発艦、上昇、水平飛行、発見、接近、急降下、爆弾投下…
それは何百回と繰り返し繰り返し訓練してきた動作。
5歳で魔法力が発現。
10歳で養成学校に入学。
航空ウィッチとして軍役に就いたのが14歳。
以来5年間飛行隊員、飛行歩兵として毎日飛び続けてきた。
飛行時間は5000時間を超え、
ベテランの域に達し、百発百中の二つ名まで勝手に付いてきたが…
金丸昇子にとって今日が初会敵であり初陣であった。
どうしても胸が高鳴り、心臓がいつもより大きく鼓動する。
解っている。
実戦は決して甘美なものではなく、戦場の悲惨さは先日宿舎で一緒になった若いウィッチたちから聞いた。
それでも…
「敵はどこ、私の爆弾ウズウズしてる~」
全身全霊、歓喜していた。
艦艇への急降下爆撃、
艦爆乗り待望の花道であった。
愛用のストライカーユニット、
彗星一二型も調子が良いし、不安要素は何一つ無い。
楽しみ過ぎてペロリと思わず舌を舐めずりしてしまう。
生来の甘ったるい声色と、
間延びした力の入らない口調でおっとりした性格と思われがちな彼女だが、実はかなりの戦闘狂で好戦的な性質であった。
隊長機がバンクして翼を振っている。
防風に注目すると江種大尉がハンドサインで合図を送っていた。
『一時ノ方向ニ敵艦ミユ』
蟻みたいな小さく黒いものがイチ、ニィ、サン…、目標を確認。
大本営が設定したコードネームでは足が二本生えてるのが駆逐イ級、これが二体。
飛行する小型を放ってくる四本足が空母ヌ級、人語を解し自ら《ドクト》を名乗るネウロイで、おそらく旗艦。
敵を見据えて目を細め、フフンと小さく嬉しそうに微笑む。
魔法力の行使、全身が青白く輝きを放つ。
昇子の容貌に変化、
艶やかな黒髪と瞳が彩度を高めて赤紫色に染まった。
美しく、妖艶なる魔女。
しかし、美しさには棘がある。
ネウロイにとっては致命的であろう毒を持つ棘、
爆弾の威力を凶悪なまでに高める固有魔法《炸裂》の発現である。
部隊の要は隊長の江種機ではなく金丸機。
蒼龍爆撃隊は常に彼女を中心に爆撃を行う。
実は第二航空戦隊の中でも、艦爆隊にウィッチは昇子一人だけだからだ。
やはり航空ウィッチが縦横無尽に活躍できる戦闘機が人気であり、爆撃や雷撃となると極端に人員が少なくなるのが海軍の実情。
それだけに彼女の存在は希少価値があるとも言えた。
その時、
撃鉄が撃針を叩く音を聞くと共に、空気を叩き付けるような衝撃を感じた。
「えっ!」
傍らを飛行していた僚機の九九式艦上攻撃機に異変が起きていた。
防風には蜘蛛の巣が張り、内側から飛び散った鮮血で赤く染められ、既にコントロールを失ってグラグラと機体が振れている。
「そんな…」
僚機は撃たれた。
おそらく操縦士をやられていて、その後の運命は決まっている。
被撃墜、搭乗員二名は戦死、
あまりにも呆気ない死…
訓練を積み重ねてきたのは一般搭乗員も同じ。
昨日の出撃前にこれまでの鬱憤を存分に晴らし、艦爆魂を知らしめようと皆で盛り上っていたのに…
250キロの爆弾を腹に抱えたままクルクルと錐揉みしながら落下していく僚機を見ていると、
その無念が解りすぎて涙が零れそうになる…
しかし、犠牲になったのはこの一機のみ。
次の瞬間には飛行型ネウロイの方が火線に撃ち抜かれ、粉々に砕け散っていく。
直掩の戦闘機隊が突入、
扶桑の象徴たる三日月の紋章を両翼に掲げる零式艦上戦闘機。
シールドを展開しながら確実に敵を追い詰め撃破している制空隊のウィッチたち。
「ちょっとズルいな~」
シールドは少なくても五つ以上ある。
やっぱり制空隊にはウィッチが多いなぁとジェラシーを感じたが…
お陰で気持ちに余裕が生まれた。
戦闘機乗りたちがジェラシーするくらいド派手な爆撃を決めてやろうと、ペロッと舌を出した。
雁行だった陣形が単横陣に変化、突入隊形をとる。
目標の敵艦はもうハッキリ形を視認できていた。
「突入っ!」
降下角度45度以上、命中精度が最も高く、
一撃必殺の破壊力を秘めた航空攻撃を急降下爆撃とし、
それを実行できる機体を急降下爆撃機とされた。
緩降下や水平爆撃しかできない普通の攻撃機とは一線を画されていたのだ。
目標はもう目前、空母ヌ級。
ヌ級は己の元に迫る艦爆の群れに向かって雄叫びを上げる。
肌にビリビリと衝撃が伝わる程凄まじい大声だったが、
そんな威嚇になぞ怯まない!
「放てぇぇえええぇーっ!」