【完結】東方袖引記 目指せコミュ障脱却!   作:月見肉団子

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大好物だよ 袖引ちゃん

 ぼんやりと妖しい光を放つ行灯が唯一の光である薄暗い部屋の中。私はその()()と向かい合っております。

 仕切り越しからは睦言(むつごと)の様な囁き声が漏れ聞こえております。

 しかし、そんな内容など微塵も興味も無く私は目の前に投げ出されたその商品をじっくりと観察します。

 

 艶々とした雪のように白い肌、無防備に晒された肌は、まるでこちらを誘うように視線を送っております。

 透き通る様な肌を持つ()()は、無表情で此方に視線を投げ掛けます。

 更に、上へと視線を上らせていくと、頂点にございます、ぷっくりとした二つのさくらんぼが堂々と鎮座し、此方の口に含まれるのを今か今かと待ち詫びております。

 もう、その姿を見ただけで私は堪え切れ無くなり、ついつい涎を垂らしてしまいそうになってしまいます。

 哀れな獲物は、諦めたかの様に何の反応も示さないまま身体を差し出しています。

 ついに堪えきれず、私は飛び掛かるように獲物に手を出す──

 

「おっ、とと、危ない危ない。

 ──これを忘れていました」

 

 私は傍らに置いてありました容器を手に取ります。

 中にはねっとりとした液体が入っており、甘ったるい匂いが私の鼻を刺激します。

 

 私はそれを、獲物の全体に掛かるように丁寧にかけていきます。粘性を持つその液体は表面に触れると同時に、ぬめぬめと妖しい光を反射させながら真白い綺麗な肌を穢していきました。

 

 その姿はまさしく極上。

 そんな誘惑に私が耐えきれる筈も無く、ついつい()()()()()がっついてしまいました。

 

 まずは本丸は後回し、みずみずしい果実を口に含みゆっくりと、そして優しく弄ぶ様にねめつけます。

 此方を本丸だと仰られる方もいらっしゃいますが、私に言わせれば、まだまだと言えるでしょう。

 やはり、白くスベスベとしたあちらが本命。

 焦らすように、ゆっくりと全身を味わっていきます。

 その響きはとても甘美、歯を立てますとプニプニとした柔肌は此方を更に燃え上がらせます。

 ついつい、私の口から熱い吐息が零れてしまいます。

 はしたないと思いつつも、その魅力に抗えず、私は黙々と獲物に集中し続けます。

 その獲物は、抵抗もせずに私を受け入れておりました。

 声でも上げてくれたら少しは面白いのにな。とも思いつつも、つついたり、口に含んだりとたっぷりと楽しみます。

 久々に極上とも言える獲物です。しっかりと堪能し、その征服感を味わってから──ひんやりとしたその肌に歯を突き立てる!

 

 口に広がるのは甘美な味と、少しの官能感。

 

 思わず、自分の口からも喘ぎ声の様な声を出してしまいました。

 

「──んんっ、ここの白玉は最高ですねぇ」

 

 

 え? なんです? 白玉美味しいですよね?

 

 何故か、白玉よりも白い目線を背中にひしひしと感じてしまいますがそれはそれ。

 さてさて、ついつい長くなってしまいましたが細かい事はこの後に。

 

 季節は少し戻りまして蝉が喧しく騒ぎ、木々は青々としており、季節はまさに夏真っ盛り。

 この私もこの頃は、薄手の肌襦袢に半襦袢と裾よけを着込み、裏地の無い絽の着物を着込みます。薄着、と言う奴ですね。

 

 人里の方でも打ち水やら、水浴びやら、人間様も皆、思い思いの形で涼を取っております。

 

 そんな暑い夏の陽射しが頂点から少し下り、時刻でいうと午後の二時頃にあたるそんな頃。

 

 

 私、韮塚(にらつか) 袖引(そでひき) 至福を味わっております。

 

 

 そろそろ描写を省いても良いのでは、なんて思うほど何時もの如くお客様なぞいらっしゃらず、代わりに店内にいらっしゃるのは熱を孕んだ夏のそよ風。

 打ち水などもとうに済ませ、これはこれで夏っぽくて良いなぁと思いつつも、不定期に発刊される天狗様の新聞を麦茶片手に流し読み。

 ミーンミーンと鳴く声が遠くから聞こえる程静かな店内に、冷たいお茶を啜る音だけが響きます。

 新聞を子供達が水浴びをしている小川の如く、チョロチョロと読み流していた所、聞き捨てならぬもとい読み捨てならぬ記事を発見致しました。

 

──あの妖怪茶屋に新メニュー!! その裏には河童の陰謀が絡んでいた!?

 

 小さく纏められたその見出しに目が吸い寄せられます。

 いえ別に、巷ではごしっぷ? と呼ばれていらっしゃる()()()()()噂話には興味はございません。

 というか、河童様が何を企もうが何だろうが別に何でも良いのです。

 私にとって重要な所は前半にありました。妖怪茶屋に新めにゅーです!

 

 こんな記事を見つけたからには居てもたってもいれません。

 慣れた手つきで、自分の背丈程の棒を台座に乗りつつヨイショと使い看板降ろし、使いなれてきた臨時休業の看板を立て掛けます。

 こんな暑い中でも文句一つ言わない、働き者の狸の焼き物を中に入れつつ戸締まりや、商品を保管します。

 

──さて、準備は整いました。

 

「では、参りましょう」

 

 陽射しが照り付ける中、スタスタと早足気味で歩きます。流石に人間の皆様も好んで日光に焼かれる方は少なく、人通りも(まば)らです。

 

 声を掛けてくださる方もいらっしゃらず、私は目的地へとひた歩きます。

 何故そんなに急いでるのか? いえ、妖怪と言えども夏は暑いですし、そもそも人との会話が致命的に駄目な私としては今日ばかりは会話は出来るだけ避けたいと云いますか……

 決して、早く行かねば無くなってしまうかも、なんて考えてはおりません。彼処は隠れた穴場ですし、失礼ですがお客様もそこまで多くはありません。概ね売り切れると言うことは無いと断言出来るでしょう。

 しかし、しかしですよ、万が一にでも口に入れる事が出来なかった場合、やり場の無い気持ちを納める鞘を私は持ち合わせてはおりません。

 もし無かった場合、悪癖が顔を出し、愉快に騒ぎ出すことは必定です。故に売り切れていたなんて事が無いように、私は心ばかり急いでおるのです。

 私は油断すると走り出してしまいそうな身体を抑えつつも、憩いの場所への道を急ぎます。

 

 大通りから細道に逸れ、其処から更に幾つかの道を曲がると見えてきました。

 

 元は民家であったのかそうでなかったのかは定かではありませんが往来が少ない裏通りに、ぽつんと建つこじんまりとした甘味処が一軒。

 外には皆様が想像するような赤い敷物を引いた長椅子や番傘などはございませんが、軒下にひっそりとその看板がございます。

 

甘灯(あんどん)茶屋」

 

 という達筆な文字で書かれた小さな看板は此方を誘うようにちょこんと鎮座していらっしゃいました。

 

 この人里には人間はもちろん、たまに訪れる妖怪や私のように住んでいる妖怪なんぞもいます。

 しかし、まぁ人里でも妖怪を是としない方も少なからずいらっしゃる訳で、稀に影口の物種にもなったり致しまして、快く食事が出来ない事も。

 そこで、心優しい老店主が開かれたのがこのお店。

 それとなく仲の良い妖怪に持ちかけられ、ホイホイと開いてしまったと聞いております。

 一応、妖怪にも、人間にも開かれてはおりますが、この店舗はかなり見つけづらく、専ら、口伝えに噂を聞き付けた妖怪達の憩いの場となっております。

 故に、何時しか「妖怪茶屋」などと呼ばれるようになり、存在は知っているが、何処に在るかは分からない茶屋として有名になっております。

 

 私は迷うことなく、その戸を引き中へ入ります。

 中に入ると、しわがれた声が出迎えてくださいます。

 

「いらっしゃい。──おや? 袖引ちゃんじゃないか、よく来たね」

「はい、お久しぶりです。お元気にしておいででしたか?」

「ハハハ、元気も元気さ、そいで今日は一人かい?」

「えぇ、本日は新商品が出来たと風の噂で聞き付けた物ですから」

「おぉ、そいつは良かった

 場所は何時もの場所でいいね?」

 

 そう、朗らかにおっしゃいますと、そのお爺様は中へと案内して下さいます。

 使い込まれており、良く磨かれた席たちが並ぶ一階の席。ではなく、階段を降り地下室へと下って行きます。

 

 江戸時代の流れを色濃く組む幻想郷ではありますが当然のように地下室は存在します。

 と、言うよりも江戸時代には地下蔵文化は存在しました。火事と喧嘩は江戸の華なんて言われてはおりましたが、それくらい家屋は良く燃え、そんな所に貴重品を保存しておいたら何時灰になるか分かった物ではありません。

 ですので、地下に保存しておくというのが主流でした。これは私が生まれる前に起こった江戸を包んだ大火、「明歴の大火」から主流になったと言われています。

 また、穴蔵を専門に造る職人、「穴蔵大工」と呼ばれていらっしゃる方もおりまして、それなりに多かったと記憶しています。

 

 とはいえ、本来は地下蔵であって地下室ではございません。通気性の問題などが立ち塞がり、なかなか地下茶店を開くのは困難です。

 その例に漏れず、始めは地下は倉として使い、一階のみを解放しておりました。

 しかし、隠蔽されている訳でもありませんので、人間様も当然いらっしゃいます。

 元は妖怪の為の茶店であります故、人間様で一杯になってしまっては本末転倒。店主もその事に頭を悩ませておりました。

 その問題を解決してしまったのが河童の皆様方。えあこんやら、換気扇やら、何やら四角い機材を運び込み、地下空間をあっと言う間に素敵空間として改装してしまいました。

 お陰様で、何時の季節でも快適な空間として利用できております。

 

 何で、人間様が殺到しないかって?

 それはですね、この地下空間は本懐果たさんと造られた為、妖怪専用となっております。

 故に人間様には、立ち入り禁止となっており、これもまた、開かずの空間として噂になっていらっしゃる様子。

 本当に店主様には足を向けて眠れません。

 

 まぁ、実装当初は寺子屋の先生様が乗り込んでいらっしゃったりと一悶着ございましたが、今では危険無しと判断されております。

 せいぜい噂好きの間で人間を材料にしている、そもそも存在していない、など色々と尾ひれがついていらっしゃる様子。

 

 たまに一言申さん、と正義感を背負った若者やらがこの茶店を見つけ出し、乗り込んで来ますが、ご老人の人の良さに毒気を抜かれ、一服してお帰りになる、という事が何時もの流れです。

 また、八雲の式様や、太陽の畑の主様など怖……素晴らしい方もいらっしゃいます。

 この店舗にもし危害を加えようなんて勇者がいらっしゃいましたら、とりあえず思い留まる事をおすすめします。

 よく小傘さんも利用していらっしゃる様子、というよりも小傘ちゃんにこの茶屋を教えて貰い、常連となりました。

 

 まぁ、その話はおいおいと、まずは目の前に広がる素晴らしい光景をお話したいと思います。

 

 地下に下ると、心地好いひんやりとした空気が出迎えて下さいました。行灯が各所に用意され、しっかりと磨き込まれた机が並んでおり、薄暗くも幽玄な雰囲気漂う素敵空間となっております。

 物静かでありつつも窮屈では無い、そんな空気を楽しみながらも隅っこから二番目の奥の席へと乗り込みます。

 此方の店舗に訪れる妖怪はだいたい決まっており、何となく指定席みたいな場所がございます。

 まぁ、何となくなだけですし、他の方の指定席にもなっているかもしれませんが。

 

 とりあえずその席に通され、その噂の新めにゅうを注文します。

 おじいさんは頷き、言葉少ないままに厨房へ下がって下さいます。小傘さんが悪癖の事を説明しておいてくれたお陰でおじい様は此方を気遣い言葉を短く簡潔に、を心掛けて接客して下さいます。

 事前に説明してくれた小傘ちゃんと、こんな丁寧な接客をして下さるおじい様には感謝しか出てきません。

 

 何人かの妖怪さんがカチャカチャと食事やらお茶やらを楽しんでいらっしゃる音が聞こえてきます。

 時折、囁き声なども聞こえて来まして、沈黙では無く心地好い静寂を楽しみつつ、今か今かと微妙に床に届かない足をぷらぷらさせておりますと、やってまいりました、噂の新商品。

 

 ごゆっくり、の言葉と共に置かれたその商品はまるで宝の山。私にとっては鬼の秘宝にも負けず劣らずの魅力がそこに広がっておりました。

 目録には、「白玉クリーム餡蜜」と記されたその商品は、この暑い夏の中、冬のような冷気を放っておりました。

 夏に作られた白色の()()()()は、今か今かと食べられるのを待ち構えておりました。

 夏なのに何故こんな物が、なんて思う方もいらっしゃるとも思いますが、私もわかりません。

 しかし、先程見た新聞には河童の新技術がうんぬんと書かれていらっしゃったので、河童様が何か手をお貸ししたのでしょう。

 

 まぁまぁ、そんな分からない話など長々と考えていても目の前の氷のお友達が溶けてしまいます。

 さぁさぁ、傍らにあった餡蜜(あんみつ)を忘れないように掛けつつも、まずは季節ものにはちと遅いさくらんぼを頂きます。

 何やら冬が長く、こんな真夏になったとかなんやらで、ありがたく季節外れの果実を楽しみます。さーびすと二つも付けて下さったのを心行くままに堪能します。

 続いては、つるんとした寒天をぱくり、端に掛かった餡蜜と寒天の仄かな甘さが口に広がりました、そして噂の()()()とやらを一匙掬い口へと運びます。

 ひんやりとしつつも上品な甘さが口の中で遊びます。夏に食べる最高の贅沢と言えるでしょう。

 

──さて、さてさてさて!

 

 本命の時間がやって参りました。さくらんぼ? あいす? 馬鹿を言ってはなりません。

 ちゃんと商品名の頭に輝いていらっしゃるでしょう。「白玉」と。

 

 えぇ、そうです。(わたくし)、白玉に目がありません。

 今は昔、江戸の頃は水質事情があまり誉められた物では無く、水売りという商売をしていらっしゃる方もおられました。

 

 氷水あがらんか、(ひやっこ)い。

 汲立(くみたて)あがらんか、(ひやっこ)い。

 

 なんて売り文句と共に水を売り歩いており、その桶の中に白玉が入っているなんて事が良くありました。

 私の数少ない贅沢として、江戸に訪れていた水売り様には良くねだった物です。

 この容姿を活かせば()()()ことなど容易ですから! 妖怪らしく化かしてやりましたとも!

 

……自傷行為はさておき、そんなこんなで白玉は大の大好物です。

 白く艶々しい外見、食べた時の柔らかくも押し返してくる感触、そして仄かな甘味と胸一杯の幸福感。そのまま頂いても良し、餡蜜を掛けて良し、餡と共にも良し、()()()と共に頂いても良し、贅沢な選択肢も増え、益々可能性は広がるばかりです。そんな可能性を秘めた逸材。それが白玉なのです。

 えぇ、これを越える物は地上に無いと断言できます。

 ですから、食べたときに声にならない声をあげるのは仕方の無い事です。

 

 気がつくと、皿は空っぽになっており、腹は満たされ、幸福感で一杯でした。

 一緒に注文した、熱いお茶を啜りつつ余韻を楽しんでおりますと。

 ひそひそ話が耳に入ってきます。

 

「例の……だった?」

「……れで、……ね」

 

 どうやらすぐ後ろの席で誰かが話している様子。

 まぁ、聞き耳立てるほど野暮天でもありませんのでお茶に集中しつつ、最後の余韻を楽しみます。

 

 ユルユルと時間が流れていきます。

 

 至福な時も啜り終え、ほぅ、と一息ついて席を後にします。

 階段に向かう際に、すぐ後ろの妖怪達が目に入ります。緑色の帽子、青色の服、私と同じあいすをつついている河童様が何やらお話をされているようでした。

 

 さてさて、階段をトコトコ登り、店主にお勘定をお願いします。

 

「どうだったかい?」

 

 なんて、そろばんを弾きつつも一声掛けてくださいます。

 私は自然と笑顔になるのを自覚しつつ、心情を素直に吐露します。

 

「最高でした!」

「そうかい、そいつは良かった」

 

 お爺様もつられて、にっこり笑って下さいました。

 つつがなくお勘定を済ませ、がらがらっと外に出ますればそろそろ昼も終わる良い頃合い。

 

 今日は陽が落ちきらないうちに帰りたいと思います。

 

 トコトコと家に辿り着き、お茶を入れますが到底茶屋のお茶には届きません。

 

「また、行きたいなぁ」

 

 なんて、呟きながら冷たいお茶を啜り、暑い部屋に風が迷い混む中、風鈴の音を聞きつつ、夏の夕焼けが落ちていくのを眺めていました。

 遠くで蝉が鳴いているのを聞き、明日は晴れそうだ、なんて思いつつも夏の一日は幕を閉じました。

 

 

 

 その数日後、こんな噂を耳にしました。

 

 何やら、博麗の巫女様が河童達をこらしめたそうで。

 どうやら河童様が、魚の冷凍保存の為に色々と試行錯誤した失敗作を人間に押し付けた、というのが原因の様です。

 

 失敗作を押し付けたられたのは妖怪茶屋。人々の間に妖怪を贔屓にしている妖怪茶屋の店主も騙されるんだねぇ。と、店主に同情を、そして妖怪達にちょっとした畏れが集まり、本当の終わりとなります。

 

 白玉も畏れもお腹が膨れるお話でした。

 

 

 さてさて、落ち無し、山無しのお話となってしまいましたが、騒がしい日常ばかりでは些か食傷気味となってしまうもの、腰を落ち着けつつも白玉もお食べになって一服、なんてものも乙かと思われます。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 御馳走様でした。




袖ちゃんはKENZEN。いいね?

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