今は完治しているので大丈夫です。
―荒地―
<う、うぅん。こ、ここは。>
またあの場所だ。せっかくヨシテル様の説教を受けたおかげでぐっすり眠れたのに。ということはまたカシンが居るのだろうか。
<今回はあんな幻出さないで欲しいなぁ。もうこりごりだ、あんなの。>
少し毒を吐きながら歩いてみる。あの時はカシンの登場に周辺を全然気にしてられなかったが何とも不気味だ。
そもそも何故空が、周りが紫色なのだ。まるで魔王の城が近くにあるような風景だ。・・セットか?もしそうならハリボテだよな、あの巨岩の裏に回ったらわかるだろう。
近くにあったビルのような大きさのある巨大な岩の裏へ回る。
<おい、何をしておる?>
<ぴゃあああ!!>
か、肩に手置かれた!慌てて振り向くとカシンが手を置いていた。何故だか次第に口角が上がっていく。
<クククっ、お前がそんな面白い悲鳴が聞けるとは。前回我が呪術をはねのけた者がなんとも情けないのぉ?>
ニヤニヤしながら言うんじゃねぇっ。
<・・・帰りたいんだが。>
<まあ待て、お前を将棋で無様に負かせてやると言ったではないか。>
いつのまにかカシンの後ろに将棋盤と座布団二枚が置いてある。ついでに将棋盤の横に小さな机があり、そこにお茶とお茶請けが。
完全にもてなしてくれている。これは予想外だ。
<これは受けるしかない、やろうか。>
<そうこなくては、お前が泣いて我に土下座するのが楽しみだ。ククッ>
・・・将棋での勝負で土下座まではせんよ普通。
<王手だ、これは詰みじゃないか?>
<ぐぬぬ・・・。>
俺は地元じゃそこそこ強かったんだけどカシンも同じくらい強いな。まあカシンは勝ちを確信したら慢心するタイプだからそこをつけば勝てる相手だ。
あ、そういえばこれは聞いておかないと。
<カシン。確か最初に出会ったときに『元いた世界に帰してやる』って言ってたな?>
<む、その通りじゃ。なんじゃ?我がしもべとなりたいのか?なりたくて仕方がないのか?>
<違うわ。・・・何故俺が異世界から来たと思っているんだ?>
<クックック、言う道理はないわ。>
<道理ならある。さっきお前負けたじゃないか。>
<ぐぬっ・・・。>
<敗者は勝者の言うことを聞くもんだと思うのだが、どうかね。>
<な、ならばもう一度じゃ!さっきの勝負ではそんな約束はしておらんわ!もう一度我に勝てたら教えてやるわ!>
よしよし、釣れたな。なら勝ってその訳を教えてもらおうか。じゃあ念のため・・・
<よし、二言はないな?>
<当たり前じゃ!それに次は我が勝つ!>
よっしゃ、これで言い逃れされることもない。俺はお茶を飲みつつ次の局の戦略を練った。
一方のカシンは眉間にしわを寄せて考えているようだ・・・と思ったら突然何かを思いついたようだ。
『くっ、くくっ』と笑いをこらえきれないように声を漏らしている。正直怖い。
<さあ、始めようか。貴様の負け戦を!>
調子が戻ったのか意気揚々と駒を進めるカシン。でも俺もこの一戦だけは何としても勝ちたい。
<負け戦?果たして負け戦となるのはどっちだろうな?>
<そういえばカシン。もう一つ聞きたいことがあるのだが>
パチンと角で攻め入る。と同時にもう一つ気になったことがあるので聞いてみることにした。
<何じゃ?我に頭を垂れるなら考えてやらんでもないぞ?>
同じく角で攻めるカシン。いやこれまんまミラーマッチですやん。俺が角を置いた場所と同じように打ちよった。
・・いや、落ち着け俺。
<・・そもそも俺を洗脳しても意味はないと思うのだが?ヨシテル様ほどの力もないし。俺を狙う理由がどうにもわからんのだ。>
事実そうだ、俺は一般人で特別な能力などもっていない。なのにカシンは俺を洗脳し操ろうとした。そのことが腑に落ちない。
<くっくっ、何かと思えば。面白そうだからやったまでのこと。それ以外になにかあるのか?>
<いや、お前は『ヨシテルの下にいるな?』と訊いてきた。そんなことを聞く必要がどこにある?お前が俺を洗脳しようとしたのはヨシテル様にも関係があるのか?>
俺は桂馬を動かし攻める準備をする。
訊いてきた理由。これを俺は確かめたいのだが悪い予感がしてならない。
<さっきも言ったであろう?面白そうだからじゃ。お前がヨシテルや義昭を襲うよう洗脳し、
それが戦乱の始まりになり混沌をもたらす。面白そうじゃろう?>
心底楽しそうに、しかし恐ろしいことを言うカシンに対して俺は、
<お前は戦闘狂なのか?>
とつい口にしてしまった。
<そうではない、我は世界の破滅が見たいのじゃ。>
<は、破滅・・・?>
とんでもない言葉が飛び出したな・・・。正直そんな言葉が出てくるなんて予想だにしなかった。
驚きを隠せない俺を見て少し満足そうに口角を上げるカシン。
<フフッたわけた面になっておるぞ?>
<む。し、しかし何故破滅を望んでいるんだ?>
<ふむ?望んではならんのか?>
まるでそれが当たり前のように首をかしげるカシン。その仕草は可愛いと思うがその望みは恐ろしいもんだ。
<いや、望むなら普通変化だろ。「これを変えたい」とか。>
<なら望んでいるではないか。無へ消えればよいのだ。>
うぅん、どうも本気でそう思ってるようだ。もしこのカシンが現実でもいるのならきっとヨシテル様と相対することになる。
カシンはそれでもいいのだろうが俺としては複雑だ、こうして会話しながら将棋を打ちあう仲にまでなれるのだからどうにか和解の道はないものか。
そう思っている間にカシンは桂馬を俺と同じ位置に打つ。
<和解、できないかね。>
<愚問じゃな。>
<ほ、他に趣味を見つけるのはどうかね?俺も付き合うぞ。>
<ほう。例えばどんな趣味だ?>
趣味か、趣味・・・う~ん。
<・・・ドッキリとか?>
<どっきり?なんじゃそれは?>
忘れないうちに桂馬でカシンの本陣に切り込む。ドッキリはやりすぎると大惨事になりかねないからやっぱり別の言い方にしよう。
<まあ、悪戯みたいなもんだ。驚かしたりからかったり。>
<ほほぉ。ならお前はその悪戯のために我と付き合おうというのか?>
<バカを言うな。悪戯のためじゃない。ヨシテル様達のためだ。>
<言質は取ったぞ。後で忘れたなどとたわけた事を言った時はお前を木っ端微塵にしてやるからな。>
また恐ろしいことを言う、まったく。仕方がない、俺がカシンの抑止力になろう。
<でも殺しは無しだ。極力な。>
<ふん、不殺と言っても戦国乙女が相手ならお前が不殺される側じゃろうが。>
<それを言うんじゃない!>
一番痛いところを的確についてくる。くぅさすがに戦国の乙女達は強すぎるんだよ。
必殺技ってなあに?なんでクナイとかが爆発してんだよ!
<クククッなんなら我が力を与えてやろうか?>
<・・・はい?何言ってんだよ、そんなの不可能に決まってるだろ。>
<いや、我は可能なのだ。我は神にも等しき存在なのだからな!>
<そ、そうか・・・。うん・・・。すごいんだな。>
<む、その目は信じておらぬな?だがこれは事実じゃ。>
ふふんと無い胸を張って自慢げになっている。ついでにカシンも俺と同じように桂馬で切り込んでくる。
<ま、まあ力はいらんよ。嫌な予感しかしないし。>
<ちっ、堕ちんとは。この堅物が・・。>
そういうことは聞こえんように言ってもらえんかね。桂馬を5三に置き金に成らせる。
<とりあえず、この一戦取って教えてもらおうか。>
<ふん。敗北を味わわせてやる>
<6三龍、詰みも近いぞ?>
<ぐ、くぅ~!>
カシンを順調に追い詰める俺。角や桂馬で攻めると見せかけてあえて飛車で攻めてみたがうまくいったようだ。
眉間にしわを寄せ必死に考え込むカシンだが、逃げるにも攻めるにも駒数が少ないので多分数手で詰むだろう。
<に、2六銀!>
<5五角、王手だ。>
<に、2一王・・・。>
<6一龍、王手。>
<3一歩!>
<2二金、終わったな、詰みだ。>
<おのれ~!>
悔しさを爆発させ、涙目で睨むカシン。はっはっは、勝ちというのは良いもんだ。
<さあ、俺が勝ったんだから話してもらうぞ?>
<むぐぐ、仕方あるまい・・・。>
ショボンと肩を落とす。さすがにそんなに落ち込まれたら罪悪感が拭えないなぁ・・・。
どうしたものか・・・そうだ。
<こ、今度美味い大福奢るからさ。機嫌直してくれないか?>
<・・・大福だと?本当だな?>
<本当だ、だから頼むよ。>
<仕方あるまい!そんなに我に貢ぎたいのなら貢ぐがよい!>
機嫌を直してくれたみたいだ。よかった。貢ぐって言葉はあまり良い印象じゃないけどな。
<ならば正虎。心して聞け。>
<ああ。聞こうか。>
<我が何故、お前が異世界から来たことを知っていたのか。それは卑弥呼の力を感じたからじゃ。>
<・・・へ?卑弥呼の力?>
卑弥呼ってあの邪馬台国の?
<いや、カシン。卑弥呼は弥生時代に生きていた人のはずだろ?>
<卑弥呼は今も存在しておる。>
<・・・ま、マジか?>
<そして我は卑弥呼の悪しき力が具現化した存在だ。>
<え、え?待てよ?てことはつまり大雑把に言えばカシンも卑弥呼であり、だから卑弥呼の力を感じられたってことか?>
<その通りじゃ。そのくらいはわかるようじゃな。>
<じゃあこの世界に来てしまったのって・・・。>
<卑弥呼が召喚したのだな。ついでに言えば正虎の力も卑弥呼が与えた力のようじゃ。>
つまり卑弥呼って人を探し出せれば元の世界に戻れるかもしれないってことか。それにこの力も今まで誰がくれたのかわからなかったが卑弥呼がくれたのか。・・・感謝だな、この力がなかったらヨシテル様の側近になれなかったはずだからな。
<さて、我が教えてやるのはここまでじゃ。>
<いや待てや、まだ卑弥呼の居場所を教えてもらってないぞ。>
<教えるといったのはお前がこの世界に来た訳じゃ。そこまで教える約束などしておらぬわ。>
むっ。まあ卑弥呼の名を知れただけ良かったと思おう。情報が一切ないよりマシだ。
<それもそうか、教えてくれてありがとう。約束だから大福奢るぜ。>
<うむ、しっかり貢ぐのじゃぞ。>
<でもどう奢ればいいんだ?今俺たちが居るのは夢の中だろう?>
<それについては心配ない。明日にでも二条御所へ行くからな。>
<マジか!?その格好じゃ目立つんじゃないか!?>
<心配いらぬわ、この格好では行かん。>
するとカシンの格好が一瞬で変わった。薄い水色の着物に変化し、なんと額の紋章と顔の線が消えた。
<おお、これはすごい!これなら都を歩けるな。>
<ふふん。近々行くからな、存分に案内せよ。>
<わかってるよ。ただ変なことはするなよ?>
<悪戯は変なことになると思うのだが・・・まあ、よいわ。>
<・・・ん、どうやらそろそろ時間のようだ。>
この前より近い場所が光り始めた。前みたいにここに入ったら目が覚めることだろう。カシンが『あの事』を思い出さないうちにさっさと行こう。
<・・・あ!そういえば前回我に『背が低い』って言っていたな!>
ヤバい、思い出してしまったようだ。謝っておこう。
<わ、悪かったよ。お詫びに目一杯奢るからさ。>
<その財布絶対空にしてやるからな!覚えておれ!>
<ああ、じゃあまたな。>
俺は手を振り、歩いてその場所に入る。・・・浮遊感を感じる、多分これからもこの感覚を味わうのだろうなと思いつつ俺はその浮遊感に身を委ねた。
―
――
――――
目を開ける。うっ、眩しい。どうやら朝のようだ。
上体を起こして思い返す、大福が好きとは案外カシンも女の子なんだな。
さて、着替えてヨシテル様の鍛錬に行かないとな。
最近驚いたことは、家族が「と金」を知らなかったことです。
変装については正直すまんかったと思っています、あの程度なら変装じゃなくてメイクっぽいですね。