夢の道行振   作:チェシャ狼

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道行振(ミチユキブリ)
旅の日記。紀行。旅行記。
途上で行き合うこと。道中ですれちがうこと。


『彼の在り方・壱』──P.壱

 万魔殿学園大図書館。

俺が新たに通うことになった学園にある。 体育館2、3個ぐらいの大きさはある図書館だ。

それだけ広く、大きいとゆうこともあって。 この図書館には様々な本が置いてあり

この図書館を利用することを目的に、学園に入学するのも居るぐらいだとか

 

「よう」

 

 そんなわけで、図書館で広辞苑ばりに分厚い本と睨めっこしていたら

不意に声を掛けられたので、俺はその声の主が誰であるのかを確認するべく

半ば脊椎反射的に面を上げてしまう。

 

「おう」

 

 すると其処に立って居たのは、両二の腕の辺りにゴーグルを巻き付けた

尾てい骨辺りまで伸ばした後ろ髪三つ編んでる

白髪に、麻呂眉で、メガネの少女。 光前寺・保由(コウゼンジ・ホユ)だった。

 

「勉強?」

 

「そんな大層なものじゃねーですよ。 ただ興味が湧いたから読んでみようとしただけ

けど無理! やっぱ語源が根底から違うみたいでさ、どうしようもねーわ! お手上げ

和訳本とか辞書でもあれば、あるいは読めるかもだけどさっ!」

 

「フム、まァ無理だろうな。

異界から持ち込まれた本だろ、ソレ?」

 

「Yes」

 

 異界から持ち込まれた本。

 少し前なら、荒唐無稽の一言で済まされていた事だし

事実その通りだったんだけど──それも今は昔。 此処ではそんな荒唐無稽だったモノが

常用単語としてまかり通る程度に有り触れているのだ。

 なので、端から見ればこんなぶっ飛んだ内容の会話を交わしていたとしても、

今では別段珍しくもない、ただのありふれた日常会話の一つでしかないのである。

 

「なら、出身者を探すしかないだろうな。 尤も、もし仮にその出身者を探し当てたとして

其処に言語という文化が無ければ一緒だろうケドね」

 

「そうなんよねー。 でだ、光前寺はどうして此所に?」

 

「こっちも似たようなもんだよ」

 

 会話を終わらせるのも勿体なかったし、光前寺からは面白興味深い話を聞けることもある

それに加えて、少しばかり訊いてみたいこともあったので

会話を繋げる為に話を振ってみれば、彼女は抱えている本の背表紙をPanPanと叩きながら

そう言葉を返してくれた。

 

「勉強か?」

 

「真逆、似たようなもんだって言っただろ?

オマエが怪異とかを興味本位で触れ回ってるように、私は人間の歴史とか文化とか

あとは伝説なんかに興味があってね。 本を探しに来たんだけど、今日はもう帰る所だよ。

気になるモノも見つけちゃったことだしね。 んじゃ──」

 

「ちょ!? 待って!」

 

 手短に別れを済ますや否や、光前寺(コウゼンジ)の奴は踵を返し

そのまま立ち去ろうとしたので、俺はそんな彼女を慌てて引き止める。

 

「un? なんだよ?」

 

「いや、光前寺に訊きたいことがあるんだけどさ

帰り道。 途中まで同伴してもいいか?」

 

「フム。

──まぁ別に構わんケド、やっておきたいことあるから先行くな」

 

「おう、こっちも本片付けたらすぐ行くから。 最悪、教室で待っててくれ」

 

「ああ」

 

 光前寺から話を訊けると決まった以上、彼女を引き止める意味も理由も無い

其れどころか寧ろ、俺が本を片付け終えるまでの間。

待惚けを強いらせずに済んだのだのだから、彼女に用事が有ってくれて好かったとさえ思う。

──とは言え、光前寺(コウゼンジ)を待たせてしまったら元も子もなくなるので

俺は急ぎ本を片付けると、出来る限り速く教室に向かうのだった。

 

「──まァ確かに、教室で待っててくれとは云ったのは俺だけども

なんでまた「こっくりさん」なんかしてるんだ?」

 

 そんなこんなで教室まで戻ってみれば、光前寺はクラスメートの女の子たち──

やや尖った耳に勾玉のピアスを着けた、金髪ポニーテールの久木・初音(ヒサギ・ハツネ)と

一見して小学生と見紛うほど小柄な体格に、黒と黄の縞模様の角が二つ付いた帽子をかぶっている

二ッ岩・魔魅(フタツイワ・マミ)の二人と共に「こっくりさん」を興じていた。

 

「ああ、イヤ──」

 

「あれ? もしかして外城(トジョウ)、光前寺さんと約束しちゃってた感じだったりする?」

 

「だったりするけど、特に急ぎの話って訳でもなかったし

気にしないで続けちゃっていーよ、別に。 それにさ、こっちの「こっくりさん」なら──

本当に幽霊が出てきても不思議じゃないじゃん? だったら、何が起きるか見学してみたい!」

 

「外城の人は一緒にやらないのれすか?」

 

「un? うーーーん。 興味はある……ケド

いい具合に狐(こ)狗(く)狸(り)の三人で揃ってるんだ。

それで「こっくりさん」をしたら、何が起きるのかも気になるし──今回は遠慮しとこっかな」

 

 正直に言えば、こっちの「こっくりさん」をやったらどうなるのか?

元々「こっくりさん」自体にも興味はあったし、やってみたくはあったのだが──それ以上に

「狐人種」の「久木」「狗人種」の「光前寺」それから「狸人種」の「魔魅」を加えた。

「狐狗狸」の三人で「こっくりさん」をやるという。

洒落の利いた状況を邪魔したくなかった俺は、ソレを辞退して近くの椅子に腰を下ろす。

 

「とりあえず、狐狗狸ってのはアテ字だからな」

 

「マジで!?」

 

「そーらしーよー」

 

「そんなことより、そろそろ「こっくりさん」をはじめるのれすよ」

 

 不満そうな魔魅の催促を受け、久木と光前寺の二人は意識を「こっくりさん」へと向け直す

 俺も邪魔になるのは本意ではないので、こっちから話を振るような真似は止め

彼女たちの動向を観察することにした。

 楽しそうに「こっくりさん」を興じる彼女たちの姿は、何処からどう見ても人間にしか見えない

──しかし、彼女たちは列記とした妖怪化した妖人。 つまりは妖怪の子供。

 光前寺(コウゼンジ)曰く、妖怪獣人と呼ばれる進化した新人類なのだとか

 然しもの俺も、その事を初めて聞かされた時ばかりは

いくら「妖怪」や「悪魔」とかが闊歩する世界でも真逆と思った。 

──けど、額に大きなバッテン傷のある狸の頭。 黒い毛で覆われた人間みたいな大柄の身体。

いわゆる化け狸を自分の親爺だと、人間みたいな魔魅(マミ)に紹介されたなら

そんな疑念、何処かに消えていってしまった。

 

「スマン、ちょっとソレ取ってくれ」

 

「ん、どうしたんだ?」

 

 そんなことを考えていると、そう言いながら光前寺(コウゼンジ)が素っと腕を伸ばしてくる。

 なので、言われた通り彼女の手の先にあった一冊の本を取り

質問と一緒に光前寺へ渡してやる。

 

「よくある御決まりの展開になった。 ……イヤ、成る可くしてなったの方が正しいか?

どうにも「こっくりさん」の紙自体が曰く付きだったみたいでな。

──で、私はコイツらと行く所が出来た訳なんだケド、オマエはどうする?」

 

「断然、同行するよ。 面白そうだし」

 

「面白そうって、こっちは大変なんですけどーーー!」

 

 なにやら面白そうな事になっているにも関わらず、ソレをみすみす見逃すような真似なんて

勿体なくて出来るわけがなかったし、それに光前寺たちに附いていけば──。

もしかしたら、俺も事態に巻き込まれるかもしれないのだ。 であれば俄然、行く気が湧いてくる

 等と考えている間にも、彼女たちは「こっくりさん」の紙を指ごと本の方に移していた。

 

「で? この箱が納められてたっつー祠はどこにあるのさ?」

 

「西区の不思議町の方だよ」

 

「不思議町っていうと、夢見長屋とか白亜ノ森がある方だっけ?

──てか、祠ってなんだ?」

 

「どうすれば帰るのか? って聞いたら「こっくりさん」が「祠」って指示してきたから

取り敢えず、その「祠」に行ってみることにしたの!」

 

 結局、久木(ヒサギ)のいう「祠」が何の「祠」かは判らなかったが

何時までも気にするようなことでもなし、それよりも夢見長屋の方に行くのなら

折角だし、ことが済んだら「白亜ノ森」まで足を伸ばしても好いかもしれない。

 更にそんなことを考えながら、俺も光前寺(コウゼンジ)たちと一緒に下校するのだった。

 

 

 

 

「そういえばさ、私と魔魅は西区だけど……。

光前寺(コウゼンジ)さんと、外城(トジョウ)は何区に住んでるの?」

 

 「祠」に向かう道すがら。 ただ黙々と歩き続けるのに、そろそろ居心地の悪さを感じ始めた頃

同じように居心地の悪さを感じたのか? 唐突に、久木(ヒサギ)がそんな話を振ってくる。

 

「俺は万魔学園(バンマガクエン)にある居住区だけど

もう住んでる場所っつーよりかは、もうただ寝起きするだけの場所って感じになってるかなぁ」

 

「へーーー。 万魔学園に、居住区なんてあったんだー」

 

「居住区って言う割には、床は石造りでコツゴツするわ

部屋中に石の柱が立ち並んでて邪魔臭いわ。 明かりになるものが設備されてないわで

過ごし難いことこの上ない場所だぞ。 俺が来るまで使われてなかったのも分かる気がするよ」

 

 なんだかんだと訊かれたら、応えてやるのが世の情け。 ──とか、言う程のことじゃないし

聞かれてまずいことでもなかったので、俺は自分が暮らすことになっている場所。

万魔学園の居住区について愚痴らせてもらうことにした。

 

「なんか、凄いとこに住んでるんだねーーー。 光前寺さんは?」

 

「私は北区の方だよ。 阿僧祇町(アソウギチョウ)」

 

「阿僧祇? 犬啼寺(イヌナキデラ)の辺り?」

 

「ん? あ〜〜〜……。 そうな」

 

 光前寺が言い淀むなんて珍しい。 何か、思う所でもあるのだろうか?

……まあ仮に何かあるのだとしても、ソレが何か分からないことには

彼女からその話を引き出すのは難しいだろう。

 とまぁ、そんなことを話しながら歩くこと数分。

 小さな「社(ヤシロ)」までやってきたのだケド、これが久木(ヒサギ)のいう「祠」なのか?

 

「なんか、想像してたのと違うな。 これが「祠」なのか? 「社」じゃなくて?」

「うん。 イヤ、確かに「神を祀る」のは社も祠も変わらないけどね。 モノは結構違うよ。

神を祀る小規模な殿舎とゆう神道用語の「ホクラ」が、転じて「祠(ホコラ)」になったことに対し

「社」は、元々は宮殿に対してその代わりの斎庭(ユニワ)。

地を祓い清めただけの場や、少し進んで人家の形をしたのみの建物のことを「屋(ヤ)代(シロ)」と

そう言ってたんだ」

 

「なるホド、つまり「ヤシロ」は神を祀ってないのか?」

 

「いや、「社」の字をアテてからは、神をまつる殿舎とゆうように成ったから

今なら「社」も「祠」も、神を祀ってるという点において違いはないよ」

 

 俺の素朴な疑問に対して始まる、光前寺(コウゼンジ)の解り易いうんちくタイム。

 これがあるから、彼女と話すのはやめられないのである。

 

「そんなことより、これからどうすればいいのれす?

言われた通り「祠」まで来たのに、何も起きないのれすよ?」

 

「だよねー。 どーしよっか?」

 

「まァ、此処まで「こっくりさん」に誘導されてきたんだし

これからどうすればいいのかも、「こっくりさん」に訊いてみるしかないんじゃね?」

 

 しかし、現在進行形で「こっくりさん」の方が重要な久木(ヒサギ)たちにしてみれば

そんな事はどうでもいいと言わんばかりに、話題を「こっくりさん」に戻してまう。

 なので当事者じゃない俺は、仕方なく動向を見守らせてもらうことにした。

当事者じゃないと、こうゆうとき退屈だから困る。

 

「こっくりさん。こっくりさん」

 

 ……他に場所が無かったからだろう。

彼女たちは地面に箱を置くと、その上で「こっくりさん」を始めるようだ。

──けれど、それが仇となってしまった。

 

「何ィイイイーーーッッ!!」

 

 事実は小説よりも奇なり。

 突然、尻尾が二本に又分かれした猫。 いわゆる猫又がグライドしてきたかと思えば

光前寺(コウゼンジ)たちから「こっくりさん」の紙を掠め盗り、俺の前に落として去っていった。

 そんな一連の流れを見て、驚愕の叫びをあげる彼女たちを横目にしつつ

足下に落ちている「こっくりさん」の紙を手に取ってみる。

 所謂「あかさたな」が「安加左太奈波末也良和无(あかさたなはまやらわん)」と、

書かれてる事にも驚いたが──それ以上に、紙の左上にある血の痕に驚いてしまった。

 

 ……そういえば、光前寺の奴。 確か、紙自体が曰く付きだって言ってたな。

なるホド、これなら変なのが降りてきても可笑しくはない

 

「──あがっ!?」

 

 ──とか考えていたのも束の間。

 次の瞬間。 というか、気が付けば地面に倒れ伏していた。

 

「気付いたか」

 

「一体、何が起きたし……? なんか、体中がすっげー痛いんだけど?」

 

 何故かズキズキと痛む体を起こした俺は、服に付いていた砂埃を払いながら

一部始終を見ていたであろう光前寺に、自分の身に何が起きたのかを訊ねてみる。

 

「「こっくりさん」で呼んだと思われる「猿の経立」の魂がオマエに憑いた。

だから、そこの「盛り塩」と「唾」で除霊したんだ」

 

「除霊……っ!?」

 

 なんて失態(コト)だ! 悪霊が顕現した上に、除霊まで行われただなんてっ!

俺としたことが! よもや、一番面白い部分の当事者になってしまうとは! あるまじき不覚!

つーか迂闊! 想定外にも程がある! なんとかして、この埋め合わせを図らなければ!

此処まで附いて来た意味がなくなっちゃうじゃないか!

 

「なあ、光前寺(コウゼンジ)!

悪霊に取り憑かれた時の俺とか、携帯で撮ってたりしてない?」

 

「撮ってないよ。 そんなのキモいし

あっちの二人も撮ってないから、尋くだけ無駄だぞ」

 

 リアルタイムを生で観れなかった以上、できることなら動画で観たいところだったケド

動画どころか写真すら撮ってないらしいので、当時を振り返る方法なんて一つしか残ってない。

 

「──ならさ、せめて悪霊に取り憑かれた時の様子ぐらいは訊かせてくれない?

やっぱ奇声とか上げちゃったり、四つん這いで動き回ったりした?」

 

 それは聴くとゆうこと。

 話を聴くこと自体は嫌いじゃなねーけど、自分のことを他の人から訊くのは

なんとなく恥ずいから好きじゃない。 ……とはいえ、選り好みなんかできる場合でもないので

そんな気持ちを抑えながら尋いてみる。

 

「うん、まーーー。 そうね。

四つん這いで動いてはなかったけど、奇声は上げてたよ。 あとキモかった」

 

「あーーー」

 

 光前寺から返ってきた言葉は、なんとも彼女らしい。 アッサリとしたものだった。

その表情も素っ気なかったし、恐らく今以上の話を聴くことも望めないだろう。

そうゆうことなら致し方がない。 今回は縁がなかったと諦めることにする。

 

「んじゃあさ、何故に唾?

塩を除霊に使うのはよく聞くけど、唾を使う除霊なんて初耳なんだけど?」

 

 取り敢えず、聞きたいことは訊いた。 けどまあ、それはそれ

 他にも聞きたいことはあったので、さっさと話を変えてしまうことにした。

 

「唾液は霊液とも呼ばれて悪気。

または邪気を払ったり、災難から逃れることのできる呪力があるんだよ。

あと、塩自体に除霊効果はないぞ。 清めや浄化効果はあるケドね」

 

「へぇーーーえ。 真逆、唾にそんな力があったなんてねぇ

で、今度は何があったんだ?」

 

 唾の疑問も解消したので、今度は目の前で起きている騒動について訊ねてみることにした。

 光前寺の話を訊かせて貰っている時からずっと、久木(ヒサギ)と魔魅(マミ)の二人が

やれ「こっくりさんの紙がない!」とか「五百円玉もないのれす!」だのと言葉を零しながらに

「祠」の辺りをウロウロしているのだ。 

何をしてるかは明白だったけど──まあ、それ以上に気になって仕方がなかったのである。

 

「うん。 イヤ、オマエの除霊が終わったらな。

「こっくりさん」の紙と「こっくりさん」に使ってた五百円玉が無くなったんだとさ」

 

「五百円? フツー拾円じゃなかったっけ?」

 

「元々、西洋の交霊会でやるテーブルターニングってゆう「Yes/Noゲーム」が起源だからな

使う硬貨に決まりなんてないよ」

 

「なるホド」

 

「あーーーっ!?」

 

 そんな話を交わしている時だった。

 久木と魔魅のヤツが大きな声を上げたので、いずれの探し物でも見付けたのだろうか? と、

そう思ったのだが──それにしては様子がおかしい。 ので、俺と光前寺は揃って確認へ向かう。

 

「なんだ?」

 

「こ、これを見るのれす!」

 

 子供のような体格と違わない、丸みを帯びている魔魅の右手人差し指には

五百円を分割したような指輪がはめられていた。

 それを見た久木(ヒサギ)と光前寺(コウゼンジ)は、釣られるように自分の人差し指へ目を向ける

すると、彼女たちの指にも魔魅(マミ)同様。 五百円を分割した指輪がはめられていた。

 

「いつの間に……」

 

「しかも、と! とれないのれすっ!」

 

「……それで、久木(ヒサギ)はどうしたんだ? 声上げてたみたいだったけど」

 

 指輪のことにも興味はあったケド、当事者じゃない俺には話題にしようもなかったので

声を上げたもう一方、久木の話を訊いてみることにした。

 

「あ、うん。

「こっくりさん」の紙探してる時、ゴブリンマーケットのチラシを見つけたんだけど──

今日は6時から「つらら屋」でハーケンダーツ全品55%OFFだったんだよっ!」

 

「な、なんダッテーーーっ!?」

 

「は?」

 

 真逆、これまでの流れと全く関係ない話が切り出されるなんて

思ってもみなかった俺は、光前寺や魔魅のように反応することができず

理解できた時にはもう、彼女たちは「つらら屋」に向かって駆け出していたのだった。

 

「って、速!? ちょ、待てよーーーっ!?」

 

 女の子に見えても、そこは妖怪変化。 彼女たちの身体能力は人間のそれよりも高い。

 つまりどう言う事かというと、走り出した彼女たちに追い付くためには

目的地まで全力疾走する必要があるということである。 ──だから、俺もその場から駆け出した

 

 

 

 

「──それで、訊きたい事ってなんだ?」

 

「訊きたいこと?」

 

 つらら屋で買った、ハーケンダッツのチョコチップクッキー&クリームに舌鼓を打っていると

同じようにアイスを口に運んでいた光前寺(コウゼンジ)が、改めた様子で話を振ってきたのだケド

唐突すぎて、何の事だか分からなかった。

 

「……図書館で言ってただろ。私に訊きたいことがあるって

だから附いて来たんじゃねーの?」

 

「あぁ! そーだった、そーだった!」

 

 俺としたことが、後に続いた「こっくりさん」の方が印象深かったせいで

自分の用事をすっかり忘れてしまっていたようだ。

 向こうに居た時はこんなことなかったんだけど、こっちに来て満たされ過ぎてるからか?

最近、どうも悪い癖が付いてしまっている。 まあ過ぎたことを気にしてても仕方がないし

それよりも今は、思い出したことを光前寺に尋ねなければ

 

「光前寺は──。 いや、折角だし久木(ヒサギ)か魔魅(マミ)でもいいんだケド

お前らってさ、人間を喰ったこととかってある?」

 

「……は? なんだよ。ソレ」

 

「いやホラ、妖怪は人間を喰うモノって云われてるじゃん?

それなら妖怪獣人たるお前らも、両親に倣って人を喰ったりすンのかなーってな」

 

「えーーー! なにソレーーーっ! 私、人間なんか食べないよーーーっ!」

 

「魔魅も食べたりしないのれすよーーー!」

 

 光前寺(コウゼンジ)に質問の補足をしていたら、横で話を聞いていた久木と魔魅が不機嫌そうに

否定の声を上げる。 まあ内容が内容だし、無理からぬことだとは思う。

 

「私も人間は喰わないケド。 ……食べるって答えられたら、オマエはどーすンのさ?」

 

「別に、どーもしねーよ?

喰うには喰うだけの理由があるんだし、光前寺も人間を喰うんだな──って、思うぐらい?

あ! でも、アレだ。 どんな味がするのかぐらいは訊いたかも?

人肉は柘榴(ザクロ)の味がするって聴いたケド、実際のところ本当なのかなーーーってね」

 

 いくらなんでも、自分や他人の肉を喰って確かめる気には成れない。

 血や生気なんかと違い。 自分のモノを提供して、どんな味か尋くとゆう手も使えないのだ。

なので、訊いておけるなら聴いておきたく思っている。

 

「ふーーーん。 ……まァ何だ。 オマエのゆう吉祥果(ザクロ)の味ってのはアレだろ?

人肉の味がするからって、釈迦が鬼子母神にやったってヤツ」

 

「そうそう」

 

「ソレ、俗説だよ。

子供を捕えて食べてしまう事から派生したんだろうケド、鬼子母神は500人の子の母でもあるから

実際には、種が多い。 ──つまり「多産」や「豊穣」の象徴として持たされてるだけだよ」

 

「マジでか!?」

 

 したら光前寺は、俺の知識に手を入れてくれた。

 真逆、人肉の味はザクロ味が俗説だったなんてな。 ──じゃあ、実際はどんな味なんだ?

 一つの疑問が解決したかと思えば、また新しい疑問が生まれてしまったケド

むしろ、それで好い。

 なんてことを考えていたら、ふと自分の手が水浸しになっていることに気が付いた。

どうやら話の方に集中し過ぎるがあまり、持っていたアイスがいい具合に溶けだしているようだ。

それは不味い、溶けたアイスは美味しくない。

 

「フンッ」

 

「どうした? いきなり、鼻で笑ったりなんかして」

 

「うん、イヤ。

私たちみたいに人間を食べない、食べなくなった妖怪等が増えたのは

こんなふうに美味い食べ物が増えたから、わざわざ人間を食べる必要がなくなったからかもな。

──ってね。 そう思ったんだ」

 

「なるホド」

 

 光前寺(コウゼンジ)のいう理屈は分かるが──しかし、そうなると新たに疑問が湧いてくる。

 他に食べるものがあるから、人間を食べなくなったとゆう彼女の理屈だと

そもそも、人間を食べるヤツは居なくなるんじゃないだろうか?

 

「それは無いよ。 

人間の血を吸う吸血鬼みたいに、生きていく上で人間を食べる種は多からず居るし。

喰うには喰うだけの理由があるって、オマエも言っただろ?」

 

「そっか」

 

 けれど、疑問はアッサリと解決した。

 食人を無くそうとしてるワケじゃないので、回答に対するショックはないし。

これ以上追究するつもりもない。 この話はこれで終わり。 さて、次は何を話したものか──。

 

「ちなみに、食事以外の理由で人間を食べる人間も居るぞ。

てか、人間しかいないな。 食事以外の理由で人肉を食べたりするのは」

 

「マジでっ!?」

 

 などと次の話題を考えていたら、光前寺の方から話を広げてくれたのだが

続けられた言葉は、トンでもないモノだった。

 

「社会的制度的に認められてる慣習、風習を指す「食人俗」ってのがあってな。

ソレには死者の魂を受け継ぐ儀式的意味合いとして、身内の死体を食べたりするケースもあるし

日本の「骨噛み」もこの辺から来てるんだろうね」

 

「あーーー。 なるホド、そうゆう類いか」

 

「他にも健康や美容のためだとか、薬として摂取したりだとかあるけど

それだけ人間には色んな在り方があって、妖怪はひとつの在り方しかなかったから「食人俗」。

なんてのが出来たんじゃないかな?」

 

「ホント、色々あるなぁ」

 

「人間のお肉って、凄かったのれすね」

 

 全くだ。 世界の広さには、関心を感じ得ずにはいられない。

 

「じゃ、面倒事も済んだし。

私はコレ食べたら帰るけど、オマエらはどーすんだ?」

 

「私も帰るよー。 

なんか疲れちゃったし、家もすぐ其所だしねーーー」

 

「魔魅も帰るのれすよー」

 

 俺も訊きたいことは聞けたし、惰性で引き延ばしたりする気もないので

このまま解散の流れに乗ってしまうことにする。

 とはいえ、帰るつもりなんて毛頭ない。

 帰ったところで寝る以外にすることもないのだから、今日も眠くなるまで帰るつもりはなかった

幸い。 此所から夢見長屋までは近いし、累ちゃんとこに遊びに行くのも好いかもしれないな。

その後は──巌戸湯(イワトユ)に行ってお風呂に入ろう。

 

「俺は夢見長屋まで同行しようかな」

 

「そうか。 んじゃね」

 

「ばいばーい」

 

「さようならなのれすー」

 

 俺がそう言うと、光前寺は淡白な挨拶と共に踵を返して行ってしまい

 久木(ヒサギ)と魔魅(マミ)の二人も歩き出したので、

そんな二人に附いてくように、俺も夢見長屋に向けて歩きだすのだったが──

「外城(トジョウ)の人は、お家に帰らないのれすか?」

 

「長屋に用事でもあるの?」

 

 その道すがら、夢見長屋に附いて来ようとする俺が気になったのだろう。

魔魅と久木が同行した理由について尋いてきた。

なので、ついさっき考え至った予定をそのまま教える。

「あーーー。

そういえば、長屋で初めて遇った時も遊んでたよねー」

 

「そーいえば、そうだったのれす」

 

「だったな」

 

 太古の自然環境に先祖帰りした森が、夢見長屋の先に在るとゆう話を聞かせてもらい

それを見物しに行った時のことだ。

 ほんの数日前のことなのにも関わらず、思い返してみれば懐かしさを感じてしまうのは

それだけ、こっちに来てからの日々が濃密で充実しているからか?

 

 

 

 

「そーいやさ、外城(トジョウ)って面白いモン探してるんだよな?

白亜ノ森にはもう行ってみたか?」

 

 ことの発端はカメのような、あるいはトカゲのような爬虫類的な顔をしているクラスメート。

足長河童の吐噶喇・奄美(トカラ・アマミ)。 ──の助言からだった。

 パイロットキャップを被ってることもあり、頭にあるだろう皿は見えない上

種族的に甲羅もないらしく、本人から河童だと聞いた当時は驚かされたものである。

 

「白亜ノ森? イヤ、まだだけど?」

 

「なら、行ってみた方がいいぞ。

不思議町の夢見長屋からちょっと行ったとこにあんだけどな。

大召喚が原因で、森の自然環境が太古に先祖帰りしちゃってんだよ」

「……なにそれ、超面白そうじゃん!

早速行ってくるわ。 あんがとな、吐噶喇!」

 自然環境が先祖帰りして太古に成った森。

 そんな面白そうな場所を聞いてしまったら、もう行くしかないじゃないか!

興味とゆう薪を焼べられて、好奇心が燃え上がる。 うおォん、俺はまるで人間機関車のようだ!

 

「うーーーん?」

 そう意気込んで学園を飛び出した所までは良かった。 

 しかしながら、当時の俺はこちらに来たばかり

土地鑑なんて当然なく、何処に何が在るのかも知らない。 結果、飛び出して数分も経たない内に

いわゆる迷子に陥ってしまう。

 自分の知らない場所を散策したりすること自体は、それはそれで愉しかったりすんだケド。

行きたい場所が有る時は、気持ちが焦らされて落ち着かないから嫌だ。

「行き方まで聞いとけば良かった」

 ともあれ、悔やんでいても意味がない。

今日行けなければ、明日また行けば良いだけの話なのだから

今日のところは取り敢えず、適当に歩き回ってみて、何処に何が在るのか観て回ることにしよう。

「〜〜〜♪」

 鳥人間や猫人間、下半身が蛇な女の子に牛頭の男など。

様々な種族でごった返してる道は、ただ歩くだけで気持ちを盛り上げてくれる。

あのまま向こうに居たら、絶対に体験できなかったような事が此処には在った。

 管理される人外魔境。

 こっちでは教科書に載ってるぐらいの常識、事の起こりは今から十七年前まで遡る。

 魔術師が十人の超能力者と協力し、空想の産物とされていた「妖怪」や「悪魔」などといった

幻想世界の住人たちを召喚したらしい。

 ……その理由までは分からんケド、俺は愉しいからどうでもいい。

寧ろ、よくやってくれたと思う。

 閑話休題。 

 この世界を混沌化させた「大召喚」で召喚された亜人、人外とそれまで居た人間を一括りにし

額か右手の平に「六を三つ組み合わせたモノ(社会保障ナンバー)」を付けさせ

そして人権・市民権・生活権を与えるという事に至ったそうだ。

 でもって、それを管理するのが通称「中央」こと「北方の混沌(アー・グラ・ケイオス)」という

結社らしいんだが──。 詳しいことは、よく分からん。

知っているのは、結社の構成員は「アガリアレプト」や「バシン」といった

ソロモン72柱の悪魔たちということぐらいだ。 まるでゲームの設定のようだと思う

 

「お! 川見っけ」

 そんなわけで、当てもなくブラブラと彷徨うこと数分

 俺は川縁にある土手へ出た。

 これは都合が良い。 夢見長屋へ行けそうにない以上、目的地もないようなもんだったし

今日のところは、この川を上流まで辿ってみるのも好いかもしれない。

 この川の上流には何が有るんだろうか?

そんな新しい薪を焼べられたことにより、やる気の再燃を感じながら上流へと足を向ける。

「……橋か」

 

 それから舗装されてない道を雑雑雑と歩くこと数分、前方に橋のようなモノが見えてきた。

 近くに寄ってみれば、橋には「夢見橋」と書かれている。

──「夢見橋」。 名前的に夢見長屋と関係があったりするのだろうか?

であるなら、この橋を無視することはできない。 渡ったところで損もないので渡ってみる。

 

「ひょっとしてこれは、ビンゴってヤツか?」

 すると橋を渡った先に在ったのは、時代劇で見るような木造家屋の連なりだった。

 橋の名前が「夢見橋」だったことと、この雰囲気からみるに恐らく

此所が夢見長屋なのかもしれない。

 

 取り敢えず、誰かに尋いてみて──んん!? な、なんだ!? あのミラクルな生き物は!?

 

 犬耳に尻尾、鳥とコウモリの片翼、そして一本の角が生た白髪ショートカットの女の子。

 こっちに来てからは、色んな特長を持つ種族を見てきたケド

こんなにも特長が混淆(こんこう)してる種族を見たのは初めてだった。

 

 ──好い、実に好いじゃないか!

 

 此所が何処かを尋くことなんて関係ない。 寧ろ、今となってはどうでもいい。

 そんなことを抜きにして、あの子と話してみたくなった。 とはいえ、どう話したものだろう?

共通の話題なんてのもなければ、年下の女の子との接し方もよく分からんし──先ずは、

無難に聞きたいことから尋くべきか?

 

「ゴメン、ちょっと良い?

尋きたいことがあるんだけど──。 此所って、夢見長屋でいいのかな?」

「そうですのワン!

此所は「夢見長屋」ですけど、なにかご用事ですかワン?」

 

「夢見長屋の近くに「白亜ノ森」ってとこが在るって聞いてきたんだけど──

長屋からどういけばいいか分からなくて」

 

「白亜ノ森ですのワン?

それでしたら、この道を抜けてすぐの所にありますのワン」

 

 これで、建前(尋くべきこと)は聞いた。 後は、気になった(尋きたくなった)ことを聞くばかり

まず何から訊くかだけど──これを差し置いて他にない。 「彼女の種族が何なのか」だ。

 

「私の種族ですのワン?

私の種族は吸血鬼と人狼、それから人鬼で天狗なんですのワン!」

 

「多い!?」

 

 女の子から返ってきた答えは予想の斜め上をいくものだった。

 確かに「角」とか「羽根」とかパーツは揃ってるケド

だからって真逆、こんなごった煮の──でも、なるホド。 此所では、そうゆうのもアリなのか。

 

「あ、累ちゃーん! こんにちはーーーっ!」

 

「こんにちはなのれすー」

 

 そんなことを考えていたら、後ろから声が聞こえてくる

 頭だけ振り返してみれば、其処には俺と同じく万魔殿学園の制服を着た。

金髪ポニーテールの女の子と、黒と黄の縞模様の角が二つ付いた帽子をかぶっている女の子が

並んで橋を渡ってくるのが見えた。

 そして、その顔には見覚えもある。 確か、同じクラスの──

 

「久木・初音(ヒサギ・ハツネ)さんに、二ッ岩・魔魅(フタツイワ・マミ)ちゃんだっけ?」

 

「un? あ、えーーーっと。 外城・縁(トジョウ・エニシ)?」

 

「そうそう。

──ところで二人とも、この子と知り合いなのか?」

 

「累ちゃんは、魔魅たちが住んでる「夢見長屋」の大家なのれすよー」

 

 大家!? この小っさな女の子が大家っ!?

あーーーでも、そっか。 此所だと、外見と年齢が必ずしも一致するワケじゃねーんだよな。

すっかり忘れてた。 子供にしか見えなくても、この子は俺よりも年上なのかもしれないのか。

この辺は、ちょっと気を付けないとな……。

 

「申し遅れましたのワン! 私はこの「夢見長屋」の大家をやってます。

羽生・累(ハニュウ・ルイ)といいますのワン! 初めましてのワン!」

 

「あ、外城・縁っていいます」

 なんてことを思っていると、女の子こと羽生・累ちゃんが自己紹介してきたので

それを聞いた俺も、慌てて自分の名前を名乗り返す。 

「そーいえば、縁さんは人間なんですのワン?」

 

「うん、まあ人間だけど?」

 

「でしたら、白亜ノ森に行ったら気を付けてほしいのワン!

あの森は十年前に、「中央」が閉鎖したぐらい危ない場所なんですのワン!」

 

「──うん、気を付けるよ」

 

 遇ったばかりの自分のことを、心配してくれたことが嬉しくてつい

丁度好い場所に在った累ちゃんの頭を撫でてしまう。

 ……やっぱり、当たり前のことではあるが種族的に人間とは違うのだろう。

犬耳が生えてるだけあってか、累ちゃんの髪は犬の毛に似た感触をしており

動物好きの俺にとって、この毛触りはなかなか心地好いものだった。

 

「はわわわン!? 気持ちいいですのワン〜〜〜!」

 

 そして累(ルイ)ちゃんにとっても、頭を撫でられるとゆうのは心地よいらしく

尻尾をパタパタと振りながら、気持ち良さそうに声を零してくれる。

 

「ねぇ、外城(トジョウ)。 白亜ノ森に行くの?」

 

「ん、そのつもりだけど?」

 

「ならさ、そろそろ行った方がいーよ。

あの辺って、明かりとかないから。 日が暮れるとなんも見えなくなっちゃうよ」

 

 ので、ますます構いたくなってしまうのだケド

 久木(ヒサギ)の言葉が本当なら、何時までもこうしてるワケにはいかない。 

名残惜しくても、そろそろ白亜ノ森に向かわなければならない!

そう考えた俺は、撫でていた手を累ちゃんの頭から離す。

 

「あ……」

 

「──それじゃあ、そろそろ行くわ。

道とか、教えてくれてありがとね。 久木に魔魅(マミ)も、また明日なーーーっ!」

 残念そうな表情の累ちゃんを見て、庇護欲とか後ろ髪を引かれながらも

彼女たちの別れの挨拶を背に受けながら、長屋の先にあるとゆう白亜ノ森に向けて足を進めていく

 

「スゲェな、こりゃ」

 

 そして、夢見長屋を抜けたところにソレは在った。

 鎖で錠が施された鉄格子の扉すら、内側から拉げさせている圧倒的な自然。

生い茂り過ぎて奥を見通すことさえできず、聞き覚えのない鳴き声まで聞こえてくる。

これが──太古の自然、白亜ノ森か。

 

「さーてと、鬼が出るか蛇が出るか……。

いっちょ、太古の森探検と洒落込みますかねぇ! イヤッホゥ!」

 この森には何が有って、何を魅せてくれるのか?

そんな期待と興奮を抱きながら、鬱蒼とした森の中へと足を踏み入れてゆく

 

「でっけー虫とか、トカゲとか……。 やっぱ、見たことないモンばっかだな」

 

 太古の森と云われるだけのことはあり、目に入ってくるもの全てが古い。

 生い茂ってる木も、生息してる生き物たちも、図鑑でしか見たことないモノばかり──。

ケド、だからこそ新鮮だった。 まるで、白亜紀にタイムスリップしてしまったような気分である

 そうそう体験できるモンじゃない。 あゝ白亜ノ森(ここ)に来て好かった。 

吐噶喇(トカラ)のヤツには感謝してもしきれない。 この借りはでかそうだ。

「──って、ジャングルジム!?

なんで、こんなトコにジャングルジムが有るんだ? もしかして此処、公園だったりしたのか?

un? 水の音?」

 

 などと森の中を散策してる時だった。 森の奥から、ひときわ大きな水の音が聞こえてくる。

 だから俺は、獣道を掻き分けながら音のした方へと進む

「おおおぉぉぉーーーっ!?」

 すると其所には、湖から長い首を出している水棲恐竜。 首長竜の姿があった。

 先祖帰りしたのは、てっきり自然だけだと思ってたケド──真逆、真逆……ッ!

こんな大物まで居るとは思わなかった!! つーーーか、マジですか!? 首長竜だよ、首長竜!

こんなモンまで帰って来ちゃってるンですか!? よくよく見れば、翼竜まで居るじゃんか!

HAHAHA! ホント、我ながら凄い所に来ちまったもんだっ!

 悪魔や妖怪、亜人と獣人。 さらには、恐竜や累ちゃんのような混淆種。

 出遇っても出遇っても、新しい存在との出会いは途切れることがない。

こっちに来て間もないからってのもあるだろう。 けれど、その間もない日々で感じ得た興奮は

未だ冷め止むことがなかった。

「もう場所も分かったし、今日のところはこの辺にして帰るかな」

「なんだ、もう帰るのか?」

「おおう!?」

 日も暮れてきたし、帰ろうと踵を返した瞬間だった。

 何処からか声をかけられたので、慌てて声の正体を探ってみる。 ──が、しかし

それらしい姿は何処にも見当たらない。

 

「人間の声がしたから見に来てみれば──。 なんだ、ただの餓鬼か」

「ッ!? だ、誰だ!?」

 ……これは、もしかしなくてもマズい状況である。

 魔女の大窯のような世界なだけあり、面白いことと同じぐらい「死」が溢れているようで

相手の姿が見えないというのは、それだけで危険とゆうことに他ならない。

 なので俺は、無意味ながら身構えつつ周囲を警戒する。

「バケモンだよ」

 

 咄嗟の条件反射のような問いだったが、その問いかけに対して言葉が返ってきた。

これは一筋の光明である。

 答えが返ってきたとゆうことは、つまり、この何者かには言葉が通じるとゆうことであり

言葉を交わすことが出来るとゆうこと、そして言葉を交わせるのであれば── 

やりようなんていくらでも増えてくれる。 ということだ。

「そうか──。 なら、バケモノでも良いから姿見せてくれないか?」

「バケモノでも良い? ヒャハ! 面白ェことゆう餓鬼だな、オマエ! 初めて見る。

だから好いぞ、見せてやる!」

 

 取り敢えず、姿が見えないことには安心もできないので

そう素直に頼んでみると、そんな俺の言葉が気に入ったのか? 声の主は愉快そうに笑い、そして

そんな言葉と共に、一本の木から生え出てきた。

 ソレは、目つきの鋭い白髪の男だった。

 状況からして、あの白髪の男が声の主とゆうことになる。 ──けど、だとすると噛み合ない。

声の主は自分をバケモノだと言った。 にも拘らず、その姿はバケモノとは似ても似つかない。

人間と違わない姿なのはどういうことか?

 

「どーした? 惚けた面して」

「うん、イヤ。

自分のことをバケモノとか言ってた割には、案外フツーの見た目してるんだなと」

「ま、其れが人間の認識だよなァ──。

で、だ。 そんなことより、次はどうすンだ? 望み通り、姿、見せてやったぞ?」

「そうなーーー。

取り敢えず、なんて種族か尋いてもいいかな?」

 

 人間と対して変わらないなら、久木(ヒサギ)や魔魅(マミ)みたいな妖怪獣人の可能性もあるが

アレ等は身体能力がヤベーくらい高くて、両親に関する能力をちょっと行使できるだけで

基本はもっと人間的だった筈だ。 多分

だから木から生えてくるなんて真似、出来るはずがない。 ──と、思う。

そうだとして仮定するとなると、その親に当たる種族「妖人」って奴に当たるのかな?

「聞いてどーすんだ? そんなこと」

 

「ただの興味だよ。

気になって、知りたくなったから。 尋いただけだけど?」

「ヒャハ! 気になって、知りたくなったなら。 仕方ねェよな。 

なら、教えてやる。 オレは鵼(ヌエ)だ」

「鵺(ヌエ)!? 鵺っつーと、確か……。

頭が猿で尾は蛇の、狸の胴体に虎の四肢を生やす。 虎鶇(トラツグミ)で鳴く妖怪だっけ?」

「あーーー。 違ェ、そっちは別モンだ。

オレはそっちじゃねぇ」

 

 鵺って他にも居たんだ、初めて知った。 ……明日にでも万魔の図書館で調べてみよう。

 兎も角、まあそれがホントなら

今の姿は化けてるということになるんだろうケド、なんというか──

「なんで、わざわざ人間に化けるんだ?

この世界なら、人間なんかに化けなくても活きてけると思うのに。 なんか、勿体なくない?」

「ヒャハ! 勿体ない、勿体ないときたか! 面白ェ事ゆうヤツだな。 オメェは!

確かに、オメェの言う通りさ。 別に「この姿」に化けないと生きてけねーワケじゃねェ。

だけどな! オレが「この姿」をしているのには、しているだけの理由もあるんだよ。

──色々と「都合が良い」のさ、この姿だとな」

 

「なるホド。 ──でも、出来れば本当の、鵼としての姿を見てみたいんだけど?

一つ、見世てはもらえないもんかね? 見たことも、聞いたこともなかった。

本物の鵼に出遇った記念にしたい」

 こんな機会、次は何時あるか分からないのだから。

頼むだけならタダとゆうもの、頼まないとゆう選択肢は存在しない!

 

「メンドくせーーーから、ヤだ。 まァ、気が向いたら、その内に見世てやる」

「そっか。 なら、仕方ない」

 しかし、断られてしまった。

 まあ見れなかったのは残念ではあるけど、気が向いたら見世てくれるとも言ってくれたので

これ以上の無理強いは出来ないし、してもいけない。 元より、するともりもない。

今回の所は、その返答を貰えただけでも好しとしとこう。

 そうなると、この場に留まり続ける意味も薄くなってきたし

話題の切れ目が縁の切れ目ってワケじゃないケド、ここいらが引き時とゆうことだろうか?

 

「──なァ、オレからも尋いて良いか?

バケモノでも良いから、姿を見せろと言ったオマエにとって──バケモノとは、なんだ?」

 

 なんてことを考えていたら、今度は、向こうの方から話題を振ってきた。

 俺にとって「バケモノとはなんだ?」か、そんなもの最初から決まっている。

今さら、考えるまでもない

 

「俺にとってバケモノは「面白い」モノだ。

色んな特長を持ってるから「面白い」色んな能力を持ってるから「面白い」

色んな在り方をしてるから「面白い」だから俺は、どんなバケモノでも一目見たいって

そう思ってるよ。 ──その後で、選り好みはするケドね」

 

「ふーーーん。

だけど、バケモノは人を襲うぞ? オメェ、ただの死にたがりか?」

 

「真逆。 ……まあ人間を襲うバケモノは確かにいるけど、人間を襲わないバケモノだっている。

でもソレは、会ってみるまで分からないんだ。

端から危ないって決め付けてたら、折角の「面白い」モノだって見逃しちゃうかもしれないだろ!

そんなの勿体ないじゃんか!

兎に角まず会って見て、それでもし襲ってきたら。 その時こそ、逃げればいいだけの話だろ?」

 

 その甲斐あって、俺は今、この場所に立っていられるんだ。

 向こうじゃ出来ないような体験だって、沢山出来るようになったんだから

誰に何と言われても、この考えを曲げる気はない。

 

「……なら訊かせてくれるか、人間。 オレは、オマエにとって「面白い」モノだったか?」

 

「あゝ面白かったよ。

知らなかった事も学べたし、本当の姿も見世てくれれば、言うことなしだったんだケド

まあ、それは何時かの機会にとっておくとして

──それでも十分、楽しい時間を過ごせたからね。 じゃあ、俺はそろそろ帰るよ」

 

「そうか」

 簡単な別れを告げ、俺は暗くなりつつある白亜ノ森を後にする。

 これが鵼(ヌエ)こと、須美津・義鷹(スミツ・ヨシタカ)との最初の邂逅。 

この後、彼とは何度かつるむことになるんだケド。

そんな先ことなんて、当時の俺には知る由もなかった。

 

 

 

「アグッ!?」

 

 そんな数日前の出来事を思い返している時である。 突然、本日二度目の強い衝撃を脳天に受け

過去に遡っていた意識が一気に引き戻され、同時に黒い箱が目の前に落ちた。

「痛〜〜〜っ!」

「箱が、空から降って来たのれす」

 

「うわーいったそーーー。 大丈夫ーーー?」

 

 なんでまた今日に限って、俺ばっかりがこんな目に遭うんだろうか……。 厄日ってヤツか?

まあいいや、凹んでても好い事ない。 こんな時は、さっさと気持ちを切り替えるに限る。

 なので取り敢えず、頭に落ちてきた箱に視線を向けてみれば

既に魔魅(マミ)のヤツが箱を拾っており、好き勝手に弄くりまわしていた。

「どうだ?」

「全然、開かないのれす」

 俺としても、自分の頭に落ちてきた箱の事は気になるので

魔魅から箱を渡してもらい、開けようとしてみたのだが──案の定、魔魅に開けられないものが

人間の俺に開けられるハズもなく、まるで溶接でもされてるかのようにビクともしない。

 

「やっぱ無理か」

 

「どうするのれす?」

 

「取り敢えず、持って帰る。 

どこかそこら辺にほっぽり出すのも気が引けるし、中に何が入ってるのかも気になるしね。 

それに、学校なら開けられる奴も一人はいるだろう?」

 

 一体、この黒い箱はなんなのだろうか?  これでもし、箱の中身がつまらないモノだったら

それはもう踏んだり蹴ったりな結果になってしまう。 だが、今までの経験からして

箱の中身がなんだったとしても──きっと、結局、ソレを楽しんでしまうだろう確信はあった。

 だけど、それでも、やっぱり、箱の中身は面白いモノだったら好いなぁ……。

とか、一応の期待を寄せながら鞄に箱を仕舞っていく

 

「箱が開いたら、中に何が入ってたのか。 魔魅(マミ)にも見せてほしいのれす」

 

「あ、私も見たいー!」

「いいよ。 別に、独り占めなんかしても面白くないし

つーか、そもそも俺のもんってワケじゃねーんだから

わざわざ断りなんか入れなくたって、好きに見に来ればいいじゃんか」

「そーなんだけど。 それでも、伝えとくに越したことないでしょ?」

 

「まあ、たしかにな」

 

 そんな話を交わしながら、俺たちは止めてた足を動かしていく

 思わぬ所で痛い目に遇ってしまったケド、明日の楽しみも増えてくれたので

それでトントンと言ったところだろうか?

 

「そーいえばさーーー。

ちょっと気になったんだけど、外城(トジョウ)って鎮伏屋(ハンター)なんでしょ?

あんまり強そうに見えないケド、やってけてるの?」

 

「un? そりゃ、勿論やってけるワケねーですよ。

免許(ライセンス)取っただけのペーパーだし、なんの特殊な能力もない貧弱な人間だよ?

怪異なんかと戦うなんてムリムリ、指先一つでダウンしちゃうってば」

 

 明日のことを考えていたら、久木(ヒサギ)が思い出したように話を振ってくる。

 人間の中にも怪異と戦うことができて、尚且つ倒せるぐらいスゲー奴は居るらしいケド

そんな真似、俺には出来ない。 

 ──とゆうより、そもそも目的が違う。 俺は怪異と戦いたいから鎮伏屋になったワケじゃない

 

「じゃあ、なんで鎮伏屋なんかになったの? 意味ないじゃん」

 

「なんでって、そりゃ面白そうだからに決まってるだろ?

だって、免許登録するだけで「Hunt・N」てのを貰えるんだぜ? 

「Hunt・N」とか──二つ名って感じでスゲー格好良いじゃんか!」

 

 鎮伏屋のことを、これまた吐噶喇(トカラ)から教わった俺は

その日の内に「中央」へと赴き、鎮伏業登録を済ませてHunt・Nを付けてもらった。 

ただ惜しむらくは、このHunt・Nとゆうモノ

自分で決めるのではなく、「中央」のコンピューターが勝手に付けるものであったことだろう。

 そのせいで、道中に考えていた名前案が全部パアになってしまったケド

考えていた名前に勝るとも劣らない、格好良いHunt・Nを付けてもらえたので

満足いく結果に終わっている。

 

「ふーーーん。

よく分かんないケド、外城(トジョウ)って、そーゆーの好きなんだ?」

 

「好きってゆーか、なんか格好良くない? 二つ名とかって

好きだから付けるんでなくて、ただ格好良いから付けるみたいな。

……なんだろ、アクセサリー的な感じ?」

 

「何てゆう、Hunt・Nなのれすか?」

「"千夜ト一夜"って書いて、"千夜ト一夜(シャハラザード)"ってゆうんだ!

どーよ! 結構格好良くない?」

 

「えーーーっ! なにそれーーー! 似合ってなーい!」

「名前負けしてるのれすよー」

「うわ、ひっで!」

 機会がなかったから、人にHunt・Nを名乗ったのは初めてだけど──。 

いや、吐噶喇(トカラ)と胡麻斑(ゴマダラ)が居たか。

まあそれは兎も角、真逆、こんな散々な評価をもらうとは思わなかった。

 女子の率直な感想にちょっとだけ凹むが、そんな話を交わしながら歩いていると

夢見長屋と、其処へ架かる橋を箒で掃いている犬耳の少女。

羽生・累(ハニュウ・ルイ)ちゃんの姿が見えてきた。

 

「おーい、累ちゃーん!」

 

 累ちゃんを思いっきりモフって、傷付いてしまった心を癒すことにしよう。

とか考えをまとめた俺は、手を振りながら彼女の名前を呼ぶのだった。

 

 

 

 

「もう閉館時間だよ?」

 

「あーーー。 もう、そんな時間かーーー……」

 それは、ちょっと昔の話。

 初めて鵼とゆう妖怪に遭遇した次の日のことである。

鵼の事を調べてみるべく、学園の図書館へと足を運んだ俺は

妖怪に関する書籍とか読み漁っていたのだが──調べても調べても、違う鵺の事ばかりが出てくる

 真逆、からかわれた? とか思いつつも

目に見える範囲で調べられるモノが残っている内は、中途半端に投げ出してしまうのも気持ち悪く

半ば意地で調べ回っていたが、どうやら閉館時間(タイムオーバー)を迎えてしまったようで

司書の女の子がその事を伝えにきてくれた。

 

「妖怪、それも鵺に関する本ばっかし。 ──鵺、好きなの?」

 

「いんや、好きとか嫌いとかじゃなくて

今回はただ「鵼」のこと──。 頭が猿で尾は蛇、狸の胴体に虎の四肢を生やしてない。

そんな「鵼」について調べてたんだよ。 まあ、見付かんなかったケド」

 

 机に広げていた本を見て、そう判断したんだろう。

女の子がそう問うてきたので、俺は自分の探し物のことを答えた。

 

「……ああ、北野社に飛んで来た鵼の方だね」

 

「そうなんだ。 ──って、知ってんの!?」

「うん。 ま、基本的なことを怪説できるぐらいにはね」

 

「……それならさ、「鵼」のこと教えてくれない?」

 俺の分からなかったことを、知ってる奴が目の前に居る。

なら、聞かせてもらわない手はない。

「いいよ。 でも、時間もないから簡単にね。

──と云っても、鵺と一括りにされちゃってるからかな? 鵺に比べて鵼の記録は少ないのよ」

 

 半日中調べまくって、ソレだけは身に染みて理解している。

 彼女から話を聞けなければ、今日とゆう一日を丸々無駄にしてしまうところだった。

もしそんなことになったら、明日の朝まで後悔していたところだよ。 ホント、様様である。

 

「猫の頭に鷹の身体を持ち、大きくて爛爛と光る目の鵼の名前が記されてるのは

一四一六年四月、北野社に飛んで来たところを社僧が射落した。 その部分だけなのよね」

 

文献だと「鷹」じゃなくて「鶏」の身体なんだケド

みなぎ作品では「鷹」ってことになってるので、この作品でも「鷹」ってことに成ってマス。

将来、妖怪博士目指してるヤツは間違えんなよー!

 

「え、それだけ? マジで?」

 

「そう、これだけ。

──とゆうワケで、そろそろ図書館閉めないとだから。 気になったのなら、また今度ねー!」

 思わず尋いてしまう程の少なさである。

 幾らなんでも、そりゃ少な過ぎるんじゃねーですかい!? そんな、俺の衝撃なんぞつゆ知らず

司書の女の子は話を切り上げ、図書館の奥へと行ってしまう。

 

「しゃーない、どっか別のとこ遊びにいくか」

 

 不完全燃焼を感じながら、俺は図書館を出ていくのであった。

 

 

 


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