「綺麗な海ね、本当にエメラルドみた~い」
「珊瑚礁の海なんだ」
「南の島か、何ていうところ~?」
「フロリダ諸島、ツラギ島」
「ふ~ん」
ある海の上、
少女二人が雑談していた。
まあ、一人は少女というには身体が成熟していて女性といってよかったが。
少女は銀髪に赤い瞳、菊月。
女性は赤紫の髪と瞳の金丸昇子。
「船の残骸、これってもしかして~?」
「うん、私の本体。座礁した睦月型駆逐艦菊月」
「立派な軍艦ね~」
「ありがとう」
「近くで見たいわ~」
二人で海面をテクテク歩き、菊月の残骸までやってくると昇子は手で触れてみる。
慈しむような優しい目で、
ゆっくりと…
「菊月ちゃんは、ここでずっと眠ってたの~?」
コクリ、
と首を縦に振る菊月。
「私も何処かで眠りにつくのかな~」
「解らない…」
紫の瞳が潤み、涙が零れて頬を伝う。
「アレ、アレアレ…」
昇子が焦って瞳を拭っているが、
涙は拭いても拭いても次々と零れ落ちてくる。
「みっともない、みっともないわ~」
焦る昇子の身体を、
優しく後ろから抱き寄せる。
「美幸も、ここにきて私たちは出会った。
私のかつての仲間たちは殆どが海の底で眠っているし、姉妹たちも全員…
戦船だけじゃなく、
かつてこの辺りの海で戦船と運命を共にした多くの兵たちも静かに眠っている。
眠りは静かで穏やかで、安らぎではあるが…
私はここに独りきりだったからちょっと寂しかった。
だから私は人と触れ合うのが好きだ。
夕月と一緒に眠るのも、
能美大佐に撫でられるのも、
ひとみにからかわれるのも、
昇子をこうして抱きしめるのも…
全て心地良いんだ」
菊月の瞳からも涙が零れる。
これは、
昇子との今世での別れ…
「私は役目を終えたら、たぶんここへ戻ってくる」
「ここで待ってても良い~?」
「ああ」
昇子は笑顔で、
そっと菊月の頬に口づけするのだった。
……………………
「菊月ちゃ~ん!」
「おい菊月、居眠りとは随分余裕じゃねーか?」
顔を上げて二人を見ると、ひとみも夕月も余裕の笑顔。
ストライカーユニットを装着し、カタパルト上で待機。
出撃直前。
菊月は二人に話すべきか一瞬躊躇したが、
戦いが終わって自分だってどうなっているかわからない。
否、本当は解っている。
この戦いが終わると自分の役目は果たされ、
たぶんあの南の島に還ることになる。
やはり今話すべきと判断した。
「昇子が、死んだ」
二人の表情が強張る。
ひとみに至ってはすぐに怒りを露わにした。
「テメぇ、冗談でもそんな…」
「ひとみちゃん、菊月ちゃんは冗談なんて言えない!」
コクリと頷き、夕月の言葉を肯定する。
「うぅ、昇子さぁん、ヤダぁ」
「ちくしょう、ちくしょう…」
「まだ泣くな!」
菊月に一喝されて、動揺を掻き消される二人。
「二人とも生き残るんだ。生き残らなきゃ、勇敢に戦って散っていった兵たちを弔うことなんて出来ない。
涙はその時までとっておいてくれ」
「ズルイよ」
「ああズルイ」
二人の意外な反応にキョトンとする菊月だが、
「自分はそんな大泣きしながら何言ってんだ」
ひとみに言われてようやく気が付いたが、頬を拭うと袖がおもいっきり濡れる。
「菊月ちゃんて意外とよく泣くよねー」
「クールぶってるクセにな!」
アハハと、笑顔が溢れる二人。
結果、場が少しだけ和んで良かったのかと思われる。
「嬢ちゃんたち、出撃だっ!」
出撃命令が伝えられ、三人の魔女たち其々の表情に気合いが入る。
ひとみと夕月、
二人のストライカーユニットは、能美大佐が大本営で熱弁を振るい、説得して特別に受領された新鋭ユニットである。
「保田ひとみ、強風、出撃するぜ!」
「森夕月、瑞雲、出まーす!」
順次カタパルトから射出されていく水上ストライカーユニット。
続いて菊月の全身が青白い光に包まれ、艤装を展開。
舷から海上に飛び降りて海面に立つ。
海面を蹴って滑走、
沖島としばらく並走してから、水飛沫を上げて一気に加速していく。
「菊月、出る!」
臨時編成された敷設艦沖島のウィッチ三人、
白波の魔女小隊、
《WHITECAP WITCHES》が出撃していった。