智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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第十二話 第二特異点、決戦

 走る。崩壊した連合ローマ首都から一目散に飛び出したのは、傷だらけになりながらもどうにか生き延びたカルデアのメンバー達。荒野を駆ける彼らは今まさに、特異点崩壊を争う瀬戸際の上をひた走っていた。

 

「ドクター! 状況報告をもう一回!」

 

『分かった、よく聞いてくれ! 現在召喚された英霊、推定アッティラ大王――いや、アルテラの方が正しいか。彼女は首都ローマを目指して行軍中だ。幸い移動速度はそう速くもないから、君たちの足でも十分追いつける。だけど――』

 

 目の前にワイバーンが飛び出してきた。ゴブリンが飛び出してきた。雑多な敵が雲霞のごとく道を塞ぎ、駆ける者たちの足を止めんと立ちはだかる。

 しかしその程度では英霊の力を前に話にならない。荊軻が飛び出し、匕首を振るい血路を開いた。間一髪で合流し、マシュと共に破壊の光を防いで見せたブーディカが戦車ごと割り込む。数多の敵がそれによって両者に集中し、マスター達の眼前に細くとも確かな道が生まれた。

 

「荊軻さん! ブーディカさん!」

 

「行け、カルデアのマスターよ。なに、私たちの事は気にするな。元より命を惜しむ気は無い。ここで存分に役目を果たして見せよう」

 

「そうそう、だから君たちはあの女の子を何としても止めるんだ。せっかくローマとの因縁をいったん忘れてまで協力したのに、その結末が世界の崩壊なんて寝覚めが悪いったらないよ」

 

 その両者の言葉を背にして、更に走る。確かに、このタイミングでこの二人と別れればもう会えないのは間違いない。だけどそれでも、彼らは進まなければならないのだ。

 

『アルテラと同化してしまった聖杯からは無数のワイバーンなどの召喚が確認されている。だけどそれらはたった今彼女たちが捨て身で引き受けてくれたから、後はもう追いつくだけだ! 敵は聖杯と直結している関係上、間違いなく途轍もない強敵だ、だけど君たちならば、必ずや倒しきれる!』

 

 英霊アルテラは、この数百年後に西ローマ帝国を滅ぼしたとされる匈奴の王だ。その正体はどうやら女性だったようだが、ともかくその逸話は無視できない。つまりそれはローマに対する特攻、首都ローマに彼女が到達したが最後、この特異点は基軸を失い完全に消失する。ひいては人理修復の失敗へとつながるのだ。

 故にこそ、彼女を止めなくてはならない。先の連合ローマ首都で見せた一撃、その威力は聖杯と直結したからか対城宝具の域に達している。騎士王の振るう聖剣と同等の威力の宝具が、さらに無尽蔵の魔力供給を以て放たれる。それがどれほどの悪夢かは想像に難くないだろう。

 

 だけどそれでも、立ち向かうのがカルデア最後のマスターと、そんな彼に呼ばれた英雄たちなのだ。

 

「! 正面にアルテラ大王の姿を確認しました! もう一息です先輩!」

 

「そうだ、気張れマスター。ここで貴様が潰れればそれだけで世界が滅びると心得ろ」

 

「……簡単に言ってくれるなぁもう!」

 

 やけくそ気味に叫びながら、けれど決して足は止めないし緩めない。見える白い背中はもうすぐそこ。あとほんの僅かである。召喚されるワイバーン達はもはや数を増やす前にマーキダとオルタの手によって吹き飛ばされる。その障害になる存在は今や無い。

 

 そして、

 

「追いついたぞ、アルテラよ! そなたには言ってやりたいことが山ほどあるが、今は敢えて問うまい。余のローマを滅ぼすというならば、まず余を滅ぼしてからにしてみせよ!」

 

「ローマ皇帝が死んでもそれはそれでマズイんだけどね! とにかく、ようやく追いついた!」

 

 とうとう追いついた。アルテラが向けられた明確な敵意と殺意を前に、ようやく足を止めて振り向く。その瞳に映る色はやはり空虚。どこまでも無機質で機械的ながら、迸る魔力は並大抵のものでは無い。

 

「お前たちは……そうか、私の敵か……いいだろう、ならばお前たちから破壊しよう……」

 

「ふん、随分とお粗末な思考回路じゃないか。これではまるで人形、あるいはプログラミングされた機械といったところか。なんにせよ、これが破壊の大王の正体とはな」

 

「人は見かけや伝承によらず、といったところでしょうか。どうあれ、ここで倒れてもらいましょう。人の世は、既に無秩序な破壊を必要とする時代を終えていますから」

 

 各々が武器を構えた。暗黒の聖剣が、黒金の呪剣が、赤の剣が、三色に輝く剣が、そして十字の杖と大楯が掲げられる。

 これより始められるはこの特異点の行く末を決める戦い。ここでカルデアが敗れれば、それだけで人理の崩壊は約束される。だからこそ敗北は許されず、しかしアルテラもまたここで敗北など認めはしないだろう。

 

 故にこそ、ここに最後の戦いが始まった。

 

 ◇

 

 まず初撃を獲ったのはセイバーオルタ。『魔力放出』による勢いに任せ砲弾のように突貫した彼女に、アルテラは半歩左にズレることで対処した。

 わずかに乱された剣は三色に輝く剣で受け止められ、間髪入れず体制を立て直したセイバーオルタと猛烈な剣戟を交わし始める。

 

「ハアッ――!」

 

「――破壊する」

 

 騎士王の剣は獰猛だが、しかしそこには術理がある。牙はただ鋭いだけでは脅威足り得ない、磨かれ最適化されてこそ脅威足り得るのだ。故に有り余る魔力に任せるだけでない剛の剣は間違いなく剣の英霊として相応しいものであり、誰であれ彼女を弱いと評することは不可能だろう。

 他方、アルテラの剣はどこまでも冷静沈着だ。機械のように冷徹な瞳でセイバーオルタの剣を俯瞰し、そして一寸の狂いもなく対応して見せる。その様は戦闘機械と評するほかなく、獰猛さを隠そうともしないセイバーオルタとは対極に位置するあり方だ。

 音速を遥か置き去りにして交わされる剣戟の舞踏は余人が入り込む余地など絶無。この剣の英霊達による応酬は、それこそ放っておけば一日を越えてなお続くだろう。暗黒と三色の輝きが入り乱れる様は、いっそ侵してはならぬ貴いものにすら感じられる。

 

 だがしかし、この場に観客は誰一人としていない。いるのはただ、人理の修復を願う者たちだけ。例えどれだけ美しい光景だろうと、勝つために介入することに否は無いし言わせない。

 

「拳を解放します! マーキダとアンデルセンはサポートお願い!」

 

 マルタが一切の躊躇なく杖を投げ捨てた。この局面、もはや出し惜しみは無しだ。唐突な宣言に唖然として、ついで微かに忍び笑いを零したマーキダはすぐにその意志を汲んで宝具を起動した。

 

「承知しました。ならば問おう、其は空隙を埋めるもの。極点より始まる最初の一手。どこにでもいてどこにもいない、我らがまさに晴らすべきこのものは何ぞや?」

 

「おおっと、これはさっきの奴より難易度が高いぞ! ヒントが欲しいか? いいぞくれてやる、こいつは人間ならば誰もが安心できる最初の温もりだ。ここまで言って分からないなら今日からお前は猪突聖女と呼んでやろう!」

 

「馬鹿にしないでちょうだい! 答えは暗闇でしょう!?」

 

「お見事です」

 

 謎掛けによる両者の合意を得て、宝具が起動する。拳を構えたマルタと『智慧と王冠の大禁書(ケブラ・ネガスト)』を携えたマーキダとの間にスキルのやり取りが発生した。

 さらにアンデルセンが童話より引用した言葉を早口に唱え、強化魔術が発動する。それによってマルタのステータスが一時的に高められ、近接戦を行うのに耐えうるだけの能力を獲得した。

 

「低ランクではありますが、『魔力放出』のスキルです。上手く使ってください」

 

「ありがたいわね、これならあそこの戦いにもひとまずついて行けるはず! さあ、タラスクが居なくとも聖女がここに在る事を証明しましょう!」

 

 そうして、拳を構えたマルタが今まさに剣戟を迸らせる二者の間に割り込んだ。横合いから振るわれた拳の一撃をその生来の肉体で受け止めようとしたアルテラはしかし、その拳のあまりの重さに思わず蹈鞴(たたら)を踏む。発生した隙を突くようにセイバーオルタの猛攻は止まらず、体勢を崩したアルテラを追い込むようにしてさらに拳の追撃が放たれた。

 

「そら、どうした破壊の大王? お得意の破壊はどこにいった? それしか持ち得ない貴様が、それすら失ってなんとする?」

 

「……貴様」

 

「怒ったか? それは結構、存分に怒るがよい。感情を発露させればさせるだけ、貴様の勝利は遠ざかるのだからな」

 

 太刀筋がさらに乱れた。一合二合と剣戟の音が鳴るほどに乱れはより大きくなり、小さなうねりは瞬く間に巨大な大波となってセイバーオルタの有利に運ぶ。合わされた剣は先と比べても致命的に嚙み合わず、受け身に回ったアルテラは攻め手に回る機会が無い。

 

 だが――

 

「……それほど破壊を求めるか。ならばくれてやろう……『軍神の剣(フォトン・レイ)』」

 

 強引な一撃によってセイバーオルタとマルタとの距離が広がる。それと同時にアルテラの剣が回転を始めた。そこから放たれる虹の輝きは文明を消去し破壊し尽す凶悪な一撃。対城級にも匹敵するこの宝具は聖杯からの魔力供給によってもはや溜めすら必要とせず、輝きを増した剣がセイバーオルタを捕らえ破壊するのは一秒先に決定付けられた必定の未来のように思われた。

 

「おっと、余を忘れてもらってはこまるな! たかが人間と侮ったか? いいや、余に不可能は無いのである!」

 

 その一瞬の間に現れたのはローマ皇帝ネロ・クラウディウスだ。確かに彼女は強い、それこそ人の身には収まらぬほどに。だが例え英霊並みの強さを持っていようと、彼女はどこまでも人間であるのもまた事実。故にここまで、セイバーオルタやマルタが参戦する超常の舞台に参加することが出来なかった。

 だからこそ、()()()()()()()()()()。どれだけ発動までの時間が短かろうと、ただそれだけを意識していれば割り込むのは容易い。否、本来ならばそれでもなお不可能と呼べるだけの技術だが、それすらも万能の才覚を持つとされるこの皇帝は成し遂げた。

 

 回転し光を収束させた『軍神の剣(フォトン・レイ)』が、ネロの一撃によって僅かに上向く。その代償にネロが操る『隕鉄の鞴』は濃密な神秘に耐え切れず半ばから砕け落ち、剣としての機能を果たさなくなってしまう。得物を無くしたネロはまさしく絶体絶命、だが彼女は一切の絶望をその顔に浮かべてはいない。

 逸れた破壊の一撃は先ほどまでと比べれば間違いなく防ぎようがあるだろう。そうして武器を失い無防備な姿をさらすネロにマシュが半歩遅れて駆け寄り、滑り込みながらその仮想宝具を展開した。

 

 その直後放たれた虹の破壊光。容易く生命を終わらせ文明を破壊し尽す光はしかし、何者も破壊せず終わってしまう。そしてカルデアスの守りによって皇帝はその身を守られ、不敵な表情通りに当然のごとく生存を遂げてみせたのだ。

 

「さて、これにて格付けは済んだな。貴様の剣とて破壊できぬものはある。例えどのような状況であったとしても、それがただ一つの真実だ」

 

 黒の聖剣に同じく破壊の魔力が収束する。それは聖杯より魔力を供給されたアルテラの宝具解放にも比するほどの速度だ。それだけの威力を解放せんとする彼女の後ろ、これまで戦闘の成り行きを一秒たりとも見逃さず見守っていた立香の手からは、最後の令呪が消えていた。

 

「この一撃を手向けと受け取るが良い。『約束された(エクスカリバー)――勝利の剣(モルガン)』ッッ!!」

 

 解放された闇の極光。光を呑み、何もかもを破壊せずにはいられない最強の幻想(ラスト・ファンタズム)。それはアルテラの一撃と似通っているかのようで、されどこの一撃はどうあれ人類を守る為の一撃であるという点で致命的に異なっている。

 アルテラの身体に食い込んだ暗闇の牙はその半身を貪り、『軍神の剣』ごと半身を消し飛ばした。大地には長大な溝が刻まれ、それだけで神造兵器の破壊の凄まじさを物語る。光の駆け抜けた後には致命傷を負ったアルテラだけが残されて、戦う力を失った彼女はゆっくりと地面に倒れ伏した。

 

「……なんだ、私にも、破壊できぬものはあったのか……それは、喜ばしいことだ……」

 

 最後に微かに笑って、英霊アルテラはローマの大地より消滅した。

 

 黄金に輝く粒子が、戦場の熱が冷めやらぬ土地を駆け抜けた一陣の風に吹き飛ばされる。そこにはもう、ただ聖杯が転がるだけ。誰が居たという根拠も存在しない。間違いなく、この特異点の最後の強敵を排除したのだ。

 

「これで、終わったのか……」

 

 立香の声が、ポツリと空に響いて消えた。もう、ローマを脅かす存在はどこにもいない。間違いなく、あるべき正しい姿へと立ち戻った。だからこそ、彼らは胸を張ってこう言えるのだ。

 

第二特異点、人理定礎修復完了




どうにか第二特異点が終わりました。この小説は最悪でも二部が始まる前にどうにかしなきゃいけないチキンレースなので、やれるだけ駆け抜けます。

それにしても次回はどうしたものか。新しい英霊を呼ぶべきか、イベントを解消していくべきか……

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