ログ・ホライズン 〜見敵決殺の冒険者〜(改稿中)   作:業炎

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4殺目 目指すは遙か北

 

ハサン=サッバーハ、彼は優しさの塊の様な青年だ。誰かが苦しんでいれば無償で手を伸ばし、誰かが下を向き泣いていたらその涙を拭い上を向かせる。そんな彼でも、現在の状況は旗色が好ましくない。

 

「ススキノに遠征………ですか?」

 

中小ギルド、三日月同盟のギルドマスターの部屋。其処のソファーに腰掛けていたシロエはそう尋ね返す。それをギルドマスターであるマリエールと会計を担当しているヘンリエッタの両名とも頷いた。

 

「大災害があった日、このギルドの新人で……セララという女の子がススキノにいたのですわ。ススキノで丁度レベル20くらいのダンジョン攻略プレイの募集がありまして」

 

「それで1人でススキノに取り残されてしまったと」

 

「はい」

 

ヘンリエッタは深くため息を吐く。決して、呆れてのものではない。心の底から心配で心配で仕方がない、そんなため息だ。

 

「迎えに行くんですか?」

 

シロエの質問に、マリエール達はなんの躊躇いもなく頷いた。

 

「私達はよく知らないが、事件後にススキノに向かったプレイヤーはいるのか?」

 

アカツキの質問が4人の疑問を代弁する内容だった。それはシロエもちらりと考えた事であり、ハサンに至っては大方の予想の付いていたことだった。

 

主要都市を瞬間的に移動するトランスポートが大災害以降不調で使えない以上、残る手段は二つ、一つは各地に残った日替わりでランダムに転移場所の変わる妖精の輪(フェアリー・リング)を使用するか、真面目に陸路を進み、いくつもの危険区域を通り抜けて北を目指す他ない。

 

「いや、うちが知る限り、1人もおらへん」

 

マリエールの口から、まあ当然であろう事実が口にされた。ただでさえ当然の異世界で困惑しているこの時期だ。街の外の危険区域をいくつも跨ぐような旅を無闇に行なう奴など早々いるわけがない。

 

「今、救援を出す理由は?」

 

アカツキが切り出す。同時にシロエとハサンが少し体制を前屈みにして視線を飛ばす。どちらとも、それが問題の中核である予感をヒシヒシと感じていた。

 

「それは……」

 

「あー……なっ?うん……救援は前々から出す予定だったんよ!あんな北の果てで一人ぼっちやなんて可哀想やし、心細いやろ?」

 

言い淀むヘンリエッタ、そして言葉にはするも何処か手探りでいつもの明るさと元気良さのないマリエール。

 

「マリ姐」

「マリエ」

 

「そんな目で見ちゃダメやで、シロ坊にハッサン。シロ坊は目つきちっとばかり鋭いんやから……それにハッサンも。女の子にモテへんようになってまうで?」

 

少しでも、話を濁そうとするマリエール。

 

「マリ姐」

「マリエ」

 

シロエもハサンも決して押しが強いタイプではない。だが、今はそんな事をいちいち気にしている場合ではないと、共に重ねて問いかける。

 

「………ススキノな。此処より治安悪うて、それで……セララなぁ、ガラの悪いプレイヤーに襲われたん」

 

ギルマスのマリエールが構築したパステルピンクのファンシーな部屋に、それはひどく不吉に、不気味な程ピッシャリ響いた。

 

 

大きな街は基本戦闘禁止区域だ。それはアキバも、ススキノも変わらない。ダメージを受けるような武器使用や魔法の使用は禁止されている。また『キャラの移動不可能化』などを引き起こす通せんぼうや拘束行為も禁止行為とされる。

 

 

しかし、現実での犯罪行為が全て禁止されているかといえばそうではない。特にこれが、レベルの低いか弱な女の子相手となるとPKなんかよりもタチの悪い事は存在する。

 

「………………」

 

アカツキの表情が一層厳しくなる。彼女も女性なのだ。マリエールの言った『襲われた』という言葉に秘められた他の意味も同じ様に理解したのだろう。それに気づいたのか、マリエールは少しばかり訂正を挟む。まだ大事には至っていない、と。

 

 

そしてその後をこう締めくくる。彼女を救出に向かう遠征の間、三日月同盟の居残り組の面倒を見て欲しいと。2人は揃って、懇願するかの様な悲痛な表情で頭を下げた。

 

 

ハサンは意見を強引に押し付けない謙虚さや周囲に流されない芯の強さを備えているが、他人の意見に口を挟む事は苦手としている。それが間違っている事なら待ったを掛けるが、間違っていないのに待ったを掛ける事は難しい。

 

 

それは彼にとって見知ったマリエールとヘンリエッタでも同じ事。寧ろ親しいからこそ、その気持ちが痛いほど理解できてしまう。仲間がピンチなら駆けつけたくなる気持ちも理解出来るし焦る気持ちがあるのも分かる。

 

(だが………危険過ぎる……)

 

エルダーテイルのハーフ・ガイア・プロジェクト下では秋葉札幌間は直線距離約420km。馬の平均走行速度が30km/hとして真っ平らな平地なら約14時間で着くことができるが、実際は山岳や河川、海峡に天候の問題からその十数倍はかかる。更に移動や戦闘の疲れを取る小休憩や野営の時間も計算した上、プラスαでモンスターとの戦闘がある。レベル90ならば序盤はモンスターのレベルが低い分問題なく行けるだろう、だが後半になってくれば必然的に平均レベルの高い場所を通らなければならない。

 

(そうなれば………)

 

ハサンは小竜を思い浮かべる。彼は三日月同盟のレベル90盗剣士で腕に問題はない。でも彼はシロエから見ればまだ若く未成熟な面が目立つ。心身共に負担の大きい長旅に耐えられるかと言えば、難しいと言わざる得ない。せめてマリエールとヘンリエッタ、小竜以外にも他数人のベテランプレイヤー、欲を言うなら放蕩者の茶会レベルの凄腕が居ればまだなんとかなる可能性もあっただろう。

 

(いや………それでも………)

 

しかしその可能性も、あくまでススキノに到達するまでの話だ。ススキノは治安が悪い無法者の吹き溜まり。そんな所にマリエール達を送り届ける事は出来ない。最悪彼女達もセララと同じ運命……それ以上の事もあり得る。

 

(シロエは………どうする?)

 

彼は参謀へと視線を向ける。其処には視線を下に向け、考え込んでいるシロエの姿があった。

 

 

 

 

 

 

(こうなると………僕達が行くべきだ)

 

戦闘時は優れたタンク役にして、非戦闘時もメンバーを励ます事に務めてくれる直継。

 

暗殺者+サブ職業追跡者による威力偵察が可能なアカツキ、そしてサブ職業は違えど十分な技能を持つハサン。

 

更に付与術師として味方を補助しつつ、戦闘やその他の物事での重要な参謀を任せられる自身。

 

100%ではないが、マリエール達が行くよりも可能性は高いとシロエは判断する。しかし、シロエは口を開けずにいた。

 

 

いくつもの想定を立てて、該当しない物を弾き残ったものに更に条件を加えて絞り込んで行く。その中で期間の短縮、成功率の上昇も図っていく。ドンドンと数が減って行く。やがて一つの結論、先ほどの判断と同じ結果に至った。しかし、余計な気遣いであると、出しゃばり過ぎるなと脳内で自身の声が響く。

 

 

しかし、ふと思い起こす。自分は何を願っているのか、何をしたいと自分が思っているのか。

 

 

其処まで行って、意識が体に戻って行く。誘われる様にあげた視線の先で、直継とアカツキ、そして隣に座っているハサンがこともなさげに頷く。

 

「言え、シロ」

「シロエ殿の出番だ」

「任せた」

 

3人の言葉に背中を押され、シロエは決断する。目一杯風を受けた帆船のように言葉を口から吐き出す。

 

「僕らが行きます」

 

「えっ?」

 

予想していなかった発言にマリエールとヘンリエッタは目を丸くする。其処に畳み掛けるように、シロエは告げる。

 

「僕たちが行くのがベストです」

 

「そんな!シロ坊、うちらはそんな事ねだってる訳や----」

 

マリエールの抗議を無視し、シロエは仲間たちに視線を巡らせる。

 

「モチのロンだぜ!」

「我等にお任せあれ」

「暗殺者とは依頼を完璧にこなす者だ」

 

完璧なタイミングで返答した3人の仲間。話は終わったとばかりに全員立ち上がる。そしてシロエはこれで最後とばかりに宣言した。

 

「明朝1番に出発する!任せておいて、マリ姐、ヘンリエッタさん!」

 

 


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