智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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イベント編は主人公の一人称で進めようかと思います。


第四章 死界魔霧都市ロンドン+α
第二十一話 ハロウィン Ⅰ


 ダ・ヴィンチちゃんの工房には、これまで足を踏み入れたことが無い。

 それも当然の事であり、魔術師は誰しも己が魔術工房を保有し、その中に他者を入れないし入ったならば帰さない。いわば魔術師が持つ最強の陣地であり切り札、そして城壁が工房の役割という訳だ。

 私個人としては、面倒なので自室を工房とはしていない。キャスターらしく陣地作成スキルはもっているし、道具作成を用いればより質の高い魔術工房は作れるだろうが、そもそもカルデア内でそこまできっちり工房を作る必要が無いのも事実だ。

 

 だから今回こうしてダ・ヴィンチちゃんの工房に招かれたのは、正直意外だったという他ないだろう。

 

「やあやあよく来てくれた。かけてくれたまえ、茶の一つくらいは出そう」

 

「お気遣いありがとうございます」

 

 一礼して、既に用意されていた席に座る。そこで首を動かしてみれば、辺りは様々な未知の道具や礼装で溢れ返っていた。それ以外にも書きかけの絵や設計途中の機械の類、図面に書き起している最中の設計図が多く散乱している。

 有体に言って、片付いてない部屋というべきだろうか。だけど不思議とこの光景が嫌ではないというか、むしろここでは何処か落ち着くような雰囲気さえ醸し出している。

 しばらくそれらを眺めていると、鼻先によい香りが漂ってきた。確かこれらは茶葉を用いた飲み物、紅茶と呼ばれる飲み物だったか。見ると、何やら不可思議な道具から色づいたお湯が出て来ていた。きっとあれもダ・ヴィンチちゃんの発明品の一つなのだろう。

 

「お待ちどうさ〜ん、紅茶一つあがりだ。ふふふ、どうだい、全自動紅茶作成マシーンは?」

 

「ふむ……」

 

 一口含んでみる。紅茶については詳しい所は何も知らないのだが、爽やかな風味と味が口内に広がる。確かに美味しいと言えるし香りも良いと思うのだが、しいて言えば一つ欲しいものがある。

 

「砂糖はありますか? そのまま飲むと苦くていけません」

 

「ふっ、ははははっ! まさか味より前にそれを言われてしまうとは。さすがに私も予想外だぜ。ほら、これに砂糖があるから使うといい」

 

「わざわざすみません」

 

 渡された小さな瓶を空けて、角砂糖を紅茶の中で投入していく。およそ七個ほど入れたところで良さげな味になったので瓶を閉じて、ダ・ヴィンチちゃんに返却する。それから口を付けてみて、予想通りに飲みやすい味となっていたことに内心で安堵した。

 そこで何やら視線を感じたので正面を向けば、果たして万能の人と呼ばれたカレは目を丸くしてこちらを見ていた。

 

「随分と砂糖を入れたものだ、甘すぎないのかい?」

 

「? これくらいなら普通に入れますが。昔は甘いものもあまり食べられませんでしたから余計に。ええ、そう思うと良い時代になったものですね」

 

「はぁ、こりゃ筋金入りの甘党か。ちなみにエチオピアはコーヒーの名産地だったりするが、君は飲めるのかい?」

 

「あんな真っ黒で苦くて黒い飲み物、私に飲めるわけ無いじゃないですか。せめて砂糖を大量に入れないとやってられません」

 

 個人的には、あんな飲み物は飲料だと認めない。アレはそう、悪魔の飲み物だ。ドクターは気に入っているらしくかなり飲んでいるのだが、私としては今すぐにでも飲むのをやめてほしい。アレを飲むなどなんの拷問だろうか。ただでさえ彼は睡眠不足なのだから、そこまで自分を追い詰めなくても良いと思うのに。

 

「おや、その顔はアレだね、ロマニの事を考えていたかな?」

 

「……鋭いですね。ただでさえ睡眠不足の彼があんな苦い悪魔の飲料を愛飲するのはどうなのかと思いましてね」

 

「確かに、コーヒーの成分に含まれているカフェインは脳を活性化させる効力があるから、あまりロマニには好ましくないな。今度それとなく注意しておいてくれ」

 

 そう言ってこの話題を打ち切ったダ・ヴィンチちゃんは、テーブルの下から何やら袋を取り出した。無言で出して見ろと促してくるので中身を取り出してみれば、果たして中身は帽子とローブだ。それぞれ黒と深い蒼で、触った質感はかなり良い。

 

「これは?」

 

「今回君を呼んだ理由さ。今度カルデアでは息抜きにハロウィンをしようと思っていてね。そのための仮装道具を先に渡しておこうと思ったのだよ」

 

「それでこんな物を……」

 

 ハロウィンについての詳細は聞いている。お菓子をもらい、仮装を施して楽しむケルト由来の祭りだとか。だから仮装道具についてはそんなに不思議でもないのだが。

 

「見るに、魔女衣装でしょうか? 割とコテコテですね」

 

「こういう時はむしろありきたりやテンプレートこそ似合うのさ。ほら、それを着てロマニにお菓子をたかりに行くといい。きっと驚くぞ~?」

 

「まあ確かに、こうも凝った物だと驚きそうですね」

 

 見た感じ、かなり細かく作り込まれている。どうやらダ・ヴィンチちゃんは裁縫についてもかなりの腕前を持っているようだ。はっきり言って万能過ぎてもはや嫉妬の念すら起こらない。

 なのだが、何やら向こうは不満げだ。こちらを半眼になって見て来る。何か悪いことを言っただろうか? 疑問に思いながら問いかければ、深いため息をつかれた。何故?

 

「君はまだ気づいていないのかい? それだけ強く意識しておきながら」

 

「……なんの話ですか? 身に覚えが無いのですが」

 

「本当に? ……なるほど、確かに恋は盲目というのは本当のようだ。ダビデ王の慧眼には恐れ入る」

 

 よく分からないが勝手に納得されてしまった。いや、話の流れから私がドクターロマンの何かについて気づいていないという事なのだろう。ただ、そのことが私には分からない。確かにドクターロマンはそれなりに気になっているが、そも()()()()()()()()()()気になっているという因果の狂ったような想いが元のはず。

 だから、私に対して恋は盲目などという言葉は何の意味も為さないはず。それでも何か意味を持たせるならば、つまり私がロマンに対して――

 

「ありえません、そのような事は。私が好きなのはただ一人だけです。確かに彼と共に居ても不愉快でない……どころか楽しいと思っているのは否定しませんが」

 

「頑なじゃないか。そうまで否定するならまあ、それでもいいさ。その間に、私が彼を貰っていくとしよう」

 

「……は?」

 

 何を言っているのか分からない。いや待て、そもそも目の前の存在は精神的には男じゃないか。それなのにもらって行くなんておかしくはないだろうか。

 

「貴方、自分が何を言っているのか分かっていますか?」

 

「おいおい、この私にその質問は悪手だぜ? 自分の言葉に責任も持てずに、誰が天才なんて名乗るものか」

 

「それはそうですがね、ですが貴方の中身は男じゃないですか。それでもそのような事を言うのですか?」

 

「そりゃ言うさ。こと恋愛について男女の性差は関係ないだろう? このうえ今の私は『黄金律』を宿した極上の女体だ。文句は誰にも言わせないよ」

 

 どこまで本気で言っているのだろうか、この存在は。酔狂でこのような事を言うとも思えないし、かといって本気と取るには普段の態度からして信じられない。普通に考えれば、私に対するなにがしかの当てつけか。だけどその理由が分からないし、されて何の意味があるのやら。

 

 だけど、そう、何故だか負けたくないと心が訴えてくる。勝負ではないのに、負けたら終わりだと心の何処かが言っている。

 

「……私だって『黄金律』はもってますよ。身長だって貴方より四センチは高いですし」

 

「体重はどうだい? ちなみに私は四十キロだ。そうそう追いつけるとも思えないけど」

 

「五十二キロです。だけど私のは健康的を維持しつつ美容的なギリギリの体重なのに、貴方のそれは幾ら何でも軽すぎるじゃないですか。その中身は実は骨と皮だけなんて考えられますけど大丈夫なんですか?」

 

「まったく平気さ、この私に失敗があるわけないのは承知してるだろ? それに、世の中の男性はやっぱり女性の体重に夢をみるものさ」

 

「それは自分の実体験ですかね?」

 

「ああそうだとも。この辺り、君とは比べ物にならないアドバンテージだと思うのだけどどうかな?」

 

 問われて、言い返せずに黙り込む。確かの世の中の男について知っているのはダ・ヴィンチの方に分があるだろう。でもだからこそ、元男に対して女性としての魅力で負けたくないのは事実だ。だけど、それで勝利したとしてどうするのだ? カレは彼を貰うと言っていたが、もしカレに勝利すれば私が彼を手に入れられる? だがそこに意味は無い……はずだ。そこに意味を見いだせるとすれば、それは互いに相思相愛の時に限るだろう。

 だから、結局この争いに意味はない。そんな事はお互いに分かっている。カレが本気だとしてもそうでないにしても、ここでの言い争いは時間の浪費だ。

 

「なんて、小粋なジョークで場を温めたところで本題に入ろうか」

 

「ジョークとは思えないくらいには目が本気だったように見えましたが」

 

 思わず反論してしまう。するとダ・ヴィンチちゃんはくつくつと笑った。まるで愉快でたまらないといった具合だ。

 

「それはそれさ。ちょーっと君の事を試してみたんだけど、想像以上に頑固だから驚いてるよ。だからそんな君にこれを進呈しよう」

 

 渡されたのは一枚の紙。広げてみれば、五桁の数字が並んでいる。これは一体何のだろうかと視線でダ・ヴィンチちゃんを促すと、カレは笑って教えてくれた。

 

「その紙に書いてあるのはロマニの自室の暗証番号さ。普段は鍵を閉めてるから入れないんだけど、それがあれば外から勝手に入ることが出来るのさ」

 

「えっと、それって結構マズくないですか。完全に相手の了解を得ずに敷地に入っていますけど」

 

 さすがにいつの時代においても勝手に他者の部屋に入るのはマナー違反だろう。その法則に男も女も関係はないはず。だからこそ、何故このような物を渡されたのか分からず困惑してしまう。

 

「君も知っての通り、ロマニは割と自己犠牲系ヒロインみたいな状況になっていてね。かなり無理をしてるから満足に寝てすらいない。管制室に基本的に居座って仕事をしてるし、見かねたこっちが部屋に追い返してもそっちで仕事をしてるくらいのワーカホリックだ。これはいけないと私も思ってね、だから君にこれを託すことにした」

 

「つまり、私にドクターの面倒を見て欲しいと?」

 

「そんな所さ。堂々と部屋に入って、暗示か何かで眠らせて、それで膝枕でもしてやってくれ」

 

 軽く言ってくれる。ドクターを相手にそこまで持っていくのがまず大変そうなのだが。とはいえ頼まれたのは事実だし、彼の睡眠不足の深刻さも確かに不安だ。ダ・ヴィンチちゃんの依頼をこなすことに否は無い。

 

「ただ、一つだけ訊きたいことが。さっきはあんなにこっちを牽制するような事ばかり言っていたのに、どうして急に私に塩を送るような真似を?」

 

 気になったので聞いてみた。だってそうだろう、さっきはあれだけ自分の優位を説いていたのに、急にライバルの様な相手が有利になるような事をするには違和感がある。

 よって口をついて出た言葉は、どうやらカレの琴線に触れたらしい。腹を抱えて笑い出すと、その場に突っ伏してしまった。

 

「……なんです、その反応は?」

 

「ふっ、ふふふ、まさかそこまで本気になるとは思わなくてね。それに信じるとも思わなかったのさ。心配いらない、全部ぜんぶ冗談だ。君のライバルは一人もいないよ」

 

「その言い方は引っかかるものがありますが……まあ今は良しとしておきましょう」

 

 飲みかけの紅茶を一気に流し込んで、テーブルから立ち上がった。もらった紙は懐に仕舞い込んで、工房の出口まで歩いて行く。そんな私の背を追いかけるように、座ったままのダ・ヴィンチちゃんの声が届いた。

 

「いつまでも見て見ぬ振りはよくないぞ? ま、君が君ならロマニもロマニだがね。チキンはチキンで厄介だよ、まったく」

 

 追いついたその言葉を振り払うように、工房の扉を閉めた。

 

 ◇

 

「さてと、入力するのはこの番号ですか」

 

 夜、ロマニ・アーキマンの自室前にて。結局ダ・ヴィンチちゃんに言われるままに来てしまったのだが大丈夫なのだろうか。今更ながら不安が残るが、躊躇っていても仕方ない。なので入力装置に暗証番号を入力して、閉め切られた扉を開けた。

 

「失礼しますよー」

 

「だ、誰だ!? ……ってなんだマーキダか。どうやって入って来たんだい?」

 

 一瞬だけ普段とは全く違う鋭い反応を見せたドクターは、こちらの姿を見てホッと息を吐いた。座っている彼の前にはこの前と同様にパソコンなる機械が置かれていて、さらに周囲には様々な書類が散乱している。ただ前回よりはお菓子の数は少ない。

 

「ダ・ヴィンチちゃんから暗証番号を貰いました。それを使って入って来たのですが――」

 

 一気に彼の下へ近づく。その顔色は相変わらず悪い。まるで幽鬼が彷徨い出て来たかのようだ。それとも死人が生者の振りをしているとでも表現すべきか。ともかくその眼の下の隈も含めて酷いことになっているのがよく分かる。

 これまでは彼の決断を尊重したいと思って見て見ぬふりをしていたが、さすがにこれは酷すぎる。いや、もしやダ・ヴィンチちゃんの言っていた”見て見ぬふりをしていること”とはこのことか。なるほど、確かにその慧眼には恐れ入る。

 

「随分と無理をしているようじゃないですか。少しは休息を取ってもらわないと困ります。もともと私が此処に来たのだって、ダ・ヴィンチちゃんがそのことを心配していたからなんですからね?」

 

「気遣いはありがたいけど、ボクは大丈夫さ。この程度の事で潰れてたらカルデア所長代理なんてとてもやる資格は無いわけだし、分かったら君も帰ってもらって平気だよ。そこまでしてもらう必要もないからね」

 

 そういって笑うドクターだが、やはりその笑みもどこか不格好だ。それに何より、普段の彼からは感じられない違う雰囲気が漏れ出ている。

 

「私が、信用できませんか?」

 

「……え? そんなまさか。ボクは君たちの事を深く信頼しているさ」

 

「嘘ばっかり。今の貴方の言葉からは、普段の誠実さを感じられませんよ。むしろ自分の工房に入ってこられた魔術師の様な印象を感じます」

 

 どことなくよそよそしい空気を纏っている原因は、きっとただの疲労だけではないのだろう。唯一安心できる領域に無断で入られたからこそ、彼の意識など関係なしに警戒心がうっすら出ている。無意識に出ているものだろうから殆ど分からないが、それでもなんとなく疎外感を感じてしまう。

 

 そしてそのことが、どうにも寂しい。

 

「大丈夫ですよ、私は何があろうと貴方の味方です。もちろんカルデアの皆さんだってそうでしょう? 分かったらあまり意地は張らないで、休める時は休んでしまいましょう」

 

「そうは言ってもやることは山積みだから、もう少し待って欲しいのだけど――」

 

「いいえ、待ちません。今日はもう寝てしまいましょう、遅れは後から幾らでも取り戻せますが、貴方を仮に失えば取り返しがつきません。だから、いったん休んでくださいな」

 

「あっ、ちょっと……待っ……て……」

 

 真正面から彼の瞳を覗き込み、簡単な暗示をかけてしまう。魔術についての深い見識があっても魔術師ではない彼は抵抗もままならず、呆気なく眠り込んでしまった。これまでのドクターの意地は何だったんだとばかりの即落ちぶりだが、これも彼の為を思えば仕方ない。

 椅子の上で寝てしまった彼の身体を抱え上げ、ベッドの上に横たえる。穏やかな寝顔は普段の緩いふわっとした雰囲気を彷彿とさせる。そう言えば、確かにそのあたりはドクターとソロモン王は似ているかもしれない。まさか気になっている理由はそこにもあるのだろうか?

 

「ま、いくら考えても答えなんて出ませんね」

 

 苦笑して、彼の頭の方に腰掛ける。せっかくだからダ・ヴィンチちゃんも言っていた膝枕でもしてみよう。他者にしたことは無いから、これも一つの経験と思えば悪くない。そのままだと普段着ているドレスが嵩張りすぎて邪魔なので、裾をたくし上げてむき出しにした太ももに頭を乗っける。中々恥ずかしいが、まあ他に誰もいないので良しとしよう。

 

 それにしても、穏やかな夜である。




それにしても思った以上に主人公が面倒くさいというか、このまま行くとこまで行ってウルトラトンチキな事に目覚めないかが不安でなりません。

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