話は少し遡る。
聖川丸は川崎造船所にて竣工された貨物船だったが扶桑海軍に徴傭され、改修を受け最大12機の水上機が運用可能な特設水上機母艦となった。
1942年5月4日、
演習の為に第六水雷戦隊(旗艦、巡洋艦夕張)、
第十八戦隊(巡洋艦天龍、龍田)、
特設巡洋艦金剛丸、金竜丸と共に里安来岩礁へ向かう途中で、
隠岐諸島沖に怪異出現の一報を受ける。
演習を中止して後方から怪異を追跡し、舞鶴の戦力と連動し迎撃しようと行動を開始したのだった。
「行かせろぉーっ!」
聖川丸の水上機格納庫から、喚声が響く。
「待機命令が出てる!」
「うるせえ邪魔すんな!」
「命令に背くのか、貴様それでも軍人か!」
「ダチが助けを求めてんだよ!」
数人がかりで水兵に取り押さえられるウィッチの姿があった。
「行きたいのは我々も一緒だ、今は落ち着け保田一飛曹!」
「ちくしょーっ!」
彼女、保田ひとみは膝をつき激しく嗚咽する。
艦内の船員たちの表情は不安に満ちていた。
どうやら舞鶴の部隊が怪異と接触し、交戦が始まったようだが…
その後はずっと音信不通で状況が解らない。
ウィッチである彼女は何か感じ取ったのか?
待機命令を無視して出撃すると言い出し、止められてこの状況だった。
「美幸ぃ、助けに行ってやれねぇ…」
出撃を諦め、泣きながら床を拳で叩いていた。
1200時頃。
「保田…」
水偵乗りの大竹莞爾は、艦首のあたりで膝を抱えて蹲るひとみに声をかけた。
ひとみ、泣き腫らして真っ赤になった目でチラリと大竹を一瞥。
その隣にやってきてヨイショと腰をかける。
ひとみはこの艦隊唯一のウィッチで紅一点。
なのだが…
婦女子にあるまじきガサツな性格、
口の悪さと喧嘩っ早さ、
よくよく部隊のトラブルメーカーであった。
一年前配属されてきた時の第一声が…
「オレの名は保田ひとみ、戦闘ウィッチだ。ふふふ、怖いか?」
と、いきなり水偵を挑発するもので隊員の度肝を抜いたのは記憶に新しい。
オレは強えが口癖で、
ギンバイだって平然とこなし、
自称16歳だが飲酒してバカ騒ぎする、
そんな彼女は、
人一倍情が深い。
一度仲間と認めればどこまでも彼女にとって仲間、
この一年で聖川丸飛行隊員として、すっかり馴染んでいた。
「森美幸、たぶん今は敷設艦沖島で哨戒任務をやってる」
「それがおまえのダチか?」
「真面目でさ、最初オレとは合わなくてさ、喧嘩もよくしたけど基本面倒見のいい奴でさ…」
「今は大事な仲間か」
「その美幸が、自分じゃなくて妹を助けてって、自分の命はどうなってもいいからって…」
膝を抱えた手に力が入った。
言ってるうちに感情がまた昂る。
「相当ヤバイんだぜ、あんな必死な魔法伝信!」
そう言ってまたダラダラと涙を流し始めるひとみ。
(コイツ、こんなによく泣く奴だったのか?)
同僚の以外な一面に、
大竹は不謹慎にも少し心拍が高鳴るのを感じてしまった。
「大丈夫じゃないか、たぶん?」
「何で解んだよ!」
食ってかかるひとみを軽くいなしながら、
「森さんて子、たぶんおまえより強いんだろ?」
「ぶっ殺されてえか、あんなチンチクリンにオレが負けるかよ!」
からかうとムキになるひとみだが、
「ふ…、はははっ」
「アハハッ」
場が少し和んで二人から笑顔がこぼれた。
「…大竹、ありがと」
涙で潤んだ瞳、
赤らんだ頬、
少し俯いて上目遣い、
この不意打ち、心の臓を直撃した。
「大竹、保田!」
飛行隊長の新見中尉が二人に呼びかける。
「朗報だ、怪異撃破!
やったのは敷設艦沖島の森美幸一飛曹だそうだ」
キャーと、いつもならあり得ない声を上げるひとみ。
そのまま大竹の手を取って、
「やった、美幸がやったー!」
嬉しさのあまり魔法力まで行使され、ひとみの使い魔シマリスの尻尾と耳が出ていた。
魔法力が行使されると常人の数倍の腕力が発揮され、大竹の大柄な身体が軽々とブンブンと振り回される。
「バカ、海に落ちる、よせーっ!」
大竹、少しでもトキめいたことを後悔するのだった。