True love is like ghosts, which everybody talks about and few have seen.
―La Rochefoucauld―
『真の恋というものは、誰もが口にするが、実際に見たものは一人もいないという、まるで幽霊のようなものである』
「うぅ、重い……」
だいたいなんで私一人なの、と心の中で呟きながら、一箱、五キログラムの箱を運ぶ。
せんぱいは今日早く帰っちゃったし、生徒会の皆は、今日は仕事ないから休み。私も帰ろうとしたところで捕まって……。
「はあ、男子だったら軽々なんだろーな」
思わず独り言が漏れる。自分の力がないせいで何度も持ったり降ろしたりで、腕も腰も痛かった。……というか女子一人にやらせるっておかしいでしょ。
「大丈夫? 手伝おうか?」
私が必死になって運んでいると、背後から女子っぽい声がかかった。普段なら断るが、生憎今日の私にはそんな元気はなくて反射的に振り返る。
「ありがとう、お願い」
「うん、お願いされた!」
やけに元気な子だな、と思って荷物を置くために下げていた顔を上げる。
「え……」
声が漏れる。「高海さん?」
「こんにちは、一色さん」
高海さんは私が知っているということに少しも驚くことなく、私の名を呼んだ。
「え、私のこと知ってるの?」
「だっていつも比企谷先輩の隣にいるもん」
「いや、いつもいるのは高海さんの方でしょ」
「そう?」
「うん」
「まあ、いいや。とりあえず運ぼう!」
まったくもってよくないのだが、そうだね、と呟くと二人で運び始めた。
× × ×
「ありがとう、高海さん」
やっとのことで段ボールを運び終え、高海さんに礼をする。高海さんもそんなに力はないようで、少し時間がかかってしまったが一人よりはマシだった。
まあ、なにより気になることがあって時間の流れは早く感じたけど。
「ううん、気にしないで! いろはちゃんと話せてうれしかったよ! あ、私のことも名前で呼んでくれない? ……友達なんだしさ」
「分かったよ、美奈ちゃん」
私が了承の意を伝えると、彼女はにこぱっと笑みを浮かべた。つられて私の頬も緩む。
「あ、もうこんな時間だ。帰るね!」
腕時計に視線を落とすとすでに六時を回っていた。あいつらどんだけ運ばせたんだ。
「そうだね、私も帰ろ。じゃあ今日はありがとう!」
私は一言お礼を伝えると、踵を返した。が、袖をつかまれて進むことができなかった。
「ん? どうかしたの?」
訊かないわけにもいかず尋ねると、何が恥ずかしいのか、頬を桜色に染めて、もじもじと
こちらに上目遣いをしていた。
「あのさ、もし同じ方向なら一緒に帰らない?」
あー、分かりましたよ、せんぱい。たぶん私の今の気持ちと、せんぱいが戸塚先輩に抱く気持ちは同じです。……なんなんだこの可愛さは! 血反吐がでるかと思いましたよ……。
「えっと、家どこなの?」
一旦落ち着いて尋ねる。
「えっと、比企谷先輩と同じ方向だよ」
は? と思わず口に出しそうになるのを留める。なんでわざわざせんぱいを出すんだ。
「へ、へえ。じゃあ、その先の駅とか?」
「うん、そうだよ!」
「ははは、じゃあ同じだね」
「帰ろうか」
この日、私の敵が一人増えた。
正しいはずなのにひらりひらからまわる。