小さき君、遠きにありしに   作:zenjima7

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13、敷設艦沖島にて、其の三

白波を立てて海上を疾走する銀髪の少女の姿があった。

 

自称、睦月型駆逐艦菊月。

 

滑らかな軌道で海面にS字の航跡を引く。

その手に構えるのは、45口径三年式12cm砲。

 

…と彼女は言うが、砲の実物は少女の手に収まる大きさではないので、これはミニチュア版の艦砲だと言える。

 

 

「うん、森一飛曹はもともと離着水や海面走行が得意であったが、アレはそういうレベルでは無いな、特化している」

 

 

艦橋から双眼鏡で菊月の動きを見学する北郷。

甲板でも多くの水兵たちがワイワイと話しながら見守っている。

 

大きな炸裂音を響かせ砲門から光球が飛び出す、続けて四発。

 

光球は緩やかな弾道を描き、

水平線の手前で水柱を四本立たせた。

 

オオーと甲板から歓声があがり、北郷の隣にいた能美も唸りを上げていた。

 

 

「ふむ、確かに凄い。動き、砲の威力、駆逐艦並だな」

「あの武装…いや艤装と言っていたか、どこから出すのだろう?」

 

 

沖島の船縁まで戻ってきた菊月が水上機用のクレーンで艦上へと引き上げられる。

 

 

「すげえなカワウソちゃん」

「ストライカーユニットもいいが、こっちもすげえ戦力じゃないか!」

 

 

菊月、感心して寄ってくる水兵たちへ曖昧な笑みを浮かべて対応していた。

 

刺すような視線を感じて振り返ると、水兵たちの後から夕月がこちらを見ている。

 

冷たい目で、

ジッと見ている…。

 

菊月が気がついて目が合うと夕月は立ち去っていった。

 

 

(夕月、私はどうしたら…)

 

 

菊月への質疑応答の後、北郷と能美は彼女のことをどう報告し説明するか話し合った。

 

そもそも当人たちも菊月の話の全てを理解できてはいなかったが…

 

菊月は森美幸の記憶と魔法力を受け継いでおり、シールドなどの基本的な魔法は使えるのだが、固有魔法の魔法伝信は失っていた。

ストライカーユニットは使用不能。

代わりに《艤装》と本人が宣う装備一式をその身に纏う。

艤装は艦船用の装備で飛翔することはできないが、海上で縦横無尽の機動力を発揮した。

 

武装は12cm砲(装填一回につき4連発)、

61cm4連装魚雷、

対潜爆雷。

 

菊月の言によると、

艤装とは戦船として生み出された己の生前の肉体の一部。

故に魂に付属しているものであり、それをウィッチの魔法力で具現化したものだという。

 

 

「まるで海上歩兵だな」

「そうですね、そういうことにしましょう」

「《白波の魔女》なんてどうだろう、少佐」

「はあ?」

「彼女の二つ名だよ、戦果を上げたんだ、必要だろうよ!

うん、妹の森二飛曹と二人で《沖島白波の魔女小隊》なんていいな。

小隊ならあと一人ウィッチが欲しいところだ!」

 

 

拳を握って熱く語る能美に対し、

ハァと溜息を吐く北郷。

 

(能美実という人は部下想いの良い人なんだが、どこかズレているなぁ…)

 

と、呆れるのだった。

 

とにかく菊月の事は秘匿し、

森美幸は新規開発中の兵器《水上ストライカーユニット》のテストウィッチに選抜され、その試作機の運用テストを敷設艦沖島で実施する。

 

と、いう筋書きが用意された。

 

 

食事の後、自室(森美幸の)へと戻る菊月。

 

狭い部屋で妹の夕月と同室。

制服を掛けておく簡易クローゼットと二段ベッドがあるだけ、窓も無い。

 

それでも下っ端の水兵なぞは魚雷の下で寝袋に入って寝起きしているので、女性であり且つウィッチである彼女らはまだ優遇されている方である。

 

 

「ただいま、夕月」

 

 

二段ベッドの上段で、もう休んでいる筈の夕月に優しく声をかけるが返事は無い。

寝ているのか、無視しているのか…?

 

(私は菊月だが、美幸なんだ。夕月、私は哀しい…)

 

下段ベッドに入り、毛布を身体にかける。

 

今日はいろいろあり過ぎて酷く疲れていた。

一気に眠気に襲われ瞼に重力を感じて瞳を閉じる菊月。

 

 

「おやすみ、ユ、ヅ、キ…」

 

 

微睡みの中へと沈む菊月。

 

夕月は、

まだ起きていた。

 

 

当然菊月の声は聞こえていたが、無視したのだ。

 

 

「アイツは美幸ちゃんじゃない、

美幸ちゃんの魂を食べちゃって、

美幸ちゃんの身体を乗っ取って、

美幸ちゃんのフリをしてる…」

 

 

夕月の瞳に生気は無く、

 

 

「アイツは、たぶん、ネウロイ!」

 

 

上半身を起こし、自分の手のひらを見つめて独り言を呟くその瞳は…

 

 

「やっぱり殺すしかないよね、夕月が美幸ちゃんを助けなきゃ」

 

 

狂気を帯びていた。

 

とっくに正気を失って、

妄想に取り憑かれていたのだ。

 

目の前で、美幸の死を目の当たりにした彼女の精神はズタズタに引き裂かれていた。

 

北郷も能美もまずは彼女の心のケアをするべきであったが、後回しにされ、放置されたままになってしまった。

 

そっと梯子を降りて下段ベットに入り込むと、眠っている菊月に馬乗りになる。

 

真っ黒い瞳は瞬きを殆どせずに、

しばらく菊月の寝顔を見ていた。

 

 

 

「死んじゃえ…」

 

 

両手が菊月の細い首を掴かみ、

親指に力を入れて絞め上げた。

 


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