小さき君、遠きにありしに   作:zenjima7

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11、敷設艦沖島にて、其の一

「沖島、沖島か…」

「ああ、沖島だ。それがどうかしたのか森?」

「なんでもない」

 

ストライカーユニットを失っていた美幸改め菊月は、

北郷章香に抱えられて空へ上がっていた。

 

視界に母艦である敷設艦沖島が入ってくると菊月は感慨深そうにじっと沖島を見つめる。

 

北郷は今自分の腕の中にいる少女に違和感を感じていた。

 

…というか違和感しかなかった。

 

「なあ、森…」

「何か?」

「お前は、森美幸なのか?」

「取り敢えずその認識で構わない」

 

銀髪と赤い瞳以外は良く知る教え子の森美幸そのものである。

 

何らかの魔法の行使によって、

その類の身体変化もウィッチには別段珍しいことではない、

 

そう、

珍しいくもないのだが…

 

「北郷少佐」

「何だ?」

「きっと私に聞きたいことが山ほどあることだろう。

私の知る限り話はする、

ただ私も色々と聞きたいことがあるのだが、

答えてもらってもよいか?」

「そうだな、まずは沖島までお前を送ってからな」

「宜しく頼む」

 

このやり取り、

軍役に就いてからも先生先生と自分を慕っていた少女とは明らかに別人だった。

 

森美幸は真面目であり、

責任感が強く、

確かに軍人たらんと懸命ではあったが、

素の彼女は年頃の普通の娘だった。

 

今のこの彼女は、

武人然とし過ぎている。

 

しかも練度云々という以前に、

既に何度も実戦を潜ってきた歴戦の兵の風格さえ感じる…

 

(そういえば、固有魔法に《憑依》というのがあると聞いたことがあったな、

 

この変化はその類のものかも知れないか…)

 

 

フロートの無い零式戦闘脚の北郷は、沖島の後部甲板目掛けて着艦体勢をとった。

 

普通、陸上ストライカーで空母でもない艦にこのような着艦はしない。

一つの間違えれば艦橋や砲塔に衝突といった大事故になり兼ねないのだが、

そこは軍神と讃えられる歴戦の古兵、難なく着艦してみせた。

 

「能美大佐…」

「え?」

 

出迎えに出ていた能美大佐の姿を見て、彼女の表情に喜色が浮かんだのを北郷は見た。

 

北郷と菊月、それと能美が向かい合って敬礼を交わす。

 

「森美幸、怪異撃破、帰還しました」

「ご苦労」

 

形式ばった報告が終わった瞬間に、

軍隊としての形式は崩れさる。

 

能美は菊月の頭を抱えると、

額を自分の胸に押し当ててわしゃわしゃと後頭部を撫でた。

 

「戦果なんていいんだ。

とにかく、無事に俺の艦にちゃんと帰ってきてくれて、ありがとう!」

 

流石の北郷も驚いて目を白黒させてしまった。

 

 

「え、えーと…」

 

菊月は満更でも無さそうにされるがまま。

気持ち良さそうに目を瞑ってホカホカした顔になってる。

 

(さっきまで武人っぽかったんだが…)

 

北郷は暫くジト目で眺めていたが、

どうにもキリが無さそうなのでエヘンと咳払いして二人の間に斬り込んでいくことにする。

 

「大佐、森一飛曹からは今回のことについて更に詳細を聞きたいと思いますので、立会いをお願いしたいのですが」

 

能美、見事な変わり身で佇まいを正す。

 

「そうだな。では森一飛曹、北郷少佐、ヒトヨンマルマルに作戦指令室へ来なさい」

「はっ!」

 

一旦解散、

余裕を持たされた時間は、

戦闘で傷つき、

制服もズタボロになっていた菊月への配慮であろう。

 

(美幸と菊月の記憶がゴッチャになって、どうもいかんな)

 

コンコンと自分の頭を小突く。

 

菊月もまた、

急な状況の変化に追いついていなかった。

 

 

「あっ」

 

ドクンと、

心の臓が跳ね上がった。

 

「夕月…」

 

水兵たちと談笑する夕月を見つけてしまった。

 

妹の夕月に対する美幸の想いは、

かつて戦場を共に馳せた菊月の姉妹艦へ対する思いと同じであった。

 

「夕月ぃっ!」

 

感極まって、

駆け寄って、

厚く抱擁するが…

 

腕は振り解かれ、

突き飛ばされて甲板を転がる。

 

夕月は光のない黒い眼で菊月を見据え、拳銃を取って銃口を向けた。

 

「森二飛曹、よせ!」

 

北郷が二人の間に入って夕月を止める。

容易ならざる事態に周りは騒然となった。

 

「気持ち悪いし、次はマジで撃つから」

 

冷たい目、

激しい嫌悪感を含む視線、

 

菊月を見下す夕月…

 

菊月はその視線に耐えられず、

ただ哀しげに俯くのだった。


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