小さき君、遠きにありしに   作:zenjima7

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34、睦月型駆逐艦、其の三

「も、森二飛曹!」

「夕月ちゃん!」

「こりゃたまげた!」

 

 

復活した森夕月を目の当たりにして、敷設艦沖島一同目を丸くして驚きの声を上げていた。

 

能美大佐などは、目に涙を溜めて…

 

 

「森二飛曹ぉおっ!」

「まて大佐…、うわっ、キャーッ!」

 

 

感涙しながら抱きつこうと飛びかり、殺気を感じた北郷が前に出て止めようとしたが、能美はそのまま北郷を強く抱擁してしまった。

 

夕月はといえば、

抱きつかれたら反射的に12cm砲をぶっ放していたかも知れない?

 

 

「た、助けてー!」

「北郷先生…」

「何か満更でもなさそうじゃない?」

「面白いから放っておこっか」

 

 

普段は凛々しい北郷が真っ赤になって悲鳴を上げて助けを求めている。

ウィッチたちはクスリと笑いながら傍観を決め込んだ。

 

ちなみに北郷章香25歳は未だに男を知らない。

一皮剥ければ初心で耐性のない乙女だった。

 

 

「能美大佐、森夕月二飛…否、睦月型駆逐艦夕月、出撃許可をください。

 

駆逐艦菊月を止められるのは、

駆逐艦夕月だけです!」

 

 

北郷を放してさっと佇まいを正し、艦長として夕月と向き合う能美。

 

相変わらず切り替えの早さが只者ではない。

 

 

「出撃を許可する。舞鶴艦隊の離脱を掩護せよ」

「了解!」

 

 

柵の上に立ち、舷から飛び降り、飛沫を上げて海面に降り立つ。

 

振り返ると艦の全員が夕月を見守っていた。

帽子を着用しているものはそれを手に、帽フレの合図で出撃する夕月を見送る。

 

 

 

「駆逐艦夕月、抜錨します!」

 

 

 

海面を蹴り、

白波を立て、

滑走開始。

 

 

 

夕月は征く、

 

今戦役の最後であろう戦いに赴く。

 

撃破する為でなく、

 

救う為に、

 

遠くなった姉妹を連れ戻す為に。

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

菊月の異変は激しい怒りと憎しみから端を発してはいたが、既に記憶も意識も曖昧になっていた。

 

深い闇の中に堕ちた意識。

 

今の菊月の視界は暗い、真っ暗に近い深い紺碧の世界の中にいる。

強い憎悪の感情だけが胸中に渦巻く。

 

憎悪の理由は

もうよく思い出せない…

 

 

それよりも、

もっと根源的な古い記憶、

 

遥か遠い記憶、

曖昧な記憶の中には強い無念があった。

 

一大決戦の主力部隊から外されてしまったという無念。

 

 

「しかも主戦場でもない前哨戦で私は…

 

悔しい…

 

悔しい…

 

まだ何もしていない…

 

こんな筈じゃない。

まだまだ戦える筈だった。

 

しかも、

死に切れず、

 

生きたまま棄てられて…

 

孤独に、

 

ゆっくりと朽ち、

 

鉄屑になっていく私の身体…

 

孤独は辛い。

 

孤独は苦しい。

 

 

悔しく、

 

苦しく、

 

 

寂しい…。

 

 

いっそ、僚艦や姉妹艦たちと同じ様に海底にでも沈んでしまえば…

 

 

 

しかし、私は…

 

呼ばれたのだ。

 

身体を海水に蝕まれ、

ただの残骸に成り果て、

 

水漬く屍となっていた自分を必要とする者の、

助けを求める声を聞いたのだ。

 

懐かしい声だった。

 

私を呼んだ声の主は、

この私を愛し、誇りにしてくれた、

 

森幸吉艦長だった。

 

森艦長は私が棄てられた後、姉妹艦の夕月に移った筈。

この御世の艦長は少女の姿だったが、

霊性は間違いなく森艦長。

 

そして、夕月とも会えた。

 

私は、

 

森艦長から夕月を託され、

夕月を守る為に再びこの御世で戦うことを決めたのだ。

 

 

 

夕月を守る為、

 

夕月を…

 

ゆ、夕月…

 

 

夕月…

 

 

夕月ぃ…

 

 

夕月が…

 

 

…死んだ。

 

 

私は、

 

夕月を、

守れなかった…

 

 

私は…

 

 

夕月を、殺した敵が憎い!

 

 

夕月を、死に追いやったこの御世の全てが憎い!

 

 

夕月を、守れずに死なせてしまった私自身が…

 

 

…憎いィっ!

 

 

全て、憎い。

 

敵も、

味方も、

 

私も…

 

全部沈んでしまえばいい…

 

生あるものは、

全て死んでしまえ。

 

屍になればいい。

 

私が、

 

この御世の全てを屍に変えてやる。

 

 

最後には私も屍に戻る…

 

水漬く屍に戻るのだ…

 

 

 

 

海ゆかば 水漬く屍

 

山ゆかば 草生す屍

 

大君の辺にこそ死なめ

 

かえりみはせじ

 

 

 

この御世も、

 

前世も、

 

世界は屍に満ちている。

 

大義の名の下に、

多くの命が屍に変えられていく…

 

人は積み上げられた屍の上に立ち、

その上を歩いていくのだ。

 

返り見よ、

 

顧みよ、

 

省みよ…」

 

 

 

「闇はいつか晴れて、水平線から朝日が上がる。

 

暁の水平線には水漬く旭が輝くんだよ。

 

 

山は色鮮やかな花が咲き、青い若葉が芽吹き、

 

大地は生命力に満ちているんだから。

 

 

私たちは屍の上に立ってるんじゃないよ。

 

倒れた人たちもいるけど、

その人たちが示して、拓いてくれた道を歩いていくの。

 

そして、先に続く若い命の為に私たちが新しい道を拓いていかなくちゃならないの。

 

人は、

 

屍じゃなくて、紡がれた想いの上に立ってるんだよ。

 

 

夕月は…

 

夕月は大義なんて知らない。

 

 

ただ貴女の為に戦う。

 

大好きで、

大事な、

 

私の小さな姉妹の為に戦う!

 

今は遠くにいる、

 

貴女のところへ還るんだから。

 

 

菊月ちゃん!」

 

 

 

駆逐水鬼菊月、

駆逐艦夕月、

 

対峙する。

 

 

菊月は夕月を認識出来ていないのか激しい敵意の籠もった瞳で夕月を睨んでいた。


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