さて、更なりな季節は過ぎ去り、あけぼのな季節が到来致しました。
春の妖精が騒ぎまわり、春の到来を告げた後、桜で野の山も埋め尽くされる。桃の花咲けば開花するは宴の音。
そうです、私は只今宴会の真っ最中。飲めや騒げやの大騒ぎ、周りでもどんちゃん騒ぎの話がちらほらと。ご多聞に漏れず、博麗神社でも開かれておりまして、その宴会に私も参加しております。
私、韮塚 袖引 飲んでおります。
「んぐんぐんぐ」
御猪口傾け、ちょぼに口付け、熱い液体が喉元を通り抜ける。かーっと熱くなる魔法のお水。
「やめられませんねぇ、お酒は」
ちゃぽんと徳利揺らせば聞こえて来るのは幸せの音。ちゃぷんといった音なんてもう打ち消され、周りは喧噪に満ちております。
ざわざわ騒げば歓声が沸く。御座の上にひらひらと舞う桜を静かに見る方なんて一人もおらず、皆々さん梅や桜に負けぬ赤ら顔。
時折、怒号やら徳利が飛ぶのはご愛敬。皆様楽しんでいるという事で。
視界には境内にいらっしゃるご神木さまが、これでもかという位に綺麗に咲き誇っておりまして、時折そよ風が春の欠片を此方まで運んできて下さります。
晴れ空に桜、雲一つない空は正しく花見日和。ひらひらと舞う桜の華を頭に乗っけた方々が酒瓶持って大はしゃぎ。実に騒がしい昼下がりでございます。
そんな私もくるくると回っております。始めはひっそりと端の方で小傘ちゃん、影狼さん、蛮奇さんと妖怪の集まりで飲んでいたのですが、紅魔館の皆様に挨拶したが最後、名前も、顔も紅い姉妹に捕まってしまいました。
「袖引は私達といるのー」
そんな声を上げたのは金の髪持つ妹様。グイグイと私の和服の袖引っ張り、私の役割をさらっと盗っていく妹様は非常にご機嫌な様子。
笑顔を浮かべ、えへへと引っ張るその姿はとても愛くるしいものでございました。……もっとも引っ張られた瞬間に、私を浮かせる位の力は健在でございましたが。
フラン様も始めの頃はおっかなびっくりでございましたが、少しづつお外に出向くようになり、ちらほらとお外で出会うことも多くなりました。
たまに紅魔館へ出向くと不在なんてこともあり嬉しいやら寂しいやら。しかししかし、このように宴会にも出向くようになり嬉しい限りなのは間違いありません。
さて話を戻しまして、ふわり引っ張られ妹様の腕の中。目を丸くしているしている私を見て笑う紅魔館の皆さん。私の心臓は跳ね回っておりましたが、皆様の笑顔に釣られ、私も笑顔を浮かべます。
ひとしきり笑った後、頂いたわいん、とか呼ばれる果実酒をちまちまとやっていました所、続いて現れたのは紅白の巫女様と、白黒の魔法使いさん。
「おー珍しい所にいるな」
「フランもいるのね、珍しいじゃない」
魔理沙さんは、そんな言葉と共に、紅魔館方々がいらっしゃる御座にどかっと腰を下ろします。それから笑いながら魔理沙さんは、抱きしめられている私を引っ張りだそうと、すっ、と手を伸ばしました。
すると、魔理沙さんから隠すように、フランさんが私の位置をさっと後ろへとずらします。
「いくら魔理沙でも袖引ちゃんはあげない」
「あげないって……」
いつから所有物になってしまったのか、苦笑いを浮かべますがフラン様は私をひしっと抱きしめ、離す様子がございません。
困ったことに、ここにはそう言った冗談を面白がってしまうようなお方ばかり。一斉にやいのやいのと騒ぎ立て囃し立ててきます。
しかしながらそんな中、フラン様に可愛く威嚇された魔理沙さんは、何とも微妙そうなお顔。笑ってるのは間違いが無いのですが、目が少しばかり怖いようなそうで無いような……
「……袖引は、誰のものでもないぜ?」
「じゃあ今から私の物ね」
フランさんと魔理沙さん、お互いが視線を交差させバチバチとしのぎを削ります。お二人とも仲がいいですねぇ……なんて呑気に構え、事の成り行きを眺める私。
しかしまぁ、本当は私なんぞどうでもいい事の筈でしょうに、なかなかお二人が矛を収めようとはいたしません。いやはやお酒とは恐ろしいものですね。
お酒の魔力に震えつつも、近場で眺めるいつもの軽口対決。いやはや、直面すると迫力がございますね。しかし、そろそろ軽口ではすまなくなってきそうな雰囲気。軽口の口実である私も、そろそろ肩身が狭くなってきております。
そんな中、すくっと立ち上がったのはレミリア様。流石の吸血鬼の威容で、立ち上がっただけで、すっと静まり返り、今までの雰囲気を全て持って行ってしまいました。
縮こまっていた私もおぉ、と小さく声を上げ一喝を期待してしまいます。
そして胸を張り、レミリア様はおっしゃいました。
「さっきから黙っていればフランも魔理沙も……袖引は、私の物よ! ぎゃおー」
腕を広げて、けらけら笑うレミリア様に思わず、がくんと脱力する私。
本人は楽しくお酒に酔っているのか、フラン様と私に重なるように抱きついてきます。あまりにも突然であった為、先程から私の腕を掴んでいた魔理沙さん含め、四人でバタンとひっくり返ってしまいました。
木々から落ちた桜がふわりと巻き上げられ、はらはらと舞い散ります。
そんな光景とは対照的に、どたどたと音を立ててひっくり返った私たち。ゴン、と鈍い音も聞こえまたもや騒がしくなりました。その中で真っ先に声を上げたのはフラン様。ジタバタと暴れ、喚くように声を上げております。
「お姉さまは黙ってて!! てか重い、邪魔!」
「こっちは頭を打った、慰謝料を請求するぜ」
面白がり、割り込んできたレミリアさんに、二人とも抗議の声を上げますが、一向に聞き入れる気が無いのか笑って無視するだけ。そんな光景に思わず、私はぷっと吹き出してしまいます。
「ふ、ふふふ。もう何が何だかわかりませんね」
「笑い事じゃ……いや、笑い事か。……はぁ」
「もう、お姉さまのせいで台無しじゃない!」
「いいじゃない、私も混ぜなさいよ」
私が笑い出せば、魔理沙さんは何故かため息を吐き、フラン様は羽をいきり立てレミリア様に抗議。レミリア様はレミリア様で、非常に楽しそうにぱたぱた羽を動かしております。
先ほどの険悪な雰囲気は何処かへと吹き飛んでしまい、なんだかんだ笑顔に落ち着きました。咲夜さんを始め、見守っていた方々も非常に良い笑顔を此方に向けております。……何故か生暖かい視線を感じたような気も致しますが、春の風吹く中気温も生暖かい事もございますし、きっと気のせいでございましょう。
「いつか刺されそうよね」
霊夢さんがぼそりとそんな事を呟いておりましたが、確かにレミリア様の自由っぷりは、いつか刺されてしまいそうで心配になることもございます。いやはや、困ったものです。
じゃれつきもひと段落致しまして、紅魔館の方々ともふらりと別れ、別の場所。上白沢先生や妹紅さんとお話をし、永遠亭の方々に挨拶し、守矢神社の三柱様にお参り申しあげて、ぐるりと一周。やっとこさ馴染みの
ふらふらと戻りますと、おかえりーと声を掛けて下さいました。そんな声に返事をしつつ、ぺたんと座りますと小傘ちゃんが話しかけて来ました。
「袖ちゃんってほんとに色んな所と知り合いだよね。私びっくりしちゃった」
「えぇ、まぁ……色々ありましたからねぇ」
最近の私にあった様々な事が思い返されますが、よくもまぁ生きていられたものというか、今思い返しても震えが来てしまいそうなものばかり。
「この前聞いた冬の異変もそうなんだけど、本当に色んな事に巻き込まれてるよね」
「さっきも噂の吸血鬼姉妹に捕まってたしね、次はどんなのに巻き込まれるのかしら」
影狼さんも、蛮奇さんも同情混じりの視線を向けて来ます。……同情交じりの楽しそうな目線なのも否定できませんが。
まぁ、そこは妖怪ならではの楽しさを求めてしまう性という物でしょう。私も逆の立場であったらそうしてしまいそうですし。
そんなニヤニヤとした視線にやめてくださいよー、と軽く返しつつも徳利を傾けます。しかし、傾けてもお酒が出てくることは無く、水滴垂れるだけ。どうやら空の徳利を取ってしまった様で、他の徳利を探します。
すると蛮奇さんが、新しい徳利を差し出して下さいました。
「なにやってるのよ、そっちは空のものを集めた所よ。というか、間違えるなんてだいぶ酔ってるわね」
「そんな事ないれすよ? ……ないですよ?」
「だいぶ出来上がってるわね……」
少し噛んでしまっただけだというのに酷い言い草ですねぇ。ちょっとばかり各所を回った際に、お酒を勧められただけだというのに、なんて考えながら新しい酒を注いでもらいます。
とくとくと注いで貰って顔を上げると、人影が四つ。おかしいなーなんて軽い気持ちで飲んでいると、いい飲みっぷりですねぇ、なんて声を掛けられました。
どちら様? と顔上げればいつの間にか、天狗様が我々の集いに紛れこんでおりました。
平時でしたら皆気にしそうなお方ではございますが、現在は酒の席。誰一人として気にしておりません。私もその例に漏れず、ありがとうございます。なんて呑気に返し、再びちょこを傾けたところで我に返りました。
「あの、射命丸様。何故こちらへ?」
「いやー奇遇ですねぇ」
「いや、奇遇も何も」
「いいですから、いいですから」
ぐいぐいと酒促され、なぜこちらにいらっしゃるのか分からぬままに、言われるがままに酒をぐいっと煽ります。
「おぉ、良い飲みっぷりですね! ささ、お次を」
ぱちぱち拍手された後、更にとくとくとお酒を注がれ、私は目を白黒。そんな姿を見て、小傘ちゃんが思わず、と言った体で会話に割り込んで来ました。
「ちょ、ちょっと天狗さん……?」
「はい、何でしょう付喪神さん?」
「あの、どうして袖ちゃんにお酒を注ぐのかなーって」
「ふっ、よくぞ聞いて下さいました。私は特ダネをとある筋から手に入れ、その真偽を確かめに来たのです!」
「……特ダネ?」
「そう、袖引さんの噂話です!」
小傘ちゃんが首を傾げ、射命丸様が胸を張ります。当の私はもうふわふわとした気分を存分に味わい、酒が何たるかという事をあぶくの様に考えては忘れ、考えては忘れ。を繰り返しておりました。
そんな夢うつつとも、酩酊感とも言える極上を味わっている内に、話は種だか羽だかに移り変わり、今現在一緒に飲んでいる皆さんがこちらを向きました。
そんな赤い顔達がこちらに向く中、口を開いたのは天狗様。宴会の今、天狗のお面を彷彿とさせるような、赤い顔がずずいと目の前まで迫ります。
「まずは、前回はご協力ありがとうございました。……それでですね、風の噂で伺ったのですけど鬼の方々、いや萃香さんに気に入られてるのは本当ですか?」
「そうなの袖ちゃん?」
「さすがに冗談だよね……?」
「面白そうな話ね」
射命丸様の言葉に、影狼さん、小傘ちゃん、蛮奇さんと反応し顔を乗り出して来ます。ぽけーとしていただけにびっくりどっきり。思わず手に持っていた猪口を取り落としそうになりました。
猪口の中に映る桜の木が、波にかき消されるのを見遣りつつ、今の質問を反芻しました。
何というか突拍子もない噂が流れておりますね、なんて呑気に考えてしまいます。弱小妖怪にそんな事出来るはずがありません。というよりもあれは……。
まぁ、射命丸様も半信半疑の表情でございますし、小傘ちゃん達も本当だとは思っていない様子。そもそも本当も何も噂自体が嘘でございますし、ここはびしりと、答えてみせましょう。
「そんな、恐れ多いです。ただ、萃香さんとは宴会で話す程度の関係なだけです」
「まぁ、そうですよねー……ん?」
どこか引っかかった様子の射命丸様。私も何処かおかしかったのかと首を傾げますが、一向にその原因見えてこない。困った様な笑顔を浮かべ、今一度聞いてきました。
「あのー貴女のような妖怪が、萃香さんとそこそこ仲が良いと?」
「え、えぇ、そうですけど……」
事実とは言え、貴女のようなと、この扱いをされ、少々傷つきつつも答えます。
確かに、よくよくと考えてみれば、私が鬼の方と交流があるのは意外かもしれません。しかし、弱小妖怪とは言え宴会に顔を出しますし、交流があってもいいものだと考えてもおかしくは……
なんて考えておりましたが、そういえばかつて妖怪の山の元締めをやっていらした方々。天狗様達から見ますと、鬼の方は直属の上司にあたる方なのでしょう。そんな方が私の知り合いともなれば驚くのも必定と言えますね。
と、考えておりましたが、射命丸様以外の方々も目を丸くしているようで私一人困ってしまいます。確かにあの方は、少し事を構えましたし、忘れられないと言いますかなんといいますか。それに、ちょっと暴力的というか、お酒に奔放というか。……あれ?
ま、まぁ気を取り直しまして、まずは飲みなおす。こくりこくりと桜浮かぶ湖面飲み干して、ぷは、と一息。腰を上げ別のお酒を取りに立ち上がります。
個人的にあれは、あまりと言うか何というか言いづらい物でございまして。さりげなく話題を変更しようと立ち上がりさまに言葉を発しました。
「さて、別のお話でも……」
そんな感じでさりげなく話題を振ったわけでございますが、がしりと右腕を射命丸様に取られます。更に左腕を影狼さんが捕まえ、ぐいと持ち上げられ、ぷらーんとぶら下がってしまいます。
釣り下げられた私は何事ぞ、と右左に首振りますと、翼をお持ちの方は目をきらきら煌めかせ、筆を揺らめかす。もう片方は、尻尾をぶんぶん揺らして意思を示しております。
助けを求めに視線を走らせますが、小傘ちゃんは苦笑い、蛮奇さんは耳を傾けており、誰も助けて下さる方はおりません。
私がじたばたして抵抗を示す中、射命丸様はゆうゆうと筆を口に咥え、ごそごそと手帳を取り出し臨戦態勢。
「当然、お聞かせ頂けるんですよねっ!!」
と、笑顔でずいずい迫ってくる顔見れば、逃がす気は無いぞと、暗に顔に書いてあり無言の圧力を放ってきます。
耐えきれずに横に目線ずらせば、ぱたぱた振る尻尾と共に影狼さんの一言。
「私も聞きたいなー、いいでしょ?」
狼さんと天狗さんに睨まれれば誰だって身は竦むもの。断ってしまったらどうなるか……いや、影狼さんは特に何も起こらない事でしょうが、射命丸様は……うん、大変良い笑顔ですね、断る事を考えた私が愚かでございました。
「わ、わかりました。降参しますから、まずは降ろして下さい」
冬の名残なのか、恐怖なのか分からない震えを感じつつ、すとんと降ろされ、また御座へと戻りました。
そこには興味深々な方が増えておりまして、こちらをいかにもワクワクといった表情でこちらを見ております。
こうなってしまっては、尻尾巻いて逃げ出す訳にもいかず、腹を括り話を思い出し始めます。何を話し、何を話さないかぼやけた頭で練っていき、口をお酒で湿らしました。
思い出すのは、宴会続きの春の頃。今の様に桜が咲き乱れ、皆さんどんちゃんと騒いでおりました。
終わらない冬も明けまして、待ちわびたかの様に開花を告げた桜の元で、皆さま楽しく宴会を開いていたころでございます。
さて、これから語りますのは少しだけ苦い思い出にございまして、鬼の大将こと萃香様。やはり大将というだけありまして、とんでもないお方でございました。
さてさて、そんなお話は次回以降。区切りの良い所で今回は此処までに致しましょう。次回以降は、桜吹く空の中、鬼さんに出会ったお話をいたします。
ではでは、次回も