ひとみは夕月の亡骸の側に力無く座って俯いていた。
左目に巻かれた包帯に滲んだ赤い斑点が痛々しい。
涙もとうに枯れ、言葉も無く、ただガックリと肩を落として座っている姿が余りにも哀れ過ぎて誰も声を掛けられなかった。
「結局、オレはまた誰も守れなかった。なんて弱いウィッチなんだろう…
隻眼になっちまった、兵士としてはもう役立たずだし除隊だな。
片目の醜女に寄ってくる男だっていやしないだろうし、これからは独りでひっそりと生きていこう…
もう、たくさんだ。
仲間や友達が、目の前で死んでいくのはゴメンだ…」
グッと、膝の上に置かれた手に力が入る。
人一倍情に厚いひとみ。
けどもうこれからは感情を殺して生きていこうと、そうと決めた。
他人に無関心になって感情を殺してしまえば、
もうこんな苦しい想いをしなくて済む筈だと…
もう生きることさえ厭気がさしたひとみを青白く照らすものがあった。
「えっ?」
残った右目を開いて驚いて呆気にとられた。
夕月の亡骸が仄かにウィッチの魔法力を象徴する青白い光を放ち始めていた。
最初はボンヤリとした輝きだったが、徐々に強くなり…
「うわ、アア…、うわわわわっ!」
「おはよー、ひとみちゃん」
パチクリと、夕月の瞳が開いた。
「うわわ…、ウソ、そんな、だって…、あそっか、こりゃ夢だ、オレってば疲れてて居眠りしちまってんだハ…っ」
ムクッと身体を起こした夕月に、頬を抓られてグイーッと引っ張られる。
「痛てぇ、よせって夕月、オレ怪我してんだ、左の目ん玉が無くなったんだって!」
「夢じゃないみたいよー」
ニコッと小悪魔的な笑顔を向けてくる夕月。
いつもならフザケンナーと、えらい剣幕で怒鳴るひとみだが…
「夕月ぃいいい、夢じゃねー、夢じゃねーよ、本当に夕月だあっ」
ガバッと抱きついて、嬉しい嗚咽を漏らす。
そんなひとみの頭をヨシヨシと撫でてあやす夕月。
「夕月、確かに死んじゃったけど蘇った…
違うかな?
産まれ変わったんだよ。
菊月ちゃんと同じみたいに」
ひとみ、涙と鼻水でグシャグシャになりながら、
「何だそりゃ?」
「うーん、説明は長くなるから、まず見てみて」
スッと立ち上がり、魔法力を開放。
青白い輝きが夕月の身体に纏付き、具現化していく…
太腿に四連装魚雷発射管、
左右、両手に一門づつ二門の12cm砲、
背中に煙突を背負い、そこには円柱形の爆雷、
「それ菊月と同じ艤装とかいう!」
「うん今の夕月、駆逐艦娘だもん。睦月型12番艦夕月だよ!」
「でも、菊月みたいに人格とか変わってないよな?」
「うん、じゃあ最初から説明するね」
…………………
ユラユラと白く揺らめく天井。
白い揺らめきは光。
辺りは少し薄暗く、
碧くて、
世界の全てに碧味が入った紺碧色。
光は遠く高い所にあって、
手を伸ばしても届かなくて…
やたら寒くて、
どんどん寒くなっていって、
白い光もどんどん遠くなっていって…
「夕月、死んじゃったんだ。
このまま暗い海の底へ沈んじゃうんだ…」
最後まで精一杯やり遂げた、確認出来なかったけど、きっとネウロイは倒した。
思い残すことは…
ある。
たくさんある。
ぶっちゃけネウロイなんてどうでもいい…
「イヤだよ、もっと菊月ちゃんやひとみちゃんと一緒にいたいよ、
死にたくないよ、
独りで、
暗い海の底になんて沈みたくない…
イヤだ、
イ、ヤ、だよぅ…」
夕月、死ぬのが嫌で、
皆とお別れするのが嫌で、
もがいたの。
何とかもう一度地上へ上がろうともがいて…
バカだよね、
肉体の無い霊のまま地上へ戻っても…
ネウロイみたいな怪異か、
怨霊になっちゃうしかないのに…