小さき君、遠きにありしに   作:zenjima7

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18、竹島に散る

怪異《独島》から放たれた飛行する小型怪異は、上空から第六水雷戦隊各艦に迫り、霰のような赤い光弾を撒き散らしていった。

 

その光弾は大型怪異のそれのように一発で船を破壊する威力はないのだが、艦上にいた水兵たちには充分過ぎる程の脅威である。

 

まず集中して狙われたのは駆逐艦より的が大きい巡洋艦夕張。

 

何度も光弾銃撃に晒され、艦上に鮮血が飛び散ちり、死傷者を多数出す死屍累々の酷い有り様に成り果ててしまった。

 

そして、陸戦隊を収容中だった金剛丸も標的となる。

 

ほとんど無防備に近かった金剛丸も繰り返し光弾の雨に打たれ、遂にガソリンが入ったタンクに光弾が命中、

爆発を起こす。

 

「金剛丸が…!」

 

 

零式水偵では戦闘機相手に制空戦は不利。

悪化する戦況を見ていることしかできなかった聖川丸飛行隊だったが…

 

保田ひとみは手にしていた九七式七粍七機銃に魔法力を込め始めた。

 

ウィッチである彼女はシールドが張れるし、十六試は零式水偵よりは制空力がある。

 

「好き勝手やりやがって…!」

 

単機、金剛丸の元へと駆けつけ、

 

「落ちろっ!」

 

いまだ金剛丸を襲い続けていた怪異に肉薄しつつ、引き金を引く。

 

銃口に小さく魔法陣が浮かび、弾丸は青白い光の粒になり、目標の怪異に目掛けて放たれた。

 

一発、二発…、三発目にはその体を貫き、怪異はガラス細工の如く粉々に砕け散る。

 

「ウィッチだ、ウィッチがやってくれたぞっ!」

 

まだ海上にあった陸戦隊員たちから歓声が上がっていた。

 

戦場に飛び込んできたひとみを脅威と認識した怪異は、目標を金剛丸から切り替えて襲いかかってくる。

 

 

「よし、来い、

そのままついて来い!」

 

ひとみは冷静だった。

シールドを展開して敵の攻撃を防ぎ、煽るようにたまに撃ち返しつつ、空域を移動していく。

 

金剛丸を敵の攻撃から逸らし、

隙を作る事に成功した。

 

「保田め、やるじゃないか!」

 

隊長の新見も感心する。

 

まともな制空戦ができなくても、それなりの戦い方がある。

 

ひとみの奮戦は漢たちの飛行乗り魂に火を付けた。

 

聖川丸飛行隊は敵の艦載機相手に決死の制空戦を挑む為に、突撃を開始するのであった。

 

金剛丸はいまだ炎上中、

これ以上この場所にとどまるのはもう限界である。

 

非情の決断を迫られた。

 

「ああ、金剛丸が…」

「ウワーッ、そんな」

「待ってくれぇっ」

 

海上から悲痛の声が漏れる。

金剛丸はついに陸戦隊員の収容を諦めて退避行動を開始した。

 

いまだ未収容の者たちはこの場に…

 

非道だが、これ以上攻撃を受けて金剛丸が轟沈してしまえば誰も助からない。

それ故の決断である。

 

戦場とは常に非道なもの、

いくつもの命を天秤にかけ、どれが最善なのかという究極の選択を迫られるものなのだ。

 

 

金剛丸の離脱を受けて、足止めの為に踏みとどまって交戦を続けていた第六水雷戦隊も海域からの離脱を開始する。

 

そしてその中で…

 

「副長、大発のところへ行ってくれるか」

「艦長…、了解しました」

 

「旗艦夕張に打電、ワレ殿軍ニ務ム、全速離脱サレタシ!」

 

駆逐艦如月艦長、小川陽一郎少佐は艦隊から離れ、残された陸戦隊のところへと向かうよう指示する。

 

二体の大型怪異、及び艦載機群は全速離脱する艦隊を追跡せずに単艦残留した如月に喰らいついた。

 

至近弾が水柱をあげる中、如月は残された陸戦隊員を収容するべくゆっくり進んでいく。

 

「小川艦長…よし、

聖川丸隊、如月を直掩せよ」

「了解」

「保田おまえは離脱しろ、舞鶴へ向かえ」

「バカな!」

「命令だ」

「イヤだっ!」

 

新見の命令に、当然ひとみは反抗する。

 

「聞け、ウィッチは怪異を撃退する為に絶対失ってはならない戦力なんだ。こんなところで犬死にするんじゃない!」

「イヤだ、オレは残って戦う!

何で…何で、そんなこと言うんだよ…」

 

最後は嗚咽混じりだった。

理屈は解る、でも納得できる筈もない。

一年間寝食をともにしてきた仲間を置いて、たった一人で遁走するなんて。

 

「第一印象は最悪だった」

「え?」

「おまえみたいな女だけは無いなってな」

「こんな時に何だ、大竹!」

「聞けよ。今は、おまえよりも良い女はいないと思ってる」

「バ、バカ…」

「大竹、抜け駆けしてんじゃねえ、俺は最初から惚れてたぞ!」

「俺だってそうだ」

「おまえら…」

 

飛行隊員たちからのいきなりのカミングアウト。

ひとみの顔面が赤面して湯気を立たせたのは言うまでもないが…

 

「ウィッチのおまえは知らないだろうが、水偵ってのは戦闘が始まっちまうともう母艦には帰れないんだ」

「え」

「水偵乗りの宿命さ、この事態になった時点で俺たちはもう覚悟を決めてるんだ」

「そんな」

「おまえは俺たちと違い助かる可能性がある、だから行くんだ!」

「でも」

 

爆音が響き、

如月から火の手が上がる。

 

糞に群がる銀蝿のように、

怪異たちは如月に纏わり付いて攻撃を繰り返していた。

 

「行くぞーっ!」

「オオーッ!」

 

ひとみは如月の元へ駆けつける水偵たちを呆然と見ていることしかできない。

 

怪異が砕け散ってキラキラ光る破片になり、

零式水偵は火の玉となって海上に堕ちていく。

 

如月が大爆発を起こし、艦橋を吹き飛ばされた異様な姿になる。

 

赤い光線が如月の船体を貫き、

大きな水柱と共に海中に姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

「ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ…」

 

 

 

 

 

 

ひとみの悲痛の鳴き声は、

水平線の彼方へと霧散していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

「菊月ちゃん!」

 

敷設艦沖島、

 

舷から水平線を眺めていた菊月に夕月は声を掛けたが…

 

振り返った菊月が涙を流しているのに気が付いて言葉を失った。

 

菊月は一度涙を拭い、

 

 

「姉妹が死んだ、たった今…」

 

 

それだけ言うと、また振り返って水平線の先を見つめる。

 

ポタリ、ポタリと赤い瞳から零れ落ちる涙。

 

夕月には菊月の言葉の意味が解りかねた。

しかし、只事ではない様子。

彼女を慰めるために、後ろからそっと菊月を抱き寄せることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




駆逐艦如月、そして悲壮な運命を背負い出撃していった水上偵察機の搭乗員たちに鎮魂歌を捧げます。

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