ログ・ホライズン 〜見敵決殺の冒険者〜(改稿中)   作:業炎

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12殺目 ◼︎◼︎◼︎

其処は瑞々しい命の営みなき悲しき深淵の地。そこでは多くの魔獣が跋扈し、地上では見られないような多くの異形が落ちてきた生者を喰らわんと牙や爪を研ぎ澄ます。

 

 

何もかものスケールが地上と異なる冥府の地、底なしの闇から生え出るように形成された石の道を一人の人が歩いていく。骸の兵ではない、瑞々しい肉と濁りない血液の流れる生人。死の空気満ちる地に居るわけのない者が歩いている。それが何を意味するのか、ここまで話せば分からない者はいない。すぐにでも異形たちが集まってきてその手足をもぎ取り、武器防具をかみ砕き、血をすすり、そこに人がいた痕跡一つ残らなくなる。ここはそんな世界なのだ。

 

 

しかし、誰も彼に近寄らない。冥界の空を飛ぶ異形たちは彼のいる方向を意図的に避け、地を行く魔獣は彼がいる通りを意図的に避け、彼が近づくのを感じるとすぐに逆戻りし別の通りへ移る。生者一人、本来誰か一体だけで十分相手どれるくらいの存在のはずなのだ。はずなのに異形たちは近づこうとすらしない。

 

ギャァァァァ!!

 

しかし一体の魔獣が生者に向かって走っていく。どうやら体格差を利用してひき殺すつもりらしい。

 

「______」

 

生者が何かを口にする。そして取り出された剣は漆黒の闇を纏い、本来の形からより鋭利な形状を成す。しかしそれを構えるわけではなく、ただゆっくりと魔獣が寄ってくるのを待っている。

 

 

何かがおかしい、魔獣は野性的な本能でそう理解する。でも既に足は止まることを知らず、生者を蹴り殺す寸前という所。既に、遅い。

 

 

斬っ!!! 

 

 

生者は一ミリとして剣を振っていない。しかし、魔獣は頭の天辺からしっぽの先までが裂けるように真っ二つに割れる。先ほどまでうるさく響いていた足音は消え、再び静寂と死臭が戻り始める中、生者は剣を懐へ戻し再び歩き始める。崩れ始める魔獣の体には目もくれず、零れ落ちる冥界のレア素材に目もくれず。

 

 

 

 

生者は冥界名物裁きの門をくぐる。ゲーム時代ではこの門をプレイヤーがくぐると特定のデバフが冥界のいる間永続的に付与されていた。それはこの世界でも同じである。

 

カッ!

 

門が輝きを放ち、デバフ効果の雷に向かって生者に降り注ぐ。

 

キャハハハ!!

 

何者かの高笑いが聞こえると雷は軌道を変えてその高笑いをあげたものに向かって降り注ぐ。生者は決してその方向を見ようともせず、足を止めようともしない。ただその存在に向かって感謝の気持ちだけ抱き、前へと進み続ける。

 

 

 

とうとう石の道は途絶る。それ以上進めない、普通なら其処で諦める。でもその生者は諦めない。道がなければ作ればいい、それを実行しようと考える。

 

「______」

 

生者が何かを口にするとどこからともなく黒い影が途切れた場所から伸びていき、道を作る。それは冥界の果ての伸びているかの如くその終わりを確認することはできない。しかし生者は気を落とすことなく影の道を歩き始めた。

 

 

 

そして、その影の道は何かわからない黒い靄に遮られるように止まっていた。それはゲームでいう『現段階で踏み込めない領域』であり、マップの限界域を意味する。それを乗り越える手段はバグ以外に存在しない。

 

 

しかしその領域に、生者は手を突っ込む。そして、あろうことかその中に飛び込んだ。何があるかもわからないその先へ、彼は踏み入れたのだ。どうなってしまうかも分からないにもかかわらず、生者は躊躇なく足を進める。途中で体が歪むような不快感、手足の感覚が一瞬消えかかるなどの違和感があったものの、彼は一切歩みを止めない。平然とした表情で歩き続ける。そしてその漆黒の靄は少しずつ白くなり、ついには薄くなり生者を新たな空間へと誘う。

 

 

 

「ここは………」

 

生者の行きついた先は霊園。ふわふわと空間に白い何かが飛び回り、彼方此方に頭蓋が転がり、苔の生えた墓場が其処に広がっていた。

 

「ん?」

 

その中でも一際大きい石の墓。其処に近づいた生者は表面についたほこりや汚れを払う。すると彫り込まれた文字が浮かび上がり、其処には何か文字が刻まれていた。

 

 

_______

 

 

それが何なのか生者には分からない。石表面が削られたかのようにボロボロで全く読めない。でも、大切な何かであることなのは確かだと彼はその石面に触れる。

 

ー待たれよ、生きる者よー

 

彼の背後から話しかけるものがいた。足は消えかかり、体は透けている。顔も見えない。

 

ーいや、今はもう生きる者ではないなー

 

男の幽霊は何かを理解したような表情になる。対して生者はその言葉に小さく呟いた。

 

「サブ職業、死神」

 

彼は自分のサブ職業を改めて確認するように口にする。それが、今の現状をそのまま意味していると理解した上で。

 

ー貴様はこの世界に来た事で死神となったのだー

 

「料理人がうまい料理を作れるのも、筆写師が書類を上手く写せるのも、追跡者がスニークスキルを使えるのも、冒険者がその職に適した存在になるから、という事だろ?」

 

ーそういう事だー

 

もしも、剣聖という称号系サブ職業を獲得しているプレイヤーがいるとする。剣の扱いに優れた存在、それは唯の冒険者の肉体では称号持ちとしてそぐわない。だから世界がそのプレイヤーの肉体を剣聖としての肉体に書き換える。それはサブ職業・死神でも同じなのだ。

 

ーしかし、死神は死を司る神。神になる事はただの冒険者には不可能。なれても死霊が精々だー

 

しかし、男の幽霊は首を振り続きを口にする。

 

ーお前は、神になる条件を満たしているー

 

ー常人では生き抜けない1世紀近い年月、膨大な生命・精神エネルギー、そして多くの者からの崇拝による神格化ー

 

ー貴様が生きてきた数十年の月日が、ここに身を結んだのだー

 

男の幽霊はそう語るが、生者からすれば少しばかり急な話である。少なくとも彼は1世紀近い月日を生きている努力も、膨大な生命・精神エネルギーを得る努力も、多くの者に崇拝されるような努力も、何1つしていない。納得いかない点も多くあるが、納得が行く点はいくつかある。

 

 

パルムの深き場所で地底湖に落下した時、生者、ハサン・サッバーハは間違いなく死に掛けた。その時に彼の肉体と魂は1度別れかけた。彼は藻搔いた。なんとかして助かりたいと手を伸ばした。その時から、ハサンは本来存在しない力を掴み取っていた。死の予感を見る目、第七感・死視感。それは本来霧ヶ峰要の持っている異能である。

 

ー貴様の魂は誰とも異なる異質なものだー

 

ハサンは死にものぐるいで手を伸ばし、本来繋がりのない要としての精神基盤を掴み、それを在ろう事かハサンとしての精神基盤へ強引にひきづり込んだ。2つの精神基盤は交わり融合し、1つの大きな基盤となった。それが膨大な生命・精神エネルギーの根源となっているのだとハサンは予測する。

 

ー気をつける事だ。貴様のそれは冒険者の物でも、ましてや人の物でもない。成り立てといえど神の力の一端だー

 

「ああ」

 

ーそれからこの地、そして冥界の空気は貴様にとって新鮮な空気同様のものだが、余り留まることの無いようにな。慣れすぎると今度は戻れなくなる(・・・・・・)

 

そう言い、男の幽霊は姿を消した。これ以上は言わせるなよ、とでも言いたげな厳つい顔で何処かへと消えていった。

 

 


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