Love fed fat soon turns to boredom.
―Ovid―
『満ちたりてしまった恋は、すぐに、退屈になってしまうものである』
高海と話すようになって更に一カ月が経った。
もはや高海が隣にいるのが普通のように思えてきて、かなり毒されている。……意外なことにリア充のトップに立ってそうな高海は、小説とか漫画とかも好きなようで共通の趣味が多くて盛り上がることも少なくない。
高海がいる一カ月が楽しかった俺は、うかつにも周囲の目を忘れていた。ドラゴンボール風に言えば第三の目が開眼し、見極められていたということだ。
簡単に言うと、放課後、部活を終えて外に出ると捕まった。
「おい、お前かヒキタニって」
だから、誰だよヒキタニ。
「いや、違いますけど」
「嘘つくんじゃねえ。お前が美奈に近づいてるって話は聞いてあるんだ」
「いや、というかこの学校にヒキタニなんていないでしょ」
ホント、何この展開。完全にラブコメのあれじゃん。男女逆だよ、ラブコメの神様。……いや、よく考えたらラブは零だし、コメディ要素もねえよ。まったくもって笑えない。
「は? ヒキタニ、お前は人気者だぞ? 文化祭の時のクソみたいな言動とかな」
「へえ、そんなに人気者なんですか。聞いたことないっすね。友達いないから、てか誰だよヒキタニ」
「お前、いい加減にしろよ? 認めれば一発殴って解放してやる。認めないなら……、分かってるよな?」
理不尽すぎる条件に、反射的にひねくれた答えを返してしまう。
「分かりませんけど……」
言うと、ストーカーっぽい先輩(笑)は、俺を見て嘲笑した。
「は? まあ、文化祭であんなことするバカタニくんだもんな。仕方ないよな」
いや、どっちが馬鹿だよ。というか美奈ちゃんはどんな危ない人と絡んでるんだよ。こいつ絶対言葉通じないぞ。
「分からないことに、分からないというのも勇気だってよく言うじゃないですか。聞くは一時の恥だって」
「いちいち、うるせえな。認めればいいだけだろうが!」
声を荒げるストーカー先輩(笑)。俺は笑えないけど。
「だから、本当にヒキタニじゃないんですって」
嘘は言ってない。本当にヒキタニじゃないからな。
「じゃあ、そんなに言うなら、ヒキタニ連れてこいよ。そうしたら許してやるよ」
そういうと、名前も知らぬ脳内ラブコメ野郎は地面を蹴った。
チャンスだ。素晴らしいチャンス。……誰かに汚名を着せればいい。
「……、一応同じクラスだから言いたくありませんでしたけど、ヒキタニは同じクラスの戸部です。同じクラスにヒキガヤっていう嫌われ者がいて、そいつをもじって最低なことをした戸部がヒキタニって呼ばれてるわけです」
俺はポーカーフェイスで息をするように嘘を吐いた。一応、胸中で謝る。ごめん、戸部。
俺の弁明から少し間があいて、眼前のストーカー先輩は突然笑いだした。こいつまじでやばいんじゃないか、と思うと同時に一言呟かれた。
「おい、俺が元何部か知ってるか?」
ストーカー先輩の呟きに少し思案したが、察するまでそう時間はかからなかった。
俺は少し口角を上げて、答えを出す。
「サッカー部とか、ははは」
愛想笑いをするなんて俺らしくないが、ここはアイデンティティを保っている場合ではない。というかよく小説に出てくる、乾いた笑いが漏れる、というやつだ。
「嘘までつきやがって! 制裁だ」
声と同時にストーカー先輩がこぶしを振り上げる。どの道、自分に都合のいい制裁するつもりだっただろうがー! と叫びたいところだが、そんなみっともないマネはしない。
「先輩、ちょっと待ってください」
「は? いまさら何」
ストーカー先輩が握り拳を開くと同時に、俺は地面を確認する。
石などの尖ったものがないことを確認すると、冷静に膝を曲げ、地面に着く体勢をとる。
もちろん、日本人の象徴である、土下座だ。これがあったからこそ日本はここまで成長したと言える。
地面に膝がつくというところで、ストーカー先輩は察したようで嫌な笑みを浮かべ、腕を組んだ。こいつぶん殴りたいな、と思うと不意に、俺の視界に顔見知りが交ざった。
「比企谷?」
「あんれー、ヒキタニくんじゃーん」
「どうしたのお前ら」
「いや、こっちのセリフなんだけど」
「で、なにしてるん? ヒキタニくん……、つーか佐藤先輩?」
戸部が視線をストーカー先輩に送る。こいつ佐藤っていうのか。
「よう、戸部。今、美奈のストーカーの教育をしてるんだ。失せろよ」
ストーカーはお前だろ、と漏らしそうになるのをぐっと耐え忍ぶ。
「ヒキタニくんマジかよー、そりゃないわー」
やっぱり殴りたいのは、佐藤じゃなくて戸部だわ。
「ストーカー? 比企谷が?」
聞いた葉山が、ははは、と楽しそうに笑う。……だから、笑えないって。
だが、瞬間、表情が変わった。
「比企谷はそんな奴じゃない」
そう言うと、一呼吸おいてさらに言葉を紡いだ。
「失せるべきはあなたの方だ」
今まで何度か見た表情。そして落ち着いた物腰からは想像できないような冷たく感情を含まない声。
「は? 先輩に向かってなんだその口」
佐藤の言葉が癪に障ったのか、葉山は佐藤を睨むとまた口を開く。
「あなたのことなど先輩だとは思っていない。それにあなたが高海さんのことをしつこくつきまとってるって有名ですよ」
葉山の様子に動揺した佐藤は「覚えておけよ」と呟くと、俺を一睨みしてから踵を返し、去っていった。
俺は安心して思わずため息をついた。
危ねえ、あと一歩ではやはちになるところだった。
「すまない。あの人は前からああなんだ」
「そうか。気にすんなよ」
俺は一言呟くとすぐにその場を後にした。
psvita俺ガイル短いかなとも思ったけど、フルボイスはなかなか良かった。