静かな夜の海だった。
波は穏やかで、夜空に月は無く、そのおかげで天空にかかる星屑の大河『Milky Way』をクッキリと映し出している。
綺麗で幻想的で…、非現実的な光景。
美幸は、そんな場所の海面に立っている。
水上機乗りウィッチの彼女は、
水面に立つ、歩く、滑る、走るなんて行為自体は造作もない。
訓練では飛行するより先に叩き込まれた動作ではあったが…
「何これ、変なの…」
水上機ユニットにはフロートが付いていて、その浮力で水面に浮く。
ユニットを装備してなくても、シールドを足元に発生させることで水面に立つことはできるが、今の美幸はユニットを装着していなけりゃ、海面に魔法陣も展開されてない。
どう考えてもおかしい、変だ。
でも驚かない、この状況に心当たりがあるから。
「私、死んじゃったんだぁ」
自嘲の笑みをうかべる美幸。
「バカみたい…
初陣で、
焦ってミスして、
呆気なく戦死…
バッカみたい…
私みたいな平凡なウィッチ、
美緒ちゃんや徹子ちゃんみたいになれるわけ無いのに…
しかも一人で死ねばよかったのに、
夕月まで巻きこんで…
バカ、バカ、バカ、
私の、バカぁ…
う、ううぅ…
ウワアァァァァァッ!」
少しづつ零れ出した涙は、
堰を切って一気に溢れてきて、
膝を付いて大声を上げて泣いた。
泣いて、泣いて、涙が枯れるまでずっと海の上で泣き続けた。
膝を抱えて丸くなって、たった一人で泣いていたが…
「あっ」
目の前に、誰かの足があった。水面に立つ誰かの…
ゴシゴシと充血した瞳を擦って立ち上がると、同じ位置に瞳があり、真っ直ぐに視線が合わさる。
「ウソ、わ、私?」
身長も、体型も、髪型も、顔立ちも、美幸に瓜二つの少女がそこにいた。
しかし、明らかに違うところもある。
黒髪で黒い瞳の典型的な扶桑女子の美幸。対して彼女のそれは白に近い銀髪で、瞳の色は宝石みたいに綺麗な赤。
「えっと、アナタは誰?
もしかしたら私の死神さんとか?」
しどろもどろに質問する美幸に対し、銀髪の彼女は薄っすらと笑みを浮かべて答えた。
「そうだな、ある意味死神かもしれない」
「あ、やっぱり…」
シュンとして俯く美幸。
不意に、優しい手のひらが美幸の頭を撫でた。
何度も、何度も、美幸の頭は撫でられて…
「よく、頑張った。強敵相手に君は一歩も引かずに立ち向かった。
命を懸けて飛ばされた君の声は、私のところにもちゃんと届いた」
撫でていた手が、フワリと背中に回され、そのままゆっくり抱き寄せられた。
余りにも優しい行為で、美幸の胸がグッと熱くなって、瞳にはまた涙が溢れてくる。
「でも君の妹は、切迫している」
真顔になって視線を合わせる二人、
「私を受け入れれば、君の肉体は私の力を受け継いで復活すると思う。
でも…
その時、そこにいるのは君であって君でない誰か。私であって私でない誰か。
そういう意味では私は君の死神だと言える。君という存在、この場合は魂や霊といったものが事実上消滅してしまうからな。
…どうする?」
美幸は少しだけ考えたが、その顔に喜色を浮かべ、銀髪の彼女に懇願するのであった。
「私はいい、夕月を守れるなら、私はどうなってもいいから、妹を守って!」
銀髪の彼女は頷く、
そして美幸の頬に優しく手を当てて、
「ユヅキ、君の妹は夕月というのか」
「うん?」
「かつて私にも妹がいた、名は夕月(ユウヅキ)」
「え…」
「偶然ではない必然、というより、運命なのかもしれないな…」
銀髪の彼女は、美幸の唇に自分の唇を合わせた。
こういうことにはまるで疎い美幸、動揺して身体をビクつかせたが、彼女が優しいので抵抗せずに受け入れていた。
「契約の印だ。私と君はこれから一つの御霊となり、君の肉体だった器へと還る」
うんと頷き、彼女に一つ質問する美幸。
「教えて、アナタは一体誰?」
「私は…」
声は遠くなっていく、
目の前が白くなって、美幸とそっくりな彼女の姿がぼやけていく。
《私は、在りし日の戦船の御霊、
睦月型9番艦、第23駆逐隊、
菊月だ、共に行こう、
…森美幸!》