智慧と王冠の大禁書   作:生野の猫梅酒

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第九話 中央管制室 Ⅱ

「前方の両翼より低級の幻想種、おそらくはワイバーンとゴブリンの群れがやって来ています。数はおよそ二十ずつ、接敵は一分後でしょうか。左にゴブリンが多いですね」

 

「えーと、どれどれ……うん、大丈夫だ。よーし聞いていたね立香君?」

 

『大丈夫ですよドクター。マシュとマルタさんでまずは左翼の足止め、タラスクはローマ兵の皆さんに配慮して必要最低限で。オルタは右翼を蹴散らして、ただしエクスカリバーは未使用でどうにかお願い。それでアンデルセンは……何か適当にやっといて!』

 

『おいおい俺だけやけに適当じゃないかいいぞもっとやれ! 肉体労働など他の者にやらせればいいだろうさ』

 

 カルデアからの敵襲の報に合わせて立香がテキパキと指示を出す。まだその指示には迷いがあるが、それでも芯は通っている。彼の言葉に合わせてマルタとマシュが敵の足止めに入り、セイバーオルタが単騎で敵群に乗り込み蹂躙する。

 敵が弱いという因もあるが、それでもしっかり適材適所と言える配置によって瞬く間にワイバーンとゴブリンの群れは駆逐された。アンデルセンだけは何もしていないが、彼とていざとなればその観察力で敵の綻びを見つけたりするのだから侮れない。

 こうしてサーヴァントの超常の力によってほんの一分二分ほどで戦闘は終了し、現在ガリアに向けて進軍を続けている正統なるローマ帝国軍は憂いなく足を進めることが出来るのだった。

 

「お見事、立香君。君も随分マスターとして様になって来ていて安心するよ」

 

『ありがとうございますドクター……ただここに来るまでに結構オルタのスパルタ教育が有ったと思うと気分が……』

 

『何を言う。マスター、貴様に必要な能力はまだまだ足りていない。先の戦いにおける指示は及第点だが、その言葉には迷いが見える。それではダメだ、マスターとして揺るぎなく振舞えるよう努々戦う事を忘れるな』

 

『しょ、精進します……』

 

『大丈夫です先輩、間違いなく成長は出来ています。私もそのおかげで戦えているのですから』

 

『よっし、これからも頑張るぞー!』

 

 セイバーオルタの容赦ない批評が入り、それに落ち込んだ立香をマシュが励まし、その甲斐あってか立香が簡単に意気を取り戻した。男とは単純なもので、気になる相手からの言葉は何にも勝る復活の呪文となるらしい。

 

『ふむ、それにしても改めて言うがそなたらカルデアの力は見事だ。どうだ、余の宮廷魔術師とならぬか? 今ならシモン・マグスにとて文句は言わせぬが』

 

 そう提案して来たのは第五代ローマ皇帝、ネロ・クラウディウスその人であった。その史実とかけ離れた愛らしい声音とセイバーオルタに似た容貌には誰もが度肝を抜かれたが、慣れとは恐ろしいもので現在は皆慣れてしまった。

 唯一その胸部に納得のいかない者もいるらしいが、それは余談だろう。彼女は戦闘後の興奮と自棄を晴らすかのようにマルタから貰った果物と、保存食として持ち込んだワイバーンのジャーキーに齧り付いていた。

 

「私は生憎マスターと既に契約を交わした身ですからね。そういう訳にもいきません」

 

 ロマン観察の影響でいつの間にかカルデアの機器の扱い方を一部学んでいたマーキダだが、その本質は契約を交わし特異点で戦う者である。そしてロマンの方はと言えば――

 

「ボクはほら、今更どの面提げて宮廷に戻れるかって話だからね。すみませんが、遠慮させてもらいましょう」

 

『むぅ~、そうなるか……惜しい。実に惜しい! そなたらが居れば余のローマはより盤石になると思うだけに惜しいな! どうしてもダメか? 対応は相談に乗るぞ!?』

 

 意外と食いついてくるネロに、ロマンの苦笑が重なる。しかしネロもすぐにローマ軍の方で用件があるらしく連れていかれ、カルデア側の通信は一時的に静かになった。

 

「なるほど、貴方は元宮廷勤めですか。のほほんとしているのに、観察すればするほど不思議なところが出て来る人です」

 

「そ、そうかな……? いや、だってほら、ミステリアスな男性って意外とモテるなんて話を聞いたからね、あはは……」

 

「それで、モテましたか……?」

 

「いいや、全然。ボクにはマギ☆マリがあるわけだから、その気も全然無かったのさ」

 

 溜息を吐いて笑ったロマンに呆れ顔のマーキダは手に抱えていた『智慧と王冠の大禁書』を()()()、その中の白紙ページに持っていたペンで書き込みを始めていく。これもロマンの観察を始めてからやり始めたことで、今ではすっかり見慣れた光景となっていた。彼としては正体がバレるのではないかと気が気でないが、幸いこれまでの所そこまで行きついた様子はない。

 

「その宝具、そんな使い方も出来るんだね。てっきり封印されているから絶対に開けない類の宝具だと思っていたけど」

 

「開けないのは機能が封じられているからではなく、別の理由です。なので記録を取るといった用途ならこの書を開くことは可能なのです」

 

 鎖で封じられた書物というどうしようもない見た目の割に、融通は利くらしい。なんでもマーキダ曰く、この書物に書かれた内容は彼女の知識として吸収され引き出されるようになるとか。それがEX(規格外)という特異な評価の原因とも思えないが、外付けのハードディスクの様な宝具と考えれば中々異質だ。あるいはその種別が『記録/証明宝具』という類を見ない分類と考えればそれも妥当か。

 

 そこまで考えたところで、一つ疑問がロマンの中に生まれた。

 

「ん? 証明? 一体それは何を証明するための宝具なんだい?」

 

 確かに見た目からして記録宝具なのは間違いないが、では何を証明するのか。これが実は一切不明である。召喚された当初、サーヴァントマテリアルを記録する際にマーキダは”裏側より映し出された王国の影”という評価が最も適当と言っていたが、それは果たしてどういう意味なのか。三つある宝具の内の他二つは詳しく聞き及んでいるが、これだけは未だ詳しいことは解説されていない。

 それを問えば、マーキダはひしと『智慧と王冠の大禁書(ケブラ・ネガスト)』を抱きしめた。まるでそれだけが、最後に縋るべき希望のように。

 

「勿論、これで証明するのは一つだけですよ。歴史より抹消されたかの国、裏側に落とされた幻想をこの世界に証明するための唯一の扉ですから」

 

「――それはもしや」

 

 彼はもうかつて見えたはずのシバの国の顛末を()()()()()()が、一つの仮定がその脳裏に思い浮かぶ。それは荒唐無稽なようで、けれどこの宝具ともう一つの特異なスキルがあれば可能なのかもしれない。 

 

 しかしそうなれば、つまりシバの国が消えた先は――

 

「さて、この話はここまでです! せっかくの切り札ですから、肝心な時まで秘匿しておくのが聖杯戦争の常じゃないですかね?」

 

「ま、まあ間違ってはいないけど……そうだね、もったいぶるならそういうことにしておこう」

 

 秘密は女性を美しくする。それは誰の言葉だったろうか。マーキダは意識している訳ではないだろうが、それでも男性のロマンがやるよりは余程それらしい気もする。

 ともかく誤魔化すように遮られた彼女の言葉によってこの話題は終了した。ロマンとしてもうっかり藪蛇を突いて余計な事を彼女に言いたくはない。あまりボロを出しすぎればきっとその正体に迫って来るだろうから。

 

「さてと、ともかく立香君たちのサポートに戻るとしよう。数日後にはガリア戦線も始まるだろうし、上手くやらないとね」

 

 第二特異点の攻略は、まだまだ続いて行く。

 

 ◇

 

 ガリア戦線は非常に苦しい戦いとなった。連合ローマ帝国に所属する天才的な戦術家であるガイウス・ユリウス・カエサルの手腕は驚異的な物であり、恐ろしいことにシャドウサーヴァントを除けば彼しかサーヴァントがいない状況でカルデアとローマの戦力に拮抗して見せた。

 そのうえセイバーオルタはこれも試練の一角として切り札である『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』を意図的に封印、横合いから大火力で吹き飛ばすという手段すら取れない状況に立香は叩き落とされた。他にも多くの英霊の助けがあるとはいえ、これはかなり厳しい条件だ。

 

 それでもどうにか前進して戦う事だけは諦めず、その果てにカエサルの撃破をこなしガリア戦役に於いて勝利を収めたのだから見事という他ないだろう。

 

「よし、良くやった立香君! 力業だろうと何だろうと、君はあのカエサルを打倒したんだ! 胸を張って勝利の美酒を楽しむべきだよ」

 

『いやあの、オレ飲酒は出来ないんですが……』

 

『そう硬いことを言うな我がマスターよ。俺だって酒は嗜むんだ、お前が飲んだところで問題はあるまい?』

 

『そこのちんちくりんの言う通り、楽しむときは楽しむのが宴の華だ。今は戦地故僅かな酒しか用意できぬが、ローマに凱旋した暁には派手に飲もうとしようではないか!』

 

『いいえ大問題ですミスターアンデルセンにネロ皇帝! お酒は二十歳になってから、多少差はありますがこれは世界でも普遍的な常識です。そもそもお二人の姿自体、大人にはとても見えないのですが……』

 

『それを言ったら余も流石に怒るぞ!』

 

 若干無責任な二人の発言を咎めるようなマシュに両者が肩を竦めたり怒ったりして、その後ろでさりげなくマルタがマスターに飲酒について語っている。彼女はあまり飲むタイプではないのだろうか。キリスト教圏の伝説である『アーサー王物語』にその原点を有するセイバーオルタは、たぶん何であれ飲むだろうが。

 そんなこんなで談笑をしたりふざけたりしながら帰路につき、海路を巡ってローマへと出発した。その途中では”形ある島”なる孤島にて本物の神霊と出会って試練を吹っ掛けられたり、属性てんこ盛りの二人のサーヴァントを相手にアンデルセンが珍しく言葉を失ったりと色々あったが、往々にして平和であった。

 

 だがローマに帰還する直前、一つの巨大な障害が立ちはだかる。炎門の守護者であるレオニダス王の待ち伏せ、しかしこれは()()()()()()()()()()()()()()()()のか、殆ど手を抜かれた状態で戦闘に突入し呆気なく終わってしまったが。

 

『今のサーヴァントもやっぱり……』

 

「間違いなく、レフ・ライノール・フラウロスの召喚したサーヴァントだろう。根本として聖杯が向こうの手元にある以上、こういった脅威は常に警戒しなければならない」

 

『それでもまだマシな方ではあるがな。いかんせん守護の為の者を、攻める為や滅ぼす為に扱う時点でその男の底は見える』

 

「聞く限り他者を見下す性格という話ですから、きっと呼び出すサーヴァントも無軌道かつ適材適所という事を考えないのでしょう。数多くのサーヴァントを自在に呼び出せる事も踏まえて、現状のマスターとは対極の存在ですね。まあ私としてはどうしても気になることはありますが……」

 

 フラウロス。その名は中世の悪魔召喚術を記した書に詳しい。それはソロモンの使役する七十二柱の悪魔の一柱の名だ。序列第六十四位、悪魔フラウロス。その名を冠するという事はつまり、黒幕にかの王が控えている可能性があるということ。

 カルデアに召喚された彼女は、いったいその事をどのように考えるのか。ロマンとしては気になるが、しかしどうしても聞くことが出来ないというのが本音だ。ロマン(ソロモン)からすれば、感情を解さない魔術王が人理焼却を行うなど考え難い。それにフラウロスの名前とて、ただその名を借りているだけという見方も出来るのだ。

 だからこの可能性はまだまだ低いし、とても信頼できるものでは無い。むしろありえないと言い切る方が自然だろう。しかしそれでも、もしかしたらという思いはある。何かの間違いで召喚された己が世界を滅ぼす。なんと恐ろしい事か。

 

 だけど何より恐ろしいのは、魔術王を人間と最後まで言い続けた幻想女王がその可能性を疑っているかもしれないことで――

 

「いいや、ボクも何を考えているんだか」

 

「? どうしましたドクター?」

 

「なんでもないよ。ちょっとした気の迷いさ」

 

 首を傾げるマーキダに軽く答えて、無益な思考を振り払う。そう、別に彼女にどう思われていようと究極的にはロマンに関係の無い事だ。彼女が愛した”かもしれない”のは別の存在であり、その者への考えがどれだけ疑惑に渦巻いていようと気にする方がむしろおかしい。だからこの考えもこれまでだ。

 

 ともかく、カルデアでどれだけ複雑な考えを弄していようと特異点の状況は変わらない。ローマに凱旋後はネロ主導の下で大宴会が開かれ、その日の夜は盛大な騒ぎとなった。カルデアでもちょっとだけマーキダが奮発して作った料理を肴にプチ祝勝会をしたりと密かに盛り上がり、ダ・ヴィンチちゃんも珍しく工房から出てきたりする。

 その後は単純明快だった。破竹の勢いで連合ローマ帝国首都に向かい進軍、ただそれだけである。形ある島にて出会った女神ステンノの授かりものより判明した首都へと向かい、特異点の元凶に終止符を打つ。その過程で強敵と遭遇して味方が囚われたりといった不祥事は有ったが、それでももはやガリアにおける勝利を収めたローマ帝国軍を止めることは能わず。道中の全ては蹴散らされ、華の軍勢はただ眼前を見据え邁進する。

 

 ――こうして、カルデアは第二特異点の元凶たる連合ローマ帝国首都にまで到達した。




ローマについてはその、本当に申し訳ないのですが大幅カットと相成りました。一応オリジナル展開としては、ブーディカさんを敵に配置してそこに反逆系バーサーカーくっつけて孔明とアレキサンダーを陣営を跨ぐトリックスター扱いにしてレオニダス王を味方にして……などと考えてみましたが、それをやると間違いなく話が膨らみすぎてエタる危険性が高まるのでやめました。

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