追記
一部加筆修正しました。
穏やかな風が吹いていた。
爽やかな潮の香りが届き、柔らかく髪を擽る。青空には魚を求めてカモメたちが自在に空を飛びまわり、にゃあにゃあと鳴きながら太平洋の真っただ中を進む”
カルデアの者たちはこの時代に生きた人物、フランシス・ドレイクと共に行動を開始していた。史実とは違い女性だったことに驚きはしたが、しかしその人柄を見れば確かに女性とは思えないほどに豪快で男らしい性格だ。
彼女の協力の下でマスター藤丸立香はグランドオーダーを本格的に開始し、聖杯探索に本腰を入れることになった。その一環で、海の移動の足としてこの”
その船の一角、船尾にて。船の縁に手をかけて海を眺めている姿があった。彼女は普段の黒い鎧を今は脱いでおり、その金髪を潮風に遊ばれるままに流している。
誰あろう、セイバーオルタであった。普段の暴君の様な苛烈で自信に満ちた姿は鳴りを潜め、ただ穏やかな表情で海を眺めている。まるでそれに魅入っているかのように。
だからだろうか、背後からやって来た人物に気が付くのが一瞬遅れてしまった。
「オルタさん、このようなところで何をされているのですか?」
「……なんだ、キリエライトか。わざわざこんな所まで来てご苦労な事だな」
いったん振り向いてマシュにそれだけ告げ、オルタはまた海の方へと視線を戻した。普段はそこまで冷淡な態度をとるわけでもないが、どうやら今回は海の方に気を取られているらしい。あたかも一人だけの世界に没頭しているかのようだ。
「その、オルタさん、よろしければ私も隣で海を見てもよろしいでしょうか?」
だからマシュがやや躊躇いがちにおずおずと尋ねたのも無理はない事であり、同時に彼女が無言で頷いたのはマシュにとっても喜ばしい事であった。
二人、肩を並べて海を眺める。身長自体は実のところマシュの方がいくらか大きいのだが、隣に立つ騎士王はそのような差を感じさせない圧力を普段は放っている。だから、このような気の抜けたかの姿は珍しい事でもあった。
「海がお好きなんですか?」
「好きか嫌いかで言えば、まあ好きな方だろう。だが特別な思い入れがあるわけではない」
そういうとオルタはふっ、と笑った。
「生前に、当然だが何度か海を見る機会は有った。しかし我がブリテンは知っての通り外敵から始まり飢饉、天災、内乱、財政難など諸問題が山積みな国でもあったからな」
そこで彼女は言葉を切って、海を眺めた。陽光が水面に煌めき、白く光る。目を灼きそうな輝きはしかし、まるで宝石のよう。
「だから、私はついぞこのように穏やかな気持ちで海を見ることは無かった。ああ、確か最後に見たのはローマ遠征の帰りだったか。あの時も同じ船の上で、しかし疲労困憊の状態だったな」
そこまで言って、今度は自嘲するように笑う。
「理想は、この海の様に何者をも呑み込むだけの度量は示してくれなかった。結局どれだけブリテンを立て直すために奔走しても国は良くならず、その果てに円卓は私を見限り仲間割れだ。ふん、王は人の心が分からないとはよく言ったものだ」
「それは……」
思わずマシュは口ごもる。勿論、オルタの語るブリテンの惨事についての事ではない。無論それはそれで大変すぎると思うが、彼女が反応したのはむしろ騎士王の自嘲だった。
「それは違う、そんなことは無い。騎士王は誰もの羨望の的だった」――何故だか、マシュはそう言いたくて仕方が無かった。だけどどうしてこんな感情が浮かんでくるのか分からなくて、だから言えなかった。だってそうだろう、ブリテンの滅びを直接知っている訳でも、騎士王の苦悩を見ていたわけでもないのだから。
「ならば良いとも、私はもはや騎士王であって
彼女の言葉を聞いて、マシュがホッとしたように息を吐いた。まるで心底から安心したかのように。
「私は、オルタさんがマスターの召喚に応じてくれて本当によかったと思っています。例え姿が変質していようと、その芯は変わらないという安心感。あなたが居ればどのような状況でもきっとどうにかなるという高揚感。これらを抱いて人理修復に挑めるという誇り。どうしてでしょう、私の心がそう告げているのです」
すると、オルタが顔を逸らした。心無しかその顔は赤い。
「……キリエライト、あなたは私を褒め殺すつもりですか? まったく、姿が変わっても人を見る目は相変わらずあると見えますね」
「? 何かおっしゃいましたか?」
珍しく敬体なオルタの最後の言葉だけ、小声で呟かれてしまったため聞き逃してしまう。だがオルタは
「いいや、なんでも。それよりもキリエライト、見るにお前は海を見たことは無いのだろう? どうだ、初めて見た広大な景色は」
それを聞けば、マシュは途端に頬を紅潮させた。潮風に冷えた体温が急激に熱くなる。
「凄い綺麗な光景です! 世界にこんなにも美しいものがあるなんて全く思いもしませんでした! あ、いえ、画像とかで見たことはあるのですが、それでも実物は途方もなく大きくて雄大なんですね!」
普段の彼女とはちょっと違うハイテンションに思わずオルタが面食らい、けれどすぐに立て直した。常の仏頂面のような気怠い雰囲気を取り戻しながら、マシュと共に海を眺める。
「最果ての海、オケアノスか。私にとってみれば微妙に引っかかる言葉でもあるが、しかしこの光景の美しさは本物だ。忘れるな、サー・キリエライト。お前の心に刻むべきはこのような光景だという事をな。断じて人類の滅びの未来でも、また悪意でもない」
「大丈夫です、先輩と一緒ならきっと人類の滅びを防げると信じていますから」
「そうか、ならば良い。せいぜい奴と共に足掻き、そして生き残るのだな。それだけが、お前たちに許されたただ一つの道と知るがいい」
「はい! ……あ、でも
「どうだかな。お前ならばきっと良い騎士となるだろうさ」
そうして二人は再び無言で海へと目線をやる。だがそこに最初の様な気まずさは一片たりとも存在しない。
潮風の音だけが、静かにその場に響き渡っていた。
◇
「どうですかマスター? 少しは良くなりましたか?」
「ああ、もう大丈夫だよ。付き合わせてごめんねマルタさん」
「いえ、構いません。私は聖女ですから、困っている方が居るならば誰であれ助けるのが使命です」
「フォウ、フォフォーウ!」
船尾に居るマシュ達とはうって変わって、
故にしばしの間マルタの看病の下で横になっていたのだが、そろそろ体の方も船に慣れて来たらしい。立香は勢いよく立ち上がると体を伸ばし、枕もとにいたフォウ君を持ち上げる。その動作にも異常なし、完全に本調子だ。
「それにしても……」
言いづらそうな顔をしているマルタ。何かあるのかと立香が促せば、ゆっくりと彼女は口を開いた。
「あなたの不調をマシュに言わなくてよかったのかしらと思ってね。確かに大したことは無かったし、そもそも止めたのはあなただけども。きっと私よりももっと献身的に看病してくれたでしょうに」
「あぁー……そのことかぁ。うん、そうだね。マシュに言わなかったのは自分でもどうかと思うんだけど、もし言ったらきっとマシュは不安になるだろうから。ただでさえマシュだって自分の事で不安でたまらないだろうに、マスターのオレまで不安にさせちゃったら申し訳が立たないからさ」
そう笑う立香の顔は笑っているが、けれど目元はどうにも強張ってしまっている。まるで無理をしているかのよう、いや、実際無理はしているだろう。少なくとも船に乗ってしばらくの間はマシュと共に居て、その間は何の異常も無いように振舞っていたのだから。
「あんまりこういう事を私たちが言うのはお門違いかもしれないけどね。あなたは人類最後のマスターにして希望であり、死なれでもすればすべてが水の泡と化す弱点でもあります。この前代未聞の事態を乗り切るには、強靭な心と身体を手に入れることが必要不可欠な事は認めざるをえません」
ですが、とマルタは続ける。その瞳は優しい。まるで弟を諭すような、そんな調子だ。フォウ君がいつの間にか降りていた立香の肩に両腕をおいて、真正面から彼の顔と向き合う。
「しかしだからこそ、弱音や不調を抱え込んで隠してしまうのはダメなのです。あの暴君はそういった事をあまり許容しない性格をしてますが、それでもその性質は善性。あなたが潰れてしまう事など望んでいないでしょう。そして私たちはもっと同じです。ここまで言えば何が言いたいかは分かりますね?」
「……もっとマルタさん達を頼れと」
我が意を得たとばかりにマルタが頷いた。
「そうです。別に一人で抱え込んでいてもいいことは無いのですからね。マシュに慰めてもらったり、それが恥ずかしいなら私のところに来なさい。なんならアンデルセンに泣きついてみるとか? きっとすごい勢いで扱き下ろしながら何だかんだ愚痴を聞いてくれるわよ」
「はは、それはなんだか簡単に予想出来るな。うん、そっか。そういうのもありなんだね」
ちょっとだけ晴れやかな顔をする立香。彼は足元に居たフォウ君をもう一度抱き上げると、そのまま胸に抱いた。フォウ君はちょっとだけ鳴いて、けれど彼のされるがままになっている。
「正直、すごい不安だった。なんで俺がとも思ったし、押しつぶされそうな日も有ったよ。だけどそっか、頼っていいのか。不安を吐いてもいいのか。そういう事だけはしちゃいけないと思ったのだけど」
「馬鹿ね、そんなわけないでしょう。そうそう、ついでに言えばマーキダに相談するのもありよ。あの人はもうソロモン王に一直線だけど、あれで一児の母でもあるのだから相談に乗ってくれるはずよ。それにほら、恋の相談も。マシュへのアプローチのかけ方とか伝授してもらえるんじゃないかしら?」
「ちょ、マルタさん!?」
「バレてないと思ったの? たぶんそう思っているのはあなたとマシュだけよ」
「そんな馬鹿な……」
「フォウ!」
さっきまでの晴れやかな調子はどこへやら、魂が抜けたかのようにへたり込んでしまう立香。唯一マシュだけにバレていないのは救いだが、それで果たしてよいのだろうか。
そんな感じにちょっと気の抜けた彼を見て、マルタはくすくすと笑って安堵したのだった。
◇
大海原を行く
『気を付けてくれ、サーヴァントの反応は間違いなくある。敵か味方か分からない以上油断大敵だ』
「そんなことは分かってるさ、
『ごめんなさい、彼はこういう人なので……』
「まあ別に構いはしないがね。いつだって陰に潜む危険を見抜くのはこういった人種だ。アタシは苦手なタイプだが、居れば重宝するのも間違いない」
そう言って納得した様子のドレイク船長に従って、立香たちは早速島の探索を開始する。途中彼女の勘に任せて進んだ先には何やらルーン板が置いてあり、それによればこの島を牛耳っているのは海賊の先祖とも言うべき血斧王エイリークだという話だ。
『ま、ルーン文字を見る限りは間違いないだろうね。このレオナルド・ダ・ヴィンチに間違いはないさ』
「レオナルド……なんだって? 聞いたことのない名前だね、響き的にイタリアの方かい?」
『その通りさ、もうすぐ君も知ることになるだろうから覚えておきたまえ。まあ、その頃の私はまだ男だがね』
「ナニを言ってンのやら……っと、来るかな? いや、もう来てるな! 全員構えな!!」
唐突に怒声を上げたドレイク船長に呼応するように現れたサーヴァント、バーサーカーのクラスで現界したらしい彼はほとんど喋ることが叶わず、そのまま立香たちに向かい襲い掛かって来た。
しかし悲しいかな、ここに揃っているのは多くのサーヴァント達と不可能を可能にする女傑であり、如何な狂気の伝説に彩られた血斧王でもさすがに戦力として低すぎた。故に呆気なく撃破されてしまい、そして海岸に戻ったドレイクたちの手によりバイキングから航海地図が発見された。
こうして島に滞在すること数時間、そして次の島に向かうこと十時間弱。一行は次なる島、迷宮と化した島へと到達したのだった。
次回はもう一気に場面を飛ばしていこうかと考えております。最後の方とか完全に原作沿いなせいで二次創作の意味が一切感じられなかったので。