夢の道行振   作:チェシャ狼

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怪異(カイイ)
現実にはありえないような、不思議な事実。 または、そのさま。
化け物。
変化。
妖怪。



『怪異』──P.三

 顔にオカメ面が張り付いた日の夜。

 夜間部に通う、夜行人種の人たちを横目にしつつ

学園の居住区にある部屋へ向かっていると、見知った人。 ──いや、見知った悪魔が二柱。

俺の部屋の前に立っていた。 

 その内一柱は、俺をこの世界に運んでくれた悪魔・バシンであり 

もう一柱は、所々にハートの飾りをあしらうドレスを着こなす

瞳にハートマークを浮かべた。 愛らしい少女のような容姿をした悪魔・グレモリーだ。

 

「どうしたんです? 二人して、こんな時間に?」

 

「うん、いや。 私は、グレモリーの送迎を手伝わされてるだけ。

用があるのはグレモリーの方だよ。 悪魔召喚師(デビル・サモナー)」

 

 悪魔召喚師(デビル・サモナー)とは──。

バシンを召喚し、こっちの世界へとやってきた俺に対して、中央に付けられていた呼称で

自己紹介した今でも、そう呼ぶ悪魔は少なくなかったりする。

なんでも、悪魔を召喚しようとする人間なんて、こっちでも長いこと居なかったからだとか

 その理由を聞いてみれば、なるホド、納得のいくものだった。

召喚するような悪魔たちは全て、この世界を管理する中央に属してるので

召喚者の願い次第では、即座に指名手配されてしまう。

 仮に罰せられなかったとしても、中央のブラックリストに書き込まれることになり

以後、監視の目がつくことになるのだから。 

そりゃ、悪魔を召喚する人間が居なくなるのも頷けるとゆうものだ。

 

「ええ、そうなのです。

実はですね、エニシくんに協力して欲しい事を考え付きまして

こうして、わざわざ出向いて来たんですよ」

 

「いいですよ。 面白そうですし」

 

 バシンの言葉を継ぐように、グレモリーがそう言葉を続けていく

 悪魔であるグレモリーが協力を仰ぐことだ。 きっと、面白いことに違いない。

何所に悩む必要がある? いや、無い。 ──だから、用件を聞く前で了承してやった。

 

「んふふ。 きっと、楽しいと思いますよ。

魔武具(アバドン)と呼ばれるモノを、エニシくんに捜索して欲しいんです」

 

「アバドン?」

 

「武器でない"力ある何か"を武器に作り変えたモノ。 それが、魔武具です

何処に在り、誰が創ったのかは"知らない"ですが──。

面白いことを"知ろう"とするエニシくんなら、何時か手繰り寄せてくれると思うです」

 

 するとグレモリーは、そんな期待を裏切らない内容を話してくれる。

 武器でない"力ある何か"とか、スゲー面白そうじゃん! 

そんなモノが在るんなら、なにがなんでも、拝んでやらなきゃ気が済まないじゃないか!

 

「見付けたら、どうすれば良いんです?」

 

「ソレを回収して、私まで届けて下さい。 ──あ、勿論、すぐとは言わないですよ。

エニシくんが、満足いくまで"知って"からでいいですから」

 

「ラジャーです」

 

 それは良かった。

 モノを見付けても、ソレで楽しめないんじゃ話が変わってきちゃうしな。

 生殺し、ダメ。 ゼッタイ。

あれはもう、悪魔の所行と言ってもいいレベルだケド

そんな事がないのなら、本当に好い話が舞い込んできたものだと思う。

 お陰で、明日からも面白い日々を過ごすことが出来るのだから。

 

「それでは、話はこれで終わりです。 

──じゃ、エニシくんの報告。 愉しみにしてますから」

 

 そう言うが早いか、グレモリーはバシンと共に消えてしまい。

 俺も部屋に入ろうと、ドアノブに手をかけた。

まさにその瞬間、ズボンのポケットに入れていた携帯が鳴りやがったので

出端を挫かれた俺は、着信相手を確認しないまま電話に出てしまう。

 

「もしもし?」

 

「ああ、オレだけど。 今、大丈夫か?」

 

「別に平気だけど……、どうしたんだ?」

 

 聞き慣れた声から、電話を掛けてきたのが吐噶喇(トカラ)だと判り

不満を表したい気持ちを抑え、取り敢えず、用件の方を尋(き)いてみることにした。

 こんな時間に掛けてくるってことは、きっと、それなりの用事であることに違いないのだ

 もしかしたら、グレモリーに続き。 また、面白い話が舞い込んできたかもしれない。

そんな期待を抱きながら、吐噶喇の言葉を待つ

 

「うん。 いや、今朝話しただろ? 怪異・塗壁(ヌリカベ)退治。

これから不思議町を一回りしようと思ってな。 胡麻斑(ゴマダラ)はもう来てるから

お前が来るなら、お前待ちってことになるんだが。 ──どうする?」

 

「行く。 何処に行けばいい?」

 

 面騒動のお陰でスッカリ忘れてたケド、吐噶喇(トカラ)の話を聞いてく内に

そんな誘いを受けてた事を思い出した俺は、今朝と同じ、一つしかない返事を返すのだった

というか、ここで断るようなら。 端っから、話なんか受けちゃいない

 

「んーーー。 夢見町の祠んトコとか、わかるか?」

 

「ああ、わかるわかる。 最近、よく行く場所だし」

 

「OK。 んじゃ、其処まで来てくれ」

 

「了解、すぐ行く」

 

 話も済んだので、その場で踵を返すと

携帯をポケットに戻しながら、来た道を戻るように、不思議町へと向かうのであった。

 

 

 

 

「おーっす。 待たせた」

 

 流石に待たせ過ぎるのも悪いので、待ち合わせ場所へと小走りで向かうこと数分。

 街灯のない暗がりの中、提灯の明かりに照らされる二人の姿が見えたので

声をかけてやると、向こうも俺に気付いたらしく。 手を挙げて迎えてくれた。

 

「来たか」

 

「お! 面は、外れたみたいだな。

──で? どーだったよ。 面が張り付いた感想は? 面白かったか?」

 

「おう。 そりゃ当然、面白かったに決まってんだろ!

視界が狭くなるわ、息も苦しくなるわ、顔は蒸れてくるわで、二度目は遠慮したいケド。

──ま、そっからの騒動は楽しかったしな」

 

 面が張り付いたことは、不思議な経験できたと思った程度で

あんまり面白いとは思えなかったが、光前寺(コウゼンジ)たちと行動した甲斐もあって

面騒動自体は、"面白かった"と言える流れで終わってくれたのである。

 終わり好ければ全て良し、だ。

 

「で、これからどーすんだ?」

 

「そーだな。 取り敢えず、不思議町を適当に巡回してみるかねェ?」

 

「出現地点とかは、判ってないのか?

闇雲に探したところで、見付けられる可能性は低いぞ?」

 

「あーーー……。 いや、それなんだがな。 出てねェんだよ、その辺の情報」

 

 つまりまた、しらみつぶしに探してくワケか。 ……まァ、全然構わないんだけどね。

夜の不思議町を散策して回るとか、考えただけでもスゲー面白そうだし。 

仮に成果がなかったとしても、十二分に元は取れるだろう。

 

「地道に探すしかない。 と、ゆうことか」

 

「そーゆうワケだ。 ま、焦る理由もないし、じっくりやってこうぜ」

 

 そんな話を交わしながら、提灯を持っている吐噶喇(トカラ)を先頭にして

俺たちは、夜の不思議町へと繰り出して行く。

 提灯の明かりを頼りに、外灯のない暗い道を歩くとゆうのは、お化け屋敷を歩くようで

退屈しないし、趣があって好い。 これからは、定期的に夜の散歩しようかな?

 

「お?」

 

「うん?」

 

 などと、考えながら歩いてる時だった。

吐噶喇(トカラ)の持っている提灯が、行き場を遮られたように押し戻されたのである。

にも拘らず、俺たちの前には道が続いてるだけで、視界を遮るようなモノは何も無いのだ。

 だとしたら、これは、もしかしてもしかするのかもしれない。

そう思った時は既に、俺は手を伸ばしていた。

 すると、伸ばした手は空を切ることなく。 其所に在る、見えないナニカに触れた。

 

「壁だ。 見えない壁がある」

 

「──また、躊躇せずいったな。

まァ、それはさておき。 見えない壁が顕われたって事は、そうゆうことなんだろーな」

 

 見えない壁を作り、周囲を封鎖してしまう事が出来る怪異・塗壁(ヌリカベ)。

 こうして、見えない壁が顕われたとゆうことは

もうすぐ其所に、塗壁が居るのだ! 居るんだケド、その姿は何所にも見当たらない。

 

「取り敢えず、どーするよ? こっから」

 

「──捜し出す、しかないだろうな。 もしくは、現れるまで待つ、か」

 

「だな」

 

「それなら、捜してみねぇ? 何もしないで待つとか、暇過ぎて時間が勿体ねーし

もしかすれば、誘われて出てくるかもしんねーしさ」

 

 いつ出てくるかわからんモノを、なんもしないで待つぐらいなら

断然、動き回ってた方が面白いので。 素人考えながら、二人にそう提案してみる。 

 

「……そーだな。 ただ待ってるよりは、その方が良ーかもな」

 

「そう言う事なら、ついでとゆうワケじゃないが。

どの程度の範囲まで、この見えない壁が広がってるのかを調べてみるか」

 

「OK。──んなァっ!?」

 

 話もまとまり、見えない壁から手を離した。 ──まさにその瞬間。

手を置いていた場所から、大きくて鋭い歯が立ち並ぶ。 巨大な口が飛び出してきたので

咄嗟に地面を蹴って、後ろへと下がろうとしたが。 それよりも、迫ってくる奴の方が早い

 あ、駄目だ。 これ、死んだ。

 

「ぐえっ!」

 

 スローモーションで迫る。 巨大な口を見ながら、そんなことを冷静に思っていると

いきなり、襟首を強く引っ張られ。 紙一重で噛み付かれずに済んだ。

 襟首に視線を配ってみれば、其所から吐噶喇(トカラ)の腕が伸びているのが見えたので

どうやら俺は、吐噶喇に助けられたらしい。

 

「大丈夫か?」

 

「おう、サンキューな」

 

 一先ず、命の心配もなくなったので。 改めて、噛み付こうとしてきた奴に視線を向ける

 すると其所には、眼が三つあり。 全身の毛が抜けた、ブルドックのような姿をした。

灰色で、象みたいにでかいナニカが居た。

 

 ……アレが、塗壁(ヌリカベ)なのか? 

ちょっと、とゆうか大分。 想像してたのと違うんだケド

 

「壁ッ! 壁ィイイイッ!」

 

「……吐噶喇(トカラ)。 どう思う?」

 

「どうって、間違いないだろ。 

明らかに、外城(トジョウ)を喰おうとしてたし。 ──アイツはハ号の怪異じゃねーな」

 

 緊張した面持ちで話す二人を見て、俺も気を引き締めていく。 

敵は、ロ号以上の怪異だ。 さっきみたいな事が起きれば、今度こそ死んでしまいかねん。

 怪異には、段階別の名称が割り振られており

変形・変態を起こして、人心を惑わすモノを"ハ号"。 さらにヒトの命を奪うモノを"ロ号"

その上で、知能を有し行動するモノを"イ号"と号すそうだ。

 

「んじゃーーー……。 どうするよ? 逃げる?」

 

「そうな。 真逆、ロ号以上の相手をするたァ思ってなかったし……。

今日のところは、逃げちまった方が良いかもな」

 

「ああ、オレも賛成だ」

 

「んじゃ、逃げますかァ!」

 

 それが掛け声になり、俺たちは一斉に走り出す。

 何時、何処まで逃げれば良いのか? そんな事は分からないし、考えてる暇もない。 

今はただ、塗壁(ヌリカベ)から逃げる方が先決である。 ──が、それも追って来たらの話。

何故かは分からないケド、追ってくる気配をさっきから感じないのだ。

 

「……追って来ないのか?」

 

「みたい、だな」

 

「そういやさーーー……。

今更なんだケド、塗壁(ヌリカベ)は下を払えば消えるらしいよ?」

 

 ただ逃げるとゆうのも、あんまり面白くはなかったので

 逃げる最中にふと思い出した。 塗壁の伝承にあった弱点を二人に話してみたら

返ってきた言葉は、予想の斜め上をいっていた。

 

「消えるってだけで、倒せるワケじゃないんだろ? 

それに多分。 下払ったとしても、あの塗壁(ヌリカベ)は消えちゃくれねーぞ?」

 

「マジで!?」

 

「歴史的法則が通用しないから、妖怪とは異なるモノと呼ばれている」

 

「……なるホド、だから"怪異"なのか。

好いね、面白いじゃん! ただの妖怪なんかより、そっちの方がよっぽど見甲斐がある!

他の怪異に遇うのが、今から楽しみになってきたよ!」

 

 吐噶喇(トカラ)の言葉と、天牛(テンギュウ)の補足のお陰で

怪異とゆうモノを知ることが出来た。 ──図書館で調べた事は無駄になったケド。

事実が解ったし、朗報と言えるものだったから。 良し!

 

「この状況で、そんなこと言えるオマエはスゲーよ! ホント。

まーいーや。 だったら尚更、此処から逃げな──ッ!」

 

 吐噶喇の言葉は、そこで唐突に途切れてしまったが

その理由は尋かないでも、横を走っていた俺と天牛(テンギュウ)には分かった。

 何故なら、俺たちも天牛同様。 某ロードランナーに騙された某コヨーテよろしく

見えない壁にへと、勢いよく衝突したのだから……。

 

「おおお……っ!」

 

「痛ってーーー……っ! 大丈夫か? オマエら」

 

「大丈夫だ。 問題ない」

 

 鼻を思いっきり打ったが、幸いなことに鼻血は出ていないようだ。

 そんなことはさておき、なんで追って来なかったのか? これで、その理由も分かった。

塗壁(アイツ)は知ってたんだ。 俺たちが、此処から逃げられないってことを──っ!

 

「ボスからは逃げられないってか? こりゃ、いよいよ腹を括るしかないか?」

 

「……伝承だと、一服してる内に消えてたそうだけど。

やっぱ、無理だよね? 怪異だし」

 

「イヤ、そもそも一服する暇すらなさそうだ。 ──来たぞ」

 

 天牛(テンギュウ)の視線を目で追うと、暗がりの奥に塗壁(ヌリカベ)の影が見えた。

しかも、その影はゆっくりと近付いて来ている。

 後ろは壁、横には塀、前からは塗壁。 と、ものの見事に逃げ場のない状況。

 こうなってしまった以上、この場を切り抜ける方法はひとつぐらいしかないだろう。

 

「しゃーねーな。 元々は、退治するつもりで探してたんだし。

こっからは、当初の予定通りにやるとすっかぁ!」

 

「それしかないだろう」

 

 そして、その考えに行き着いたのは俺だけじゃないようで

覚悟を決めたような表情を浮かべながら、トカラ(トカラ)は自分の得物を取り出し

天牛は肘から腕を二つに割り、その手を鋭利な刃物へと変えた。

 

「──好いね! 面白くなってきたじゃん!

今日を締め括るには、これ以上ないぐらい最っ高なイベントだよ!」

 

 そうでなくてはいけないから、自分へ言い聞かせるようにして叫んだあと

ベルトに付けたナイフホルダーより、銀製のナイフを抜き出し。 ぶら下げるように構えた

 先生曰く、"銀"には殺菌・浄化作用があり

銀製の武具と接触した部分から、魔物の魔力を奪うことも出来るとゆうことだったので

怪異を相手取るなら、これほど心強い武器はないだろう。

 そう考えた俺は、その話を聞いた日の放課後。

学園の購買部へと赴き、取り敢えず、先生が太鼓判を押していた

教会で使われてた銀の食器、燭台を溶かして造ったナイフを壱万伍千圓で購入したのである

 閑話休題。

 兎も角、勝てる勝てないとかは別にして。

これさえあれば、俺も怪異と戦えるとゆう事なのだ。 ただ、問題があるとすれば──

 

 とは言え、どーしたもんかね?

こんな、ナイフとか使ったことないんだけど……。

 

 ナイフの心得なんて、まるで無いことぐらいだろうか?

 とは言え、相手は象並の巨体だ。 幾ら初心者でも、アレ相手に空振る方が難しいだろう

 

「行くぞっ!」

 

 などと考えていたら、掛け声と同時に吐噶喇(トカラ)が駆け出し

後を追うように、天牛(テンギュウ)も駆け出したので。 

そんな二人に習い。 俺も、塗壁(ヌリカベ)に立ち向かっていくのだった。

 こうして、俺たちの戦いは幕を開けた。

 

 

 

 まずは先手必勝。 塗壁(ヌリカベ)の数歩前まで、距離を詰めた吐噶喇(トカラ)は

ナイフを握る方の腕を伸ばし。 残りの距離を詰めるようにして、塗壁の顔を斬りつけると

塗壁は避けようとも、防ごうともせず、そのまま斬りつけられる。

 

「WAAAaaaLL!」

 

 しかし、ナイフの一撃ではやはり浅いか。 塗壁は怯むことなく

ただでさえデカい口を目一杯に開き、吐噶喇の手に食い付こうとしてきた。

 そんな塗壁(ヌリカベ)の反撃は、吐噶喇(トカラ)にも予想外のことだったようで

 慌てて、手を引き戻そうとするが──。 間に合わない。

 

「おおおぉぉぉーーーっ!」

 

 その様子を目の当たりにした俺は、咄嗟に、持っていたナイフを塗壁に向けて投げた。

 だって、見たくなかったから。 ──友達が怪我する光景なんて。

 すると、どうだろう? そんな思いが通じたのか、あるいはただの偶然か?

勢いだけで投げたナイフは、まるで、吸い込まれるように塗壁の眼に突き刺さるのだった。

それを見て、思わず、ガッツポーズを決めてしまったのはご愛嬌。

 

「ウオオオォォォンンッ!?」

 

「ナイスっ!」

 

 流石に堪えたらしく、塗壁(ヌリカベ)は叫び声を上げながら。

暴れるように身悶え。 周囲の塀やなんかを、巻き込むように壊していく

 そんな塗壁に近付くのは危ないが、吐噶喇(トカラ)は引き戻した腕をまた伸ばし。

開いていた目を狙い、ナイフを突き刺し

 

「良し! 胡麻斑(ゴマダラ)っ!」

 

「任せろ!」

 

 吐噶喇の言葉に応じて、天牛(テンギュウ)はその手を素早く振るわせ

塗壁(ヌリカベ)の眼を斬りつける。

 吐噶喇に目を斬られた直後とゆうこともあり、その攻撃も防がれることなく

まだ残っていた目も、その斬撃によって潰すことができた。 

 

「壁イイィィ!」

 

 ──でも、それだけ。

 目を潰したところで、死ぬワケじゃない。

それどころか、視力を失った痛みから。 塗壁は狂ったように暴れだしたので

只でさえ難しかった接近が、更に難しくなってしまう。

 

「あーーーあ……。 どーするよ? アレ」

 

「……少なくとも、不用意に近付ける状況ではないな。

とゆうか、ぶっちゃけ近付きたくない」

 

「右に同じ」

 

 そんな塗壁(ヌリカベ)に対して、射程(リーチ)の短い攻撃手段しかない俺たちは

ただ遠くから、その様子を眺めることしか出来ず

 

「あ」

 

 打つ手のないまま、暴れ狂ってる塗壁に手を拱いていると

塗壁は落ち着くどころか。 俺たちに背を向け、何処かへと走って行ってしまう。

 予想外な事態を目の当たりにし、思わずその後ろ姿を見送ってしまったが

すぐにそれが間違いだと気付き。 俺たちは、慌てて塗壁(ヌリカベ)を追うように走った。

 

「……くっそ、面倒なことになったな」

 

「そうだな。 足跡さえあれば、それを辿れば良いんだが。

それらしいのは、何処にも見当たらんな」

 

 それから走り続けること暫く。

 十字路に差し掛かった俺たちは、無駄足を踏みたくなかったので

どの道に進むかを考える為、その足を一旦止める。

 

「三手に別れてみるってのは?

そうすりゃ、誰か一人は塗壁に辿り着けるっしょ? 確実に」

 

「そーだな。 じゃあ、塗壁と遭遇した奴はどっちかに連絡。

連絡を受け取った奴は、残りの奴に連絡してから合流。 ──こんな流れでいいか?」

 

「ああ、問題ない」

 

 話も纏り、各々で決めた道を歩き出そうとした。 次の瞬間、その出端を挫くように

いざ進もうとした道の暗がりから、金属の重なるような音が聞こえてきた。

 他の道を行こうとしてた、吐噶喇(トカラ)と天牛(テンギュウ)にもその音は聞こえたらしく

二人して俺のとこまでくると、一緒になって暗がりに目を凝らし始める。

 すると次第に、暗がりの奥から明かりが近付いて──

 

「アレ? ──縁(エニシ)じゃない。 何してるの、こんなとこで」

 

 其所に居たのは、パステルナークだった。 ──が、暗がりから現れた彼女の姿は

今朝見た制服姿でもなければ、私服姿なんかでは絶対なく。

 その手には剣を持ち、甲冑に身を包んでるとゆう。 完全に戦闘態勢のそれだった。

 

「一言でゆうなら、塗壁(ヌリカベ)退治かな?

そーゆーパステルナークは? その格好からして、俺たちと同じ目的っぽいけど?」

 

「うん、私も塗壁を倒しに来たんだ。

それでさっきまで、向こうの方を捜し回ってたんだけどさ。

こっちの方で音が聞こえたから、様子を見に来たんだけど……。 どうしたの?」

 

「ああ、うん。 それがな──」

 

 特に説明しない理由もなかったので、此処までの経緯をパステルナークに説明する。

その次いでに、初対面である三人の自己紹介も済ませておいた。

 さらに次いで、この後のことを含めた話はすぐに終わり

 

「じゃあ、オレたちはこっちを調べてくるから

オマエたちは、そっちの道を頼む」

 

「ういよー」

 

 パステルナークは俺たちと同行。 ──正確には、俺に同行してもらい。

吐噶喇(トカラ)・天牛(テンギュウ)組と分かれ、塗壁(ヌリカベ)を追跡することになった。

 俺たちが歩いて来た道と、パステルナークが歩いて来た道は

当然、塗壁が逃げた道では有り得ないので、残っている道も二つと都合良かったのだ。

 

 

 

 

 

 お化け屋敷のように薄暗い夜道を、パステルナークと一緒に進むワケだが

隣を歩くのが誰であっても、黙々と歩くだけではツマラナイ。

 

「そういや、スッゲー今更になるケド

パステルナークって、鎮伏屋(ハンター)だったんだな」

 

 だから、話してみることにした。

 何時何処で、塗壁と鉢合わせるか分からない状況なのに

集中を削ぐのもどうかと思ったケド。 それ以上に、この退屈な気分を打破したかったしね

 

「うん。 いや、私も驚いたよ。

真逆、縁(エニシ)が鎮伏屋だったなんてね。 実は、強かったりするの?」

 

「それこそ、真逆。

特別な力が或るワケでも、身体を鍛えてるワケでもない。 ただの人間だよ、俺は」

 

「……それなのに、鎮伏屋(ハンター)やろうと思ったの?」

 

「だって、面白そうじゃん?

怪異を捜せるし、倒したらお金まで貰える。 そして! 何よりもHunt・Nが好いっ!」

 

 弱いと自覚しているのに、命の危険がある鎮伏屋なんか。 普通はやらないわな。

でも、俺にはそんなの関係ない。 

 身の丈に合ってようが無かろうが、それを面白いと感じてしまったなら

それがなんであれ、手を出さずにはいられないのだ。

 

「そーいえば、パステルナークのHunt・Nはなんてゆうんだ?

俺のHunt・Nは"千夜ト一夜"と書いて、シャハラザードって言うんだけど」

 

「あ、うん。 

私のHunt・Nは"真夏ノ夜ノ夢"って書いて、シェークスピアだよ」

 

「へぇ、良いじゃん! 格好良いっ!」

 

 そんな取り留めのない話をしながら、暗い道を歩いていた俺たちだったが

少し開けた場所に差し掛かったところで、話は中断せざるを得なくなってしまう。

 俺としては、まだ話していたかったケド

街灯に照らされる塗壁(ヌリカベ)を見付けた以上、そんなことは言えるワケがなかった。

 

「……パステルナーク」

 

「うん」

 

 俺は携帯を取り出すと、リダイヤルで吐噶喇(トカラ)の携帯に呼びかける。

その間も、塗壁からは視線を外さない。

 取り逃がしてから、結構時間が経ったとゆうこともあり

痛みで暴れていた塗壁(ヌリカベ)も、今では流石に落ち着いた様子だが。 油断は出来ない

 

「もしもし?」

 

「──どうした?」

 

「塗壁を見付けた。 

場所は、別れた道を真っ直ぐ行った所。

まだ、気付かれてないから、このまま様子見してみる──つもりだったんだケド。 もう切るな

どうやら、気付かれたっぽい」

 

「分かった。

直ぐそっちに行くから、無茶だけはすんなよ」

 

 これからのことを伝えようとした。 その矢先、塗壁の顔がこっちに向けられたので

伝えようとした言葉を飲み込み、話を切り上げるように話して携帯を切る。

 ズボンのポケットに携帯をしまう際も、塗壁(ヌリカベ)に対しての警戒は怠らずにいると

閉じられた眼の一つから、煙、靄のようなモノが出ていることに気が付いた。

 

「なァ、パステルナーク。

あの、塗壁の眼から出てる煙みたいなやつ。 なんだか解るか?」

 

「え? うーーーん?

アレは多分、魔力じゃないかな? 銀製の何かが、眼に入ってるんだと思う」

 

「あーーーぁ! なるホド、そりゃ、俺の投げた銀のナイフだ!

へぇ! ちゃんと、先生の言う通りに成ったワケか」

 

 銀製武具は、接触部位の魔力を奪う。

 試す機会がなかったから、今まで半信半疑だったケド、その効力は本物だったらしく

結構高い買い物だっただけに、その事実は純粋に感動ものだ。

 

「来るよ!」

 

「WAAAaaaaaLL!」

 

「うおっ!?」

 

 突進してくる塗壁(ヌリカベ)を見て、俺とパステルナークは咄嗟に散開し

迫る塗壁を遣り過ごそうとした。 ──だが、何を思ったのか?

塗壁は途中で進路を変えると、正確に、パステルナークの後を追尾し始めたのである。

 

「私っ!?」

 

 そんな塗壁から逃げようと、必死に走るパステルナークではあったが

塗壁の方が足は速いようで、二人の距離は段々と縮まっていく

 その様子を見て、慌てて駆け出したものの

当然ながら、走る塗壁(ヌリカベ)を追い抜くなんて真似。

人間の俺に出来るハズもなく、ついに塗壁は、パステルナークに追い付いてしまうのだった

 

「ふっ!」

 

 しかし、パステルナークはこれをステップで回避。

突進を躱された塗壁は、そのままの勢いで木の塀へと激突してしまう。

 その隙をパステルナークは見逃さず、持っていた剣で、塗壁を逆袈裟懸けに斬り込んだ。

 闇夜に塗壁(ヌリカベ)の絶叫が谺する。

 

「壁イイイィィィッ!」

 

「ぐっ!」

 

「パステルナーク!」

 

 それでも、塗壁は動くのを止めなかった。

反撃しようとしたのか? 激痛に身を捩っただけなのかは分からない。

 勢い良く振り向かれた塗壁の頭が、パステルナークの体を吹き飛ばしてしまったので

それを見た俺は、急いで、倒れている彼女の元まで駆けて行くが

不思議な事に、倒れているパステルナークに対して

追撃が加えられるとゆうことはなく、俺は無事、彼女の元まで辿り着くことが出来た。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫。 ちょっとぶつかっただけだから

……でも、なんで私の方に来たんだろ? 何もしてないよね? 私」

 

「そーだなぁ……。 ──って、拙っ!」

 

 周囲の様子を探るように、右へ左へと頭を動かす塗壁(ヌリカベ)を警戒しつつ

パステルナークに手を貸して、倒れていた身体を起き上がらせてやる。

 すると、なんということでしょう。

彼女が起き上がった瞬間。 ぶれていた塗壁の頭が、俺たちの方に向けられたのです。

 

「っ!」

 

 これまでの、莫迦の一つ覚えな塗壁(ヌリカベ)の行動から

突進が来るのは、考えなくても解ってしまう。

ケド、解ってるだけじゃ駄目なのだ。 この距離じゃ、今から逃げても振り切れない。

 

だったら! 向こうが突進してくるよりも早く、こっちから距離を詰めてやれば──っ!

 

 そう考えた時はもう、塗壁に向かって駆け出していた。

 迎撃されてもおかしくない行動だが、今の、目の見えない塗壁(ヌリカベ)には

そんな心配をする必要もなく

 無事、塗壁まで距離を詰めることの出来た俺は

飛ぶように手を伸ばし、塗壁の目に刺さっているナイフの柄を掴んだ。

  

「壁ッ! 壁ィイイイ!」

 

「うおうっ!?」

 

 すると、流石の塗壁も気付いたのだろう。

 塗壁(ヌリカベ)は頭を、身体を、激しく動かし、俺のことを振り落とそうとするが

振り落とされてやる気はない。 しがみつくように、空いてる手で、塗壁の顔をわし掴む。

それでも、身体は上下左右。 あらゆる方向へと激しく揺すられる。

 

「HaHaHa! たーーーのしぃいいいっ!」

 

「えーーー」

 

 ナイフを掴む手に力を入れ、刺し傷を掻き混ぜるように動かすと

それに反応して、塗壁(ヌリカベ)の動きが更に激しさを増す。 その激しさに、その速さに

振り回されることが楽しかった。

 ──だが、そんな楽しい時間も、唐突に終わりを迎える。

 より激しく、塗壁が頭を振った瞬間。

刺していたナイフが、傷口を斬り広げるようにして抜け

体勢を崩した俺は、次の一振りに耐えることが出来ず、宙にへと投げ出されてしまう。

 

「うおわぁあああーーー!? がふっ!」

 

 それから暫く、浮遊感を味わった後。

背中を思いっきり、地面へと打ち付けてしまい。 肺の空気を、一気に吐き出してしまった

 

「縁(エニシ)!?」

 

「壁ィイイイ!」

 

「──っ!? また、私に来るの!?」

 

 その衝撃で動けないでいると、パステルナークが駆け寄ろうとしてくれた。

だが、次の瞬間。 それを阻むかのように、塗壁(ヌリカベ)が彼女目掛けて走り出したので

彼女は、後退を余儀なくされてしまう。

 自分に向かって来なくて、良かったと思う反面。 そこには、疑問を感じざるを得ない。

 

 どうして、パステルナークだけを執拗に狙うんだ?

今だってそうだ。 倒れてる俺を無視して、パステルナークの方に行っちゃったし。

目が見えないってのに、なーーーんで、パステルナークだけを狙い澄ませるんかなーーー?

 

 そのワケを掴むため、倒れた体を起き上がらせながら

今も尚、パステルナークを追っている。 塗壁(ヌリカベ)へと目を向けた。

 

 俺とパステルナークの違いはなんだ? 

まずは剣だろ? それから甲冑? 甲冑。 ……あぁ! なるホド、そーゆーことか!

音だ! 甲冑の音! 塗壁の奴は、その音を道標にしてたんだ!

 

「パステルナーク!

塗壁はオマエじゃなくて、甲冑の音を追いかけてるっぽいぞ!

だから、ソレを利用してやろうと思う! お前の剣をこっちに放ってくれ!」

 

「ええ!? ーーーっと、はい!」

 

 ほんの一瞬、戸惑いの表情を浮かべるパステルナークだったが

直ぐに、持っていた大きな剣を放ってくれた。

 彼女の信頼に応える為にも、失敗するワケにはい。 そう、意志を固めながら

地面に落ちている、パステルナークの大剣を持ち上げようとした。 ──が、その剣は重く

片手で持ち上げることが出来なかったので、両手で抱えるようにして剣を拾う。

 

 ──この剣、重っ!?

え、なに? パステルナーク奴。 今まで、こんな重い剣振るってたの? スゲーな!

 

 思わぬ事実に衝撃を受けつつも、小脇で抱えるように剣を持った俺は

準備の完了したこと、これからして欲しいことを伝えるべく

パステルナークに顔を向けてみれば、都合好く、こっちに向かってくる所だった。

 

「……良し! そのまま、俺の前を駆け抜けて行ってくれ!

そしたら、後は俺が決めてやる!」

 

「分かった!」

 

 パステルナークの返事を聞き、俺は何時でも走れるように身構える。

後は、その時が来るのをじっと待つだけ。

 ──そして、その時は訪れた。

塗壁(ヌリカベ)が、俺の前を横切ろうとした瞬間。 その場から、飛び出すように駆け出し

無防備な土手っ腹目掛けて、パステルナークの剣をブッ刺してやった。

 

「っ!?」

 

 目の見えない。 塗壁が相手だからこそ、当てることの出来た一撃。

 流石に、予想してなかったんだろう。

 塗壁は足を縺れさせ、でんぐり返るように転倒してしまうが

勢いの付いていた身体は、其処で止まることは出来ず

そのまま二度、三度と転がり続けた所で漸く、塗壁の身体は転がるのを止めた。

 

「やったか、な? イタタ……!」

 

「大丈夫? なんか、横に回転してたけど」

 

 地面に倒れたまま、塗壁の事を眺めていたら

パステルナークがやって来て、そんな俺に手を差し伸べてくれたので

その手を握ると、パステルナークが身体を起こしてくれた。

 

「ん、特に問題はないっぽい」

 

 剣を突き刺して直ぐ、塗壁が転んだもんだから

それに引っ張られて、塗壁と一緒になって回転した時は驚いたケド

擦り傷程度で済んだのは良かった。

 もしかしたら、潰されていたかもしれないのだ。

それを思えば、身体を打ち付けた挙げ句。 地面を転がった事なんて、可愛いもんである。

 

「──で、動かなくなったワケだけど。 死んだのかな?」

 

「うん、多分」

 

「……取り敢えず、ちょっと確認してみるか」

 

 横たわる塗壁(ヌリカベ)の元まで行くと、死んでいるかどうかを確認する為

ナイフを刺してみても、塗壁はピクリともしない。

 こんなことが出来るのは、偏に、塗壁を突き刺す感触が味気ないせいだろう。

まるで、粘土を刺すような呆気無さは、塗壁が生き物だということを感じさせないのである

 もう一度、ナイフを突き立ててみるが、それでも塗壁は動かなかったので

どうやら、完全に息絶えたようだ。

 

 ──あ、そうだ。

パステルナークの剣。 ちゃんと返さねーと

 

 ふと、パステルナークから借りてた剣が視界に入り

刺したままだったことに気付いた俺は、その柄を握ると、塗壁の体から一気に引き抜いた。

 すると、刀身で塞き止められていた血が、傷口から溢れ出していく

 

「パステルナーク。 この剣、ありが──」

 

「縁(エニシ)! 後ろ! 後ろーーーっ!」

 

「へ?」

 

 パステルナークの叫びを聞き、後ろへと振り返ってみれば

其処には、今まさに、俺に噛み付こうとする。 塗壁(ヌリカベ)の姿があった。

 本日二度目の危機を前に、なんの反応もすることの出来なかった俺は

 喉の奥まで、ハッキリと見えるぐらい

大きく開かれた塗壁の口を、ただ見つめることしか出来なかった。

 一度目の危機を救ってくれた吐噶喇(トカラ)も、今、此所には居ない。

 

「壁ィ! 壁ィイイイ!」

 

「はぁあああ!」

 

「!?」

 

 ──しかし、此所にはパステルナークが居た。

 身体を割り込ませるようにして、俺の後ろから現れたパステルナークが

その手を塗壁(ヌリカベ)にかざした。 次の瞬間、彼女の手から光弾が放たれると

 爆発した。

 Kaboom! とゆう爆音の後。 爆風と共に、生温かな液体を頭から浴びせられ

頭の吹き飛んだ、塗壁の死体だけが跡に残される。

 

「……Ha! HaHaHa! なんだ、今の! スッゲーーーっ!

塗壁は爆発するわ、血塗れになるわ。 面白すぎる終わり方じゃねェか!」

 

「はは……」

 

「なぁ、パステルナーク──」

 

 何が起きたのか、さっぱり分からなかったケド

確実にこれだけは言える。 期待してた以上に面白い決着であったと

 それを、このまま終わらせるには惜しい。

一体、何をしたのか? パステルナークに聞いてみなければ!

 

「おぉーーーい! 大丈夫かーーーっ!?」

 

「何やら、凄い音がしたが?」

 

 しかし、パステルナークに話しかけようとした矢先。

吐噶喇(トカラ)と天牛(テンギュウ)がやってくると、二人ともこの状況には驚いたらしく

状況の説明を求めてきたので、俺は彼女に向けようとした言葉を飲み込み

これまでのことを二人に説明するのだった。

 

 

 

 

 そして、吐噶喇(トカラ)と天牛(テンギュウ)の二人に説明した後。

 報酬の分け前について話し、今日の所は解散という流れになったのだが

吐噶喇たちと別れた俺は、帰る前に塗壁(ヌリカベ)の血を洗い流しておこうと

馴染みの大銭湯・岩戸湯へと向かうことにした。

 一人で行くのもツマラナイので、パステルナークを誘い。 彼女にも一緒に来てもらう。

 

「そーいえば、アレはなんだったんだ?」

 

「アレ?」

 

「塗壁を吹き飛ばしたヤツだよ。 こう、パステルナークが手をかざして」

 

「あーーー……」 

 

 その道すがら、何か話してないと間も保たないので

パステルナークが放った不思議な光や、直後に起きた爆発の事とかも含めて

聞けずじまいになっていたことを、改めて聞いてみることにした。

なんたって、塗壁を吹き飛ばした一撃だ。 気にならないワケがない。

 

「あれは、その……」

 

「もしかして、聞いちゃ拙い事だったか? 

だったら、悪かったな。 無理に聞く気はねェから、言わなくていーよ」

 

 だが、言い淀むパステルナークを見て

 この話を続けるのは、なんだか憚れてしまった。

 気にはなるケド、そんな楽しくない思いをしてまで、聞きたいことでもないのだ。

……とは言え、そうすると何を話したものか?

 

「じゃあ、パステルナーク」

 

「うん」

 

「なんか、面白い話ない?」

 

「へ?」

 

 適当な話題すら、欠片も思い付かなかった俺は

最終手段として、パステルナークに丸投げしてしまうことにした。

後は野となれ山となれ、パステルナークのトーク力に期待する限りである。

 

「え!? え、えーーーっと」

 

 まぁ、そう簡単にいくワケもなく

パステルナークは、真面目に頭を抱え込んでしまい。 結局、話は止まってしまう。

 無茶振りだと自覚してるので、駄目なら駄目と言ってくれれば

こっちも、さっさと切り替えてしまえるのだケド。 こうも真面目に考えられてしまうと

話を振ってしまった手前、止めてくれとも言い難い始末。

 

「あーーー……。

パステルナークは今回の報酬、何に使う予定なんだ?」

 

「え、報酬!?」

 

 しかし、待ってても埒が明きそうになかったので

 悪いとは思ったが、それよりも、目先の退屈を解決するほうが重要であり

さっさと話題を切り替えさせてもらった。

 

「えーーーっと、取り敢えずは貯めとくかな?

今回は大丈夫だったみたいだけど。 剣とか甲冑って、直すと凄いお金が掛かるからさ」

 

「慎重だねぇ」

 

「そーゆー縁(エニシ)は? 今回の報酬、どうするの?」

 

「どうする? ──って、そりゃ、面白そうな事に使うつもりだけど?」

 

 お金の使い道なんて、これを措いて他にないだろう。

面白そうなものがあれば使うし、なければ使わない。 それだけの話である。

それは向こうに居た時も、こっちに来てからも変わらないことだ。

 

「面白そうな事って、例えば?」

 

「……さぁ? なんだろ?」

 

「えぇーーー。 何よ、それ」

 

「だって、仕方がないじゃん?

面白そうなことなんて、その時の気分とか、状況とかで変わってくるし……。

その時になるまで、分からないんだから」

 

 だからこそ、何時でも、面白そうなものを見付けられるよう。

常に周囲に気を配っているワケなのだ。 

 

「それは、なんとなく解るケド。

趣味とかはどうなの? あと、好きなこととか。 面白くないの?」

 

「うん。 いや、趣味とか是(コレ)と言ってないんだよね。

色んなことしたり、色んなもの見たり、色んなこと知ったりするだけで面白いしな。

好きなことも、面白ければなんでもって感じだしー」

 

 趣味とか、好きなものとか。

 小学校の頃はハッキリしてたケド、何だったかな? うーーーん、思い出せん

 パステルナークの疑問に答えながらも、自分の趣味や、好きなものを思い出そうとするが

答えになりそうなものは、何一つとして思い当たらなかった。

 好き嫌いの前に、面白い面白くないで判断するようになったせいかな? まァいいや

 

「そんなワケだから、きっと、報酬は面白そうなことに使う予定。

でも、何に使うかは未定。 そんな感じだな」

 

「……なんだか、楽しそうだね」

 

「じゃあ、一緒に行くか?

まだ、何処行くかとか決めてねーから。 それでも良ければ、だけど」

 

「え!?」

 

 そんなことを言ったので、パステルナークも誘ってみることにした。

 一人で遊ぶより、二人で遊んだ方が楽しいしな。

 

「どうする?」

 

「あ! いや、えっとーーー……。

と、取り敢えずさ、銭湯に行ってからでも良いかな!? それまでに考えるから!」

 

「うん? 良いよ。 別に、急いで決めることでもないし

パステルナークが楽しんでくれないんじゃ、遊びに行っても楽しくないしな」

 

「うん」

 

 話が一段落してしまったので、次に切り出す話題を考えながら歩く

 パステルナークの方から、話題の一つでも振ってくれれば良いんだケド

彼女は、俺の申し出を悩んでくれているのか? さっきから難しい表情を浮かべており

その口も、噤まれたまま開かない。

 

 さて、どーしたもんか……。

強引に話を振ったところで、なあなあに返されたら面白くないしーーー。

かといって、このまま黙々と歩くのも──。 いや、でも、もうそろそろか?

 

 そんなことを考えながら、視線をパステルナークから前に伸ばしてみれば

遠目から見ても判る、特徴的な建造物が見えていたので

ズボンのポケットから財布を取り出すと、その中から千円札を一枚抜き出して

パステルナークに差し出してやる。

 

「パステルナーク。 ──コレ、約束してた銭湯代。 

タオル代と、風呂上がりに飲む牛乳系もそれで足りるから」

 

「ああ。 うん、アリガトウ」

 

「風呂上がったら、直ぐの所にある休憩所で合流な。

そんじゃ、俺は一足先に入ってくるわ! また後でなーーーっ!」

 

 千円札を受け取ったパステルナークに、その使い道等を説明した俺は

天女象と仁王像が左右に立つ、幅広の階段を駆け上がると、向かって右側に架けられている

男と書かれた暖簾を潜って行くのだった。

 

 

 

 そして脱衣所。

 此所には、鍵付きロッカーや自動販売機の他にも

クレーンゲームにゼビウスが置いてあるケド、パステルナークと一緒に来ている今日は

それらで遊んでる暇はない。

 なので、さっさと制服を脱いでロッカーに収めていくが

そこで初めて、塗壁(ヌリカベ)の血を浴びた弊害に気付かされる。

 

 あーーーあーーーあーーー……。

制服どころか、シャツまで、血が染みちゃってんじゃん。

シャツは兎も角、制服の方はどーすっかなぁ? 替えなんて持ってねぇぞ。

洗ったところで、どうせ落ちないだろうし……。 明日にでも、購買で買い直すしかないか?

 

 一先ず、考えをまとめた俺は。 タオル片手に、浴場と脱衣所を仕切る扉を開いた。

 此所の浴場は広く、お湯が川のように流れていたり

吹き抜けの二階部分から、滝のようにお湯が流れていたりするのだ。

それが面白くて、黒瀬(クロセ)先生に教えてもらって以来。 ずっと此所を利用している。

 取り敢えず、脇にある洗い場へと行き

頭を顔、手に染み付いた血をしっかりと洗い流した後。 湯船に浸かる

 

「はぁ〜〜〜……」

 

 疲れた身体に、お風呂の熱さが染み込んでくる。

 このまま、寛(くつろ)ぎに身を委ねてしまいたいところだケド

パステルナークを誘った手前、風呂を出る前に簡単に考えておかないと拙い。

 

 平日は、学校との兼ね合いになっちゃうから

どうせ遊びに行くなら、最初からクライマックスの勢いで遊びたいし

間を設け過ぎても、生殺しで辛いからなぁ。 行くとしたら、今週の日曜がベストか?

良し、それでいこう。

 

 考えを纏めた俺は、湯船に顔の半分が浸かるまで、体を伸ばすように倒していく

 だがしかし、どうにも、パステルナークのことが気になってしまい。

落ち着いて入浴することが出来ず。 一分程、湯船に浸かっただけで風呂を出ることになる

 少し早いかもしれないケド、それでも、人を待たせるよりはマシなのだ。

 

 うへぇ……。

 

 血で湿ったシャツと、制服を着るのには抵抗があったが

他に着る服も持っていないので、仕方なく、ソレらを身に着けるしかなかった。

 それから、休憩所に戻ること数分。

 女湯から出てきたパステルナークが、休憩所へとやって来たのを見付ける。

 さっきまでの甲冑姿とは打って変わり、パステルナークの格好はタンクトップにズボンと

ボーイッシュなモノになっていた。

 

「おーーーい!」

 

「un? あ、うん。 ゴメン、待たせちゃった?

──って、なんでまたそんな服着てるのさ?」

 

「今、制服(コレ)の他に、着れる服を持ってなくてねーーー。

そんなことより、どうする? 今週の日曜に行こうと思うんだけど、遊びに行くか?」

 

「う、うん。 良いよ」

 

 お風呂で考えたことを、そのままパステルナークに伝えると

少し言い淀んだりしたものの、彼女は了承の返事を返してくれた。

 

「良し! それじゃ、今週の日曜日。

朝の十時ぐらいに、万魔殿学園の校門前に集合。 ──で、良いかな?」

 

「校門前に、十時だね。 分かった」

 

 これで、やっておきたい用件は全部終わったから

今日の所は、このまま解散しても問題はないんだけど。 それじゃあ、あまりに勿体ないし

俺一人だったら、こんなことは思わないケド、今日はパステルナークが居るのだ。

 帰れば寝るしか出来ないから、遊べるならとことん遊び倒したい。

 何時ものように、疲れて眠くなるまで──。

 

「なァ、パステルナーク。

折角だし、軽く何か食べてくか? 奢るけど?」

 

「え!? ……良いの?」

 

「うん。 いや、駄目なら最初から言わねェってば

値段とかも気にしないで良いから。 なんでも、食べたいモンを頼みなよ」

 

「──あのさ、お風呂にしてもそうだけど、なんで縁(エニシ)はそこまでしてくれるの?

まだ、会ったばっかりなのに」

 

「なんで? って、そりゃ、その方が面白いからに決まってんだろ!

会ったばっかりだとか、そんなこと一々気にしてたら、面白可笑しく楽しめないじゃん?」

 

 パステルナークの疑問に答えながら、俺たちは売店の方へと向かい

俺は焼き鳥を、彼女はたいやきをそれぞれ注文し

出てきたモノを受け取った俺たちは、落ち着けそうな場所に移って腰を据える。

 

「……なぁ、パステルナーク」

 

「un?」

 

 黙々と食べてるだけじゃ、時間を引き延ばした意味もないので

美味しそうにたいやきを頬張っている、パステルナークに話を振っていくことにした。

 

「その剣って、どの辺で買ったんだ?」

 

「アレは、集合都市(バビロン)にある刀剣店で買ったんだケド。 なんで?」

 

「うん。 イヤ、今回の戦いでさ。 思ったのよ。

銀のナイフが一振りだけじゃ、怪異を相手取るのはキツイなーーーってね。

だから、もうちょい装備を整えたくなって」

 

 効いてるんだろうケド、いかんせん、一撃が浅すぎてどうしようもない。

それが今回、塗壁(ヌリカベ)との戦いで得た結論だった。

 だから、失敗を繰り返さないためにも、一振りの攻撃力を上げる必要があるのだ。

 

「それなら、今度の日曜にでも案内しようか?」

 

「本当かっ!? ありがとう!」

 

「──でもさ、本当に剣でいいの?

武器が欲しいなら、剣の他にも銃とか色々あるけど?」

 

 銃!? そういうのもあるのか!

 そっか、そうだよな。 武器は剣だけじゃないんだよな……。 銃か、好いな。

持ち運びし易いだろうし、なにより格好良い! あ、ヤバイ、気持ちが銃に傾いてきた。

 

「……銃って、何所で買えるの?」

 

「え? えーーーっと、確か

刀剣店の近くに店があったハズだけど、銃にするの?」

 

「うん。 しようかなって、考えてるケド

でも一応、刀剣店と銃の店を一通り見てから判断しようかな? 予算の都合とかもあるし

好みにハマるモノが、有るかどうかも判らないしねー」

 

 買ってきたものを摘みながら、そんなことを話していると

とうとう焼き鳥も、たいやきもなくなってしまうが、そろそろ銭湯も閉まる時間であり

今日の所は、ここらでお開きとゆうことになった。

 ゴミをゴミ箱に入れ、俺とパステルナークは岩戸湯を出ていく

 

「夜も遅いし、送るよ」

 

「ありがとう」

 

「良いよ、お礼なんてしなくて

このまま別れて、パステルナークの身に何か起きたら、悔やんでも悔やみきれないし

まだ話してたいだけだから」

 

「ははは、ハッキリ言うなー……」

 

 そんなワケで話も纏り、パステルナークに案内してもらいながら

夜の不思議町を歩いて行くのだった。

 

 


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