静かに、二人の後輩は決意する。   作:いろはにほへと✍︎

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Is love an art? Then it requires knowledge and effort.

―Erich Fromm―

『愛は技術だろうか。技術だとしたら、知識と努力が必要だ』



全ては俯瞰で

 「高海さん、僕と付き合ってください」

 

 私は今、体育館裏に呼び出されていた。

所謂、告白というやつだ。

 そこまで仲が良いわけではない彼。

 

 「……えっと、ありがとう」

 

 私はしどろもどろになりながら答える。

 相手の名前は佐倉勇太くん。

 高校に入ってから出会い、数回話したか、話してないかくらいだ。

 

 「……その、ごめんなさい!」

 

 私は一思いに謝った。

 この瞬間が私は嫌いだ。

 胸にちくちくと刺さるような罪悪感と虚無感。

 必死に思いを伝えてくれた人の気持ちを踏みにじる瞬間。

 だが今回ばかりは揺るがない。

 最近、いろはと話したばかりなのだ。

 

 「……やっぱり、あの先輩?」

 

 「……先輩?」

 

 佐倉くんの煮え切らない質問に思わず即答する。

 

 「あの、佐藤とかいう先輩」

 

 「え?」

 

 私は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 今の少しシリアスな空気にはそぐわない声だ。

 ……それに佐藤先輩は学校に来ていない。

 自由登校期間だからなのか、それとも他に原因があるからなのかは定かではないが。

 

 「高海さん、佐藤先輩ともう一人の先輩と噂が経ってるよ、知らないの?」

 

 「噂? なんて?」

 

 「佐藤先輩と付き合っているのに、もう一人のヒキタニが割り込んできているって感じの」

 

 「違う!」

 

 思わず、声を上げる。

 どうしてそんな噂が一人歩きしているのか。

 理解に苦しむ。

 

 「佐藤先輩は関係ない! 私は比企谷先輩が…………なんでもない……」

 

 途中で気づく。

 好意を向けてくれた人にこんな事を言うのはあまりに酷だと。

 

 「そっか……ヒキタニ先輩が」

 

 「あ……ごめん……」

 

 「いいよ……気にしないで……」

 

 そう言い残すと彼はそのまま帰っていった。

 今は放課後。

 だいたい五時くらいだろう。

 ……好きな本でも読んで気を紛らせよう。

 私は鉛のように重い体を動かすと、校門を出た。

 

 校門を出てしばらくのこと。

 私は未だに彼のことを考えていた。

 無論、好きだとかそういうことではない。

 よく意外と言われるが、そういうことに鈍くて、告白されることもあまりない。

 もし、いろはだったら違う対応だったのかな。

 あそこでオーケーしてたらどうなってたかな。

 傷つけることは無かったのかな。

 今まででどう思ってて、これからどう思うのかな。

 思考の堂々巡りが始まって、気づくと静止が効かなくなっていた。

 

 「おい! 危な――」

 

 なにか、誰かの大きな声が聞こえて立ち止まる。

 同時に私の背中に衝撃が走った。

 そのまま私は突き飛ばされた。

 その間に確認することが出来たのは、先にみえる信号。

 ……そして、声の主。

 

 ――その信号はただひたすら、不気味に色を映し続けていた。

 

  部活を終えた帰り道、いつものようにとぼとぼと歩いていると、見知った顔が目に入った。

俺の信条は、話しかけられない限り話さないなので意識しないよう、されないようにする。

だが、今回ばかりは違った。

目の前の高海に、危機が迫っていた。

信号は? 青信号。

何故か自問自答する程度には心に余裕があった。

そして、俺は自分の意識とは離れたところで、否、俺の意識の離れたところがそのまま飛び込ませた。

高海を突き飛ばす。

目の前に車がくる感じは一度経験したことがあった。というかぶつかったことが。

……今回も怪我で済むだろうか……。

 

 × × ×

 

 「ん……」

 

 目を覚ますと、白い天井が見えた。

 最近の天国は天井があるのか、と思ったのもつかの間。

 

 「先輩は?!」

 

 私は取り乱して尋ねる。

 どこに何があるかも把握してない状況で、私の声で恐らく隣に寝ていた母が起きる。

 

 「美奈! よかった!」

 

 「お母さん! 先輩は?!」

 

 私の様子に、母は落ち着かせたいのか、静かな口調で答えた。

 

 「先輩? もしかして先に運ばれたっていう……」

 

 「多分そう! で、無事なの? 無事なんだよね?」

 

 「……ええ、もちろん。無事よ」

 

 母の言葉を聞いてすぐに私の全身の力が抜けた。

 よかった……。

 

 「私、謝りに行ってくる」

 

 「もう少し、後にしたら? まだ目を醒ましていないかもしれないし」

 

 「でも……」

 

 「それに、美奈は青信号を渡っていたんだから、謝るより感謝、でしょ?」

 

 「違う、私がちゃんと周りを見ていれば」

 

 「そうね、それはもちろんあるわ」

 

 「ならやっぱり謝ってくる」

 

 「でもタイミングは考えましょ?」

 

 私は少しづつ落ち着いてきた。

 一度深呼吸すると、また尋ねる。

 

 「それで先輩はどれくらいの怪我なの?」

 

 「確か、足が全治二週間の骨折、だったかしら」

 

 「そう……。よかった」

 

 実際何もよくないのだが、先輩が生きていて、――死の瀬戸際とかそういう状態でないことに安堵した。

 

 「それより、その必死さ。もしかして好きな人とか――?」

 

 母はにこにこと嬉しそうに私に聞いた。

 こう見えて母は意外と空気が読める。

 つまり、私に気を使ってくれているのだ。

 

 「そ、そうだよ」

 

 何も隠す理由がなくて、正直に答えた。

 

 「そう、よかったわね」

 

 母の言うところの、よかった、という言葉が具体的に何を指すのか分かるようで分からなかったが、母の気遣いと、先輩が無事だったことの安心が同時に来て、私はまた眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 




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