ログ・ホライズン 〜見敵決殺の冒険者〜(改稿中)   作:業炎

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3殺目 PKとの死合

 

アカツキが異変に気付いた頃、同じ様にシロエや直継、ハサンも異変に気付いた……というより巻き込まれる寸前の場所にいた。

 

「ん?」

 

最初に違和感に気付いたのはハサン。彼は暗殺者として本来奇襲や不意打ちを得意とする職業。その為気配の把握能力に優れ、レベル90共なると広範囲に及ぶ。彼の場合それだけではないのだが、それはまた追い追い。

 

「(気配は四つ、レベルはそれなりの高さだが……技量が追いついていないな)……シロエ、直継、前方数十メートル先に敵の気配。反応は四つ」

 

耳を澄ませ、聞き取った呼吸音や足音を聞き分けそれだけでレベルの高さとその人間の持つ技量を測り取ってみせる。しかしあくまで思考していた情報は表に出さない。自分の中に留めておく。

 

「了解っ!?」

 

何かに気付いた直継はその場を離れようと後ろに飛ぶ。しかしその足には既に半透明の魔術で生み出された鎖が絡み付いていた。威嚇に放たれた束縛用呪文。

 

「チッ!」

 

後ろへの跳躍エネルギーは鎖によって押さえ込まれ、殆ど下がる事が出来なかった。流石に直継も苛立ちで舌を打つ。

 

 

パキッ!!

 

 

しかし次の瞬間には、その鎖は姿形なく消え失せた。付与術師の魔法、ディスペル・マジック。魔力で出来たものに対してシロエのそれは抜群に効果を発揮する。そして状況把握からすぐに放つ辺り、流石は放蕩者の茶会の参謀である。

 

(相変わらず、抜群の反応支援だなっ!)

(やっぱり、安心感が違うな)

 

前衛2人に湧き上がる高揚感と戦闘意欲。背後にシロエという守るべき確かなものがあり、しかもその援護を受けられるという自身が2人を気迫で満たす。

 

「直継を最前列に置いた直列のフォーメーション!」

 

シロエの指示に従い直継を最前列に据えた直列のフォーメーションを取る。そしてその間にシロエは付与術師の攻撃呪文マインド・ボルトを放ち、その輝きが一瞬ではあるがPK達の顔を照らす。確かに4人、その姿を把握できた。

 

2人はシロエとの距離に注意を払いながら敵を待つ。直継とハサン、2人かかりなら突っ込んでも大した問題ではないのだが後衛の存在がある以上、下手に突っ込む事は防御を削りシロエを無駄な危険に晒すこととなる。だからこそ、向こうから出向くのをじっと待つ。

 

「いい度胸してるぜっ。なあ、ハサン」

 

「ああ、全くだな」

 

直継は胸糞悪いとばかりに吐き捨て、ハサンもそれに同意する。目の前にいるプレイヤーは、2人にとって最も嫌うべき行為を好む輩なのだ。そういう態度でも無理はない。

 

 

プレイヤーキル、略してPK。プレイヤーを攻撃し死亡させ、そのアイテムや金品を奪い取る最低の行為。それに対して直継はもちろん、誰にでも温厚なハサンが怒りを露わにしている。

 

(取り敢えず、不意打ちは防げたけど……此処からどうする?)

 

シロエは杖に明かりを宿しながら思考を展開する。使用できる魔法アイコンを想起する。脳裏に広がるメニュー画面にカーソルを当てることなく、普段よく使う呪文は全てショートカットスロットに登録してある。しかしシロエが杖を構えるまでもなく、前方の暗がりの中から4人のプレイヤーが現れる。アスファルトのかけらを踏み砕く音が、夜の静寂に意外な程大きな音を響かせた。

 

 

 

 

 

 

戦士風が1人、盗賊風が2人、魔術師系が1人。数は多く、装備も高レベル帯の物でレベルが低いなんて事はなさそう。それがシロエの見解。

 

 

対して、有象無象の屑4体でレベルばっかり高く人間としての程度が低い。それがハサンの見解だ。

 

 

彼をお人好しで温厚な"だけの"人物だと思っているプレイヤーが耳にすれば、誰もが目を丸くして震え上がるような、他人を見下すような威圧感を放った事にビックリするだろう。だがこれが彼の本性………という訳ではない。彼の本質はお人好しで温厚だ。

 

 

但しハサンが周囲に良くするのは自分の為、要は自己満足。彼はそれを偽善だと自傷していたが、周囲は誰1人としてそうは思っていなかった事を彼は知らない。ともかく、必要ないと思った相手には決してしない。寧ろ、全身全霊で叩きのめすまである。

 

「黙って荷物を置いていけば、命までは取らないぜ?」

 

戦士風の男が見下すようなお決まり文句とも言える恐喝台詞を吐く。シロエはその台詞に苦笑を誘われる。

 

(漫画の読み過ぎじゃないかな?その台詞……)

 

前衛2人の安心感に、敵の台詞に反応出来る余裕が生まれる。そんな彼の視線とハサンの視線が交わる。戦闘のために下ろした頭部装備『暗殺王の呪面』を通した彼の瞳は青く輝く。その奥に秘めた感情をシロエは読み取った。それは、シロエと同じ苦笑だった。

 

「守護戦士に魔術師、暗殺者が1人か。でもこっちは4人だ、無駄な足掻きでもしてみるか?」

 

リーダー格らしき盗賊風の男が言う。それに対してハサンは彼らの頭の弱さを憐れむ。足し算覚えたての子供の様な思考回路に彼は悲しんでやる事しかできない。確かに相手は4人こちらは3人、単純計算なら4対3で相手が人数的に有利だ。しかし、ハサンはこんな言葉を知っている。

 

 

"1+1が必ず2になるとは限らない。それが勝負の世界である。"………と。

 

 

例を挙げるなら奴らは二刀流が一刀流より強いと言っている様な物だ。全てにおいて中身は大切、量より質だ。それをハサンは身をもって知っている。

 

「直継、どうする?」

 

「殺す。そもそも他人様(ひとさま)を殺して遊ぼうって連中だ。当然他人様に殺される覚悟なんてオムツが取れる前から決まってるだろうさっ!」

 

いよいよ本格的に直継がブチ切れている。普段は怒らない人間ほど怒ると怖いと言うが本当らしい。盾で地面を叩きながら威圧する直継を横目に見ながら、ハサンはシロエに視線を送る。彼はハサンの意思を察し、口を動かす。

 

「直継はPK嫌いだもんね。……僕はお金払っても良いんだけどさ、一度くらいなら」

 

「私もかな。面倒ごとは嫌いだし」

 

シロエの言葉に一味がニヤリと笑う。そのまま一歩を踏み出し、醜い脅迫の意思を見せつけてくる。当然だが、そういったことに耐性がないシロエは思わず目を背けそうになる。それでも、身体に力を入れて背けない。自分を守る様に立ったハサンが動じていないのに、隠れる様な位置にいる自分がへこたれてはならないと意地になれた。

 

(……つまり、僕は舐められてるんだ。脅せばお金を出しそうだって思われてる訳だ)

 

(つくづく、救えない奴らだ)

 

シロエは争い事が嫌いだ、だが苦手じゃない。

ハサンは怒る事が嫌いだ、だが苦手じゃない。

 

「「まあ僕達に勝てるものならね」」

 

「よく言ったぜ!」

 

2人の声が重なる。ハサンに至っては、言う台詞が分かっていたのか一人称まで合わせて宣言する。それに対して直継は嬉しそうに声を上げた。そんなやり取りが苛ついたのか、野盗一味は口々に罵声を上げながら武器を抜く。それに合わせて、シロエ達も臨戦態勢に移行する。

 

「直継は第1標的左前方の戦士っ!牽制も任せた!」

「そこの守護戦士と暗殺者は俺たちが殺る、お前は魔術師をサクッとやっちまえ!」

 

シロエの指示と野盗のリーダーの怒鳴り声はほぼ同時だった。直継は鋭く一歩を踏み込んで敵リーダーにその手に持った盾を叩きつける。対して野盗のリーダーの指示を受けた女性の盗賊は直継を無視して大きく回り込む様にしてシロエを狙う。しかし当然、長年共に戦場を駆け抜けてきたチームがそんな事を許す訳がない。

 

「貴方は私が相手になろう」

 

「っ!?」

 

彼女の振り下ろした双刀はハサンの構えた剣に阻まれる。その事に女は目を丸くした。ハサンはシロエと直継の間、それもシロエに近い距離で立っていた。つまり、最初からリーダーともう1人の攻撃役を守護戦士1人だけに任せる気で彼はシロエの側まで下がっていたのだ。

 

「チッ!!」

 

「太刀筋が甘いぞ!」

 

二刀の連撃がハサンを襲う。しかしその攻撃を一刀のみで易々と弾き、払い、退けてみせる。

 

「アンカーハウルッ!」

 

対して直継はターゲット集中の技を放ち、前衛2人を引き止める構えに入る。これで戦力の分裂を成功させた。

 

「エレクトリカル・ファズ!」

 

更にそこへシロエの持続系攻撃呪文であるエレクトリカル・ファズが飛ぶ。各弾見事に敵に命中、しかし、それを受けても敵には何の変調も大きなダメージも発生しない。ただ顔元が明るくなっただけの様にさえ思える。

 

「何だこのちっぽけな呪文は?こんなダメージじゃ犬も殺せやしねぇ!!」

 

男達はシロエを嘲笑う。しかしシロエはそれに反応を示さない。罵声も中傷も、彼にはあまり効果がない。薄っぺらい言葉に、怯むことなどない。

 

「ふん、私達の仲間を嘲笑うとは……万死に当たる!」

 

ハサンの一振りに先ほど以上の力が篭り、女盗賊に距離を取らせる。その目には次で決めるという意志の力が篭っていた。

 

「ソーンバインド・ホステージ!」

 

「喰らいなっ!」

 

シロエの放った設置型呪文、ソーンバインド・ホステージによって敵に巻きつけられた魔力の荊を直継が剣で切り裂くと対象の武士(サムライ)は剣撃の後から襲ってくる閃光に飲み込まれた。

 

「くそッ!何やってんだヒーラー!?」

 

リーダーの怒声が響く。既に武士の男の体力は限界、自身と女盗賊の体力も半分を切っている。それでも回復が行われない事に焦りを覚えての大声。しかし後ろで立っていたヒーラーは答えを返す事なく膝から糸の切れた人形が如く崩れ落ちた。その口からは静かな寝息が聞こえる。シロエのアストラル・ヒュプノ、敵を眠らせる停止呪文。それが決まった証拠である。

 

「何っ!?」

 

「余所見してんじゃねぇよ!」

 

「しまっグハッ!?」

 

突然のヒーラーの脱落に目を奪われたリーダーは直継の攻撃をモロに受けて地面を転がる。そこに立ち上がる事を許さないとばかりに向けられた直継の剣。そして、女盗賊の方はというと………。

 

「しかと見よ、死神の一振りを」

 

研ぎ澄まされた刃の様な鋭利さと絶対凍土の冷気が如し冷たさを内包した宣告がハサンの口から漏れる。その声に反応し、身構えてももう遅い。抜かれた剣は的確に首へと向かう。

 

 

 

「終告の刃-----終わりだ、『夜闇悪屠(チェルノボグ)』」

 

 

 

即死。首が吹き飛び、悲鳴すら上がらない情け容赦のない必殺の一撃が決まり、ハサンは剣に付いた血を振り払ってからそれを鞘へと納めた。

 

 

状況からして完全にチェックメイト。それでも男は喚きあげる。

 

「おいっ、妖術師(ソーサラー)召喚術師(サモナー)!ここまで来たら総力戦だ。こいつらを消し炭にしてやれっ!!」

 

まさかの伏兵、と誰も驚きはしない。そもそも、シロエら3名は戦闘開始時からその存在には気づいていた。正確な場所は特定していなかったがそれも、もう1人の仲間のおかげで気にかける必要すらなかったのだ。

 

「僕達の、勝ちですね」

「そうだな」

「お疲れ様、流石は忍びだ」

 

三者三様に、森の1方向へ声を投げる。その方向から暗い森を抜けて1人の少女と、その少女に首元を掴まれひこずられる魔法攻撃系職の2人が姿を現す。どちらも息をしていない、どちらも完全に事切れている。

 

「ひっ…………」

 

死に絶えた2人を見て自身しか生き残っていない事を理解したのか、男は恐怖から小さな声を漏らす。そして震えながら両膝を揃えて正座し、手をついて地面に額を擦り付ける。

 

「すいませんでした!もうしません、許して下さい!」

 

そして謝罪の言葉。しかし、流石にここまでやっておいてそれはないだろうと呆れる一同。その一瞬、彼に対しての意識が散漫になった。それを突くかのようにリーダーの男は隠しナイフを抜き放ち、シロエに向かっていく。

 

「なんて言うと思ってんのかこの馬_____」

 

その言葉は途中で断ち消えた。彼はシロエを狙った、其処まではまあ……狙う相手は良かったと褒められる。しかしその分、男は簡単なミスを犯した。狙われやすい物は、逆に言えば守りやすくもある。シロエが狙われる事を予感していたハサンが彼の隣に立っていた。それが仇となったと言っていい。

 

 

来る事が分かっていたとばかりに剣を抜いた彼に油断はない。

 

裁きの剣(ソード・オブ・ジャッジ)

 

剣が男の胸を貫き、体力を消し飛ばす。裁きの剣特有の一撃必殺を現す黒い靄の様なエフェクトが生じ、間も無くして男は持っていたアイテムや金銭をばら撒きながら息を引き取った。血を吹き出す事もなく胸に大穴が開いた遺体は直ぐに消えてなくなった。

 

 

 

こうして初のPK戦は静かに幕を下ろしたのであった。

 

 


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