ログ・ホライズン 〜見敵決殺の冒険者〜(改稿中)   作:業炎

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5殺目 空駆ける三騎

 

4頭の馬が草を食む。遠くを見渡せる丘の上で、心地良い風に吹かれて、青空から降り注ぐ陽射しを浴びて、さぞ幸福感に浸っている事だろう。しかし、そんなひと時はすぐに終わりを告げる。

 

「ヒヒィィッ!!」

 

1匹は鳴き声を上げて突如走り出した。それに釣られる様に他の三頭も続いて鳴き声を上げて走り出し、そして森の中に消えていった。その様子を見ていた4人はふと疑問を覚えた。

 

「あの馬どこから来てるんだろうな?」

 

「さぁ…………?」

 

アイテムで召喚した生物は何処からやってきて、何処に消えていくのか。ゲーム時代からの細やかな謎に対する疑問を言葉にしたのは直継、曖昧な声を漏らしたのはシロエ。ハサンとアカツキはすぐに考える事をやめてそれぞれの事に意識を向け始めた。

 

現在地はススキノへ出発して約半日の地点。途中では戦闘などは起こらず休憩も一度のみだったが、シロエが用意した地図と現在地を照合させた時に直継が「さっぱりだな」と言うくらい進んでいない。シロエの午後から飛ばすという発言で直継、ハサンは彼の発言で何かを察していたのをアカツキは感覚的に理解していた。その為、少しばかりの疎外感が心の内を占めていた。でも彼女は無理にそれを尋ねる気にはならなかった。それは彼らを信頼しているからで、別に興味が無いわけではない。

 

(…………………)

 

「んっんっ………プハッ」

 

自身の獲物である窯変天目刀の柄を握ったり離したりしながら、悟られぬように隣に座ったハサンに視線を向ける。ちょうど喉が乾いていたのか、ハサンは水筒を傾け水を喉に流している。

 

 

彼は戦闘時以外は骸の仮面をお祭りの面よろしく側頭部に引っ掛け、顔を晒している。黄色人種らしい黒髪と肌色に青みがかった瞳、少し威圧感をプラスする鋭い目尻、顔付きは大人っぽさはあるがまだまだ子供っぽさも見られる……そこまで考えてアカツキは恥ずかしさで胸が一杯になる。まるで子供っぽい容姿の自分が共感出来る存在を追い求める様な行動に思わず唇を噛む。

 

「どうかしたか?」

 

「っ………いや、なんでもない」

 

「なんでもないって顔には見えないが?」

 

「うっ……………」

 

ハサンは水筒の蓋を閉めながら溜息をつく。

 

「別に無理やり話せなんて言わないが、悩みがあるなら言ってくれよ?気になって仕方ない」

 

立ち上がり伸びをするハサン。その際に暗殺者に見合わない厚めの鎧がカチャカチャと音を立てるが気にかける様子はなく、ポキポキと骨が鳴るたび心地良さそうに顔を綻ばせている。

 

「それに、悩む事はいい事だが程々にな。私は悩む度に師匠に叱られて、今じゃ悩むなんて自然にしなくなった」

 

「師匠?」

 

「そっ、私の剣の師匠で今の俺を作ってくれた人だ」

 

 

 

 

『無駄な事は考えるな。己が身に任せて動け。そして誰の信じるお前でもない、お前自身の信じるお前らしさを振る舞え』

 

『悩む事もまた修行、されどそれに無駄な時間を割くでない。即断即決を心掛けよ』

 

『感じろ、5感全てを研ぎ澄ましながらそれら全てを信頼するな。その先に、真に信頼できる第6感、第7感が目を覚ます』

 

『貴様、首を出せい。その根性を叩き直す』

 

『一歩で足りなければ二歩三歩と前に踏み出せ。躊躇う事は許さん、その手が、足が、心が灰になり空に消え入るまで……いや、信じる全てがお前の眼前より消失するまで立ち続けろ』

 

 

 

 

「まあ………うん、すげぇ理不尽を形にした人だったよ」

 

「…………………」

 

完全に目に生気を感じない。懐かしいながら、はっきりと覚えているあの頃の自身の無我夢中ぶりある種感嘆すら覚えている、そんな目だ。よくもまあ此処までの無茶振りを真に受けて竹刀を、木刀を、真剣を振るい続けた物だと遠い目をする。その様子にアカツキはなんとも言えなくなった。

 

「おーい!そろそろ出発するぞー!」

 

「……よしっ、了解!」

 

直継の声が響き、ハサンの目に光が戻りいつも通りの様子に戻る。その変わり身の早さに驚きながらも、アカツキも出発の為に立ち上がる。そしてバックから一本の笛を取り出し口元に持って行こうとする。それは馬を呼ぶ為の笛、冒険者には必須のアイテムだ。

 

「アカツキ、ちょっと待って」

 

「ん?どうした、シロエ殿」

 

しかしアカツキが笛をくわえる前にシロエが声を持って静止する。その行動に違和感を覚え怪訝そうな彼女の目の前で、彼は流麗な透し彫りの施された竹製の笛を取り出し、直継も同様のものを取り出す。しかしハサンはそれとは異なる、小さく無骨な角笛を取り出した。

 

「それはなんなのだ?」

 

小首を傾げて尋ねるアカツキに三者三様に微笑むとその笛を空高く響けと吹き鳴らす。吹き鳴らした笛の音色は絡み合い、荒地の風に乗って大空に拡散して行った。

 

「フウォォォォ!!」

 

「グオオォォォ!!」

 

鋭い鷲の咆哮と竜の叫び声が辺り一帯に響き渡る。そして重い羽音を響かせて飛来してくる3つの大きな影。まるで馬車の様な大きさのそれらは、シロエ達の頭上を大きくふた回りして荒々しい勢いで着地し、その逞しい首を主人の足元に低く差し出した。

 

「グリフォンではないか!それに………?」

 

彼らの元にやってきたのは幻想種のグリフォン2体、そして幻想種の頂点と謳われる竜種の1体。しかしその竜の名をアカツキは知らない。

 

「グリフォンの呼び笛は、死霊が原(ハデスズブレス)の大規模戦闘を切り抜けた者に与えられると聞いた事がある。だがそっちは………」

 

巨大な獅子の体に鷲の頭部と羽、そして4足で歩く飛行生物グリフォン。戦闘能力は亜種や年齢にもよるが合成竜(キマイラ)に匹敵すると言う。しかしその隣にいるのは合成竜などではなく、それよりも遥かに格上であろう飛竜。

 

「その竜は一体…………」

 

かなり長くエルダーテイルを遊んでいた彼女でもその名は口から出てこない。そんな中ハサンが口を開く。

 

「レイド参加条件を満たしていないプレイヤー救済用期間限定クエスト『竜の饗宴』。それをクリアした者に授与される報酬、砕けし伝説の竜笛」

 

肉をその竜の口に持って行きながら、ハサンは話を続ける。

 

「それによって、バハムートの幼竜を呼び出す事が出来る」

 

「そんなアイテムが………」

 

バハムートとは、多くのゲームで強大な力を有する竜の一体である。本来の歴史ならベヒモスをアラビア語読みしたもので、決して竜に付いていた名前ではないのだが其処は今はいいだろう。

 

「まあ言うなら、このグリフォンのレイド未参加プレイヤー用かな?」

 

シロエがハサンの発言に付け足す様に話す。そして小声で「まあグリフォンよりもレア度もスペックも高いけど……」と言う。

 

「ちょうど死霊が原はリアルの都合で参加出来なかったから、新装備のテストも兼ねて参加したんだ」

 

「あん時は驚いたのなんの。みんな暫く驚き過ぎて無言だったしな」

 

直継がグリフォンとの交流を終えてハサンの側によってこのこのとちょっかいを出す。対して、アカツキは驚きの意味が分からず、首を傾げる。それを見てシロエが説明を始めた。

 

「そのクエストはよく言われる防衛戦、タワーディフェンス系のクエストで運営側の設定したメチャクチャな難易度の所為でクリア者が1名(・・)しか上がらなかった激ムズクエストだったんだ」

 

それだけでアカツキは目を見開き、ハサンの方を見る。彼はそれ程でもないとなんでもなさげに振舞っているが、異常な事だ。それは無言になって当然な話だ。

 

「まあ、俺達はグリフォン持ってたから参加しなかったんだが、参加した奴らはこう言ってたよ」

 

直継はさも深刻な話をする様に一息置き、顔を強張らせる。あまりの変容ぶりに流石のアカツキもゴクリと唾を飲む。

 

「まるで地獄の宴だったってな」

 

地獄の宴、それがどんなものかアカツキには知らない。でもどんなものか想像は難しくない。

 

「ボス級こそ居ないものの、圧倒的物量と戦闘能力に多くのプレイヤーは攻略不可能だと匙を投げ、攻略サイトには悲痛のコメントが延々と綴られた」

 

なんだか、怪談話の様なシロエの語り口にアカツキの体が少し震える。

 

「その上、パーティープレイ可能だから他人との協力も可能。それなのにクリア出来ない程だからな」

 

「そんな中、その流れをぶち破るプレイヤーが現れた」

 

2人はハサンの方に向く。

 

「本来確率の低い即死を装備やアイテムによって底上げ、そして圧倒的運でほぼ100%で即死を引き当て1人で防衛地点に立ち、何百という敵を奢る姿は正しく死そのもの」

 

「余りのことにゲームの管理者側からチートを疑われる始末。でも結果はそう言った事実は一切無く、その余りの強さにこの件を知る奴等の一部はあいつの事を"歩み寄る死"なんて呼び方をしてたりする」

 

2人はハサンの事を称える。それが恥ずかしかったのか、バハムートの幼竜に跨り3人を見下ろしながら急かす様な視線を送っている。

 

『雑談はその程度で、早くしろ』

 

彼とてあの時のテンションは、リアルでの不調がゲーム内での振る舞いに影響を与えていたのだ。その為ある種黒歴史物であまりほじくられたくないのだ。

 

「アカツキは俺の後ろ。グリフォンよりこっちの方が安定するから」

 

ポンポンと自身の跨っている鞍を叩く。しかしアカツキはバハムートの存在感に怯えているらしく距離を取っている。しかし流石にそのままではいけない。既に直継とシロエは準備を終えて後はアカツキがバハムートに跨るのを待っている。見兼ねたハサンはバハムートから降りてアカツキに近寄り、そして………背中と膝裏に手を差し入れ抱え上げる。

 

「なっ、何を!?」

 

「このまま時間を浪費するのもアレだからな。………文句は後で聞く」

 

世に言うお姫様抱っこを躊躇なくするハサン。これも彼の師匠の教育(異常)の賜物か、余りにも自然かつ流れる様な動きにアカツキはもがく事も出来ずにただ顔を赤くするしかない。そのまま迅速にバハムートの背中に飛び乗り、自身の後ろにアカツキを座らせる。

 

「小太刀の鞘はいつもよりしっかりベルトに固定、背負い袋もな。風に流されるものは畳むようにな」

 

「うっ、うむ」

 

未だに顔が赤みがかったアカツキに飛行の為の準備を促しながら手綱を握ってバハムートを立たせる。そして立ち上がると分かるグリフォンとの縦の高さの差。流石はバハムートの幼竜と言ったところである。付け加えて言うならこれでまだ幼竜、しかもプレイヤーを主人として認める設定がある以上生まれて間もない個体。それでグリフォンのスペックを上回っているのだからバハムートとはとんでもない生き物である。

 

「しっかり掴んでくれよ。安定性は高そうだが、上空は風は強いからな」

 

「問題ない……事もない」

 

もぞもぞと身体を揺らすアカツキ。どうも馬術の方は冒険者の身体に刻まれた感覚でなんとかなる様だが、竜種の騎乗はどうもうまくいかないらしい。そこでハサンはアカツキを気遣い自分の腰あたりを軽く叩きながら告げる。

 

「もう少し腰を落ち着かせて、後俺の事掴んでくれ。怖いならしっかり掴んでくれて大丈夫だから」

 

「あっ、ああ………」

 

アカツキの顔の赤みが更に濃くなる。ハサンの女性に対する献身的な対応に甘える様に、彼の腹部に手を回す。その際の普通ならこそばゆくなる様な掴み所を探す手の動きにもこそばがらずに飛んで行く方角の空を見据えている。

 

「じゃあ先に行くぜ!」

 

「行くよっ」

 

2人が手綱を振るうとグリフォンが翼をはためかせ空の彼方に飛んで行く。それを見据えるバハムートの幼竜の鱗をそっと撫でて、ハサンは手綱を構える。

 

「さて、行くぞ!」

 

「っ!」

 

身体中に風が叩きつけられる。身体が何倍も重くなりバハムートの背中から落とされそうになるのをハサンの背中に抱きつく事で耐える。そうしてしっかりと鍛えられた程良い硬さを持つハサンの逞しい背中に周囲を見ない様に顔を埋めるアカツキだったが、しばらく経って、漸く周囲を見渡す余裕が生まれる。そして周囲を見渡すと同時に感嘆の声を漏らす。

 

「良い景色だな」

 

自分にしがみつくアカツキが少し余裕を持てている事に安心したハサンは彼女に声を掛ける。自分の肩迄くらいしか身長のない彼女が飛んで行ったりしないか内心で心配していたが、問題なかった事に1つ息をつく。

 

「大丈夫か?」

 

「うん-----これは、凄いな。青空の中に浮かんでいるみたいだ」

 

確かにと微笑む。轟々と唸りを上げて後方に千切れ、押し流されて行く風。今は翼を広げて滑空する様に空を移動しているのにも関わらず、上昇気流を生かして高度を維持しながら先に出ていたシロエと直継のグリフォンに並ぶ。

 

「どうだスゲェだろ!」

 

「そうだな!」

 

直継の声が弾んでいる。純粋に空を飛んでいる事への興奮を表すそれにハサンも声を弾ませて返答する。シロエも声に出さないながら唇の端が上がっている。そんな彼らに、アカツキもつられる様にして花の開いた様な笑顔を向けて告げた。

 

「すごい。空の碧さが透き通るみたいだ」

 

ハサンはそんな彼女を見て、先程の純粋な子供の様な表情ではない穏やかな表情でアカツキに笑いかけた。

 

 

そのまま、空を駆ける三騎の姿は北へ向かっていった。

 

 


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