小さき君、遠きにありしに   作:zenjima7

8 / 38
8、復活の戦船

静かな夜の海だった。

波は穏やかで、夜空に月は無く、そのおかげで天空にかかる星屑の大河『Milky Way』をクッキリと映し出している。

綺麗で幻想的で…、非現実的な光景。

美幸は、そんな場所の海面に立っている。

 

水上機乗りウィッチの彼女は、

水面に立つ、歩く、滑る、走るなんて行為自体は造作もない。

訓練では飛行するより先に叩き込まれた動作ではあったが…

 

「何これ、変なの…」

 

水上機ユニットにはフロートが付いていて、その浮力で水面に浮く。

ユニットを装備してなくても、シールドを足元に発生させることで水面に立つことはできるが、今の美幸はユニットを装着していなけりゃ、海面に魔法陣も展開されてない。

どう考えてもおかしい、変だ。

 

でも驚かない、この状況に心当たりがあるから。

 

 

「私、死んじゃったんだぁ」

 

 

自嘲の笑みをうかべる美幸。

 

 

「バカみたい…

 

初陣で、

焦ってミスして、

呆気なく戦死…

 

バッカみたい…

 

私みたいな平凡なウィッチ、

美緒ちゃんや徹子ちゃんみたいになれるわけ無いのに…

 

しかも一人で死ねばよかったのに、

夕月まで巻きこんで…

 

バカ、バカ、バカ、

私の、バカぁ…

 

う、ううぅ…

 

ウワアァァァァァッ!」

 

 

少しづつ零れ出した涙は、

堰を切って一気に溢れてきて、

膝を付いて大声を上げて泣いた。

 

泣いて、泣いて、涙が枯れるまでずっと海の上で泣き続けた。

膝を抱えて丸くなって、たった一人で泣いていたが…

 

「あっ」

 

目の前に、誰かの足があった。水面に立つ誰かの…

ゴシゴシと充血した瞳を擦って立ち上がると、同じ位置に瞳があり、真っ直ぐに視線が合わさる。

 

「ウソ、わ、私?」

 

身長も、体型も、髪型も、顔立ちも、美幸に瓜二つの少女がそこにいた。

しかし、明らかに違うところもある。

黒髪で黒い瞳の典型的な扶桑女子の美幸。対して彼女のそれは白に近い銀髪で、瞳の色は宝石みたいに綺麗な赤。

 

「えっと、アナタは誰?

もしかしたら私の死神さんとか?」

 

しどろもどろに質問する美幸に対し、銀髪の彼女は薄っすらと笑みを浮かべて答えた。

 

「そうだな、ある意味死神かもしれない」

「あ、やっぱり…」

 

シュンとして俯く美幸。

不意に、優しい手のひらが美幸の頭を撫でた。

何度も、何度も、美幸の頭は撫でられて…

 

「よく、頑張った。強敵相手に君は一歩も引かずに立ち向かった。

命を懸けて飛ばされた君の声は、私のところにもちゃんと届いた」

 

撫でていた手が、フワリと背中に回され、そのままゆっくり抱き寄せられた。

余りにも優しい行為で、美幸の胸がグッと熱くなって、瞳にはまた涙が溢れてくる。

 

「でも君の妹は、切迫している」

 

真顔になって視線を合わせる二人、

 

「私を受け入れれば、君の肉体は私の力を受け継いで復活すると思う。

でも…

その時、そこにいるのは君であって君でない誰か。私であって私でない誰か。

そういう意味では私は君の死神だと言える。君という存在、この場合は魂や霊といったものが事実上消滅してしまうからな。

 

…どうする?」

 

美幸は少しだけ考えたが、その顔に喜色を浮かべ、銀髪の彼女に懇願するのであった。

 

「私はいい、夕月を守れるなら、私はどうなってもいいから、妹を守って!」

 

銀髪の彼女は頷く、

そして美幸の頬に優しく手を当てて、

 

「ユヅキ、君の妹は夕月というのか」

「うん?」

「かつて私にも妹がいた、名は夕月(ユウヅキ)」

「え…」

「偶然ではない必然、というより、運命なのかもしれないな…」

 

銀髪の彼女は、美幸の唇に自分の唇を合わせた。

こういうことにはまるで疎い美幸、動揺して身体をビクつかせたが、彼女が優しいので抵抗せずに受け入れていた。

 

「契約の印だ。私と君はこれから一つの御霊となり、君の肉体だった器へと還る」

 

うんと頷き、彼女に一つ質問する美幸。

 

「教えて、アナタは一体誰?」

 

「私は…」

 

声は遠くなっていく、

目の前が白くなって、美幸とそっくりな彼女の姿がぼやけていく。

 

 

《私は、在りし日の戦船の御霊、

睦月型9番艦、第23駆逐隊、

 

菊月だ、共に行こう、

 

…森美幸!》


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。