夢の道行振   作:チェシャ狼

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夢(ユメ)
睡眠中に、現実の経験であるかのように感じる観念や心像であり
聴覚・味覚・触覚・運動感覚を伴うこともある。
将来実現させたいと思っている事柄。
現実から離れた空想や楽しい考え。
心の迷い。
儚いこと、頼りにならないこと。



『彼の在り方・弐』──P.二

 ソレを見付けたのは、全くの偶然だった。

 

 日課の散歩中、たまたま見付けたカビ臭い古本屋。

昔の漫画とか置いて有ることに期待しつつ、興味本位で足を踏み入れてはみたものの

そんな俺を出迎えてくれたのは、国語の授業で使いそうなぐらい、こ難しそうな本ばかりだ

 なので、こんな所に長居は無用。

俺はさっさと踵を返し、店から退散しようとした時だ。 ふと、一冊の本が目に入ったのは

 

「──なんだ、この本? タイトルが擦れてる」

 

 数ある本棚の中に一冊だけ、タイトルが擦れて読めなくなっている本。

 そんな本が気にならないはずもなく。 取り敢えず、中を見てみようと 

本棚から引き抜き、表紙でタイトルを確認してみようとしたのだが

表紙のタイトルも背丁書名と同様。 読むことが出来ないホドに擦れていた。

 

「表紙のタイトルまで消えてる。 ホントに、なんの本なんだ?」

 

 ますます興味が湧いたので、取り敢えず、適当なページを開いてみれば

そのページに書かれていたのは、英語の文章と紋章の挿絵。

書かれてる文章を読むことはできない。 しかし、描かれている挿絵が何かは解った。

 

 コレは、悪魔の紋章だな。 ──ゲームや漫画とかで見た記憶がある。 

ってことは、もしかして、この本は悪魔を召喚する為の本!? 

いや、その結論を付けるのはまだ早い。 もうちょっと、よく読んでみないことには……。

 

 文章を読まず、流すようにページを捲ってみると

悪魔の紋章の挿絵が、殆どのページにが挿し込まれている事が分かった。 でも、それだけ

書かれてる文字は読めないので、ソレの意味することが、なんなのかまでは分からない。

分かるのは、これが悪魔に関する本だとゆうことだけである。

 

 クソッ! やっぱ駄目だ! 挿絵だけじゃ、何の本か全然分からねぇ!?

──ケド、面白い。 分からないとゆーことは、まだ、可能性が残っているとゆーこと

それはつまり、この本は買いだということ!

 

 そう決めてからは早かった。 

 さっさと本の会計を済ませた其の足で、市内唯一の図書館へと向かう。

全文を訳すのは無理だとしても、今日中に本の内容だけでも知っておきたいところだ。

そうすれば、今日これからの予定だけじゃなく。 明日からの予定も自ずと決まってくれる

 

 この本がもし、本当に、悪魔を召喚する為の本だったのならば

今日の夜には召喚する悪魔を決めて、明日からは召喚に必要なモノを集め始めれる。

問題があるとしたら、簡単に集まってくれるかどうかァ……。

 なんてことを考えながら、自転車のペダルを漕ぎ続けること20数分。

ようやく、目的地の図書館に到着した。 

いつ以来だろう? こうやって、調べモノをするのために図書館を利用するのなんて

 

 さて、英和辞書とかの棚はどこだったかな? ──此所か?

 

 だから、この図書館の何処に、何の本が有るかも覚えていない。

 仕方がないので、久しぶりの図書館に新鮮味を感じつつ、しらみつぶしに探していき

小説、雑誌、絵本、図鑑と、本棚を転々とした末。 俺は、目的の棚を見付けだした。

 

 おーーー……。 有るは有るは──

じゃねぇ、有り過ぎだろ。 なんで、こんなに種類が有るんだよ? 英和だろ? 全部

まァいいや、どれが一番分かり易いんだろ? 

 

 取り敢えず、それらの中から適当な一冊を選んで

中を確認してみたんだケド、書かれてる内容が良いものなのか、悪いものなのかなんて

常日頃辞書を開いていない俺には、判別出来るモノじゃなかったので

 

 うん、サッパリ分からん! から、もうコレでいいや。

 

 妥協した。 分からないモノで、アレコレ悩むのも馬鹿らしーし。

この辞書で訳せなければ、その時は、他の辞書に変えれば良いだけの話なんだからな。

 そんなワケで、参考にする辞書も決まり。

図書館の一角に用意されている、仕切りの有るテーブルの一席に移動した俺は

本の適当なページを開き、そこに書かれている単語を、一つ一つ辞書と照らし合わせていく

つもりだったケド、本に書かれている文字は筆記体。

 それだけでも厄介だというのに、所々が擦れて消えてる事も相まって

非常に読み辛く、照らし合わす事すらままならなかった。

 

 えーーーっと、コレは? エス、ユー、エムエム、オーエヌか?

スムォン? いや、Summon(サモン)か? ──ん? サモン。 サモン!?

 

 しかし、長丁場になるかと思った矢先。 

俺は一足飛びに、求めていた答えを見付け出してしまう。 

 英語の成績が悪い俺でさえ、辞書を引かなくても分かる『Summon』という単語。

 

 YES!

 

 召喚を意味する『Summon』の文字、それが書かれているとゆーことはつまり

この本は本当に、悪魔を召喚する方法を記してるかもしれないのである。

 それが判った以上、このまま無作為に本の事を調べるのではなく

どんな悪魔を召喚するかを決めて、その悪魔の事が書かれてるページから訳さなきゃな。

でないと、手間が増えて仕方がない。

 確か、この図書館には、インターネットが設備されているので

俺はそっちの方に場所を移し、挿絵の紋章を頼りに、召喚する悪魔を選ぶことにした。 

 

 さて、何を呼び出したもんか?

どうせ呼ぶんなら、なにか面白い奴が良いよなーーー。

 

 パソコンの使用許可も貰い。 早速、俺はソロモンの悪魔について検索を始めるが

そこはソロモンの悪魔。 一発で、詳細の書かれているページが複数件ヒットした。

 

 うーーー……ん、相手になにかする系は論外として

知識とか、権力とかどーでもいーし。 男女の仲とか取り持たれてもなぁ……。

もっとこう「コレっ!」て、事をしてくれそうなのは居ねーのか? 72柱も居るんだからさ

 

 探しているのは、面白い事をできる悪魔。

知識や権力とか、有れば便利なんだろうとは思うけど

役に立つモノが欲しいワケじゃない。 ──ケド、それは中々に難しかった。

 見比べてみて、初めて解ったんだけど、悪魔の能力には似たり寄ったりなのも多く

その作用も、人間だけにしか働かないモノが殆どないのだ。 

 

 むぅ……。 

真逆、召喚したい悪魔が居ないとか。 完全に予想してなかったわ。

 

 思わぬ展開に、熱が冷めていくのが分かる。

 だから、俺は悪魔探しから、ただのネットサーフィンに切り替えることにした。

まさにその時、ある悪魔の事について、書かれていた文章に目が止まった。

 

 ──『バシン』?

 

 青ざめた馬に跨がり、大蛇の尾を持っている。 

死体のような肌の色をした、屈強な男の姿で現れる悪魔で、ルシファーの側近だったり

薬草学や、宝石の知識を教授してくれたりするらしいケド

ぶっちゃけ、そんなことはどうでもいい。

 俺の目に止まったのは、バシンの持つ『人を瞬時に違う土地へ飛ばす』とゆう能力。

正確には、その次に書かれている『誤って召還者を魔界へ飛ばしてしまう』ということだ。

 

 魔界。 きっと、見たことも聞いたこともないモノが在るんだろうな。

誤りだろうがなんだろうが、飛ばせるからには、頼めば魔界に行けるってことだよな?

……決まりだな。 バシンを呼ぼう。 そして、魔界に行こう

 

 召喚する悪魔も決まったので、ネットサーフィンの為に打ち込んでいた検索ワードを

「バシン」に変更し直して、情報収集を始めるのだった。

 

 

 

 それから一週間が過ぎようとする今日。

ようやく、「バシン」の召喚を実行に移す時がやってきた。

 父さんと母さんが揃って留守になる、町内会の旅行がある今日を決行日にしたんだケド。 

──長かった。 燃え上がる情動の命ずるがまま、召喚に必要なモノを集めていたおかげか

なんと、全ての道具を集めるのに三日も掛からず。 

 今日までずっと、生殺しを味あわされ、毎日が身に入らなかったのである。

 

「遂に、待ちに待ったこの日がやってきた!」

 

 だがしかし、そんな、もどかしかった日々にもついに終止符。

俺は今日、待ちに待った魔界へと旅立つのだからっ! 

 

「そんじゃ、いっちょ始めますか!」

 

 二人が家を出たのを確認した俺は、『入浴』と『衣服の恵み』の礼拝を行うべく

悪魔召喚の儀式の為に風呂へと向かう。 かれこれ三度目になる礼拝。

最初は真逆、道具を作るにも手順があるとは思わなかったケド、今ではそらで出来ることだ

 それが済んだら、昨日の内に書いておいた手紙をテレビに張る。

手紙だけでも書き残しておけば、父さんと母さんに余計な心配を掛けさせないで済む。

そんなことを考えながら、これまでに準備してきた道具を持って家を出る。

 

「いってきます」

 

 今日からしばらく、もしくはずっと、帰らないだろう家を一瞥して

召喚を行う為の場所に向けて、自転車を走らせるのだった。

 悪魔の召喚には、悪魔から身を護る「魔法円」と、悪魔を拘束する「三角形」が必要で

その二つを描くためには、4mほどの広さが必要になるらしく

家では十分なスペースを確保できず、召喚だけは別の所で行うことになった。

 幸い、その場所はすぐに見つかった。

もとい、其処しか思い至らなかった。 山を少し登って往けば、今はもうやってない遊園地

所謂、廃遊園地が近所にあるのだ。 あの場所を利用しない手はない。 

 

 あとは魔法陣を描いて、「バシン」を召喚して、魔界に連れてってもらうだけ……。

 

 面倒臭いことに、悪魔にはそれぞれ召喚できる時間帯が決められており

それは召喚する悪魔の位によって違うのだ。 今回召喚する「バシン」の位は公爵とされ

公爵の位を持つ悪魔は、晴れた日の日の出〜正午までとなっている。

まァ、厳密に定められてるワケじゃないケド。 だとしても、守っておいて損はないはずだ

 だから、ここからは時間との戦いになる。

ただでさえ魔法円を描くのは時間がかかるというのに、その前には「追儺の儀礼」という

場を祓う為の儀式をする必要があるのだから──。

 

 よし、到着と──。 時間の方も、まだ余裕がありそうだな。

 

 そんなことを考えながら、ペダルを漕ぐこと数分。

 目的の遊園地に到着したので、自転車を入り口近くの場所に止めると

園の中に雑雑雑と歩みを進めて行く。 目指す場所は、観覧車前にある広場だ。

 

 まずは東に面を向け、右手で額を触って"Ateh"と唱える。 次に胸に触れ"Malkuth"。

今度は右肩を触わり"ve-Geburah"。 その次に左肩を触れて"ve-Gedulah"。 

そして、胸の上で両手を握り締めて"le-Olahm, Amen"

 

 そんなワケであり、広場までやってきた俺は

必要な荷物以外は脇に置き、カンペを片手に持ちながら、追儺儀礼の所作を進めていく。

 

「我が前方にRaphael。 我が後方にGabriel。 我が右手にMichael。 我が左手にAuriel

我が周りには五芒星が燃え上がり、そして、柱の内には6つの光を放射する星が立つ」

 

 最後の詠唱を終えたら、また、ついさっきやったことを繰り返して。

それで、この儀礼は終わり。 これでいよいよ、魔法円を描く作業を始めることが出来る。

なのですぐ、俺は荷物からチョークを取り出すと

カンペに描き写してきた魔法円を見つつ、ソレを地面へと描き写していくのだった。

 

 おおお……っ! ノートに描き写す時も思ったけど!

やっぱり、面倒くせェェェーーーっ! つーーーか、何語なんですかね!? この文字は!?

 

 二重円の間に、逆時計回りにとぐろを巻かせた蛇を描き入れた後。

何語か分からない文字を、その胴体に書き入れていく

 

「ふぅ……。 これで良し!

後は東の方角に「三角形」を描いて、召喚の儀式を始めるだけか」

 

 難敵だった魔法円を描き終えた充実感から、つい一息入れたい衝動に駆られるが

くつろいでる時間もないし。 「魔法円」に比べれば、全然簡単に描けてしまうモノであり

「魔法円」と「三角形」を描いてしまえば、後は「バシン」を召喚するだけなので

このまま、一気に駆け抜けてしまうことにした。 

 

「まず三角形を描いてから、その中に円を描く──っと」

 

 それから、三角形の内側に円を描いて出来た。

三つの余白に各々、"MI""CHA""EL"と書き入れ。 最後に三角形の側面へと──

"ANAPHAXETON""PRIMEUMATON""TETRAGRAMMATON"と書き込めば

待ちに待った、円と三角の二つが揃う。 

 

「……11時か。 余裕で間に合ってくれそーだな」

 

 「バシン」の紋章を刻んだ銅こと、シジルを首から下げ

白い亜麻のローブを羽織った俺は、杖を持って魔法円の中に入って行く。

 このまま、召喚の儀式を始めたいところだが

その前にまた「追儺の儀礼」をして、「予備的召喚」という手順を踏まなければならない。

 

「汝を我は召喚する、生まれ無き者よ。 

汝、地と天を創りし者よ。 汝、夜と昼を創りし者よ。 汝、闇と光を創りし者よ。

汝はOsorronophris。 如何なる時も目にする者はない。 汝はIabas。 汝はIapos。 

汝は善と悪を分けた。 汝は女性と男性を定めた。 汝は種と果実を産み出した。

汝は互いに愛し、互いに憎む人間を形成した──」

 

 「予備的召喚」には、「魔法円」を強固にする作用があるそうだケド

強固にする必要があるなら、どうして、こんな二度手間な方法にするんじゃなくて

最初から強固な造りにしようしなかったんだろう? 謎である

 

「──我は汝の預言者Ankh-f-n-Khonsu。

汝が、汝の密儀、Khemの儀式を託した者である。

汝は湿と乾、そして全ての創られし生命を育むものを産み出した。 

汝よ、我が声を聞け。 我はApophrasz Osorronophrisの天使であるが故。

これが汝の真の名、Khemの預言者達に伝えられし者である」

 

 そんなことを思いながらも、詠唱の一章節を唱え終えたので二章節目の詠唱を。

二章節目が終われば三章節目を。 四章節目、五章節目と、カンペ通りに詠唱を進めていく

 

「Iao - Sabao 。 これこそ、言葉である ! 」

 

 そして最後の一節を読み上げ、長かった「予備的召喚」が完了したので

俺は円の中央に立ち、悪魔を召喚する呪文の詠唱を始めた。

 

「我は汝を求め、そして呼び出す。 

おお、悪魔バシンよ。 至高なる神の力を得て、我は汝に強く命じる。

BERALANENSIS、BALDACHIENSIS、PAUMACHIA。 そしてAPOLOGIAE SEDESによって 

最も強力なる王子達、Genii、Liachidee。 そして、Tartareanに住まう大臣達によって

さらに第九の軍勢Apologiaの玉座の第一王子によって、我は汝を召喚する。

汝を呼び出す呪文によって──」

 

 これは第一の呪文。

 この呪文で悪魔を召喚できれば、そのまま「悪魔への命令」に移れるんだケド。

召喚できなかった場合は、第二の呪文を詠唱することになる。

 

「──汝は、実存と真実の神の名HELIORENによって呼び出される。

それ故に、我が命令を終わりまで果たせ

そして我のためにだけ従い、目に見える様に、好意を持ち

どの様な不明瞭さもなしに理解出来るはっきりとした声を以って我に語りかけよ」

 

 なので、これで召喚されてくれ。 と願いながら、最後の一節を唱えたものの

肝心の「バシン」は現れてくれずじまい。 なのでもう一度、第一の呪文を詠唱してみるが

その結果は変わらなかった。

 まァ、呼び出せなかったのなら仕方がない。 気を取り直し、第二の呪文を詠唱していく

この呪文でも呼び出せなければ、その時は、召喚を強制する呪文を唱える必要がある。

 

「──故に、汝よ来たれ。 

目に見える様に、穏やかに、そして好意を持ち。

直ちに、遅れる事なく、我が望む通りにし、はっきりと正確な声を以って。

明瞭に、我が理解出来る様に話せ」

 

 しかし、第二の呪文を以てしても、バシンを呼び出すには至れず

強制の呪文まで唱えることに成る。 まだ、後があるとはいえ、正直、芳しくない状況だ。

 時間的なこともあるケド、それより、呼び出せるかどうかが不安になってきた。

 

「──そして汝が、我が意思を果たすために。

この円の前へと速やかに来て、姿を現さないのであれば、我は炎と硫黄の湖の中へと

永遠の火を以って汝を束縛する! それ故に、汝よ、来たれ!

聖なる名ADONAI、ZABAOTH、ADONAI、AMIORANによって! 汝よ来たれ!

汝を支配するADONAIによって!」

 

 その不安も、強制の呪文が不発に終わったことで、急激に現実味を帯びていく……。

つーか、本格的に後がなってしまった。

 この呪文が失敗した場合。 悪魔は、四方の王により別の場所へと送られているらしく

残る「王の呪文」を用い、悪魔を支配下におく四方の王に対して

召喚しようとしている悪魔を、俺の元まで送るように命じなければならないのだ。

 もしも、この「王の呪文」まで不発に終わってしまったら

召喚が失敗ということになってしまう。 ──ケド、まだ失敗と決まったワケじゃない!

 

「おお、汝、偉大にして、力強き、強大なる王AMAYMON!

東方の支配地における地獄の軍勢の上級から下級に及ぶ

全ての霊の上に立つ至高の神ELの力によって支配を受ける者よ!

我は汝に強く求め、そして命令する──っ!」

 

 王の呪文は。 ソレ単体では、なんの効力も発揮せず

この呪文を3回唱えた後、改めて、第一の呪文、第二の呪文、そして強制の呪文と

唱え直して初めて意味を成す形となる。

 

「──我が全ての要求に対し、完全に偽りなく、そして忠実に答える事を強制せよ!

天空。 大気。 地上。 そして地獄の万物を創造し

定める者、神ELの力を通し、汝が適切と考える知識と力によって! 

我が、我が意思。 そして願望を成し遂げる事が出来る様に!」

 

 王の呪文を唱えきり、それを3度繰り返した俺は

改めて第一の呪文、第二の呪文、強制の呪文を続けざまに詠唱していく

そして、強制の呪文を唱え終えた。 次の瞬間、三角形の内側にフッと何かが現れた。

 

「……こいつは驚いた。 真逆、召喚されたのか? 私は」

 

 どっかのMS乗りよろしく、目元だけを隠す仮面をかぶっている、礼装を着た金髪の男。

もしかしなくても、コイツが「バシン」なんだろうか?

なんか、本に書かれてたのと見た目と違ェし……。

 でもまァ、この悪魔がバシンだったとしても、そうでなかったとしても

悪魔が召喚されてしまった以上、やるべき事だけはやっておかなければならない。

見た目てきに悪魔かどうかも怪しいが、だとしてもである。

 

「見よ! 汝が従う事を拒絶した時の汝の困惑を!

見よ! 我が場所、汝の目の前にあるソロモンのペンタクルを!」

 

 俺は驚くのも後に、羊皮紙に描いた六芒星をバシン(仮)へと突き付けながら

召喚者の望みと命令を果たすよう、悪魔を服従させる呪文を唱える。

 

「……」

 

 召喚に成功し、悪魔的なモノを呼び出すことが出来たにも関わらず

さっきから喜びはおろか、驚きだとか、感動だとか、そういった気持ちが全く湧いてこない

混乱してるのとも違う、頭が真っ白になってるのとも違う。 不可思議な気持ち

 目的を達成したことは数あれど、こんな気分になったのは初めての経験(こと)だったが。

うん、悪くない気分だ。

 

「……取り敢えず、名前を聞かせてくれないか?」

 

「私の名はバシンだよ」

 

「召喚者を、魔界に連れ行くこともあったそうだけど。 それは本当か?」

 

「ああ、本当だとも」

 

 とはいえ、何時までもそーしてるワケにもいかないので

呪文が効いてるかどうかの確認がてら、「バシン(仮)」改め「バシン」に質問を投げかける

 

「なら、俺のことを魔界に連れて行けるか?」

 

「それが、召喚師様の願いとあれば。 ──と、言いたいところではあるんだが

残念ながら、その願いを叶えることはできない」

 

「……どういうことだ?」

 

「実の所。 今の私は、魔界ではない場所で顕現させられている身でね。

繋がりの切れてしまった魔界へは、召喚師様を飛ばして差し上げることが出来ないのだよ」

 

「……そっか」

 

 魔界には行けない。 

 魔界に行きたい一心から、なんとか、悪魔の召喚まで漕ぎ着けたというのに

その結末がコレじゃあ、あまりにも、あんまりじゃないか……っ!

 

「分かった」

 

 じゃあ、どうする? ──そんなの決まってる。 今、決めた。

 魔界に行くのは諦めて、何処か、別の面白い場所に行こう。

行けもしない魔界にこだわって、何時までも手を拱いているよりか、その方がずっと良い。

問題があるとすれば、何処に行くかだ……。

 何時でも行ける国内は論外。 海外は面白そうだけど、何所に行きたいか決まってないし

どうせ行くなら、ちゃんと調べてから行きたい。

他には、無いか? すぐにでも行きたくなる、面白おかしく過ごせそうな場所は──っ!

 

"今の私は、魔界ではない場所で顕現させられている身でね。"

 

 ……なんだ、ちゃんとあるじゃないか。

 魔界に匹敵するかもしれない、面白そうな場所が!

 

「善くぞ来た! 悪魔バシンよ、おお、最も気高き王よ!

我が彼、天界、地上、地獄、そしてそれらに含まれる全てを創造した者を通して汝を呼び

そして汝が服従した故、我は汝に歓迎の意を示す!」

 

 新しい目的地は決まった。 後は、バシンに連れて行ってもらうだけなので

願いを叶えてもらう為の呪文を詠唱していき

 

「──ソロモンのペンタクルを以って我は汝を呼び出した! 我に真実の答えを与えよ!

バシンよ! 俺を、お前が顕現されている世界へと連れていけ!」

 

 詠唱を終えるのと同時に、自分の願いをバシンへと伝える。

 悪魔が顕現している場所なら、きっと、俺を満足させてくれるハズだから!

 

「か・し・こ・ま・り・ましたァアア!

召喚師様一名、お運びさせて頂きましょう! ナンセンスに彩られた、転倒世界へと!」

 

 大袈裟な口調で、バシンがそう言った次の瞬間。

視界が暗転し、その視界が戻った時、其処には驚きの光景が──。 驚きの、光景が──。

 

 

 

 

 んーーー……。 変な夢、見ちまったなァ……。

 

 こっちに来てから、毎日を面白おかしく過ごしてたのに

真逆、今さらになって、こっちに来る時の夢を見るとは思わなかった。

 そりゃ確かに、記念すべき日であることには違いないケド。 それだけでしかなく

今日までの日々に比べれば、夢に見る程、面白いことがあったワケでもない。

なのに何故、その日を夢に見たのか?

 そんなことを考えながら、けたたましく鳴っている目覚まし時計を止め、布団を畳み

朝のルーティン・ワークを済ませていく

 

 こっちに来たことは、後悔なんかしてないし……。

もしかして、思ってないだけで。 向こうの世界に対して、未練を感じてるとか?

いやいやいや、それは駄目だ。 ソレは良くない。 未練とか、百害あって一利もないのに

 

 その結論だけは認めない。 認められない。

だから、夢を実現させるためにも、それ以外のナニカであるということにした。

とはいえ、寝起きで気持ちを切り替えるのも難しく。

これから暫くは、もやもやした気分のまま過ごすことになりそうだ。 ……憂鬱である。

 

 はァ、学校行こ。

取り敢えず学校に居けば、何か起きてくれるかもしれねーし

 

 学園の居住区に住んでいる俺は、もっと遅めに登校しても良いんだケド。

このまま此所に居ても、気分が晴れることは起きなさそうなので

さっさと学園に行ってしまうことにした。

 

 教室に着いたら、まずは、そうだな。 どーせ、まだ誰も登校してきてねぇだろうし。

黒板に落書きでもしてようかな。 気晴らし程度にはなるかもしれない。

 

「おーーーい! そこのヒトーーーっ!」

 

「un?」

 

 そんなことを考えながら、校舎に向かって歩いていたら

なんか、後ろから呼ばれた気がしたので。 足を止めて振り返ってみる。

 すると其所には、俺と同じく「万魔」の制服を着た。 綺麗な銀髪に、長い耳をもつ女性

所謂、エルフさんが立って居り

 

「俺?」

 

 確認に自分を指差してみれば、向こうも首を縦に振ってくれた。 

 彼女の顔に見覚えはなかったケド、取り敢えず、用事があることには違いなさそうなので

取り敢えず、その場で踵を返すと、エルフさんの元に向かって行く。

 

「なに?」

 

「うん。 ハイ、コレ。 財布、落としてたよ」

 

「なんっ!?」

 

 彼女の元まで行ったら、エルフさんは素っと、見覚えのある財布を差し出してきた。

 その財布は俺が持っていたモノと同じで、慌ててポケットをまさぐってみれば

ポケットに入れていたハズの財布がなくなっていた。 

真逆、サイフを落としてたことに気が付かなかったなんて。 不覚である。

 

「えーーーっと、ありがとう」

 

 それにしても、エルフを間近で見るのは初めてだな。

というか、エルフ自体が少ないのかね? 出会ったエルフも彼女が初めてだし。

 まァそれは兎も角として、ゲームや漫画とかでよく云われてる通り。

やっぱり、その容姿は美人と言えるモノだった。

 

「? どうしたの?」

 

「いや、エルフの人って、やっぱり美人なんだなァと」

 

「え!? えーーー……と、どうも」

 

 なので、素直な感想を口にしたら、おかしいかな。 

「美人」だなんて、言われ慣れてるだろうエルフさんは、何故か思いっきり照れていた。

 気まずい空気が漂う状況。 何時もなら早々に退散してるところだが──

都合良く、状況の変化を願ってたとこだったので。 もう暫くは、この成り行きに任せよう

 

「……」

 

 「しかし」とゆうか、まァ「やっぱり」とゆうべきか。

お互い初対面で、しかも異性が相手ともなれば、話せる話題なんてモノはなく

ただ見合うだけの状態が続いてしまう。

 この状況をなんとかしないことには、文字通り、話にもならないだろうから

まずは、この状況をなんとかする必要がある。

 

「あーーー……、そうだ。 名前、訊かせてもらっても良い?

俺、外城・縁(トジョウ・エニシ)ってゆーんだけど」

 

「あ! うん。 私はボーイズ・L(レオニドヴィッチ)・パステルナーク」

 

「ボーイズ、レオニド──。 なに?」

 

 取り敢えず、自己紹介をしてみたんだケド。

エルフさんの名前はやたら長かった。 正直、この長さは予想外だ。 どうしよう?

 

「ははは……。

いいよ。 言い難かったら、パステルナークで」

 

「そう? じゃ、遠慮なく。 宜しく、パステルナーク。

──あ! 俺のことは「外城」でも、「縁」でも、どっちでも好きな方で呼んで良いから」

 

 そんな考えを察してくれたのか。 パステルナークがそう言ってくれたので

素直に乗っからせてもらうことにする。 そのついでに、自分の事を補足しておく

そうすれば、向こうも同様に悩まなくて済むだろうし。

 

「うん。 こちらこそ宜しく、縁(エニシ)」

 

 ──とまァ、そんな具合に、自己紹介はつつがなく終わった。

 それじゃあ次は、趣味と実益を兼ねたことでも訊いてみましょうかね。

 

「俺は見ての通り。 ──は、此所じゃアテにならないっけ? まァ、いいや。

この通り、何の変哲もない。 ただの人間種なんだけど。

パステルナークは、なんて種族だったりするんだ? やっぱり、エルフ種なのかな?」

 

「そうだけど、何で?」

 

「うん、いや。 ただの確認かな?

だってホラ、此所って、色んな種族が居るじゃん? だから、知ってる特長があっても

もしかしたら、違うかも知んないから。 ちゃんと訊いて、確かめることにしてるんだよ」

 

「ふーーーん」

 

 拙い話を交しながら、パステルナークと校舎に向かって歩いて行く。

彼女とはクラスが違うので、凝った話は出来ないケド、それぐらいで丁度良いと思う。

まだ初対面だし、次の取っ掛かりに出来れば十分である。

 

「それじゃ、私はこっちだから」

 

「おう、またなー。 今度は、もうちょっと話すこと考えとくわー」

 

 教室の手前。 手短に別れを済ませると、パステルナークは教室へと入って行く

 悪い人じゃなさそうだし、折りを見て、また話してみたいかも。

召喚される前に居た世界の事とか。 尋けるんなら、聞いてみても良いかもしれないな。

きっと、ファンタジー的な世界だったに違いない。 

 

「うぃーーーっす」

 

「おーっす」

 

「よう」

 

 挨拶しながら教室に入ると、先に来ていた二人のクラスメートが返事をくれた。

 甲羅が無くて、手と足の長い河童の吐噶喇・奄美(トカラ・アマミ)に

呂布の兜飾りのような触覚を伸ばす、甲虫みたいな関節をした「カミキリ虫」の妖怪人間。

天牛・胡麻斑(テンギュウ・ゴマダラ)。 

この二人とは友人であり、鎮伏屋(ハンター)でもある。 だから──

 

「なぁ、外城(トジョウ)。 今、胡麻斑と怪異"塗壁(ヌリカベ)"の退治に行こうか。

って、話しをしてたんだケド。 どうする? お前も乗るか?」

 

「乗る乗る!」

 

 そんな二人から、こんな話を振られてしまったら

例え自分がペーパーでも、貧弱な人間種だったとしても、返す答えは一つしかなかった。

 

「イ号?」

 

「ハ号。 イ号とか、危険すぎてやってらんねーって」

 

「戦えなくもないだろうが、リスクの方が大き過ぎるしな。 

死んでしまったら元も子もない。 それに、イ号だとオマエが真っ先に死にかねんぞ?」

 

「だよねー」

 

 危険度の一番低い「ハ号」の怪異ですら、力のない人間の手には余る存在なのだ。

それなのに、危険度が一番高い「イ号」に挑むとか。 ただの自殺行為としか思えない以上

見てみたいとは思っても、まだ、会ってみたいとは思えない。

 

「それにしても、塗壁(ヌリカベ)かーーー。

塗壁ってアレだろ? 壁に手と足が生えた感じの妖怪」

 

 鬼太郎を見てたので、別段、目新しさを感じない妖怪といえるケド。

目てたのはアニメ、実物を見るのは初めてだから問題ない。 寧ろ、問題は別にある。

 もしも、アニメ通りの塗壁だった場合。 石みたいな身体をしてるワケだから

怪異と戦う時に備えていた得物。 銀のナイフが、通用してくれるか分からないことだ。

 

「イヤ、そんなんじゃなかったぜ?

なんてゆーか、でかくて、目が三つあって。 毛のない犬みたいな感じだったぞ」

 

「マジで!?」

 

「あぁ、マジマジ」

 

 そんなことを考えていると、吐噶喇(トカラ)が塗壁(ヌリカベ)のことを教えてくれた。

 記憶の中にある塗壁とは、似ても似つかなかったが。 吐噶喇が嘘をつく理由もないので

きっと本当のことなんだろう。 ──まァ、姿が違ってくれた方が面白いから。

それで良い、というか、それが好いぐらいだ。

 

「それはそれとして、賞金の分け前は如何(どう)する?」

 

「ん? 適当で良いんじゃねーか?」

 

「どーせ、俺は戦力外だろうし……。 イヤ、そりゃ、出来るだけ頑張るけどさ。

その辺のことは、二人に任せるよ。 タダじゃなきゃ良い」

 

 怪異と関われるだけでも十分。 ──と、言いたい所ではあったが

ソレ以外のことも楽しむためには、何かとお金が必要なのだ。 なので、貰えるのなら

少しでも良いから、貰っておきたいのである。

 

「おーっす」

 

「よぉーっす」

 

 などと話していたら、また一人。 教室にクラスメイトが入ってきた。

すると、それを皮切りにして、他のクラスメイトたちも次々と教室にやってくる。

 その頃にもなると、朝起きた時の憂鬱さは何処かへと消えており

今日とゆう一日も、面白可笑しく過ごせそうな気分になっていたのだった。

 

 

 

 今日の授業が終わった後。 戦う前に、塗壁(ヌリカベ)の事を色々探ってみようと

大図書館に来たワケだが。 鵼(ヌエ)の時とは違い、文献探しに四苦八苦することはなく

すぐに必要なだけの、文献を見つけることが出来た。

 ──塗壁。

目に見えない壁として現れ。 前に進めなくなり、横をすり抜けることも出来ず

蹴飛ばしても、上の方を払っても何も起きないケド。 下の方を棒で払えば消えてしまう。

他にも、タヌキが陰嚢を広げてる説もあったが。 こっちは怪異の塗壁とは関係なさそうだ

 

「調べた感じ、そんな強そうじゃないな」

 

 兎も角、之ぐらいなら、完全な足手まといにはならないだろう。

そう結論付けた俺は、広げていた本を元の場所に戻して、教室へと戻ることにした。

 

「虫も妖怪化する世の中だよ?

人面犬だって、居ても不思議じゃないじゃんーーーっ!」

 

「イヤ、私が調べてみたところ。

その辺りにも、法則みたいなモノがあるみたいなんだよ。 そうだな、たとえば──」

 

 そんなワケで、教室まで戻ってきた俺を迎えてくれたのは

光前寺(コウゼンジ)による、獣が妖人になる過程とゆう。 面白そうな講義だった。

 彼女がゆうにはまず、人語を話すように成った後。

尾を補助に、二本足で立てるように成り。 人の真似に服を着て、最後に人間の顔に化け

人間の市井で遊ぶとのことらしい。

 

「獣が人間に化けるまでの手順は、多くの場合こんなカンジで

親が妖怪化した妖人なら、その子供は、スムーズに人に化ける事が出来る──。

って、昔、ウチのオヤジが言ってたよ」

 

「へぇーーー……。 

もっと、簡単に化けてるもんだと思ってたケド。 結構、手間隙掛かってたんだな」

 

「まァね。 人間に化けてる時でも、自分の「人型」が崩れないように妖力使ってるし

集中もしてるケド。 慣れたら自然に、無意識でも保てるから

別に、手間隙って程じゃないよ」

 

「なるホド」

 

 思いがけず、面白いことを聞けてしまった。

だから、光前寺(コウゼンジ)との話しは好きなのだ。 何時も、面白い発見がある。

 化けてる時の感覚なんて、人間の俺には、一生掛かっても分からない感覚なんだろうケド

それでも、またアイツと遇った時には、良い話のネタに成ってくれることだろう。

 

「つまり、犬面人はいるけど

人面犬は手順が逆だから、存在するのはオカシイって事れすか?」

 

 光前寺との話が一段落したら、今度は、魔魅(マミ)から光前寺に話を振ってきたので

さっさと頭を切り替えて、二人の話に耳を向けることにした。

 

「だって、行動原理的に考えてもオカシイだろ?

顔だけを人間に化かした所で、何すんだよって話だよ」

 

「それでも、いるかもしれないじゃないれすか。

例えば、生まれた時からそうだった……。 とかれす」

 

 意外に鋭い魔魅の指摘を受け、光前寺にも思う所があったらしく

言葉を飲み込んで、何やら考え込んでしまうが。 すぐに口を開いた。

 

「なるホド。 牛や人間が稀に生む、人面牛『件(クダン)』の例か……。

その手の突然変異体の可能性は、考慮してなかった。 ──確かに、そういうことなら

人面犬も居ないとは言い切れない、か」

 

「しかし……。 今回の人面犬が、その『件』の例だとするなら

『火を吐いた』って事の説明が付かんな」

 

「えっ!? なにソレ!? 人面犬って火ィ吐けんのっ!?」 

 

 今明かされた衝撃の事実に、思わず驚きの声を零してしまった。

 というか、よくよく考えてみれば、なんで人面犬の話しなんかをしてたんだ?

 その理由を、俺だけが知らない……。

 

「うん。 あぁ、なんでも

昨日の夕方ぐらいに、不思議町で『人面犬』が出たらしくてな。 ホラ」

 

 なるホド、だから「人面犬」の話題で盛り上がってたのか。

昨日の今日だし、探しに行けば遭遇出来るかな? 場所も、そう遠くない所みたいだし

 

「あ。 そーいえば、外城の人。 昨日の箱は開いたのれすか?」

 

「un? あぁ、そういやスッカリ忘れてた」

 

 魔魅(マミ)に尋かれて、箱の事を思い出した俺は、鞄から黒い箱を取り出してみせる。

 誰かに開けてもらうつもりで、学校まで持って来たというのに

今朝は色々あったせいか、正直、箱をどうこうする気分になれなかったらしく

今の今まで、箱のことをスッカリ忘れてしまっていたようだ。

 

「なんだ、その箱?」

 

「昨日から、開かないのれすよ」

 

「ふーーーん。 ちょっとかしてみろ」

 

 言われるがまま、箱を光前寺(コウゼンジ)に手渡すと

彼女は箱にあった隙間へ指を入れ、力一杯箱を開かせようとした。

俺の力じゃ開けられなかった方法でも、光前寺なら、あるいは開けられるかもしれない

 その考えは、すぐに証明される。

 光前寺によって、勢いよく箱が開かれた次の瞬間。

箱の中に入っていた何かが飛び出し、俺の顔に張り付いてきたことで──

 

「おぶ!?」

 

「あ!? スマン! 大丈夫かーーーぁ」

 

「ああ、うん。

ちょっと驚いただけ。 ……なぁ、今、俺の顔に何が張り付いてる?」

 

 だからだろう。 視界が狭く、やたらと息苦しかったりするので

取り敢えず、張り付いてるモノを剥がそうとしたのだが。 どんなに強く引っ張ってみても

顔に張り付いたモノは、顔の肉から引き剥がすことが出来なかったのである。

 

「面が付いているが。 どうした?」

 

「……うん。 いや、なんかさ。

全っ然! 外れねーんだけど、面(コレ)ェエエエ!」

 

 兎も角、自分の手に余る事態なのは確かであり

俺は事態の解決を図るべく、今、自分の身に起きていることを伝えるのだった。

 

 

 

「うーーー……ん。

これは「肉付き面」かなにかか? いや、違うな。 「肉付き面」は"鬼女"面だし」

 

 それから何度か、顔に張り付くオカメ面を外そうとしてみたものの

スキマがあるにも関わらず、外すことは出来なかったので

その様子を見いた光前寺(コウゼンジ)も、どうしたものかと頭を悩ませている。

 

「どうすれば、取れるのれすかね?」

 

「この"オカメ"面のいわれが解れば、対処のしようがあるかもしんないけどな。 

なぁ、この黒い箱。 どうしたんだ?」

 

「ああ、うん。

光前寺と別れてから、降ってきたんだよ。 昨日、空から」

 

「私と別れてからって事は「不思議町」か。 ──てか、何だよ。 空からって」

 

 本当にそうなんだから、仕方がない。 俺に聞かれても困る。 

 それにしても、コックリさんの時の除霊に引き続き。 まぁた、見て楽しむ当事者かよ。

でもまぁ、今回は吐噶喇(トカラ)に写真撮ってもらったし、意識も残ったままだから

前回よかマシだけどさーーー。

 

「おーーーっと? 待て待て? 

なぁ、外城(トジョウ)。 それって、何時ぐらいの事だったか覚えてるか?」

 

「うん? いや、そうだな。

あれは、確か、えーーーっと、何時ぐらいだったっけかな?」

 

 そんなことを思いながら、今回の出来事を「面白かった」と言えるようにするため

自分の知ってる事を、光前寺(コウゼンジ)に伝えていると、吐噶喇が話しに食い付いてきた

 しかし、そんなことを尋かれた所で

時間のことなんて、いちいち気にも留めてない俺には、答えようがなかった。

 

「──「つらら屋」のタイムセールが十八時だったから。

多分、それぐらいだったんじゃないか? で、なんだ? 時間がどうかしたのか?」

 

 それでも、なんとかして、必死に思い出そうとしていると

そんな俺に代わり、光前寺が答えてくれた。

 

「いや、な。 その面に直接関係はねーんだけど

昨日の人面犬騒ぎで「十八時頃の不思議町。 カバンなどの入れ物を狙う」って事ぁーよ?

この人面犬、その箱を探してたんじゃね?」

 

「……フム。 ありえなくはない。 ってか、そーかもなぁ」

 

「なるホド、てーことは」

 

「外城(トジョウ)の人が、人面犬に狙われる可能性が高いとゆう事れすね」

 

 人面犬の話しから、お面の話しになって、また人面犬の話しに戻ると

 コックリさんの時と違って、なんだか二転三転するなぁ……。

二度あることは三度あるともいうし、もしかすれば、もう一度ぐらいは変わるかも?

 

「結構、余裕あるのな」

 

「そりゃ癖付けてるからね。

どんなに悪い状況だったとしても、絶対、その状況を楽しめるように。 って」

 

 恐くても、笑って楽しむ。 哀しくても、笑って楽しむ。 苦しくても、笑って楽しむ。

それが出来ないと、俺の夢は、文字通り「夢のまた夢」になってしまう。

 

「ふーん。 ……まぁ、そもそも。

オマエが箱なんか拾わなきゃ、こんなことにはならなかったんだけど

それでも、箱を開けちゃったのは私だからね。 一応、取れるようには協力するよ」

 

「魔魅も手伝うのれすよー。 

外城の人が、そんな顔してるれすと。 なんか、落ち着かないのれす」

 

「あ、それわかるかも! だからってワケじゃないけど、私も手伝うから! 

ここで帰っちゃうホド、薄情じゃないんだからね! 私!」

 

 光前寺(コウゼンジ)と、魔魅(マミ)と、久木(ヒサギ)の三人が

三者三様の理由から、面を外すのを協力してくれると言ってくれた。

 その時、不思議なことが起こった。

 

「指輪が!?」

 

「魔魅の五百円!」

 

 光前寺、魔魅、久木の指がそれぞれ、引き寄せあうように集まったかと思えば

彼女たちのはめていた指輪が消え、入れ替わるように、彼女たちの指先へと五百円が現れる

 そしてそのまま、彼女たちの指を乗せた五百円が床に落ちると 

その下には、何時の間にか「こっくりさん」の回答紙が敷かれていたのだった。

 

「──なぁ、"こっくりさん(ソレ)"で"オカメ面(コレ)"のこと解らないか?」

 

 何が起きたかは分からんけど、取り敢えず、折角出てきてくれたんだから

有り難く使わせてもらわない手はない。 昨日確かめた限り、その効果は折り紙付きだしな

 

「フム。 ……まぁ、何の手掛かりもないまま

闇雲に探しまわるよりはマシか」

 

「それじゃあ、さっそく聞いてみるのれすよー」

 

「そーだねー。 じゃあ、こっくりさん。 こっくりさん。

外城の顔に張り付いた面は、どうすれば外れてくれるんでしょーか?」

 

 そうゆうと光前寺(コウゼンジ)たちは、こっくりさんにオカメ面の事を尋き始めたので

俺たち男連中は、回答紙へと視線を向けた。

 すると、変化はすぐに訪れた。 光前寺たちの指を乗せた五百円がすっと動きだし

回答紙に書かれている文字を、一文字ずつ示して言葉にしていく

 「いとしいあのひとにあいたい」に始まり、魔魅(マミ)がその詳細について求めると

今度は「ひょっとこさま」と示される。

 

「あーーーぁ! なるホド、そうゆうことか」

 

 その二つを見て、合点のいく所があったのだろう。

光前寺が納得したような声を上げた。

 

「どうした?」

 

「うん。 "オカメヒョットコ"って言うのは、よく夫婦者として演じられる面なんだケド。

その"ヒョットコ"の語源は「ヒョウトク」とゆう。 

「火男」とか「竃仏」とかゆわれる「竃神」だ。 ──って、一説もあるんだ。 だから」

 

「つまり、火を吹く人面犬の正体は──。 

ヒョットコの面を付けた。 ただの「犬」ということか?」

 

「その可能性が高いだろう、な──っ!?」

 

 事の真相に辿り着いた、次の瞬間。 もう必要ないと言うことだろうか?

 光前寺(コウゼンジ)たちの指が、弾かれるように五百円から離れると

其所にあった五百円は、こっくりさんの回答紙と共に、何処かへと消えていってしまい。

それと入れ替わるようにして、彼女たちの指には、消えた指輪が戻ってきていた。

 

「じゃあ、その犬が付けてるヒョットコの面と

オカメ面を引き合わせれば、外城(トジョウ)に張り付いてる面も外れてくれるって事?」

 

「多分な。 ──まぁ、ある程度は状況も把握できたし

取り敢えず、その箱が落ちてきたってゆー所まで行ってみるか」

 

「良いのか? 道、違うだろ?」

 

 久木(ヒサギ)の疑問に答えると、光前寺はそう言葉を続けながら

下校の支度を整え始める。 そりゃまあ、手伝ってくれるのはありがたいケド

無理に手伝ってもらおうとは思わない。

 

「良いよ。 ──まだ何があるか解らんし、最後まで付き合うよ」

 

「そっか、ありがとうな」

 

 光前寺(コウゼンジ)がそうゆうなら、俺から言うことはお礼の言葉だけである。 

 そんなワケで、俺たちは不思議町へ移動する事になったが

天牛(テンギュウ)は家の用事で、吐噶喇(トカラ)は大姉ちゃんに呼び出されたとの理由から

それぞれ、同行を辞退していった。

 

「──さて、どうする? また歩いて行くのか?」

 

「今日は、手も塞がってないし。 私は自転車のつもりだけど?」

 

「自転車かーーー。 走れば、なんとかなるかな?」

 

 移動手段を買ってなかったことが、真逆、ここにきて裏目に出るとは思わなかった。

 やっぱり、自転車ぐらいは買っておくべきかなぁ……。

 

「外城(トジョウ)の人。

走るのれしたら、魔魅が不思議町まで乗せてってあげるのれすよ」

 

「はい?」

 

 自転車の購入について考えていると、魔魅(マミ)がそう申し出てきたのだが

さっぱりワケが分からない。 どこをどうすれば、魔魅の小さくて華奢な体に乗れるんだ?

──ああ、いや。 違う、間違えた。 こんなナリでも、コイツは妖怪。

人間の俺なんかより、ずっと力強いんだった。

 

「BEAST MODE」

 

 しかし、魔魅(マミ)が次にとった行動は、そんな考えの斜め上をいったのである。

 帽子の鍔で顔を覆ったかと思えば、なんとゆうことでしょう。

小さかった女の子は一瞬にして、巨大な獣へと姿を変えてしまったのです。 

匠も吃驚、劇的すぎるビフォーアフターだよ。

 

「スゲーな」

 

「おどろいたのれすか?」

 

「ああ、うん。 スゲー驚いた

真逆、変身するなんてなぁ……。 予想出来たことなのに、完全に予想してなかったわ。

どーなってんだ?」

 

「外城の人、一びっくり!

魔魅はれすね、この"一目二角帽"で変化出来るのれすよ」

 

 ホント、次から次へと面白い発見が起きるね。 此処は──ぁ、毛は少し堅いんだな。

そんなことを思いつつ、俺と久木(ヒサギ)は魔魅(マミ)の背中に乗っていく 

 

「この帽子はれすね。 ウチの父が昔、"八百八狸"の総帥から貰った頭巾に

"二ッ岩四天王"の体毛を織り込んだ。 変化帽なのれす」

 

「……その帽子ってさ、俺が被っても変身って出来るのかな?

だとしたら、是が非でも被ってみたいんだけど。 軽い副作用なら、我慢するし」

 

「それは無理なのれす。 この帽子は、魔魅用に作られてるれすから」

 

「無念ナリ」

 

 変化、面白そうだったんだけどなぁ……。

まァ、いいか。 此処なら、魔魅の帽子だけが手段ってワケじゃなさそうだし。

そうだな。 試しに明日、先生にでも尋いてみようかな? 図書館は──、その後で良いか

 

「オイ、話はその辺にして、そろそろ行くぞ」

 

「それじゃあ、行くのれす!」

 

 次の瞬間。 俺は初めて、風になるとゆう感覚を体感するのだった。

 

 

 

 そんなワケで、やってきました不思議町。

 速度がついていた魔魅(マミ)の体は、ブロック塀を粉砕したことで止まってくれたケド

やはり無傷で済まなかったようで、その額と鼻から血を垂らしているし

 久木(ヒサギ)はとゆうと、俺にしがみつきながら放心していた。 

 

「オイ、大丈夫か? 色々と」

 

「ああ、スゲー楽しかった」

 

 そして、光前寺(コウゼンジ)のヤツはとゆうと

同じぐらいスピードを出してたにも関わらず、壁にぶつかることなく停止してみせた。 

 

「んじゃ。 まずは、この辺を一回りしてみるか」

 

「そうな。 ──久木(ヒサギ)。 

もう大丈夫だから、ホレ、さっさと起きれ。 しがみつかれてると歩きにくいんだから」

 

 取り敢えず、ヒョットコの面を付けた犬を捜し始めたワケだが

今も動き回ってるだろう、一匹の犬を捜し出す方法なんて

兎に角、町の中をしらみつぶしに捜す他なく。

 何の成果も出せないまま、ただ、時間だけが無情に過ぎていった……。

 そんな時だった。 頭にタオルを巻き、顔に墨を入れたオッサンが話しかけてきたのは

 

「オゥ! ちょっといいか?

ここいらで人面犬か、黒い箱を見──たねぇ。 その面、箱に入ってたのだろ?」

 

「……この面、アンタのなの?」

 

「うん。 まァ、それは「面霊気」とゆう

古くなって、霊の宿った「付喪神」の一種でね。 ある場所まで、届けようとしたんだが

その途中、問題が起きてしまってね。 どこ行ったのかと探してたんだよ」

 

「その面、外れないんだよ。 ソイツの顔に張り付いて」

 

 人面犬は見つからなかったが、その代わりに、面の関係者に遇うことになるなんてな。

 それを渡りに船とばかりに、光前寺(コウゼンジ)は、オカメ面の事を尋いていく

 

「うーーーん。 

ちょっと待ってて、今、知り合いの祓い屋呼んであげるから」

 

 すると何故か、面を外してもらうことになった。

 俺としては、ヒョットコの面とオカメ面を引き合わせた時

どんなことが起こるか見たかったんだけど、仕方がない。 人面犬は人面犬で楽しむかー。

などと考えながら、不っと辺を見渡していると、久木(ヒサギ)に迫る炎が目に入る

 

「久木ィイ!」

 

「え──っ!?」

 

「なっ!?」

 

 思わず声を上げてしまう。 此所からじゃ、間に合わない。 それでも、身体が動く。

久木の体を炎から逸らすことも、久木と炎の間に割って入ることも! 全てが、届かない!

 最悪の光景が頭に映る。 ああ、そんなの駄目だ。 そんなモノは見たくない!

求めてすらいない──っ!

 

「きゃ!?」

 

 心の叫びが届いたのか、久木(ヒサギ)に炎が当るよりも早く

 白い猫が久木の顔へと飛びつき、彼女は体勢を崩して倒れ込んでしまう。 だがしかし

そのお陰で、彼女は炎に襲われずに済んだ。

 

「ふぅ」

 

 こんなスリルを味わったのは初めてだけど……。 ただ疲れただけだし、二度目はないな

まだ、心臓がドキドキしてるし。

 それよりも、だ。 一体、誰がこんな真似しやがったんだっ!?

手前ェのせいで、危なく、俺の夢が暗礁に乗り出す所だったじゃねーか! とか

そんなことを思いつつ、炎が吹いてきた方に視線を向けて見れば

其所に居たのは、なんと、俺たちの探してた人面犬こと、ヒョットコの面を付けた犬だった

 

 あーーー……。 そういえば、火を吹くとか云ってたっけ。

さて、どうしたもんか──っ!? なにっ!? 顔、いや、面が引っ張られる!?

 

 図らずしも、出会ってしまった標的を前に、どうしたものかと考えていたら

顔に張り付いている面が、まるで、引っ張られるように動き出す。

見れば、ヒョットコの面を付けた犬も、俺の方へと向かって来ているのが分かる。

 次の瞬間、これまでにない強い力で引き寄せられ

俺に張り付いていたオカメ面と、犬に張り付いていたヒョットコの面が接触した。

 

「おっ! 取れた」

 

 途端、引っ張るような力は嘘のように消え、張り付いていたオカメ面が剥がれ落ちた。

蒸れていた顔に、風が冷たくて心地よい。

 どうやら、犬に張り付いていたヒョットコの面も外れたらしく

俺の足下に面を残したまま、何処かへと行ってしまった。

 

「そっちは大丈夫か? 特に久木(ヒサギ)」

 

「あ、うん。 ちょっと、手の平擦りむいちゃったけど。へーき

この子が助けてくれたからね!」

 

「そっか、サンキューな」

 

 取り敢えず、落ちていた面を拾い。 久木の状況を確認してみると

彼女は笑顔でそう返し、尻尾が二本ある白い猫を突き出してきたので

労いの意味を込めて、その頭を撫でてやる。

 それから、一応、面の関係者っぽいオッサンに、ヒョットコとオカメの面を返す。

 

「ハイ、これ。 ──返す、それなりに楽しかったから」

 

「いやーーー。 ありがとう、お陰で助かったよ。

あ、そうだ! 手持ちが少ないから、大した額を渡せないんだけど。 コレ、謝礼金」

 

「まいど」

 

「それじゃ、私はコレを届けないといけないから。 ここで失礼させてもらうね」

 

 面を受け取ったオッサンは、財布から参千円を抜き出し

ソレを俺に握らせると、足早にこの場から立ち去って行ってしまった。

 別に、謝礼を貰えるような事をしてないし、したつもりもなかったんだけどな。

でもまァ、貰えるモノを貰わない理由もないので、ありがたく頂戴させてもらうことにする

 

「……どうしようか? 取り敢えず、飯でも食い行く?

俺が奢るよ。 臨時収入があったのもあるケド、なにより、手数掛けさせちったしね」

 

 尤も、ソレを独り占めする気もさらさらない。

そもそもが降って湧いたお金だし、俺だけの正当報酬とゆうワケでもないのだから

 

「んーーー。 そうな」

 

「あ! じゃあさ、うどん食べに行こーよ!」

 

「いいれすね」

 

 そんなワケで、俺たちはうどんを食べに向かうのであった。

 

 

 

 


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