小さき君、遠きにありしに   作:zenjima7

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22、破号作戦開始

1942年5月12日、

 

東の水平線の向こうから空がボンヤリと紫色に染まっていく。

 

星屑は虚空の彼方へと消えていくが、反対に一等星は未だその輝きを主張する。

 

夜明け前、黎明。

 

岩壁に咆哮が反響していた。

 

里安来岩礁海域では二体の艦艇型ネウロイ(駆逐級)が忙しなく海上を泳ぎ回り、時より不気味な雄叫びを上げている。

 

 

李舜臣(イスンシン)姜邯賛(カンガムチャン)、其の方らも感じるか…』

 

 

艦艇型ネウロイ(空母級)独島は巨大な一つ目で東の水平線を注視していた。

 

 

『感じる、倭奴供の高まる戦意を感じる。またここに来るのだな。

 

だが吾は守護神独島、

何度こようとも、何者がこようとも、吾らの御国を汚させはせぬ。

 

返り討ちにしてくれる!』

 

 

独島は吠えた。

 

それは高まる戦意を一気に吐き出す雄叫び。

 

戦いの開始を告げる鯨波だった。

 

独島がその気になって艦載機を飛ばせば、

 

すぐに舞鶴鎮守府を攻撃することが出来る。

 

舞鶴の戦力が整う前に、駆逐艦二隻を率いて強襲を仕掛けることも出来る。

 

だが、それはしない。

本義ではないから。

 

正に守護神であった。

 

守る為に戦う。

それだけが存在意義の、

誇り高き海の戦神である。

 

独島は、彼方の御世において、

御国の人民の期待を一身に受け、

国家の威信を掛けて建造された、

最強の戦船であった。

 

しかしどういうわけか、この世界には御国が存在した形跡が無い。

 

それでも独島は守護神たらんとす。

 

この御世には存在しない御国の為などではなく…

 

彼方の御世おいて、

己の名を冠するこの島、

 

《独島》を守る為に戦おうとしていた。

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

一機、また一機と鋼鉄の猛禽たちが飛び発つ。

 

両翼に必殺の闘志をみなぎらせて。

 

航空母艦蒼龍、飛龍の飛行甲板からは艦上爆撃機を主体とする攻撃部隊。

 

舞鶴飛行場の滑走路からは艦爆を直掩する戦闘機部隊が発進をいそぐ。

 

合わせて港からは艦隊が出撃。

 

巡洋艦夕張、駆逐艦追風、睦月、弥生、望月、それに夕凪と朝凪を新たに加えた第六水雷戦隊。

第十八戦隊、巡洋艦天龍、龍田。

第六戦隊、巡洋艦古鷹、加古、青葉、衣笠。

第八戦隊、巡洋艦利根、筑摩。

第十七駆逐隊からは駆逐艦谷風、浦風、それと、菊月らを乗せた敷設艦沖島。

 

舞鶴鎮守府の殆どの戦力を投入した総力戦の構えであった。

 

艦隊司令長官、井上成美中将が全軍に檄を飛ばす。

 

『皇国の興廃、この一戦に有り。各員一層奮励努力せよ』

 

 

敷設艦沖島で、井上中将の檄を聞いていた菊月は少し口角を持ち上げながら、ひとみと夕月に聞いてみる。

 

「扶桑とオラーシャは戦争したことがあるのか?」

 

二人とも怪訝な顔、

 

「ねーよ、人同士で戦争なんてありえねーし!」

「だよねー」

 

さも当然と言ったような解答に「そうだな」と切ない表情で応えた。

 

(人が怪異の脅威に常に脅かされているこの御世、

人と人が血みどろの戦いを繰り返していた元の私の御世、

どちらの方がマシだろうか…)

 

蒼龍から発艦した艦爆部隊が沖島を超えて里安来岩礁を目指していく。

 

 

「第一次攻撃隊だよ。あー、昇子さんが手を振ってる」

「おお、どこだ、あっちか?」

 

殆どゴマ粒程にしか見えないが、

千里眼を持つ夕月にはハッキリと見えているらしい。

舷から三人そろって艦爆隊に向かって手を振って見送った。

 

 

ちなみにこの戦いは後の世に、

《扶桑海海戦》

として伝えられることになる。


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