に耳を傾けることにした。

 

「いえ、それなんですがね。 団長。

正確には違うんですが、ソレが、こちらの召喚師様からの"望み"だったものでして」

 

「……なるホド」

 

「いやーーー。 これがまた、驚かされましたよ!

正攻法で喚び出されたかと思えば、其処が、此処とは似て非なる世界だった事もですが

召喚師様の望みが、未だかつてないモノでしたもので

真逆、魔界ないし「私が顕現している世界に、自分を連れていけ」と願われるとか!」

 

 団長と呼んだ人物に、俺を連れてきたことを問われたバシンは

当時の状況を、愉快そうに笑いながら説明していく

 

「……面倒な事をしてくれやがる。 だが、そう言う事なら仕方がねぇ

オマエが此処に来たことは、どうせ、アガリアレプトにも視えているだろうし

呼びが来るまで、此処で大人しくしてろ」

 

「はい。

──ところで、あの、名前とか。 聞いても良いですかね?

俺は、外城・縁(トジョウ・エニシ)っていいます」

 

 待ってはみたものの、状況は依然として変わらなかった。 なので、こうなった以上

待ってるだけじゃ駄目だ。 この現状を打破したければ、自分から動いていかなければっ!

──と、そんな考えに思い至った俺は

取り敢えず、自分から自己紹介をしてみる。 後は、向こうが応じてくれるかどうかだけど

いくらなんでも、無視ってことはないだろう。 もしも仮に、無視されることになったなら

その時は、その時だ。

 

「……オレ様はフレルティ。 それと、其所に居るのはエリゴスだ」

 

 しかし、そんな懸念は掠ることもなく

向こうも自己紹介を返してくれた。 これで残るは、切り出せる話題を見付けるだけ……。

 エリゴスって人の方は兎も角、フレルティって人なら、話題さえあれば話しも出来そうだ

 都合の良いことに、話題とするには丁度良いものがある! そう! それはプラモデル!

 ガンダムのプラモデルが、何故、此処に有るのかは解らないが──

ガンダムなら俺も知ってるし、一時期はプラモも造ってた。 コレを話題にしない手はない

 

「プラモ、近くで見てもいいですか?」

 

「……ああ」

 

 良しっ!

 フレルティさんの了承も得られたので、早速、プラモデルを拝見させてもらおうと

その足を動かそうとした。 まさにその瞬間、横に居たバシンが話しかけてくる。

 

「あーーー!  その前に、ちょっといいですかな? 召喚師様。

今回のようなケースは、私としても初めてでして。 後々、面倒が起きてもアレなんで

もはや形式でしかないんですが、一応、出発の許可を下さいませんかね?」

 

 そういえば、そうだった。 すっかり忘れてたけど、まだ、悪魔の召喚の続きだったっけ

 バシンの注文を聞いたことで、今までやっていた事を忘れていた俺は

手に持ったままだったカンペを開き、悪魔召喚における最後の項、悪魔の退去を始めていく

 悪魔の退去とは、読んで字の如く

悪魔に出発の許可を与え、あるべき場所へ去らせる事である。

例え、悪魔を喚べなかったとしても、この呪文だけは、絶対に唱えなきゃいけないそうだ。

しかし、それで悪魔が去る保証はなく

呪文を唱えてからも、悪魔が完全に立ち去ったのかを確認するらしい。 ──って、あれ?

此所はもう、バシンの居る世界なんだよな? どうやっても、還せなくないか?

ヤバい、そこんとこ全然考えてなかった。 ……どうしよう? 詰んでない?

 

「……」

 

「召喚師様の御考えですが、ご安心を

先に申し上げました通り、この出発の許可は形式として、やってくれるだけで良いんです。

そもそも、何かするつもりがあるのなら。 とっくにやってますよ。

御気付きの事だとは思いますが、今の貴方は、魔法円に護られちゃいないんですよ?」

 

「あーーー……」

 

 そーーーいや、そーだった。

 魔法円が無い以上。 その気になれば、もう、バシンの奴は好き勝手に出来るのだ。

だのに、好き勝手な振る舞いをしないってことは──。

バシンの言葉通り、安心しても良いのだろう。 それも作戦だと、考えることも出来るが

そこまで疑ってもキリがない。

 形式上でも良いのなら、別段、やらない理由もなかったので

ノートに書き写していた出発の許可を、読み返しながら執り行なうことにするのだった。

 

「ハイ。 

召喚師様からの"出発の許可"。 確かに、承りました。 ──では」

 

 そんなこんなで儀式を終えると、バシンは俺に一礼した後

部屋にあるソファーへと腰を下ろし、テーブルに乗っていたアメコミを読みだしてしまう。

なんでアメコミが有るのかは置いておく

 確かに、何事もなく終わってくれたのは有り難いケド

そこはそれ、折角の悪魔との邂逅なのだ。 "何か"を期待していた節があるのも、また事実

だのに、こうもあっさり終わられてしまっては

不完全燃焼もいいところ、幾ら何でも味気なさを感じずにはいられない。 ……ともあれ

済んでしまったことを、何時までも気にしてても仕方がないので

アメコミを読むバシンを後目にしつつも、俺は、フレルティのプラモを見に行くことにした

 

「巧いですね」

 

「……」

 

 フレルティの作ったプラモは、俺が作ってきたモノなんかとは違って

パーツは全て塗り直され、付属のシールも殆ど使わない。 かなり凝った造りになっており

眺めているだけでも十分面白かったので、無理に話しを降るようなことは取り止め

取り敢えず、このプラモの鑑賞を楽しむことにした。

 

「もしもーーーし、フレルティ団長ーーー!

アガリアレプト司令がですね。

此処に来た人間を、司令室の方まで連れて来るように──。 とのことです」

 

「ああ、ソイツなら──。 其処に居るのがそうだから、オマエ、連れて行ってくれ」

 

「ええっ!? なんで、私なんですかっ!?」

 

 それからしばらくして、ピンク色の髪の女性が部屋へとやってくる。

 話しの内容から察するに、俺を呼びに来たのだろう。 ……何やら揉めてるみたいだけど

口を挟めることでもないので、大人しく、ことの成り行きは見守ることにした。

 

 

 

 そうして……。

 二人の話しは、女性の方が折れる形で決着を向かえ

俺は現在、その女性に先導されながら、物々しい雰囲気のある石造りの廊下を進んでいる。

 最初の数分は景色を楽しんだ。 次の数分は、不機嫌そうな女性の雰囲気を感じた。

更に暫くすれば、目新しかった周囲の景色にも慣れてしまい。 そうなれば、否でも応でも

不機嫌そうな女性の雰囲気に、居心地の悪さを感じずにはいられなくなった。

 

「なんだか、凄い処ですね。 此処は

……所で、聞きたいんですケド。 此所は、なんて言う所なんですか?」

 

 だから、状況の改善を図る。

 居心地の悪さもイヤだが、それ以上に、この間が続くことが耐えられない。

 

「此所、ですか? 随分と、おかしなことを訊くんですね? 此所は"中央"ですよ。

ご自分から足を運ばれたんですから、それぐらいご存じのハズでしょうに

真逆、知らなかったんですか?」

 

「ええ、知らなかったんですよ。

何せ、行き先はバシンに委ねていたもんで。 成る程、此所は"中央"って言うんですね。

……それで、その、"中央"ってのはなんなんですか?」

 

 中央、そんな場所に聞き覚えはない。 多分、こっちの世界特有の場所なんだろう。

なんだか気になったので、もう少し詳しく尋いてみると

彼女は中央の事の説明ついでに、この世界の成り立ちについても説明してくれた。 ──のだが

驚いたことに、あのフレルティをはじめ

前を歩いている彼女。 グレモリーもまた、列記とした悪魔なのだという。

とゆーか、事はその程度の話しじゃなかった。 なんということでしょう。 この世界には

悪魔だけじゃなく、神話とか、民話とか、伝承とか、伝説とか

そんな類いでしかなかった存在が、当然のように実在してしまっているんだとか……。

 面白い! なんだそれは!? 凄い面白いじゃねぇかっ! これでこそ、好しっ! 

バシンを喚んで、この世界に連れて来てもらった甲斐があったってもんだ!

早く! 早く、この目で観たいっ!

 閑話休題。

 グレモリーの説明を聞かされ、ある程度、この世界の情勢を把握できた俺は

まだ見ぬ世界に思いを馳せながら、気持ち以上に軽くなった口を開かせる。

 

「なるホド……。 

何と言うか、すっごい面白そうな世界ですね!」

 

「はァ〜〜〜……。

まぁ、こんな処まで潜り込んで来る位ですし? 普通じゃないとは思ってましたケド

随分と変わった感性を持った少年ですね」

 

 等と、話しを交えながら歩くこと数分。

 石造りの神殿のような場所に、よく分からない凄そうな機械や

何を映してるのか解らない大画面のモニター。 部屋の中央には地球らしきホログラフ。

そして、それらの近未来的な設備を見下ろすようにして

無数のパイプを繋ぐ、巨大な眼の装飾が施された司令席のある。 これぞまさに、司令室!

と、云わんばかりな部屋へと辿り着いた。

 因に、制服なんだろうか? 仕事をしている人達は皆、三角頭巾で顔を覆い隠しており

どこぞの秘密結社っぽい感じがする。 所謂、ショッカー的な。

 

「──来たか」

 

「アガリアレプト司令。 件の人間を連れてきました」

 

 グレモリーの声に、余所に向けていた意識を戻し

司令席に座る人物。 二本の矢印みたいな角と、一対の目があしらうフードを目深く被る

子供の方へと意識を向けた。 ──まァ、尤も、グレモリーの説明通りなら

目の前にいる彼もまた、子供っぽい容姿は見た目だけ話しに過ぎず

その実態はグレモリーと同じ、列記とした悪魔なのだろう。 その辺りは、留意しなければ

 

「ご苦労序でで悪いんだケド、この話しが終わるまで残ってくれない?

事が済んだら、この人間の事後処置を任せるから」

 

「えぇっ!?

いきなり、そんなこと頼まれましても! 私には、私の仕事があるんですけどーーー!!」

 

「ゲラゲラゲラ!

──さてと、それじゃあ本題に入ろうか。 バシンを召喚し、"中央"へ侵入するまでの間。

オマエは何処に居て、そして、どうやってオレの目を欺いていた?」

 

 グレモリーの訴えを聞き流すように、アガリアレプトと呼ばれた悪魔が尋ねてくるが

欺く云々はよく解らなかったので、取り敢えず、此処に来るまでのあらましだけを説明した

 

「……なるホド

別の世界に居たのであれば、確かに、この世界だけを見ていた俺の目には映らないか。

"中央"に現れた途端、存在を捉えられたことの説明もつく──。 フム」

 

 すると不思議なことに、アガリアレプトには合点がいったらしく

考えるような素振りこそすれ、追究してくるようなことはなかった。 それはいいんだけど

その代わりといってか、アガリアレプトは俺そっちのけに思考へと耽ってしまい

状況的に動けない俺とグレモリーは、アガリアレプトの考えが纏るまで待たされるのだった

 

「多世界解釈におけるパラレルワールド。

大召喚により異界の住人を召喚したからといって、この世界も数ある世界の一つに過ぎない

つまり、そういうワケか」

 

「えーーーっと」

 

 それから数分後。

 漸く、アガリアレプトが口を開いてくれたと思ったら……。 その内容は小難しすぎて

言わんとしている事は、さっぱり分からんかった。 何が、そうゆうワケなんだろうか?

 

「……つまり、どうゆうことです?」

 

「結論から言えば、オマエは今後"中央"の観察下に置かれることになる。

異界の住人が召喚されることは数あれど、平行世界の人間が渡来してきたという事例はない

似て非なる世界の人間が及ぼす、この世界への影響も未知数な以上。 やむを得ん処置だ」

 

 分からないまま話しが進まれても面白くない。 ので、どういう意味かと尋ねてみると

アガリアレプトからそんな言葉が返ってきた。

 俺が平行世界の人間だから、"中央"の観察下に置かれるということまでは

取り敢えず、分かったんだケド……。 それはつまり、どういうことなのかが解らない。

アガリアレプトの言葉というのは、どうして、こうも一々足りないのだろうか?

仕方がない。 後でグレモリーから訊こう。

 

「──と、まぁ、そういうことだから。 グレモリーちゃん。

そいつは生活保護の対象者ってことにしといてよ。 あ! それから、そいつの身柄だけど

オレの方から連絡しとくから、万魔殿学園に預けといてよ」

 

「はぁ〜〜〜い」

 

 不満気な態度を隠そうともせず、アガリアレプトの言葉に応じたグレモリーは

そのまま部屋を出て行ってしまったので、俺も急ぎ、その後を追うようにして部屋を出る。

 そして俺は、またもや不機嫌になっているグレモリーと並び

"中央"の廊下を何処かへ向けて歩いているのだケド、その道中でのことである

アザラシのきぐるみを着た女性と擦れ違ったので、思わずグレモリーに聞き尋ねてしまう。

すると以外にも、彼女等はセルキーという水妖だと教えてくれた。 ので、この流れならば

と、アガリアレプトの言葉についても序でに聞いてみる。

 

「貴方の身柄は以後、"中央"の預かりになるってことです。

生活費や保護費の支給以外で、こちらから特別に何かをしたりはしませんから」

 

「なるホド、そうゆーことね。

漸く、合点がいったわ。 ありがとう、グレモリー」

 

「はい。

だって「知らない」のはかわいそうですから」

 

 その疑問に対しても、グレモリーは嫌な顔一つせずに教えてくれた。 ──おかげで、

俺は今、自分がどれだけツイていたのかも把握できた。

 言われてみれば、今の今まで、こちらの世界での衣食住なんて考えてもみなかった。

ケド、トントン拍子で"住"の問題は解決。 残る衣食も、生活費を支給してくれるそうだし

それで十分に賄えることだろう。 うん、良し! 幸先がいいことこの上ないじゃないか!

 

「それにしても、少年は本当に変な人間ですね。

何を考えてバシンを喚んで、何を思って自分の世界を捨てて来たんです?」

 

「un?

ああ、その方が面白そうだったからですかね」

 

「……では、これからどうするんです? 少年が面白そうだと思った、この世界で」

 

 これからどうするか? そんなこと最初から決まっていた。 なので──

今さら、考えるまでもない。 面白そうなことを探しては、それを全力で楽しむだけである

と、俺は即座にそう言葉を返す

 

「だからさ、グレモリーも……。 この世界の面白そうなものとか知ってるなら

何でも良いんで、ぜひ教えてはくれませんかね? 俺にできる範疇なら、何でもするんで」

 

「かまわないですよ、少年。

……ですが、この世界で生きて行こうと思うのでしたら。

これからは「何でもする」なんて言葉、そう簡単にしない方が良いですよ」

 

 にっこりと笑いながら、とても優しい口調で諭してくるグレモリーだが

そんなグレモリーの様子とは裏腹に、感じられる気配になんとも言えない凄みを覚えた俺は

知らず知らずのうちに、大きなヘマをやらかしたことを察した。

 グレモリーの言う通り、悪魔相手に「何でもする」とか口に出して良い言葉ではない。

なまじ言葉を交わしていたり、グレモリー自体が可愛らしい女性にしか見えないせいか

完全に気が緩んでいたんだろう。 ──これだけは、早急に慣れておかないとな

 

「ありがとうございます。 今のは迂闊すぎました。

ケド、まァ……。 何の道、面白そうな事なら"なんでも"やるんですけどね」

 

「……本当に、少年は変わってます。

解りました。 では、その節にはお願いしますよ? 所で、少年の名前は何と言うんです?

結局、書類を出す時になれば"判る"んですケド──。 "知りたく"なりました」

 

「ああ、そう言えば名乗ってませんでしたね。

外城・縁(トジョウ・エニシ)です。 あーーーえーーー……っと、宜しくお願いします?」

 

 元はと言えば、自分の失言が招いた結果だ。

悪魔相手に、下手な誤魔化しは寧ろ逆効果になる。 ──が、グレモリーの反応的にみて

そう無茶なお願いはされないだろう。 であれば問題ない。 寧ろ、歓迎すべき事だ。

悪魔の要求、きっと普通じゃ体験できない事に違いない! 虎穴に入らずんば虎子を得ず

やらなきゃ損というものだ。

 そんなこんなあって、済し崩しに手続きを済ませた俺は

あれよあれよと万魔殿学園への転入が決まり、学園内にある居住区で暮らすことになった。

その折に、万魔殿学園の学園長であるバアル・ゼブス=ベルゼビュートことベルゼブブを初め

教員をしているメフィスト・ヘレス、黒瀬・誄歌(クロセ・ルイカ)先生らとも邂逅したのだが

其処に居たベルゼブブは、俺の知ってる巨大な蠅の姿をしているのではなく

サングラスをかけた、長い白髪に褐色の肌の男の姿をしていた。

なので、その名前を聞いた時は驚いた。 だから、後先考えずに聞かずにはいられなかった。

「蠅の姿じゃないんですか?」と、したら盛大に笑われてしまった。

 

「ふはははは!! イヤ、失礼

初対面の人間から、面と向かって"この姿"の事を尋ねられたのは初めてだったものでね」

 

「あ、すみません」

 

「ははは! かまわないよ。

キミが疑問に感じた通り、今の私が本当の姿でないことは事実だからね。 ──ふむ。

すこし、キミの居た世界の事。 それから、キミのことについても訊かせてくれるかな? 

なにぶん、概要程度の事しか聞かされていないものでね」

 

「ああ、いいですよ。 それぐらいでしたら──。

尤も、誰かに語り聞かせられるぐらい。 俺も、多くを知ってるワケじゃないですケド?」

 

 それでも構わないとゆうことなのだろう。 ベルゼブブは指をSNAPさせると

床からせり上がってきた円柱に、座るようにと勧めてくれたので

其所へ腰を下ろした俺も、それならばと、自分の世界の事とかをベルゼブブに説明してゆく

 とはいえ、面白そうな事を我武者らに追っていただけの俺が

人に話し聞かせられるぐらい、色んな事を知ってるとゆうワケでもないので

話題は直ぐに底を尽きてしまう。

 

「──とまぁ、これぐらいですかね? 俺に話せる事は」

 

「ふむ。

推測するにキミの世界は、"大召喚"が行われなかった未来に等しい世界のようだ。

ふむ、どうだろう。 そんな異邦人であるキミに一つ聞きたいのだが──。

キミの目に、この世界はどう見えるかね?」

 

 どう見える、か。

 そんなベルゼブブの質問で思い出されるのは、此所、万魔殿学園の道すがらに見た景色

その時は移動中と言うこともあり、あまり注視はできなかったが……。

多種多様な人間以外の種族がいる以外に、俺の居た世界との違いはあまり感じられなかった

まァ、それだけで十分面白楽しそうなんだケドね。

 

「まだ、触り程度にしか見てないんで

込み入った事は言えませんが、そこら中に好奇心を刺激するモノが有る。 人が居る。

まるで、おもちゃ箱を引っくり返したようなーーー。

絵に描いた餅が本当にあるようなーーー。 そんな、面白そうな世界。 ですかね?」

 

「ふむ。

この話はまた今度、日を置いてから改めて訊くとしよう。

──ナンセンスに彩られた傾倒世界へようこそ」

 

 

 

 

「それでベルゼブブ学園長が、ナンセンスに彩られた傾倒世界へようこそ。 ──と、

これがこの世界に来て、万魔殿学園に入学するまでの話しだよ」

 

「ほへーーー」

 

「こちらも終わったぞ」

 

 要点を上手く纏めることが出来ず、思いのほか話し込んでしまったケド

同時に時間もうまく潰せたようで、鎧の様に張り付いていた篭手が独りでに外れていき

試しに体を動かしてみるも、ぎこちなさや違和感は感じない。

 どうやら、石に成った皮膚諸共。 背中の傷は完全に治療されたようだ。

であれば、もう此処に留まり続ける理由はない。 ともすれば、当初の予定に戻るとしよう

 

「うん。 ありがとうございました!

──良し! それじゃあ、買い物に戻るとするか!」

 

「え!? あ! うん」

 

 此所から先の武器店に戻るまでは、それなりに歩くことになるだろう。

それはそれで、面白そうな発見もありそうなので構わないのだが──。 しかし、正直な所

もう武器への関心は薄まっており、これからまた、あの武器屋まで歩こうとは思えなかった

 

「──悪い、パステルナーク。 やっぱ予定変更!

武器屋は止めて、遊びに行こう! どっか行きたい所とか、気になってた所ってある?

もし何所か有るんなら、其所に行こう」

 

 行って楽しめないのであれば、それはもう時間の無駄でしかなくなる。 であれば

わざわざ武器屋に戻るようなことはせず、パステルナークと遊び歩いた方が面白いだろう。

 なので早速と、パステルナークへと尋ねてみた。

 俺が決めてしまっても良いんだケド、それでは何時もと変わらない。

折角、パステルナークが一緒なんだ。 自分独りでは、出来なかった事をしなきゃ勿体ない

 

「えぇ!?

そんな、急に言われてもなーーー……。 うーーーん」

 

「良いよ、別に

俺に気ぃとか使った場所じゃなくて、パステルナークの行きたい場所でさ

パステルナークと一緒にまわれるなら、俺は、それだけで十分楽しいんだからよ」

 

「う、うん」

 

 それじゃあ、と、パステルナークは何処へと向けて舵を取ったので

その行き先を尋ねることはせず、そんな彼女の横に付いて歩いていくのであった。

 とは言っても、ただ黙々と歩くだけでは退屈だ。

その道すがらも楽しく歩けるように、話しのひとつでもすべきところなのだが──

こんな時に限って、話しのネタになるようなものが無いのである。 早急に、打破しないと

このままでは、限りある時間を無駄にしてしまう! ええい! 何か、何かないのか!?

 

「──けど、武器はもういいの?」

 

「un? ああ、取り敢えずはな。

今は武器より魔法! って気分だから。 武器見ても、面白さが色褪せちゃうしねーーー」

 

「あ、武器も面白さ優先なんだ」

 

「当然! どうせ使うなら、面白い武器の方がいいだろ?」

 

 例えソレが、使いにくい武器だったとしても

使いこなせるようになるまで、そして、使いこなせるようになってからも楽しめる。

一粒で二度おいしいとは、まさに、こうゆうことを言うんだろう。 なら、断然そうすべし

 

「じゃあ、縁(エニシ)の思う面白い武器って? どんな武器?」

 

「え!? そうなーーー……。

正直、俺にも分からん。 そういうのって、大概、ファーストインプレッションだろ?

やっぱ現物を見てみないことには、どうとも言えないかなぁ?」

 

「えーーー……。 なによソレぇ」

 

 それでも、敢えて上げるとすれば──。 いわくつきのモノだろうか?

例えば、グレモリーに見せてもらった。 "堕天使の欠片(マジック・アイテム)"みたいな?

もしくは、グレモリーの探している"魔武具(アバドン)"とかか? 名前からして面白そうだ

うん。 好いじゃないか、魔法武器! 好いじゃないか、MAGIC ITEM!

 決めた! それでいこう!

となると問題は、どうやってソレ等を手に入れるかだな……。

グレモリーの言動からして、流石に、店で買えるような代物じゃないのは確かである。

しかし所有者がいる以上、完全に出回ってないワケでもない。 恐らく、なにかしらの手段

ないし特殊な流通経路があるのだろう。 それを掴むことさえ出来れば、あるいは──。 

 

「うん……。 なァ、パステルナーク。

堕天使の欠片の類いとかって、どうすれば手に入れられるのか? 解るか?」

 

「うーーーん、ちょっと聞いたことないかな」

 

「そっか」

 

 ま、そんな簡単にゃいかないよね。

 そんな話しを交わしながら歩くこと数分、町の彼方此方で見かけるリアル格闘ゲーム

易い闘技場(ファイターズ・ストリート)に到着した。

 丁度バトり始める所らしく、観覧者たちのトトカルチョで活気付いていた。

 これが中々良く出来ていて、格闘ゲームさながらな体力ゲージなるものが設置されており

相手のゲージを0にすれば一本となり、先に二本先取した方が勝ちとなる。

クリティカルの一撃で終わる例外もあるが……。 

基本的には、"中央"から逐一引き出される参加者の情報により

小・中・大・超技をレフェリーロボが見極め、設置された体力ゲージに反映してるらしいね

ちなみに、武器等の使用は基本的に禁止されている。 ので、観る方も気軽に見れる。

なお、1プレイ百円。

 閑話休題。

 パステルナークに行き先を任せたものの、真逆、易い闘技場とは思わなかった。

もしかして、彼女も参加するのだろうか? 他参加者と同じく、彼女も鎮伏屋(ハンター)だ

その可能性は無くもない。

 

「こっちこっち」

 

「ん?」

 

 しかし、パステルナークの目的は別にあるようだった。

 行われようとしている対戦を通り過ぎ、横にある掲示板の前でメモ帳を開き

掲示板に貼られている賞金首、怪異の情報を書き写し始めた。

 

「……コレ、全部怪異か? 多いな」

 

「あれ? 知らなかったの?

易い闘技場は鎮伏屋の利用が多いから、こんな風に賞金首が貼り出されてるんだけど……」

 

「き、気付かなかった!」

 

 初めてプレイした時は、リアル格闘ゲームに対する興味のが勝ってたからなぁ……。

なんというイージーミスをしたものだ。

これを上手く使っていれば、もっと沢山の怪異と遭遇出来たかもしれないのにっ!

まァ、気にしてても仕方がないし。 取り敢えず、今はメモをとることだけに集中しよう。

この際だ、イ号もロ号もハ号も全部書いてやろ

 

「……流石に、ロ号とイ号は危ないよ?」

 

「平気。 平気。

独りじゃハ号にすら勝てるかも判らないんだよ? まだ、見ることしかしないよ」

 

「なら、いいんだけど」

 

「ありがとう。 心配してくれて」

 

「うん」

 

 それから、二人して貼り出されていた怪異の情報をメモった後。

 特にあてもなくぶらぶらと、適当に街を歩き回った俺とパステルナークは

最後に岩戸湯で一風呂浴び、今日の買い物はお開きということになった。 

 パステルナークを家まで送った俺は、その足で真夜中の不思議町を独りそぞろ歩いていく

時間帯も時間帯なので、外を出歩くような人影は見当たらず

辺りはシンと静まり返っている。 今回は提灯の明かりもない、完全な暗がりの中の散策だ

前回の時とは違う趣があり、やって良かったと思う。

 

「足ィ〜〜〜。 いらんかあ〜〜〜……」

 

「un?」

 

 そんなことを思いながら歩いていると、大きな風呂敷を背負ったお婆ちゃんが現れた。

……にしては奇妙である。 あんな呼声を出していれば、遇う前に気付けていたハズである

だのに、こうして鉢合わせるまで

足音はおろか、呼声すら聞こえてこなかったのだ。 もしかしなくても、怪異の類いかな?

 

「足ィ、いらんかね?」

 

「いる」

 

 それはそれとして、例え、相手が怪異でなかったとしても

ここでNo! と、好奇心を押さえ込む人間じゃないので、婆ちゃんの言葉に頷くのだった

 

 

 

 

「──したら、こーなった」

 

「うん。

お前のそういう向こう見ずな所、やっぱスゲーって思うわ」

 

 そして次の日、学校。

 休日明けに足が三本に増えるという、面白可笑しい状態に引き寄せられてきた

クラスメイトたちに、こんな状態になったあらましを説明する。

 イヤ、真逆、足をくっつけられるとは思わなかった。

 動かそうと思えば動かせるし、神経も繋がってるのだろう。 足の感覚もちゃんとある。

どうゆう原理なのかは解らないケド、怪異のやることを真面目に考えても仕方がない。

取り敢えず、一頻り楽しんで満足もしたし──。 後は、足(コレ)をどう処理したものか?

 失うものがないし、パヴァナにでも喰ってもらうか?

あーーー。 でも、神経繋がってるんだよなぁ……。 流石に、痛すぎるかねぇ? やっぱ

 

「それにしても、なんかヤバイ系怪異みたいだな。

奄美(アマミ)でも、胡麻斑(ゴマダラ)でも、どっちでもいいからさ。 倒してこいよ!

確か、持ってただろ? 鎮伏屋免許(ハンターライセンス)」

 

 両袖を肩辺りまで巻くり上げ、筋肉のついた両腕を露にしている女子

芥川・千尋(アクタガワ・チヒロ)は、多分、俺なんかよりよっぽど強いだろうにも関わらず

吐噶喇(トカラ)と天牛(テンギュウ)へと言葉を投げる。 多分、これが普通なのだろう。

 

「イヤ、あのな?

鎮伏屋免許は倒した怪異の報奨金を、"中央"と円滑にやりとりする登録書なだけで

手に入れるのに、特別な訓練とかもしないからな」

 

「──正体が分わからん以上、ぶっちゃけ相手にしたくない」

 

「ああ、だからソレも訊いてみようと思ってな。 ──っと、

おーーーい! 光前寺ーーーっ!」

 

 昨日遇った怪異、その詳細を光前寺(コウゼンジ)から訊くと決めていた俺は

その光前寺が教室に入ってきたのを見付けたので、彼女のことを大きな声で呼びかける。

すると向こうも気付いたようで、俺を見て一瞬固まって、それからこっちに来てくれた。

 

「なんだ? つか、どうした? その、足?」

 

「イヤ、それがな──」

 

 かいつまんで、昨日の夜に出会った婆ちゃんとの出来事を説明する。

すると、光前寺には心当たりがあったようで

合点がいったように「ああ、ソレは足売りババアだな」と、その怪異の名前を口にした。

 

「識ってるなら話が早い。

なぁ"先生"、その"足売りババア"の事を教えてくれよ。 正体とか、弱点とかさ」

 

「うん。 イヤ、なんだよ。 "先生"って?」

 

「イヤ、なんか色々詳しいだろ? だから"先生"」

 

「やめろよ! 無能の称号付けんな!」

 

 吐噶喇(トカラ)の付けた"先生"とゆうあだ名、光前寺によく似合ってると思うのだケド

彼女の中では先生=無能という、不名誉の位置付けになっているようで

そのあだ名を激しく嫌がっていた。

 

「──で、"足売りババア"だったか? "足売りババア"つーと

「足いるか」って尋ねられて「いらない」と答えれば、それは「足がいらない」事になり

右足を切られる。

「いる」と答えれば──、ソイツみたいに不要な三本目の足をつけられる」

 

「おう」

 

「唯一ある回避方法も「私はけっこうですので、○○の所に行ってください」とまァ

他人に押し付けるしかないヤツだな」

 

 この手の話しを語らせれば、やはり、光前寺(コウゼンジ)の右に出る者はないだろう。

 光前寺の話しは、そこから更に"足売りババア"の元ネタと思われるゲームに発展し

それに対する持論と考察が加えられた。

 要約すると、都市伝説が語られるようになった初期の頃。

七〇年代から八〇年代のモノには、元になる実話が存在していたそうだが

二〇〇〇年代以降では、それが見当たらないものが多いらしい。

曰く、オカルトブームを経た世代が現代向けにアレンジした話と

ネットの普及により混同、創作される話が増えたのが理由の一つだと思われる。 らしい

 

「つまり、混ざり過ぎて原型が分からない。と?」

 

「そーゆーこと

ちなみに、なぜ学校怪談に"ババア"が多いのかとゆうと──」

 

「あーーー……。

わかったわかった。 そーゆーのはもーいいから!

私らが知りたいのは"足売りババア"の"対策"と"予防"の話しなんだよ!」

 

「そーそー。 そーゆー読みかじった話じゃなくてさーーー。

もっと、こうーーー。 想像をはたらかせた推測とか、無いのーーー?」

 

 俺的には興味深い話しだったケド

 芥川(アクタガワ)と、彼女と一緒にいる一つ目の女子。

御附子倉・麻妃(オブスクラ・アサヒ)は不満らしく、二人して光前寺の話しを遮ると

2828と挑発的な笑みを光前寺へと向けた。

 

「……実は、ガキのイタズラで右側の足を全て切られ

そして、殺されたムカデが正体でな。 右足を百本集めるまで子供を襲うらしいぞ。

心配なら、ムカデ用殺虫剤を携帯しとけ」

 

「そのガキ最悪だな! そいつんとこ行けよ、ババア!」

 

「ホントだよ!」

 

 続けて語られた光前寺(コウゼンジ)の話しを聞き、芥川と御附子倉の二人が騒ぎ出すも

光前寺は我関せずといった感じで、その視線を外して別の方へと向ける。

 

「なぁ、話しは変わるんだケド──。 アレ、何? どーしたの?」

 

 そう言いながら、光前寺が親指で指した先にあったのは

二人にしては珍しく、距離を置いている久木(ヒサギ)と魔魅(マミ)の姿があった。

 とは言え、今朝登校した時からあんな感じだったので

俺は、光前寺の問いに応えられる答えを持ってない。 なので、俺よりも早く教室に居た

吐噶喇(トカラ)に視線を移す

 

「さぁーーーあ? 来てからずっとああだったし

ケンカじゃんね? 仲直りさせてやれよ。 オマエら友達だろ?」

 

「オマエ、ら?」

 

「コイツと先生」

 

「は!? なんでじゃ?」

 

 吐噶喇の頼みに対して、光前寺(コウゼンジ)は心底不思議そうに言葉を返した。

 俺は兎も角、光前寺がこう答えるのは少し意外だった。

最近なんだかんだで、久木や魔魅たちとつるんでるのが多かったから

俺もてっきり、光前寺とアイツらは友達なもんとばかり思ってたんだケド

 

「違うのか?」

 

「それじゃあ聞くが、友達の定義って何だ?」

 

「定義って……」

 

 そんなことを話していると、魔魅の奴が教室から駆け足で飛び出していき

それを見た光前寺(コウゼンジ)は、ぽつねんとしている久木を一瞥し

苛立ったような表情を浮かべると、魔魅を追いかけるように教室から駆け出ていった。

 ……なんだ、口ではなんだかんだいってたケド

思っていた通り、光前寺と久木たちは友達なのだろう。 まァ、それはそれとして

俺も気になるので、後を追おうと思ったのだが……。 悄気ている久木を放ってはいけず

魔魅と光前寺を追うのは断念し、自分はこっちのフォローに回ることにする。

あっちの話しは、後で光前寺から聞かせてもらうとしよう。

 

「なァ久木、一体何があったんだ? ケンカか?」

 

「あ! うん。

そうなの。 ちょっとね、猫のことで喧嘩しちゃったんだ」

 

「猫?」

 

 話しを聞いてみた所によると、どうやら久木(ヒサギ)の言う"猫"とゆうのは、以前。

俺にオカメ面が張り付いた時、ヒョットコ面の炎から久木を救った猫のことであり

助けて貰った以降、何かと気にかけていたそうだ。

 ……ただ、今回のことはそれが原因になったらしい。

なんでもその"猫"は、魔魅(マミ)が特別ライバル視している"猫"なんだそうな。 ──で、

当然、そんな"猫"の──。 "敵"の肩を久木が持つもんだから、喧嘩に発展したんだとか

 

「……うん、なるホド」

 

 取り敢えず、喧嘩の原因は分かった。 そしてこれは、魔魅自身が消化すべき問題であり

久木(ヒサギ)に出来ることが何もないことも分かった。

 まあ、魔魅の方は光前寺(コウゼンジ)が当ってくれてるし

なんとかしてくれるだろうとは思う。 ──が、それはそれとして

こんな久木に対して、俺は、なんて励ましの言葉をかければ良いのだろうか?

 ぶっちゃけ分からん。 ……尤も、悩んでみたところで

どうせ気の利いた言葉の一つも思い付かないのだから、そんな取り繕った言葉を考えるより

自分の考えを話す方が建設的かもしれない。

 

「取り敢えず、我武者らになった方がいいぞ。 そういう時は」

 

「え?」

 

「辛いからって、ずっと悄気込んだところで

滅入ってく一方だしな。 ほら、笑う門には福来るって云うだろ?

イヤ、この場合は病は気からか? まあ、そんなことはどっちでもいいんだケド──。

要はな、辛い辛いって思い続けるから辛くなるんだよ。

自分のやることなすこと全部が全部。 当然、そんな気持ちじゃ成功するもんもしなくなる

そしたら今度は、自己嫌悪で辛くなるワケだ」

 

 尤も、動いたからって事態が改善するワケじゃないし

寧ろ、悪化することだってある。 だけど、自分から動かないことには辛いままなのだ。

それなら、可能性に賭けて前のめりに倒れていく方がずっといい。

 

「……え〜〜〜っと

もしかして、励ましてくれてるの?」

 

「うん。 まあ、その、なんだ。 一応、そのつもりなんだけど……。

友達が凹んでるとさ、やっぱ面白くないんだよね」

 

 久木(ヒサギ)がどう思ってるかは知らないケド、俺は久木のことを友達だと思っている。

 取り敢えず、久木がどう捉えてくれたかは別にして

言えることは全部言った。 コレで、少しでも元気を取り戻してくれれば御の字なんだケド

 

「ありがとう。 やってみるよ。

……所で、その足は何? どーしたの?」

 

「un? ああ、コレな

"足売りババア"って怪異にくっつけられた」

 

 そう言って、久木が浮かべた笑顔は少し硬かった。 ──が、少なくとも

気持ちは前に向いてくれたようなので。 一応、彼女を励ますとゆう目的は達せたようだ。

後は、魔魅(マミ)と仲直りさせるだけである。

 今日は、図書館で魔法に関する本を探すつもりだったんだけどな……。

こんな事態になっては仕方がない。 後で、光前寺(コウゼンジ)から魔魅の話しを聞いて

それから、二人を仲直りさせる方法を考えるとしよう。

 ……とはいえ、本探しの全てを諦めるとゆうのも

それはそれで癪なので、お昼休みの時間はそっちに割くことにしよう。 

 そうと決まれば話しが早い。

 丁度、魔魅(マミ)を追っていた光前寺も教室に戻ってきたことだ。

魔魅の様子を聞かせてもらうとしよう。 ──と、彼女の元に向かおうとした矢先である。

予鈴がなってしまったので、話しは放課後まで持ち越されることになった。

 

 

 

 

 流石は、万魔殿学園大図書館。

 この図書館の利用を目的に、入学するヒトが多いと謂われるだけの事はある。

 まず、駄目元で司書さんに訊いてみたのだが──。

「"魔法に関する本(そういったもの)"なら、あちらの棚にまとめられてますよ」と、

こともなさげに対応されてしまい。 改めて、この世界の底知れなさを知った気がした。

 そんなワケで、大量の魔法に関する本を見付けられたのだけど

グレモリーのゆう「魔力ある字で書かれた巻物(スクロール)」は危険、貴重との理由から

この図書館には置いてないそうだ。

それでも十分以上の数があり、昼休みだけではとても吟味することができなかった。

 

 ──そんなこんなで時は過ぎていき、放課後になった。

 

 久木(ヒサギ)は魔魅(マミ)と一緒に帰ろうと申し出るが、魔魅の方は取りつく島もなし

久木の声を無視するように、教室から駆け出ていってしまう。

 そんな久木を見かねた光前寺(コウゼンジ)が、久木と一緒に帰ろうとしていたので

俺も、それに同行させてもらうことにする。

 そして、帰路の途中。

 光前寺が聞いた魔魅の意見と、久木の意見を聞き比べてみたのだが

二人とも、似たような意見であるのが判った。

 

「なるほどな。

友達に恋人が出来て、本人無自覚にノロケ話聞かされたり

付き合い悪くなったりするのが許せない。 ──思春期のガキ特有のワガママってやつだ」

 

「けど、ソレが理由となると──。

どうする? 第三者が特別に出来ることって、話し合いの場を設けるくらいしかないぞ?」

 

「そうね。

取り敢えず、アイツが聞く耳を持つかは疑問だが

明日早々にとっ捕まえて、話し合いの場を設けるぐらいはしてやる。 だから、そう凹むな

心が弱ってると、怪異につけ込まれるぞ」

 

「……うん、ありがとう。 ……でも、外城(トジョウ)は兎も角。

なんで、光前寺(コウゼンジ)さんもそこまでしてくれるの?」

 

 久木(ヒサギ)にとっても、光前寺のことは友達だと認識してなかったようで

どうして自分のために、魔魅(マミ)との仲を取り持ってくれるのか?

疑問に思ったように尋ねていた。

 

「なんでって? そりゃあ、凹んでる奴を凹んでるなーって思ったまま

独りで帰らせた次の日、ソイツの訃報を聞いてみろ。 私の脳に毒だろ?」

 

「……」

 

 そんな久木の問いかけに対して、光前寺は素っ気ない口調でそう答えるが

その理由は、なんとも共感できるものであった。 俺だって、そんなのはごめん被りたい。

 一方で、光前寺(コウゼンジ)の返答を聞いた久木はというと

唖然とした表情で固まってしまう。

 

「──どうした?」

 

「あ! イヤ、なんでもないよ!

……それよりさ、外城(トジョウ)の遭った"足売りババア"が出てきたらどうしよう?」

 

「まあ、今は大丈夫だろ。 三人で居るし」

 

「なんだ? 二人以上で居る時には出て来ないのか? 足売りババアって」

 

 確たる根拠もく、否定をするような光前寺じゃないし

楽しくない話題にも疲れてきたので、微かに見えた面白そうな話題を追究してみる。

 

「うん。 イヤ、別に足売りババアに限っての事じゃないんだけどな。

この手の都市伝説や学校怪談には、共通した決まり事があるんだよ」

 

 そう口火が切られ、光前寺(コウゼンジ)による怪異講座が幕を上げた。

 街灯が少なかった頃は、夕方にもなれば

前方から来る人が影になり、誰か解らないほど暗くなっていたそうで。

だから、夕暮れ時の事を「黄昏」。 否、「誰(た)そ彼(がれ)」時と言うんだそうだ。

真逆、「黄昏」が当て字だったとは思わなかった。

 閑話休題。

 そんな暗がりを独りで歩けば、前から来るのは化け物ではないかと疑心暗鬼になる。

 流石にコレは精神的に良くないってんで、夜道で自分が人間だと証明する為

お互いに声を掛け合う風習できたそうだが──。

 

「なあ、なんでそれが人間の証明になるんだ?」

 

「さあな? その辺の理由は解らん

当時は、化け物は同じ言葉を繰り返せないと思われていたんだよ。

だから「申し申し」と続けて呼んでみて

返答がなかったり、「申し」と帰ってきたら注意しろ。 ──って、事になるワケだ」

 

「なるホド」

 

「で、本題に戻るワケだが。

人通りも多く、まだ明るい昼間は良い。 夕方以降は二人で行動すること

実はこれが、この手の怪異に八割方有効な予防策なんだよ」

 

「あーーー。 確かに

言われてみれば、大抵独りの時だよね。 なんか、痴漢や変質者みたい」

 

 そんな事を話しながら歩いていた時である。

 昨日の夜、俺が遭遇した時と同じように

何の前触れもなく、足売りババアが目の前に突然と姿を顕わすのだった。

 自分で八割方と言っておきながら、流石の光前寺(コウゼンジ)もこれには驚いたようで

素っ頓狂な声を出していた。

 

「出たじゃんか! 来たじゃんか! 足を売ってるじゃんか!」

 

「イヤ、あれは売っているんじゃあない。

足の要否を問うているんだ。 ──が、おかしい。 こんなケースは初見だぞ」

 

「足ィ〜〜〜! いらんかねェ〜〜〜!」

 

「えぇっ!? わ、私!?」

 

 そんな俺たちの驚きを余所に、足売りババアは久木(ヒサギ)へと問い始める。

 残念。 俺の所に来てくれれば、昨日付けてもらった足を引き取ってもらうんだが──。

って、あーーーぁ! なんだ、そうすれば良いだけの話しじゃんか。

 なんとも、呆気無い幕切れになるケド。 ……まあ、何かあってからじゃ手遅れになるし

口惜しくはあるが、今回ばかりは仕方がないかな。

 

「ひさ──」

 

「──丁度良い。 この手の奴に二、三質問があったんだ」

 

 そう考えをまとめた俺は、事態を解決する方法を久木に切り出すべく

彼女の名前を呼ぼうとしたのだが、光前寺(コウゼンジ)の言葉によって遮られてしまった。

ので、俺も出掛かっていた言葉を飲み込んだ。

 解決なんて後ででも出来る。 しかし、光前寺と足売りババアの問答を聞けるのは

今、この瞬間だけにしかないのだ。 であれば、優先すべきは光前寺の話である。

 

「お前達は何処から来るんだ?」

 

「オジョ〜〜〜ちゃん。 足ィ〜〜〜いらんかねェ〜〜〜!」

 

「無視かよ。

──なら、お前は何処から来たんだ?」

 

 光前寺の質問を聞き、今まで久木(ヒサギ)だけを見ていた足売りババアは

その呼声をぴたりと止めると、光前寺へ顔を向け「かしま」と間延びした声で答えた。

 「かしま」。 そう聞いて思い当たるのは、かしまレイコとゆう都市伝説だが

……そう言えば今朝、光前寺が言ってたな。

 私の知る限り有力な元ネタが「大幽霊屋敷〜浜村・淳の実話怪談〜」に収録されている

「足売り婆さん」っつー話でな

 夢の中、両目の無い老婆に「自分の目を探してくれ」と頼まれ

更に「もし見つけることが出来なければ、アンタの足をもらって売る」とゆう。

この「話し手」は、目玉を見つける事が出来て助かるが

話しを聞かされた「聞き手」は、目玉を見つけることが出来なかったので

翌朝、右足のない死体で見つかった。 

──とゆう内容なんだが

「夢の中」「○○出来なければ死ぬ」「右足を奪う」とゆうキーワードから

おそらく、この話は「カシマさん」系怪談の変形だろう。

 と、ってことはだ。

足売りババアのゆう「かしま」は、やはり「カシマさん」の「かしま」なのか?

 

「足ぃ〜〜〜! いらんかぁ〜〜〜!」

 

「はぁ〜〜〜!?」

 

「うわあ! ムカデになった〜〜〜っ!?」

 

「そういや、言ってたな。 右足を全部切られて死んだムカデとか」

 

 なんてことを考えていたら、足売りババアが巨大なムカデへとその姿を変えた。

イヤ、この場合は元の姿に戻った。 ──と、言うべきだろうか?

光前寺(コウゼンジ)の話し通り、ムカデに成った足売りババアには右足がそっくり無く

欠けた右足の代わりに、誰かの右足をくっ付けていた。 なお、その顔には変化が見られず

いわゆる人面、老婆面した巨大ムカデである。

 まあ、なんにせよ。

面白くなってきたじゃないか! やっぱ、怪異との邂逅はこうあるべきだと思う。

 ……しかし、姿が変わったからとは言え

足売りババアは「足売りババア」以外の何者でもなく、やる事は足の要否を問うだけだった

 

「あーーー。 まあ、確かに、そんなことも言ったケド。

つーか、冷静だなオイ! 取り敢えず、相手がムカデならオリジンではないが手はある!」

 

 言うが早いか、鞄から紙を抜き出した光前寺は

紙に唾を吐きかけながら、某骨の形をしたガムのような髪留めの片側を外す。 

すると、外された髪留めには墨の付いた筆が収納されており

彼女は唾の上から漢字一文字を綴っていく。 ──この漢字は「茶」か?

 そして、書き終わるや否や

光前寺(コウゼンジ)は、「茶」と書かれた紙を足売りババアへと逆向きで突き付ける。 

途端、足売りババアは苦しみ悶えだした。

 

「何それ!?」

 

「所謂、ムカデ避けの札だ!

本来なら甘茶で磨った墨を用いるが、そんなもんないので

ムカデ退治で高名な俵藤太(タワラノトウタ)の故事を、アレンジで加えてみたんだが──。

効いてるな! びっくりだ!」

 

「グェエエエ〜〜〜っ!」

 

「危なっ! 痛っううう!」

 

 光前寺の言う通り、確かにお札の効果はあった。 否、あったどころの話しではない。

どうやら効き過ぎてしまったようで、その苦しみから逃れようとした足売りババアが

彼女の持つお札をヒゲで払おうとしてきた。

 そんなモンが当たっては一大事、俺は咄嗟に腕を差し出してソレを受ける。

 

「なっ!? オイ、大丈夫か!?」

 

「足イイイィィィ!」

 

「──っ! しまっ!」

 

 光前寺(コウゼンジ)が一瞬、俺に気を取られた事で出来た隙。 

 ソレを足売りババアは見逃さず、最早、足の要否を問うなんて段階を踏むこともなく

久木(ヒサギ)目掛けて飛びかかった。

──しかし、次の瞬間。 巨大な一目二角の怪物に変身している魔魅(マミ)が現れ

足売りババアの頭を地面にめり込ませるぐらい、強力な拳の一撃を見舞うのだった。

 

「うお! すっげ!」

 

「ごめんなさいなのれす!」

 

 だが、当の本人に凄いことをした自覚は無いようで

殴りつけた足売りババアには目もくれず、巨体が小さく見えるぐらいの土下座を見せる。

おまけに泣いているのか、その声は嗚咽を堪えているように聞こえた。

 

「つい……! つい、ババアに初音(ハツネ)の名前を出してしまったのれす!

だから! だから、もし! 初音に何かあって、居なくなったりしたらと思うと!

かなしくて、かなしくて涙が止まらなくて! ウオオオォォォン!」

 

「だいじょーブ! 私なら全然気にしてないからー。

私は、いなくなったりしないからーーー! うわああああああん!」

 

 大声で泣き合う二人。

 どうやら最初から、俺と光前寺(コウゼンジ)の出る幕なんてなかったようだ。

まあ何れにせよ、二人が仲直りしてくれたんならソレで良い。

 光前寺も同じ考えのようで、安堵の笑みを浮かべながら二人のことを眺めている。

 ……けれど、ソレで一件落着とはいかなかった。

 魔魅(マミ)の強烈な拳で打たれたにも拘らず、足売りババアはその体を起こしたのである

 

「あ、足ィ……!」

 

「こいつ──っ! まだ、動くのか!?」

 

「初音(ハツネ)! 早くババアにゆうのれす! 魔魅の所に行けって!」

 

 確かに、足売りババアが動いたことには驚いた。 ──が、打開策を閃いている今

もう「足売りババア」自体に脅威は感じない。

 

「久木(ヒサギ)。

俺、"くっ付けられた足(コレ)"取りたいからさ。 そのババア、こっちに回してくれ」

 

「あ! うん。

お婆さん、私じゃなくて"外城の所へ行って下さい"!」

 

 久木がそうゆうと、足売りババアは一瞬にして元のババアへ戻り

俺の前まで飛んできたので、くっ付けられた足を指差しながら「この足は要らない」と

「足いるか?」と問うてきたババアに答えてやった。

 すると、当然のことながら

そうやって差し出した足は、例に漏れず足売りババアに取られてしまう。 ──だが、

不思議と痛みは感じない。 足の取れた痕を見れば、そこには何の痕跡も残っていなかった

 

「さてと、これで万事元通りになったワケだが──。

これからどーするよ? ゴブリンマーケットにでも寄って、買い食いでもするか?」

 

 俺から足を取った足売りババアは、ソレを背負っていた風呂敷に入れ

そのまま何処かへと去って行くが、俺自身に跡をつけたい程の興味もなかったので

さっさと気持ちを切り替えることにした。

 

「そうだな。 折角だし寄ってくか」

 

「あ! 私も行くー!」

 

「魔魅(マミ)も行くのれすよー!」

 

 何せ、まだ日は長いんだ。

 取捨選択しても、より面白可笑しく楽しいものを選ばなければ勿体ない。

序でに言えば、今日はまだ遊び足りない気分だし。 累ちゃんに会いに行くのも良いかもな

 そんなことを考えながら、俺はゴブリンマーケットに向かうのであった。

 

 


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