智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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第十七話 オケアノス冒険譚 Ⅲ

「それにしてもすごいことになってきましたね……」

 

「ああ、まさかあの黒髭船長が出てくるとはね。……しかもあんな濃いキャラになっちゃって」

 

「正直普段マギ☆マリについて語るドクターも大概ですが、さすがにあれほどひどくは無いですね」

 

「いや、アレと比べられるのはいくらなんでも心外だからね!」

 

 キレのいいツッコミが管制室を飛び、周囲の職員達がまたかといった手合いで顔を見合わせた。

 そして当事者であるドクターロマンとマーキダはそれらの視線をちょっと一瞥して、こちらは溜息を吐く。段々とマシュに続いてお約束になりつつあるやり取りだが、こうも生暖かい目で見られると少しばかりやり辛いのだ。

 

「まぁ、甚だ不本意だけどボクの事は置いておこう。それよりも黒髭、エドワード・ティーチの持つ聖杯についてだ。あれをどうにか奪還出来なきゃこの時代の修復は不可能だ」

 

「だけど向こうは一人減ってもサーヴァント四人態勢。まさかオルタさんとタラスクの二人がかりでも防衛しきった槍兵までいるとは想定外ですね」

 

「加えて向こうの船はサーヴァントの宝具と来た。立香君たちも現場で出来るだけ打開策を考えているだろうけど、ボクらの方でも思考は止めない様にしないと」

 

 そこまで言ってロマンはもう一度溜息を吐いた。カルデアの現状は中々厳しい。

 

 大英雄と呼んで間違いない聖剣の担い手、騎士王アルトリア。

 かつて怪物とも呼ばれた、しかし真実はそうでは無かった雷光(アステリオス)

 竜を操る聖女マルタに、こと守りについては最上のマシュ。

 これに加えて不可能を可能にしてしまう人間のフランシス・ドレイクに、サポートまで万全のアンデルセンすらいるのだ。もはや過剰戦力、神秘の薄い海賊ならばほぼ一蹴してしまうだけの猛者が揃っている。

 

 なのに、先の接敵、黒髭を首魁とした『アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)』の面々と決着をつけることが叶わなかったのだ。

 その原因は至って単純、海賊の中でも頂点に位置するような猛者たちの中に、その海賊すら軽く上回る槍の英霊が居たというだけの話。飄々とした態度のその男は、あろうことか騎士王と竜の二者を真っ向勝負で相手取りながら倒れることなく互角の防衛戦を演じてみせたのだ。

 

 そして攻撃力に優れる彼らを抑えられてしまえば、残りはいくら英霊といえども攻撃力には優れない者達ばかりだ。唯一アステリオスだけはそうではないが、けれど彼は勘違いでカルデアと交戦した時の傷が治っていない。そのうえ女神エウリュアレを守ることに意識を傾けていたとなれば、戦況が聖杯を持ち強力な船を持つ黒髭に傾くのも仕方のない事だった。

 そしてダメ押しの黄金の鹿号(ゴールデンハインド)の損傷により、結局カルデアの面々は撤退を余儀なくされたのだった。

 

「状況は逼迫しているが、だけど全く希望が無いなんてことは無い。間違いなく大英雄と呼んで差し支えないであろうあの槍兵さえ倒せれば、戦況は一気にこっちに傾くはずだ」

 

「それか私が向こうに行けば盤石なんですがね。いっそこっちから勝手に行っちゃいましょうか? オルタさんはどうにか説得するとして」

 

「それもどうだろうかね。少なくともここまで彼女はボクらの期待に寸分たがわず応えてくれている。となれば、ボクらもこの特異点まではギリギリの所まで彼女の言を信用すべきだ。個人的には危険に溢れすぎてて勘弁してほしい内容だけどね――ってちょっと!?」

 

 ロマンが三度溜息を吐こうとして、今度はその口をマーキダの手により塞がれた。いきなりの行動にロマンの声が裏返る。

 

「あまり溜息を吐きすぎるものではありません。親から幸せが逃げると教えられませんでしたか?」

 

「そう言われてもどうだったかな……? ちょっと記憶にないから分からないや」

 

「まったく……親の顔が見てみたいものですね。それでもうちのバカ息子に比べればマシでしょうけども」

 

 腰に手を当てて怒っているマーキダ。その姿はまるで粗相をやらかした子供を叱る親のようだ。いや、姿やら言動やらで忘れがちだが、彼女は確かに一児の母だったはず。それもソロモン王との間にできた息子のだ。なのでロマンとしてはちょっと気が気でなかったりする。しかもダビデ(自身の親)の話を振られるともうどうしようもない。

 ただ、話題ついでにどうしても聞いてみたいことがあったのもまた事実だ。

 

「……君の息子は、いったいどのような人物だったんだい?」

 

 それは純然たる疑問。マーキダはカルデアに来てから一切自身の息子については喋っていない。彼女は果たしてどのように思っているのだろうか? 今更、かつて親だった者として気にしているのかと聞かれれば首を傾げざるを得ない。だが何となく気になった事だった。

 

 そして問われたマーキダといえば、困ったように笑った。

 

「どうしようもない男でしたよ。信じられます? あのソロモン王からアークを奪って来たんですよ? 本人は了承を得たとか言ってますけど、私としてはちょっと信じられないくらいで」

 

「エチオピアの正教会に伝わる話は真実だったのか……そう言えば君はこの場に居る時はマスターの事を立香君呼びしてるけど、実は息子に重ねていたりとか?」

 

「いえいえまさか! むしろそれはマスターに失礼ですからね。あの子は本当にソロモン王の息子なのかと疑うくらいどうしようもないドラ息子といいますか、何があって宮殿で魔術とか呪術で悪戯する子が後世に残る偉大な帝国を築いたのか不思議なくらいですよ。アレですか、()()()()()()()()()シバ王国の後釜に上手いこと収まったのですかね?」

 

 返って来たのは意外なほど辛辣な評価である。普段から穏やかなマーキダからしてみれば、もっと息子を溺愛していても良い気がしたのだが。その疑問を彼女に問えば、今度は複雑そうな顔をした。既にその顔に笑みは無い。

 

「……私は、メネリクが成長しきる前に死にましたからね。享年はおそらく三十代に入ってすぐといったところでしょうか。なので彼の悪ガキ時代しか知らないと言いますか、後世において偉大な者として名を残した彼の姿を知らないのです。本来ならそれでも肉親としての情があるのでしょうが、私にとっては手を焼いた息子程度の認識しか得られなかった」

 

 そう言えば、彼女は元はあまり情緒の育っていなかった人物だと聞いた事をロマンは唐突に思い出した。

 

「愛は分かります。悲しみも分かります。楽しみも怒りも、人としての情は全て余さず知っています。ですが、それでも、親子愛だけは得られなかった。何とも無様なものですね……出来る事ならもう一度新たにやり直したいほどに」

 

「……いいや、そうでもないさ。君は愛そうと努力したのだろう。ならそれは間違いなく偉大なことさ」

 

「ありがとう、ドクター。そう言ってもらえれば私も救われます」

 

 寂しそうに笑って、マーキダは立ち上がる。その足取りは軽い。今の話をひきずっている訳でもなさそうだ。そのまま彼女は一声かけてから管制室を出ると、どこかへと去って行った。おそらくは厨房にでも向かったのだろう。攻略中の職員の胃は彼女が握っているのだから。

 

「ドクター、あまり女性問題に口出しするもんじゃありませんよ?」

 

「そうそう、ただでさえあんな美人といい雰囲気なのにそれを自分で壊しに行くとかありえませんって。あ、でも最後にフォローしてたからむしろマッチポンプか。よっ、にくいねぇ!」

 

「勝手な事言ってくれるなぁ君たちは! ボクらはそういう関係じゃないからね!」

 

 職員達の言葉に勢いよく立ち上がって反論して、そしてまたロマンは椅子に腰を下ろした。

 そう、彼らはそういう関係になる事など無い。再三の事だが、彼女が愛した人物とロマンは全くの別人なのだ。よしんばマーキダがロマンの正体に気づいたとして、そのまま愛を向けるかといえばロマンの予想は否である。

 

 ――それに第一、ロマンから見たマーキダへの感情とて、あまりに複雑すぎるのだから。

 

 ◇

 

 黒髭との一戦の後に島へとどうにかたどり着いたカルデアの面々は、まさかの相手としてこの前の月見で出会った女神と遭遇してしまう。しかしそこはどうにか味方に付いてもらい、更にその島を住処としていたワイバーンを乱獲して壊れた船の補修に充てることに成功した。そのおかげで再び大海原に船は漕ぎ出し、一路黒髭へのリベンジに向けて出港した。

 

『次は絶対にあの男をとっちめるわよ! あんなの存在自体が主への冒涜です! 火と硫黄で滅ぼされてしまえばよいのです!』

 

『落ち着け、マルタ。確かにあの男は女から見れば鳥肌ものなのだろうが、俺としてはむしろ好ましいぞ。生前に苛烈な伝説を打ち建て、そして畏怖と共に死後も伝わった破格の大海賊! しかしその正体はオタクそのもの、そのうえ真っ当な海賊らしく欲望に忠実ときた! いいぞ、これは滾って来る。俺としては是非ともお近づきになって、世界で一番熱い祭典への意気込みを語り合いたいところだ』

 

『伝説の大海賊と超有名な童話作家が来たら握手会とかですごいことになりそうだけどね……』

 

 怒りと義憤に燃える声、真摯だがどうにも面白おかしく話しているようにしか聞こえない声、そして予想される惨劇を脳裏に浮かべてげんなりした声。どうにも対照的過ぎる三人の声だが、これでも決戦前の状態なのだから適度な緊張感はある……はずである。少なくともマシュとオルタは真面目だった。

 

「もうちょっと冷静に気合を入れてくれませんかねこの人達……マシュさんとオルタさんの二人が最後の砦ですよ」

 

『はっ、いいじゃないかそれくらい! むしろ気合が入って何が悪いんだい? アタシら海賊なんざ結局は意地のぶつけ合い、勝った者が絶対正義なんだからさ。だから優等生ぶってないでこれくらいパーッといってくれなきゃ嘘ってもんよ!』

 

「うん、流石は世界一周を成し遂げたドレイク船長だ、色々豪快すぎて逆にカリスマ性を感じるね! いや、むしろこれが嵐の航海者の力なのかな?」

 

 そんなやけくそ気味なロマンの声が消えるか消えないかの内に、ドレイクが黒髭の船を発見した。やって来る船の威容は些かも衰えていない。いよいよ聖杯をかけての大一番、ある意味で絶対に負けたくない勝負が始まった。

 

 先陣を切ったのはセイバーオルタ。湖の乙女の加護により水上を走れる彼女は当たり前のように水面に立つと、当然の権利というかのように『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』を躊躇なくぶちかました。

 暗黒の光は高速で移動する『アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)』の表面をいきなり削り飛ばし、宝具といえども無視できない損傷を与えるに至る。

 

 そこからはもう完全に超接近戦(インファイト)の殴り合いだった。船と船のぶつかり合いに、大英雄と大英雄の衝突。竜は水陸両用とばかりに暴れ、黒髭はやはりふざけていても黒髭だった。どこまでも大海賊としての実力を見せつける彼と、その配下に収まっているらしき二人組の女性はカルデアを以てしても侮れない。

 だがそれも、オリオンの仕掛けた爆薬により『アン女王の復讐号(クイーンアンズ・リベンジ)』がさらに損傷したことで均衡が崩れ始めた。動揺する船員たちに追い打ちをかけるかのような猛攻。既に敵の手の内を知り、かつ仲間が増えたカルデアにしてみれば当然の結果ともいえる。

 

 故に黒髭とその仲間は倒れ、勝利と聖杯はカルデアの手に収まった――かのように見えたのだが。

 

「まさかあの槍兵が裏切って、しかも聖杯と女神ごと逃亡するとはね」

 

「下手な援護じゃ女神エウリュアレまで傷つけ、聖剣を抜けば聖杯まで諸共吹っ飛ぶ。ままならないものですね」

 

 黒髭の配下であったはずの男の裏切り。それに付随する聖杯とエウリュアレの奪取と、槍兵の単独での離脱。まさかの展開が怒涛のように続き、彼を追いかけた先に待ち受ける最後の敵は、世界最古にして最強の海賊船だった。

 アルゴー船の船長、イアソンは正体不明の槍兵の持つ二つの荷物を見て顔をほころばせ、ついでその後ろから追って来た黄金の鹿号(ゴールデンハインド)を見て露骨に顔を顰める。その後ろには二人の影、山の様な巌と嫋やかな少女が居た。

 

『おや、まさかまだこんなのが生き残っていたとはね。どうしたんだいヘクトール、君ともあろう者が塵の掃除一つ出来ないなんて』

 

『いやぁ、おじさんにそれを言われても、俺って防衛が専門ですし? そもそも向こうにもすごいのが居るんで無理ってもんですよ』

 

『……はっ、トロイア戦争の大英雄がどんなかと思えばこのざまかよ。だがいいさ、こっちには使える手駒がまだまだいる。さあ、私の可愛いメディア、それに大英雄ヘラクレス。あいつらを皆殺しにしてしまえ! 屑の欠片なんて一つだって残すなよ!』

 

 何もかもを見下すような、絶望的なまでに捻くれた男。だがその配下にいる者たちの実力は本物だ。故にここに来てカルデアの面々は最大の難敵に出会うことになってしまった。

 

『オルタ!』

 

『承知している! あの男は私が受けもとう、他の者は死にたくなければ一切手を出すな!』

 

 立香の切羽詰まった声と、それ以上に焦りと緊張感を孕んだオルタの声。敵は紛れもない最強の大英雄、強者揃いのアルゴナウタイの中でもなお燦然と輝く英雄の中の英雄。例え狂化していようともヘラクレスの実力は恐ろしいを通り越して余りある。

 カルデアが誇る最大戦力のセイバーオルタをして格上と言わざるを得ない強敵の出現に、一気に趨勢が決まり始める。これが聖杯と繋がったオルタならば強引に倒しきることも可能なのだろうが、生憎とカルデアの魔力供給は膨大であっても無限ではない。無理をすれば簡単に限界が来てしまう。

 

『だが解せんな、その女神を攫ってなんとする? どう見ても性根の捻じ曲がった貴様の事だ、一応は英雄らしく慰み者にでもしてみるか?』

 

『くっ、ははははっ! これだから低俗な馬鹿は嫌いなんだ! 慰み者にする? そんな事をこの私がするかよ、私の目指す理想はこの女を生贄に捧げてこそ始まるもの。すなわち――』

 

 戦況の余裕ゆえか、イアソンは自身の考えを簡単に喋ってしまう。それをヘクトールが諫めようとして、けれど間に合わなかった。

 

『神霊たるこの女をアークに捧げて私は無敵の力を得る! そのための犠牲だ、悪く思わないでくれ。そして君たちは無残に死んでくれたまえ!』

 

「アークですって……! ってことはまさか――」

 

 神が授けたとされる契約の箱アーク。それはダビデ王の所有した触れた者を殺す禁忌の箱であり、またソロモン王から一説にはその息子にまで受け継がれた最凶の箱の名だ。まさかギリシアの英雄であるイアソンからその名が出るとは思わず、マーキダは押し殺した声で叫んだ。

 

「まずい、アークはちょっとマズイって! アレは文献を見る限りそんな力を得るためのものじゃ断じてない! 何が何でも神霊を捧げるなんて事は止めないと、間違いなく碌な事にならないぞ! 絶対に防ぐんだ!」

 

 ロマンの声に後押しされるようにして立香たちの動きに必死さが混じる。だが敵は最強の英雄と防衛に於いて右に出る者のいない英雄、そして神代の魔女である。あまりにも分が悪い戦いだった。

 となれば、いい加減に指を咥えて見ている訳にはいかないだろう。ここで全滅などしてはお笑いにもならない。

 

「ドクター、レイシフトの準備を。これはもう事態が進みすぎています! アークについては私もそこそこ知っているので助けになるでしょう!」

 

「分かっている! すぐにレイシフトルームに向かってくれ!」

 

 急いで立ち上がり駆けだしたマーキダだが、刻一刻と戦場は動いている。だからせめて、彼女がレイシフトするまで持ちこたえてくれればよいのだが。ロマンとしてはそう願わざるを得なかった。




主人公は別に狂人ではないのですが、どこかズレている箇所もあります。息子について作中でほとんど触れていないのは、オリキャラばかり出したくないというメタ的な理由の他に実はこのような理由もありました。

次回はいよいよお待ちかねのあの人の出番です。

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