小さき君、遠きにありしに   作:zenjima7

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38、エピローグ

空も海も、その全てがよく知る扶桑の海とは明らかに違っている。

 

痛いくらいに強く照りつく太陽光は、大海原を目が痛くなるほど鮮やかなエメラルドグリーンに塗り潰していた。

何処までも広がり、何処までも輝く、南国の大海原。

 

森夕月は敷設艦沖島の船首に立ち、涼やかなる潮風を全身で受け止めていた。

固有魔法の千里眼を使えば、水平線の彼方まで良く見通すこともできるのだが…

今の彼女の瞳は閉じられ、そもそも見ていなかった。

 

匂い、

 

音、

 

感触、

 

霊気…

 

視覚以外の感覚を研ぎ澄まし、海神(ワダツミ)の気配を感じようとしていた。

 

彼女の後ろには左目に眼帯を巻いた少女、保田ひとみ。

夕月が振り返ってひとみを見る。

 

ただ見るんじゃなく、

ジトッと、意味深な含みを持った視線を送りつけると彼女は赤面して無理やり視線を逸らして甲板に寝転んで不貞寝を決め込んでしまった。

 

その動揺っぷりが可笑しくて、可愛い…

クスリと悪戯っぽい笑みを浮かべながら前に向き直る。

 

 

「昇子さん、美幸ちゃん、菊月ちゃん…

夕月たちも来たよ。

皆、この南の海の何処かにいるの?

ツラギ島はたぶんあるけど…

こっちの御世じゃあ扶桑皇国とリベリオン合衆国は戦争してない。だからソロモン海域の激戦は無いし、鉄底海峡も存在しない。

 

駆逐艦菊月は擱座なんてしてないし、そもそも駆逐艦菊月は扶桑皇国にはない…」

 

 

瑠璃色の水平線の先にポツリポツリと島影が見えてきた。

夕月は再び感覚を研ぎ澄まして気配を探る。

 

果てしなく広く大きい大海原の何処かにあるかもしれない、三人の親しい友の御霊を感じようと…

 

 

 

 

 

1943年5月12日、

 

敷設艦沖島は南洋艦隊第十九戦隊として扶桑皇国領資源採掘特別地域、

南洋島(パシフィス島)へ派遣されていた。

 

南洋島周辺の航路を利用する商船、資源発掘基地の護衛、その他、周辺海域の警戒が主任務である。

 

その日は、夜な夜な現れ騒動の原因になっている幽霊の調査を現地住民から依頼され、ある島へと向かっていた。

 

その島とは、

ソロモン海域フロリダ諸島の一つ、

 

ツラギ島…。

 

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

遥か彼方の夜の海。

 

天に広がる果てしない暗黒を白くぼんやりと染め上げるMilkyway。

 

そのMilkywayをそっくり写しあげる程、鏡のように静かに凪いだ海面。

 

それは静かな、

深海のような静かな夜の海である。

 

海面に半身を乗り上げ、ゆっくりと朽ちていく船体を晒す駆逐艦菊月の上に、二人の少女と一人の女性の姿があった。

 

ぼんやりと青白い仄かな光を放ち、ほんのり透けるような身体。

 

菊月の船体に寄り添うように腰掛ける三人は、とくに言葉もなく、小さく、優しく僅かに聞こえてくる波の声に静かに耳を傾けていた。

 

不意に、一人の少女が小声で漏らす。

 

 

「小さき君が、

もう、近くまで来てるね」

 

「近くて遠い、彼方の御世よ〜」

 

「そっか、まだ生者であるあの子たちとは会えないかな…」

 

「そうね〜…」

 

 

黒髪の少女と、赤紫の女性。

かつて森美幸と金丸昇子だった二人の御霊は寂しそうに俯いたが…、銀髪の少女が立ち上がり、二人に手を差し伸べた。

 

 

「行ける…」

 

「え、でも〜」

「どうやって世の隔たりを超えて行くの?」

 

「私は駆逐艦菊月、生でもなく死でもなく、悠久の次元の外に存在する、在りし日の戦船だ」

 

 

眩い輝きを放ち、少女の姿だった御霊が光球へと変わる。

青白い光球は、大きく海面に広がっていき、徐々に姿を変えていく。

 

「二本の煙突とアンテナ、二基の魚雷発射管、四門の12センチ砲〜…」

「睦月型駆逐艦…菊月ちゃん!」

 

『美幸、昇子、さあ乗って、共に行こう、彼方の御世まで私が運ぼう』

 

「うん!」

 

 

二人の御霊を乗せた駆逐艦菊月は、抜錨する。

青白い光の航跡を引きながら、

Milkyway、星の大海へと乗り出していく。

 

 

 

 

 

 

それは静かな、

遥か彼方の南の島の、

 

 

夜の海のことであった。

 

 

 

 

 

 

〜FIN〜


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