小さき君、遠きにありしに   作:zenjima7

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30、荒神降臨

『独島様が…』

 

 

唯一残存していた駆逐イ級が、空母ヌ級の撃破とともに動きを止めて沈黙した。

 

『独島様を護り、共に戦うのが吾ら護衛艦の使命…

それも、終わりを告げたか。もう吾の存在に意味をなさぬ。菊月よ、この…』

 

 

言い終わらぬうちに撃ち込まれた光弾がイ級の船体を大きく削る。

 

二発、三発、四発と次々と撃ち込まれとうとうコアを剥き出しにした。

 

 

「沈め…」

 

 

コアに砲身を叩きつける。

 

そのまま何度も何度も叩きつけ、砲身がひしゃげて使い物にならなくなると投げ棄て、足首の魚雷発射管から魚雷を抜いた。

 

憎悪に満ちた表情、

 

赤い瞳から血混じりの涙を流し…

 

魚雷をコアに叩きつける。

 

 

爆発してコアが砕けるが、

更に次々と魚雷を叩きつけていく。

 

イ級はもう無抵抗、

 

それに容赦のない攻撃を加える菊月は…

 

殆ど発狂していた。

 

狂乱と言っていいくらいに。

 

 

「よくも夕月をォオオオッ!」

 

 

菊月が大きく声を上げた。

 

イ級を惨殺しても、

その激しい憎しみの奔流は収まりはしない。

 

駆逐艦菊月が取り込んだ森美幸としての感情と、

 

戦船の御霊としての霊性が異変を起こし始めていた。

 

 

 

 

激しい憎悪を持ったまま、

 

戦う意味を失った御霊はどうなるのか?

 

正気を失なっていく…

 

激しい憎しみを抱え、

 

憎しみは生ある者全てに害を為そうとする、

 

 

《荒御霊》と成り果てるのだ。

 

 

 

 

第六戦隊を中心とした艦隊が戦場へ到着。

 

既に敵の殲滅は完了していたが、不時着した搭乗員の収容、

残敵の探索、警戒等やることはまだまだある。

 

 

「艦隊がきたか、オレたちも沖島に帰ろうぜ…夕月」

 

 

物言わぬ夕月を背負って海上を歩くひとみ。

 

そこへ北郷章香らウィッチ隊が見舞いにやってくる。

 

 

「保田一飛曹、無事だったか」

「や、保田さん、左目が…!」

「北郷先生、皆…」

「今は敷設艦沖島所属だったな、母艦まで運ぶか?」

「アレ、背中の子って森さんの…」

 

 

ああ、と力なく答える様子を見て全員が事情を察知する。

 

 

「コイツが、森夕月が空母ヌ級を仕留めたんです。

立派に…戦ったんです。でも、そんなのはどうでもよくて…

 

夕月はいつも笑ってて、

普段はバカで惚けた奴で、

でも何か憎めない奴で、

コイツが笑ってたら、

こっちもピリピリしたり緊張してんのがバカらしくなって…

今も惚けて寝たフリしてるんじゃないかって…

沖島に戻ったら急にパチッと目を開けて、

 

運んでくれてありがとー

おかげ様で楽できたよーん。

 

…とか、オレのことバカにしたように言いそうで」

 

 

涙と血を流しながら戦友のことを語る様子が余りにも痛ましく、もらい泣きするウィッチもいる。

 

 

「今回は、余りにも色々なものを失ったな…」

「ハイ」

「帰ろうか」

「森さんはアタシが」

「すまねえ…」

 

 

北郷がスッと手を伸ばした時、

赤い閃光が走り抜けて激しい爆音が轟く。

 

 

「何っ!」

「そんな…」

 

 

艦隊のいる辺りで巨大な水柱が上がっていたが…

艦艇型ネウロイの姿などもうどこにもない。

 

しかし、

赤いビームが再び放たれ、第六戦隊旗艦古鷹の至近に着弾。

古鷹の船体が木の葉のようにユラユラと揺らされている。

 

 

「あそこに…」

 

 

ビームが放たれた場所、駆逐イ級が最後に目撃された地点近く。

 

 

そこには駆逐イ級より小さく、

 

しかし、

もっと強大で凶悪なモノが出現していた。

 

 

 

 

赤く輝きを放つ瞳からは血涙が流れていた。

 

艤装は大きく変形し、

背中から大きな黒い手の様なモノが突き出している。

 

右手に二門の砲、

左手の指は魚雷状、

 

 

強力な魔法波を放ち、

その場にいた全ての者に宣言する。

 

 

 

 

『私は深海棲艦駆逐水鬼級、菊月…

 

この御世の全ての者を憎悪する。

 

今から、

 

全ての飛行機を堕とし、

全ての船を沈める。

 

 

闇の中へ、沈め…』

 

 

 

 

駆逐水鬼と化した菊月が使ったのは、

美幸の固有魔法《魔法伝信》。

 

しかしその声は、

ウィッチどころか一般の人間の脳にまで強く響かせる程の強い魔法力を秘めていた。

 

文字通り、

 

菊月からの、戦線布告であった。

 


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