16、勃発
特設水上機母艦聖川丸を含む艦隊は本来の任務に復し、里安来岩礁で演習を開始した。
里安来岩礁とは、約百年前の1849年にガリア国籍の捕鯨船リアンクール号が、北緯37度、東経131度の地点で発見した岩礁であり、呼称はその船名に由来する。
東島と西島の二つの島と多数の岩礁からなり、海産資源は豊富だが島に飲料水などは乏しく人間が住める環境ではない。
海軍の演習地に選定されており、定期的に演習が実施されていた。
演習の内容は以下の通り、
聖川丸飛行隊による偵察の後、
艦隊による艦砲射撃を行い揚陸支援。
陸戦部隊の上陸と島の制圧、
水偵部隊による銃撃で陸戦部隊の支援であった。
「よっしゃあ!」
聖川丸から出撃した水偵隊の先頭に、張り切って飛行する保田ひとみの姿があった。
彼女のストライカーユニットは十六試水上偵察脚。
偵察機と攻撃機の統合を目的とし、零式水偵より速力、急降下性能を向上させた新鋭の試作ユニットである。
ちなみにこの機体を元に正式に量産が開始されたのが水上攻撃脚《瑞雲》である。
『保田一飛曹、まずは偵察だから撃つなよ』
「わーってるよ、隊長」
飛行隊長の新見に釘を刺され唇を尖らせるひとみ。
機銃掃射は陸戦部隊が上陸してからだが、景気付けに先に撃っときたいのが本音だったり。
『東島、確認』
『西島、確認』
『周辺に船影無し』
『聖川丸隊上空待機、3分後に艦隊、艦砲射撃開始。全機、味方に撃ち落とされんじゃないぞ!』
隊長の指示で艦砲射撃が当たらないように、飛行隊は島の上空に高度をとった。
定刻、
第六水雷戦隊旗艦、巡洋艦夕張、駆逐艦追風、疾風、睦月、如月、弥生、望月らが各々砲撃を開始。
島の周辺は激しい爆音に包まれ、砲弾があちこちで炸裂し、爆煙が上がる。
「すげえな、地上型ネウロイがいたとしても、これじゃひとたまりもないぜ!」
上空からその様子がバッチリ見える。搭乗員たちのテンションも自然上がっていく。
演習はここまで予定通りスムーズに進んでいる。
ここまでは…
「どうした?」
「大発、降せませません、波が高すぎます!」
「バカを言うな、出来ませんでは済まんのだ」
「しかし…」
「何の為の演習か、やれ!」
金剛丸、金竜丸では、陸戦隊を乗せた大発動艇を海面へ降ろす作業が難航していた。
次々と押し寄せる高波がグラグラと特設巡洋艦の大きな船体を弄ぶ。
陸戦隊員の揚陸艇、大発動艇はもっと悲惨で、乗り込んでいた陸戦隊員たちはたっぷりと海水をご馳走になった。
なんとか海面に降ろされても満足に動けず、辺り一面ひしめくような密集状態になる。
そうなると大発同士が衝突して大破してしまったり、
転覆してしまうものまで出てしまう有様に…
「おいおい、大丈夫か陸戦隊は?」
上空の飛行隊も下の惨状に呆れてはいるが、
まだ楽観していた。
この時、
これはただの演習だから、
と、誰もが高を括っていたのだ。
本当にこれが、
演習なら良かったのに…
何処からか、
大きな鯨波が起こった。
この世のものとは思えない、
不気味な、
大型肉食獣の咆哮のような…
赤い光弾が、
中空に放物線を描いて飛来。
駆逐艦疾風の艦尾数メートルの至近に着弾し、激しく立ち上がった水柱は艦尾にいた水兵を吹き飛ばし、海中へ引きずり落とした。
「至近弾だとっ!」
誰も、何が起こったのか理解できなかった。
理解できなかったが、状況は加速していく。
もう一発飛んできた光弾は疾風の艦首近くに着弾。
「まずい、これは、夾叉されたぞ!」
疾風艦長高塚実少佐は、いち早く危険に気が付いた。
しかし全速離脱を命じるより先に、三発目の光弾が艦中央を貫く。
駆逐艦疾風は大爆発を起こして船体が真っ二つに折れ、海水を弾き飛ばし、巨大な水柱を立てた。
あっと言う間に168名の船員もろとも海中へ…
「疾風が!」
あり得ないし、信じられないが、
これは間違いではなく…
「て、敵襲っ!」
「これは演習ではない、繰り返す、これは演習ではない!」
後に、
里安来岩礁事件と呼ばれる惨劇の始まりであった。
保田 ひとみ ヤスダヒトミ
年齢 16歳
階級 一等飛行兵曹(曹長)
固有魔法 影分身
使い魔 シマリス
ユニット 十六試水上偵察脚