智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

7 / 41
前話のマテリアルは活動報告の方に移動させました。
変更点は特にありませんので閲覧せずとも問題は無いです。

今話はある意味タイトル詐欺です。


第六話 カルデアにて Ⅱ

 特異点の発生は人理焼却に起因するものであり、歴史上に発生した染みの様なものだ。いわば泡沫の夢、触れれば消える儚いものであり、同時に残しても異物を抱えたまま消してもいけない危険物。ではこれの原因を排除し解決した後に、その特異点は綺麗さっぱり無くなるのか。

 

 実はそうではないらしい。

 

『あー、テステス。そっちの様子は大丈夫かなー? 良ければ返事をしてくれたまえ』

 

「問題ない。肉体、精神ともに良好だ。世界の状態にも異変は無い」

 

 カルデアから届いた軽い調子の通信に、慣れた様子でセイバーオルタが返答する。中天に輝く陽の光を受けた彼女は既に剣を抜いて黒の鎧を着こんでおり、臨戦態勢を整えていた。そしてその横に立っている聖女もまた杖を握り、幻想女王は鎖に縛られた本を小脇に抱えている。

 ここは第一特異点の残骸、いわばオルレアンの残滓である。人理修復は確かに完了した。現状ではこの特異点が人理焼却の原因となることはあり得ない。しかしすべての特異点を修復し、人理焼却の阻止が出来るまではこうして一部の要素がそのまま残留するらしい。まだ新参者のマーキダには詳しいことは分からないが、ここに来る前にこのような説明を万能の天才を名乗る者から受けていた。

 

「ここが特異点ですか……現実と何ら変わることは無いのですね」

 

『それはそうだとも。そこは人類史のIF、こうだったかもしれないという記録の残滓だ。むしろ現実から大幅に乖離している方が大問題さ』

 

「確か私はここで敵として立ちはだかったとか……なんだか気が重いわ」

 

「気にするな。あの時は私がお前の竜ごと聖剣で薙ぎ払ったからな、大した障害ではなかった」

 

「……それはそれで弱いって言われているみたいで複雑ね」

 

『まあまあ、あの騎士王が相手なのだからあまり気にしないことだ。むしろカルデアの魔力供給があるとはいえ躊躇なく聖剣をぶっぱする方が余程おかしい』

 

 うんうんと相槌を入れて来るのは、カルデアの誇る天才にして変人、英霊召喚第三号たるレオナルド・ダ・ヴィンチその人であった。今はカルデアからの通信は音声しか届いていないが、仮に映像も追加すればその整いすぎた()()()()()美貌が晒されることだろう。

 

「えーと、それで今回の目的はワイバーンから剝ぎ取れる素材の回収でしたか。何に使うのですか?」

 

 ダ・ヴィンチちゃんに問いかけながら、マーキダは手に持った袋を見やる。それは中に入れた物をカルデアに持ち帰ることを可能とする特別な袋だ。

 

『それはもちろん、私の趣味の為だ。本来なら自分で採りに行くのも(やぶさ)かじゃないが、これでもカルデアのリソースの一角を任されている故、気軽にレイシフトするわけにもいかなくてね。簡単なお使いクエストだと思って諦めてくれ』

 

「ふん、これに戦力確認という明確な利点が無ければ一も二もなく断った所なのだがな」

 

『いいじゃないか、せっかくカルデアで集った女性英霊同士、ここは女子会としゃれ込むのが筋じゃないかな? マシュはあいにく立香君との英霊勉強会で来れてないが、まあ悪くはないだろうさ』

 

「……えっと、貴方は本来男性なのですよね? 男性が女性の肉体……これは主の許しに入るのでしょうか……? そもそもその状態で姦淫を行った場合は男色? それとも普遍的な営み? これは一体どちらなのか――」

 

「あー、ストップストップ。なんだかソドムとゴモラな方向に思考が走ってますよマルタさん。私もちょっと変人すぎてついて行けませんが、あの人はもうそういう物と諦めた方がいいんじゃないかと思います。そもそもアーサー王だって女性なのですから今更じゃないですか」

 

「はぁ、それもそうね。見かけの情報に踊らされるだけじゃ見えるものも見えなくなるか」

 

 男性なのに女性。誇張でもなんでもなくこの矛盾を両立する希代の変人については深く考えた方が負けだ。そもそもロマンは彼と呼ぶし、マシュは彼女と呼ぶしで定まっていない説すらある。特異点一つ分先輩のセイバーオルタはもはや気にしていないが、新参の二人はまだ慣れていないらしい。

 ともかく今回の目的はそのダ・ヴィンチちゃんの依頼、ちょっとしたお使いと戦力確認を主にしている。本来ならばマスターが居なければレイシフトも不可能なのだが、こういった特異点の残滓には英霊だけで干渉することも可能らしい。故にこの場に居るのは人外の三人のみ、いくら派手に暴れようと問題はない。

 

『さてと、そんな馬鹿話をしている内にワイバーンの群れを発見した。ここから北東にしばらく行った先に複数の反応がある。たぶん三十はいるだろうが、それくらい君らならばどうという事はないだろう? 竜退治の逸話を持つ英霊達よ』

 

 ダ・ヴィンチちゃんの問いかけは揶揄するように、けれど確信を持っている。

 

「無論だ。総て我が剣の錆にしてくれよう」

 

 黒の騎士王が獰猛に笑った。

 

「これでも山で生き延びていた間は亜竜を狩って食い繋いでましたし、割とワイバーン狩りは得意分野です」

 

 幻想女王が静かに微笑した。

 

「はぁ、たまには娑婆で暴れるのも悪くない……かしら? 足を引っ張らない程度に頑張るわよ」

 

 聖女が憂鬱そうに苦笑する。

 

 女子会とはあまりにかけ離れた内容だが、誰もそのことに突っ込まない。もはや語るに及ばず、こうなればやるだけやるのが得だと思いなおしたのだった。

 

 ◇

 

「フッ――」

 

 黒の剣閃が翻る。神速で振るわれた一撃は容易くワイバーンの首を刈り取り、血しぶきを巻き起こす。更にその剣圧だけですぐ近くのワイバーンの翼が捥げ、次の瞬間具足によって地に堕ちた頭を潰され絶命した。

 それは暴虐。殺戮の意志だ。セイバーオルタが通った後には何も残らない。あらゆるものは破壊され、その命を終わらせる。さあ、見るがいい。雑多なワイバーンなどどれだけいようと恐れるに足らず。剣の一振りで容易く殺されていくだけの儚い存在。何人たりとも騎士王の歩みを妨げることは出来ない。

 

「行くわよタラスク、あんまり破壊しすぎないようにね!」

 

「――!」

 

 爆炎が宙を舞った。鉄甲竜の一撃がワイバーンを襲い、あっけなく燃やし尽くす。太陽にも例えられる炎を掻い潜り近づいて来たワイバーンは、竜の鋭い爪の一撃で紙切れのように引き裂かれるか、マルタの一撃の前に粉々に粉砕された。それはまさに圧倒的な力であり、同時に聖女の手綱に置かれたかのタラスクの脅威を何より強く伝えていた。

 幻想種の中で最も優良とされる種族は竜だ。ワイバーンも確かに亜竜の分類であり、それはつまり竜種の系譜に掠る事にはなる。だが本物の竜ではない。なればこそ、リヴァイアサンの落とし子たるタラスクを前にして敵う事などありえない。砥がれた爪も牙も一切悉く無益なり。あらゆるものを弾く鉄甲の前にはあまりに無力だ。

 

「こういう時は相手に反撃の暇を与えず、広範囲の一撃でまとめて刈り取るのが早いんでしたか。久しぶりにやるので体が鈍っていけませんね」

 

 ぼやきながら書物を抱え、剣を引き抜いているのはマーキダである。彼女は少しばかり剣で自身の指に傷をつけると、滲み出た血を鎖の書物、『智慧と王冠の大禁書(ケブラ・ネガスト)』の表紙に押し付けた。

 その効果は明白、かつ絶大だった。空中を飛翔するワイバーン達が突如として首や翼を落とされ、呆気なく墜ちていく。反撃の機会など絶無、接近する前に事は終わっている。剣を振るう必要すらありはしない。宝具によって増幅された呪術の一撃。それはもはや不条理と呼ぶほかなく、引き起こされた風の一撃は死を招き寄せて憚らない。

 

 三者が暴れる様はワイバーンからすれば理不尽というほかなく、逆に三人からすれば特別な事など何もない。それでもワイバーン達もまた生き抜くために仲間を引き寄せ、当初の三十はとうに狩りつくされた後ですら膨大な数が空を舞っている。

 

「そう言えばマーキダよ。先ほどワイバーンの肉を食ってたと言っていたが、アレを調理出来るのか?」

 

 まさに剣で一体斬り落としたセイバーオルタの口元には、微かな笑みと期待が浮かんでいる。何処までも余裕を感じさせる佇まいだが、実際この騎士王からすれば今の状況は半分寝ていようとどうにでもなるだろう。

 

「それなりの料理には出来ますよ。しっかり火を通せば安全ですし、見た目も味もそんなに普通の肉と変わりませんから。せっかくですからここの肉を少しばかり持ち帰って、カルデアで調理しましょうか。私、これでも料理は得意なんですよ」

 

「……あなた達、仮にも戦闘中でしかも蹂躙してるようなものなのによくそんな話題できるわね……」

 

『食生活や過ごしてきた環境もあるだろうけど、これにはちょっと天才たるダ・ヴィンチちゃんもドン引きかなーって。でもワイバーンの肉料理は少しばかり興味があるのも事実だ。帰ってきたらぜひ振舞ってくれたまえ。ロマンも泣いて喜ぶだろう』

 

「それはますます張り切ってきますね。是非とも頑張って、彼を喜ばせてあげましょう」

 

 用いる呪術が切り替わる。代わりに台頭するのは魔術だ。ひたすら他者への攻撃だった性質が入れ替わり、自身への強化魔術となる。そのまま携えていた剣を正眼に構えると、セイバーオルタが暴れるワイバーンの群れの中に直接飛び込んだ。

 

「いい機会だ。貴様の剣の腕も見てやろう」

 

「それはまた緊張させるような事を」

 

 軽口を叩きあいながら背中合わせに剣を振るう。どちらもその色は黒、しかし正道に則った剣閃が宙に閃く。マーキダが翼を落としたワイバーンを魔力放出に任せてセイバーオルタが粉砕し、その上を飛び越えてマーキダがさらにワイバーンの首を断ち切る。互いの一撃を利用し利用され、即席の連携を成していく。そうしてより効率的な戦い方に戦略がシフトする。

 

 ――そして戦うこと数分、いよいよワイバーンの群れも打ち止めに入った。ひっきりなしにやって来ていたワイバーンもすっかり鳴りを潜め、今や残っているのは両の手の指で数えられるほど。それでも彼らは最後に一矢報いるために空を舞って機会を窺っていたのだが、それも低出力に抑えられた『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』によって灰燼と化す。

 

 これにてお使いクエストは終了した。後に残ったのは英霊の戦闘の余波によって破壊された大地と、山のように積み重なったワイバーンの死骸だけである。

 

「うっわ……なんて有様よこれ。こんなんじゃ本当に私たちが正義の側なのか自信が無くなってくるじゃない」

 

「戦いとはそういうものだ。とりわけ完全な勝利を目指すならば敵対者は根絶やしにして然るべし。下手な温情は我が身を滅ぼす因となりかねん」

 

「やるからには徹底的にってことですね。ちょっと夢は足りませんが、合理的ではあります」

 

『いやはや、騎士王がこと戦いにおいてシビアな考えを持っているのは当然だろうが、まさかシバの女王までこうとは恐れ入った。なんだい、山っていうのはそんなに厳しい環境なのかい?』

 

 からかうような口調で聞いて来るダ・ヴィンチちゃんだが、聞かれた本人はやや遠い目をしている。

 

「右を向けば幻想種、左を向けば絶壁、前を向けば幻想種で後ろには迷路のように広がる木々、空はほとんど常に荒れ模様。そのうえ地面は歩き辛くて、気温も寒暖の差がありすぎる。ありとあらゆる艱難辛苦が詰め込まれたかのような環境でしたね」

 

『……ごめん、それはちょっと無理かな。恐るべし、紀元前の山々だ』

 

「あなた本当に生者ですか? 実は地獄から甦った亡者じゃないですよね? もしそうなら教義上すぐにでも拳を解禁することになるのですが」

 

「拳の解禁など、お前は何を今更な事を言っているのだ。それにその程度の事、ブリテンでも日常茶飯事だった。世界の殺意を迎え撃つ羽目になった我らブリテンは食べれるならば人以外何でも食べた。その中でもワイバーンは比較的マシな部類だ。ああ、その果ての山盛りマッシュポテトも今思えば悪くなかった。褒めて遣わすぞガウェイン」

 

 もはや和気藹々とした過去話になっているが、状況はワイバーンが死屍累々と積み上げられているところだ。はっきり言って女子会には程遠い。一陣の風が吹き、立ち昇る血臭が遠くに飛ばされ彼女たちの髪を揺らす。そこでようやく次にやるべきことを思い出した。

 

『さあさあ、気を取り直してワイバーンの解体といこう! 私が欲しいのは牙と皮を少々だから、残りは好きなようにしておくれ』

 

「あ、なら血と心臓は私の方に渡してください。呪術を扱う際の良い媒体となるので」

 

「あー、私は悪いけど解体はパスで。魚の腑分けならいいけど流石にワイバーンは門外漢よ」

 

 そうしてマルタが念のための見張りに立ち、マーキダとセイバーオルタで手際よく解体してダ・ヴィンチちゃん特製の袋へと必要な物を詰め込んでいく。解体が終わった物から順に焼かれ、次第に積みあがっていたワイバーンの死骸も少なくなる。およそ二時間ほど経った頃には既に解体作業はほぼ終わっていた。

 

「これで良し、だ。今日の夜は期待させてもらおう」

 

「料理なら私も得意だし手伝うわよ。なんだかこの王様、明らかに大食いな気配が凄いもの」

 

「じゃあお願いしますね。それにしても聖女と一緒に料理とは、サーヴァントにもなってみるものです」

 

「それを言うなら私だってあのシバの女王がこんな血腥いとは思わなかったけどね。ソロモン王とのロマンスにドキドキしてたあの時の私に現実を教えてあげたいくらいよ」

 

 その言葉に当事者たるマーキダが苦笑いをした。確かにまあ、普通予想されるような嫋やかな女性と言った物からは外れている自覚はある。かといって今更染みついた習慣だとか考え方を改める気も無いのだが。

 

『そういえば、その話題ついでにどうしてもシバの女王に聞いてみたいことがあるがいいかな?』

 

「? なんでしょうか?」

 

 ”大したことではないのだが”と前置きが入る。

 

『ちょっと失礼かもしれないが、君は本当にソロモン王を愛していたのかい? どうにも列王記以外の描写は伝承を膨らませたところが多くてね。シバの国も気になるが、今はその辺りだけでも聞いてみたいんだ』

 

「なんだ、そんな事ですか――」

 

 少しだけ間が空く。けれどマーキダの心は考えるまでもなく最初から決まっている。

 

「間違いなく愛していましたよ。たったの二か月ほどの縁でしたが、それでもとても大切な時間でしたから。だからこそ、二度と会えなかったのは本当に辛いです。きっと、これから会うこともまた出来ないでしょうからね」

 

『……そうか。だがそれでも君が愛していると言うのならば、きっとソロモンも喜ぶだろうさ』

 

「ふふ、ならいいのですが。結局私は彼を変えることが出来ませんでしたから。果たして彼は私の愛を喜んでくれるでしょうかね」

 

 ――どことなく寂しそうな声が、夕暮れの空に微か響いた。




もしかして?→女死会

特異点の設定は独自解釈ですが、公式を見る限りまさにダビデなどは特異点で牧場経営しているので、たぶんこれで大丈夫かなと思っております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。